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いつの間にか私の背中で寝ていたスバルを布団に戻す。対して眠気が吹き飛んだ私は、浴衣のまま外に出て、海辺を歩いていた。
眠気が飛んだのはスバルの所為だ。あいつの唇の感触が未だに残って忘れられない。奏とのキスも、いつも感触は残るのだが、スバルのは、どこか私の心にも残ってくれていて。相棒からのキスは、また別の意味がありそうに思えて仕方がなかった。
「恋愛、か……」
「どうしたの、狼くん」
「真宵、寝てたんじゃないのか」
「起きちゃった。2人とも出ていくんだもん」
真宵も浴衣のまま出てきて、2人で海辺を歩く。さくさくと砂を踏みながら詫びを入れるも、真宵は気にしないと言ってくれた。ほのかに笑う彼女、月光がそれを更に明瞭に映し出す。
「起こしてしまってすまないな。眠気が吹き飛んでしまった」
「お話相手になろうか?」
「いや、いい。だが……傍にはいてほしい」
にっこりと真宵が笑うと、私に身体を預け、顔を見てくる。ああ、こいつは本当によく出来たメイドだ。そして、私の友達。両親を亡くして、家を失くして、それでも強く生きている。
真宵にも、奏やスバル、マサムネに坂町と、同じ様な感情を持つことがある。愛しい、そして守りたい。傍にいてほしい。温もりを、感じていたい。それは、ごく最近の出来事。家族、それは前から意識していた。だけども、この手で両親を殺めた――その汚れた事実から眼を背けずに、真っ向から立ち向かうと決めた今は、より一層、仲間が、家族が、愛しい。
「なにか、スバル様とあったね?」
「鋭いな。あいつにキスされた」
「へえ。やっぱり、スバル様も狼くんに惚れてるんだぁ……」
「私に、か?」
女の勘、というやつであろうか。真宵の言葉は的中している。あいつが、私に恋心を抱いている。確かに、最近スバルは私に更に甘えるようになったし、距離も縮まった気がする。こちらに踏み込んでくれようともしている。それはわかった、だからアイツの気持ちに気付いた。だが、今は応えられん。
――それは、奏もマサムネも同じか。二人とも、私に恋をしている。それを隠さずに、私にぶつけてくる。それに、いつか応えねばならんのはわかる。ただが、それに応えることは、私に許されるのであろうか。
また、自分の本能を見せてしまうことがある。その時、奏は受け入れてくれた。他は、どうなのだろうか。その時の反応を想像すると怖い。やっと作れた居場所が、なくなっていく気がして。そんな中、優しい私のメイドは、声をかけてくれる。
「私だって、狼くんに惚れてるよ。メイドっていう、今の私の仕事をくれたし、いつも真剣に私の面倒を見てくれているし、両親のいない今、甘えられない私を甘えさせてくれる。貴方に惹かれる女の子達は、君が意識していない優しさに惹かれて、貴方に惚れてるんだよね」
「優しさ、か」
――両親を殺した私に、そのような優しさはあるのだろうか?
――多くの人間を殺した私に、他人を愛する権利があるのだろうか?
