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「暑い……」
宣告通りに奏と一緒の布団で寝ていた深夜。やたらくっつきながら寝られれば、この真夏の中は暑いに決まっている。しかしながら、奏はすやすやと眠っており起きなかった。私の身体から吹き出る汗は、彼女の浴衣を濡らして透けさせている。冷房が効いているにせよ、とにかく暑い。
「んぁ……?狼、どうした……」
「坂町、起こしてすまん。暑い……」
「……どんまい」
起きたのは坂町一人。壁掛け時計を見ると、時刻は1時半。変な時間に起きたな。この汗が気持ち悪いし、一人で涼みたい。奏には悪いが、起こさないように布団から抜け出して、ふぅ、と自分を落ち着かせるように息を吐く。
とにかく、この浴衣も変えねばなるまい。服を脱いで半裸になる時に、もぬけの殻の布団が一枚。スバルか。どこに行ったかはわからんが、大方予想は付く。取り敢えず、私もまた風呂へ行くか。そうして、男子風呂の戸を開けると、人影が見え。
――橙色の髪。丸みを帯びた身体。スバルか。
「狼?」
「入る時間帯は悪くないが。ここは男風呂だぞ」
掛け湯をしてから湯に浸かる。身体に吹き付ける夜風は心地よく、ふう、とまた息を吐けば、髪を上げて入っていたスバルは、裸という事も気にせずにこちらに近寄ってきた。
「あの。昼の件、ちょっとふざけすぎて」
「気にしとらん」
「……むう。それはそれで、少し傷つくんだけど」
「相棒に欲情はしない。なんだかんだで、構ってほしかったのはわかるが」
「んん……。合ってるけどさ」
レジャーランドでサラシを巻き付けたときから、こいつが何やら怪しい方向に染まりつつあったのは気付いていた。コサメの差し金かもしれんし、奏の入れ知恵があったのかもしれん。あれだけコサメにセクハラされていたら、嫌でも知識はつくか。
それよりも、表情がよく変わるな。笑ったり、残念そうにしたり。私も、そんなに顔を変えられればいいが、上手くできん。練習をしていても、自然に出せん。どうしたらできるのだろう……、と考えているうちに、前の奏のように、スバルは私の膝に乗ってきた。
「なんでそこに」
「乗ってみたかった。ダメか?」
「別に構わんが。――スバル」
そこにいるなら、私も少し、相棒に甘えてみようか。ふふふ、と笑う彼女の耳元で、名前を呼ぶ。嬉しそうに振り向く相棒、そして何かを聞いてくるスバルの後ろから手を回し。
「なに?――きゃっ」
スバルを後ろから抱きしめる。普段は絶対、こんなことはしないのだが。張り切りすぎていたスバルを甘えさせてやるのが、私の役目。だが、今夜は無礼講でいいだろう。それに、スバルもより嬉しそうにしているし、何も咎められはせん。
▽▲▽△▼△▼
傷だらけだけど、優しくて大きな手が、ボクの身体を包む――狼がボクを抱き締めていた。今日はどこか大胆で、遊んでくれただけでも嬉しいのに、よりこんなサービスをしてくれて。大きな身体に見合うような、大きな心、懐の深さ。ボクは振り向いて、狼の背中に腕を回し、抱き締め合うようにした。
――好きだ。
この胸の高鳴りはきっとそうにちがいない。恋をしているんだ。お嬢様が取られると思った?いや、狼を取られると思ったんだ。ボクを本気で叱ってくれた夜に、ボクは自分の気持ちは確認した。今ならはっきりと言える。だから昼間、『ぷにゅる』という架空の子になりすまして、悪戯な事を言って。でも、それは本当にしてほしかったことでもある。心だけじゃなく、身体も彼に捧げたくて。この気持ち、お嬢様が狼に抱いている気持ちと同じに違いない。
「ふふ。やっと、甘えてくれた」
「たまには、な」
狼がゆっくりとボクから腕を離すけど、ボクは離さない。彼によりくっつけるように、胸と胸を合わせ、彼の頬に自分の頬をつけ。ぎゅうう、としがみつくように。
この、彼の温もり。艶かしい身体の傷跡も、身体で感じて。その中で、彼は自然と顔を綻ばせて――ああ、素敵な笑顔。胸をくすぐる。
「狼……。好き……」
「知ってる」
