まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 今朝の通告通り、午後から私は奏のパーティにボディガードとして同行していた。命を狙われる危険を考慮してのことであり、初めて人の目についての仕事。だが私がいるなら多分大丈夫だろう。

 

 自信はある。他の人間より、殺気や危険には鼻が効く。生き抜いてきた環境、この立場。そういう面も踏まえて、私を登用したと、容易に想像ができる。身体中に張り巡らせる感覚、彼女にもたらす脅威に対応すべく気を張るが、奏は気遣いからか言葉をかけてくれた。

 

「屋敷には沢山SPもいるんだし、そんなに慎重にならなくても大丈夫よ」

「すぐに動ける護衛がいた方がいいだろう」

 

 確かに、外部からの侵入は出来ないと思っていい。それでも、中にいる人間から不埒な者が出ぬ、とは断言出来ないだろう。それが意識の差なのか。物理的に近い距離、ここでなら咄嗟の対応もできる。会場に着いてから大まかに内部を把握したあと、スバルと共に奏の横に付き添えば、ちらりとサングラス越しで見た奏の顔は少し引き攣っていて、パーティーが嫌そうに見えた。

 

「嫌なら断ればよかったものを」

「なんでわかったのかしら?でもしょうがないわ、家の為ですもの」

「自分と家を秤にかけてみろ、きっと自分が可愛いに違いない」

 

 誰でも自分に一番気をかけるはずだ。他人に気を使う余裕は、本来はないのだ。私が異端なだけである。ホールに足を踏み入れれば、かなりの人数がその場を埋め尽くしていた。誰が危険なのか、武器を持っているのか解らない。そんな中で、私はより意識を強くした。

 

 すん、と鼻を利かせる。アルコールの匂い、食器が擦れる鈍い音。フォークであっても、ナイフであっても、それは使い様で武器になり得る。この身体を盾にすれば、奏は守り切れよう。

 

「スバル、奏の側を離れるな。誰が襲って来るかわからない」

「考えすぎだよ」

「甘い。何があろうが、不測の事態を頭に入れておけ」

 

 考えすぎ、か。確かにそうやもしれん。だが、考え過ぎる臆病が、一番この仕事に合っているのだ。それをわからない彼女は、まだまだ青い。そう諭すと、少し不機嫌そうにしたが、機嫌の良し悪しで行動を変えられては困る。

 

 離れるな、とは言ったものの、奏だけでする仕事はある。ならば、その近くにいるべきだ。半径1m以内には常に控えているべき、そう考えて、スバルと私は彼女の近くに立っていた。中身のない、体裁だけを整えた、味の無いスピーチ。生憎、私には同じ様な場面は現れん。が、その際の、笑顔ながらも怠さを感じさせる奏。卒なくこなして、ゆっくりと壇を降りて、スバルと私はすぐ彼女の側に着き、あらゆる脅威から彼女を守る体制を整えた。

 

「お疲れ様でした、お嬢様」

「ありがとう、スバル。貴方はなにもないのね?」

「私は執事ではない、ましてや君に頭を下げる必要もない。君を守ればいいだけだ」

「あら、頼もしいじゃない」

「そういう仕事だ」

 

 執事など、私には勤まらないだろう。すぐ反抗して首にされるのが目に見えている。やはり、私には危ない仕事の方が似合っている。ぶっきらぼうに感じられるかもしれんが、好かれる必要もなく。義理の姉弟であろうが、まだ知り合ったばかりなのだ。

 

 爛々と光るシャンデリア、豪勢な風景。その中、奏への意識を保ちつつ、じっと群集を見つめて、誰が危険なのかをまた観察する。殆ど殺気は感じられないが、穏やかな人間が多いのだろう。禿げ上がった中年男性や、皺くちゃな老女、明らかに奏を色目で見ている若い男、小さな子供……。様々な人間が奏の所へ近寄れば、にこやかに笑みを見せ、私を見ては皆一歩退いたような空気になる。ただ普通に接するのは、小さな子供のみ。好かれる必要はない、命を売る仕事なのだから。

 

「狼?」

「どうした」

「サングラス、外したら?素敵な顔をお披露目して」

 

 ……私の法は、奏だったな。仕方ない、とサングラスを外して、スバルが言う、透き通ったエメラルドグリーンの瞳をあらわにする。傷を利き手の左手でなぞり、醜さを感触で確かめてみれば、電流の様に、痛みが軽く走る。しかし、弱さを悟られてはいけない。あくまで無表情を貫く。

 

 ――この傷は、あまりにも深い。ナイフでえぐられているのだ。

戦場での傷は勲章、とはよく言ったものだ。それは、誤魔化しに過ぎない。慰めは、傷を癒しはしない。心の傷には、特に。その想いがある中、視線は私へと集中していた。

 

「一瞬で、視線を独り占めね」

「傷の所為だ」

「顔立ちは綺麗な方よ。更にその傷が貴方を引き立てる」

「女性が惹かれる程、魅力的な男ではないさ」

 

 人を引き付ける力はいらない。寧ろ人から離して欲しい。奏は護衛対象だから仕方ない。スバルも執事という立場から仕方ない。本当なら他人は嫌いなのだ。何時刺されるかわかったものではない。これも、私の育ちの所為だが。

 

 その中で、視線を独り占めすると同時に、危険を感じ取った。スバルの肩を掴み、耳元で囁く。

 

「終わるのは何時だ?」

「さあ?」

「早くした方がいい」

 