痩せこけた良心を満足させるために、私は他人に優しくしているのだろうか。リードを引き千切り、飼い主に刃向かう私は、他人から愛されているのだろうか。今、また自分を見失う。他人のことはよく見ているのに。それは、狼が持つ卑怯さの現れかもしれない。逃げているだけ。
「みんな、狼くんを愛しているよ。坂町くんや、紅羽ちゃんだって。鳴海さんだって、狼くんに感謝し、友人として愛している」
「私は……人を愛せるだろうか。愛していいのだろうか?」
「いいんだよ。狼くんの過去は関係ない。あなたは、好きな人を愛していい」
「過去……。お前にも、話したいんだ。スバルにも後で話すつもりだ。私は、肉親を、この手で殺している」
「それは、あなたが自ら望んで選んだ事じゃない……。壊れていた貴方には、そうするしかない状況にいたんでしょ?」
言い訳や正当化はしない。だが、罪の意識も失いたくはない。両親を殺した、その事実は、忘れてはいけない気がする。真宵は真っ直ぐな眼で私を受け入れてくれる。それは、前に私が真宵にした眼と似ていた。専属メイドだから、恩があるから、という感情を通り越した何か。
「狼くん、私は貴方の傍にずっといる。私は、君に殺されたって構わない」
「私は、お前を殺したりはしない。殺したくない。私が死んでお前を守る――いや、私は、生きたい。生きながらえつつ、お前を守る」
「狼くん。優しさも、その強さも、私は好きなんだ」
小さな身体で、こんなに大きな優しさを持つ真宵。私よりも遥かに優しい。こちらを向いて、私を抱き、より優しく――聖母のような慈しみを放ちながら、私に気持ちを伝えてくる。
こいつが愛しい。今は何故か、真宵が愛しい。真宵を抱き寄せ、眼を見つめ返す。そのまま、互いに顔を近付け、唇を重ねた。
「んっ……」
「真宵。お前にキスしないのは、不公平だろう?」
「そうだよ。いつも、お嬢様とかスバル様ばっかりキスしてさ。私だって、したいのに。でも今、ファーストキス、あげられた」
「乱暴な初めてで、悪かったな」
「狼くんのキスなら、どんなものでも私は嬉しいよ」
もう一度、今度は彼女からのキス。この"キス"という行為が、何故か私に安心感をもたらしてくれる。相手が真宵だからかもしれない。
最初の頃は、皆が手を焼いた。だが、私は仕事を覚えるより、振る舞おうとする器量を認め、専属メイドとした。私の下でのびのびとやる方が、仕事を覚えられるとも思ったから。今は違う。家族を欲した私は、真宵の優しさに甘えている。恐らく、間違いはない。
「狼くん、大好き」
「私も、真宵は好きだ。だが、まだお前と恋仲にはなれない」
「やっぱり、お嬢様やスバル様、宇佐美さんとで、気持ちが迷っちゃう?」
「ああ……。恋、なのかもしれん。お前ら四人の内、誰か一人を考えると、心が暖まるんだ」
「恋、だね。狼くんが恋かあ。私に振り向いてくれるといいな」
「なら、真宵は頑張らないとな。一番頑張っているのは、お前だと思うが」
「いつも、身近で見てくれているもんね、狼くんは」
専属メイドなのだ、いつも傍にいるのは間違いない。真宵だって、かなりの困難を味わっている一人だ。そんな彼女を心配できない訳がない。真宵のさらさらしたピンクの長い髪を、優しく手で触る。にっこり笑う、元気印の顔。こいつの笑顔は、失いたくない。
家や家族を失っても、こいつは強く生きている。ああ――私達が受け入れたからなのかもしれない。だが、私は、それに尊敬をしている。一つも馬鹿にすることなく、慰めをすることもなく、ただ本心で。
「このまま、寝るか」
「そうだね。くっついてたら、あったかいし」
軽い彼女の身体を抱き上げて、部屋まで戻れば、真宵を私の布団まで連れていき、一緒に寝る。彼女の身体を抱き、また真宵に抱かれる。私の背中には真宵。そして真宵の後ろにはマサムネ。私の後ろには、奏。スバルも、いつのまにか奏の布団に入っている。
今日は、少しだけ、周りに甘えてみよう。暖かなこの空気、雰囲気の中で。最早暑いとは感じられなかった。この心地良さに甘えること――権利はないかもしれないが、せめてしたかった、私のわがまま。
――愛、とは。何なのだろう。今、私が感じていることをいうのだろうか。純粋な愛は。それを求める、とは。私が配れる愛、とは。優しさとは愛か。
この問題に対する答えは、いつわかるのだろう。模範解答が出るわけでもない。一般解があるわけでもない。哲学的な深みにはまる。だが、その深みに溺れる事も、今の私にとっては、必要な事なのかもしれない。