やっぱり、気付かれていた。そして無表情に戻ってしまったが、昔の、凍りついた表情とは違っていた。暖かみのある雰囲気。湯気とはまた別の、慈愛のような、親愛のようなモノ。
そんな狼が恋しくなって、愛しくなって。ボクは、彼を見つめた。不思議そうな顔をする狼、その中で、ボクは彼の唇にキスをした。
「……」
「ボクは、君が好き。大好き。だからこのキスは、お礼でもなんでもない。心からしたかったからした」
「そうか」
もう一回、彼にキス。無愛想ながらも受け入れる狼とは、恋人同士な訳ではない。勿論そうなりたいんだけど。お嬢様だって、狼にたくさんキスしているんだから、ボクだってキスしていいよね。真宵や宇佐美も、こんなことを見ていたら、狼にキスしてしまいそうだけど、狼は絶対に渡さない。
「……上がるか」
「あ、ボクも上がるよ」
膝の上から降りて、湯船から上がる。ちゅ、と三度目のキスを落としてから。その時に、足元が滑ってしまう。どた、と躓きながら。そこにすかさず狼が身体を割り込ませた。
――狼を押し倒してしまった。事故なのに、端から見たら絶対勘違いされる体勢。全裸で、大の男を襲っている図。しかも、好きな男の人を。
「大丈夫か、スバル」
「う、うん。ごめん、今すぐどくから!!」
「……」
タイミングが悪い。慌てて彼から飛び退こうとする時に、お父さんが入ってきて、間が凍りつく。というか、ボクが凍りついた。流、と狼が顔をお父さんの方に向ければ、何も言わずにお父さんは掛け湯をし、湯船に浸かる。
そして、こちらを見る。どこか嬉しそうな顔。サムズアップをして、よくやった、とも言わんばかりにご満悦。
「スバル」
「ち、違うよ⁉︎」
「孫は2人は欲しい。男の子と女の子」
「だから違うから⁉︎」
「そうか。まだ学生だからな、避妊は――いや、しなくていい。お前が幸せになれればいい」
「何言ってんの⁉︎」
「狼様、不束な娘ですが、どうぞよろしくお願いします」
「お父さぁぁん⁉︎」
「こいつが転けただけだ」
暴走する父、だけどボクを応援してくれていることはわかる。でも、やっぱり冷静な狼はボクを抱き抱え、脱衣所まで連れていく――所謂お姫様抱っこというやつで。ボクを長椅子に座らせると、下着と浴衣をすぐに着た狼は、全裸のボクの足首を診る。せめて、前だけは隠そうとしてもいいかもしれない。だけど、彼には見られても構いはしない。もう、お風呂だって何度も入ったんだから。
「怪我はないな。痛むか?」
「大丈夫、なにもないよ。……ごめん」
「気にするな。お前を助けるのは私の役目だ」
「ん……。ありがとう」
「お前が女であろうと、執事であろうと、私と共に奏に仕えてきた。相棒であることに変わりはないしな」
――相棒、か。
勿論、相棒が嫌な訳じゃない。信頼してくれている証拠なのだから、彼にそう言ってもらえるのはとても嬉しい。でも、ボクのこの胸の高鳴り、心の痛み――恋心。これらをすっきりさせるためには、もっと進んだ関係になりたいんだ。わがままなボクの心。お嬢様よりも、先に、奥に。
――どれだけ君を愛したら、この想いは届くのだろう?
「取り敢えず薬は塗っておくぞ。着替えてさっさと部屋に戻ろう」
狼の練った薬草がボクの足首に塗られ、鼻孔に心地好い香りが飛び込んで来る。小ビンを仕舞ってからバスタオルをかけて、ボクから離れていく彼の背中。優しい手。暖かな指先。
その温もりを、背中を、少しでも長く感じていたくて、ボクはすぐに着替えて、狼の後ろについていく。彼の温もりを味わいたく、わがままだと知っていながら、彼の背中に抱き着いた。
「狼……。好き……」
「ああ」
「このまま、連れて行って。離れたくないから」
――求めれば求める程に、切ない距離を感じている。君と、ボクとの。執事とボディガードの距離が。
微笑みながら、嫌がらずにボクを背負ってくれる。このまま、力強く、大きな背中。暖かなこの背中に身体を任せて、寝室へとボクらは戻る。廊下を往き、階段を上がり。
――ボクが壊れるほど愛したい。1/3でも、伝わって欲しい。