 忍び寄っていたのだろうか、怪しい格好をした男が、ロープと煙玉を隠し持って、奏の半径20m内に入っている。ほら、言ったろう。

 

 唐突に私は動いた。奏とスバルが気付かぬ内、手に持っていたサングラスをそいつに投げ付けて牽制する。当たった瞬間に怯んだその男の腕の関節を取り、男のロープで手を縛り、更には身体まで拘束した。大捕物、とまではいかぬが、それに気付いた奏とスバルを横目で見て、口を開く。

 

「こういうのが、湧くからな」

「お見事……」

 

 男を地面に這いつくばらせたまま、ついて来た流に引き渡す。金が来るかは解らないが、ゲイバーにでも送ってやれ、と一言添え。彼は、かしこまりました、と涼しげな声音をし、そいつを引きずっていった。

 

 事が済めば、ホールは再びざわめく。それが止まない中、奏の元へ戻ると、よくやったわね、と褒められた。その報酬のつもりなのだろうか、シャンパンがグラスに注がれ、私の手へと渡された。

 

「この国では、未成年は禁酒なんだろう?」

「構わない構わない。ルールは破られる為にあるのよ」

 

 アウトロウな世界で生きてきた私にとって、すっと受け入れられた言葉だ。ちょうど喉も乾いていた。グラスに口痕が残っている事を知っていたが、それすら気にせず、一気に飲み干す。

 

 果実の甘さ、強めの炭酸。アルコールの濃度は抑え目。なるほど、これじゃ酔えん訳だ。恐らく、口痕は奏のもの。味付きの飲料など、初めてまともに飲んだ。それが真っ先に私の中で思い浮かんだ事であった。

 

「因みにこれ、私が口を付けた後なのよね」

「だからどうした。一々細かい事を気にしていては生き残れぬ」

「間接キスの感想がそれ?」

「興味がない」

 

 恋愛ごっこやオママゴトは勝手にやれ。私はその類いを面白いとは思わない。第一、間接キスとは?直接、口付けを交わさない事なのだろうか、言葉からはそう推測できる。それを、恋愛に結びつけるのは、いささか強引な気がするし、恋愛というものを私は知らない。

 

 少しして、スバルの腑抜けた声が鼓膜を揺らした。ふ、と見れば、彼女がグロッキー状態。飲ませたのだろうか、敵は身内にいたとは。

 

「お嬢様ぁ、暑いんで脱いでいいですかぁ」

「スバルは下戸か。ここで脱いだら彼女の面目は失くなるぞ」

「なら、他の部屋に連れていきましょう」

 

 多分、奏は確信犯だ。私で遊んでいる。それに付き合う暇もないし、優しくもない。一応スバルの体裁を守るため、彼女を別室に連れ、鍵を閉めて閉じ込めておく。ここならば出て来ることもなかろう。

 

「ローウー!出せー!」

「少ししたら迎えに来るから黙って大人しくしろ」

「あら、ダメじゃない。ボディガードが離れちゃ」

「すまない」

 

 つまらなさそうに頬を膨らませる奏だが、それにも私は反応しなかった。構って欲しいのだろうが、何度も言うように私はボディガードである。そこまでは業務外だ。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 段々とパーティーも白けてきて、お開きの空気になってきた頃、私は奏を連れてスバルを迎えに行った。鍵を外し、部屋に入ると、ほぼ全裸で横たわるスバルがいた。

 

「わぁ、ロウのえっちー」

「生憎、女体などを見ても反応しない体質なんでな。着替えさせて、運ぶぞ」

「狼様、奏様、お迎えに……ってスバル!?」

「ごめんね流、狼が食べちゃった」

「そんなわけ無いだろう、奏がアルコールを入れて酔わせて潰したんだ。会場で脱ぎたいというから、ここに閉じ込めたら、この様だ」

「は、はあ。狼様の判断と扱いに感謝いたします……」

 

 スバルを執事服に着せ替えてやり、頬を軽く二、三回叩く。彼女は酔った記憶がなさそうで、虚ろな瞳で周りを見渡した。

 

 彼女の酔いは覚めていない。彼女が私に顔を向けると、ここはどこだ、と聞いてきた。パーティー会場の待合室だ、と簡潔に答えてやり、スバルの手を引っ張って立たせるが、彼女の足元は覚束ない。仕方が無い、と奏は言い、スバルをおぶるように私に命じた。原因はお前だ。しかし、執事がこうである以上、私もそれに従わねばなるまい。ちょうど隣には流がいたので、それが幸いというべきか。

 

「流。娘を背負ってやれ」

「承知しました、狼様」

「お前の娘だ、お前が面倒を見ねばなるまいに。それが親の義務と言うものであろう?」

「……全く以てその通りでございます。愛娘をほったからす訳にはいきませんからね」

 

 彼は、親であるという意識を忘れている気がする。私の中でのイメージでしかない。自分の両親など知りはしない。顔も声も、何も知らないのだ。

 

 流だけではない。奏の父も、奏を娘だと忘れている様な気がするのは、なにかの勘違いなのであろうか?パーティーは、令嬢である立場からして、出席は必須。だが、ある程度自由にやらせるのもよかろうに。欲求不満そうな奏の顔は、恐らくそれが原因なのだろう。スバルの代わりとして、奏を車に乗せ、苺に出してもらう様に言って、窓の外を見つめて、到着まで私は時間を潰した。

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