◆◇◆◇◆◇
海でのバカ騒ぎの後、夕暮れ時。この地域で行われる夏祭りに行くことになり、私はシャワーを浴びた後、いつものレザーウェアにレザーブーツ、そしてサングラスを付けて、坂町と共に外に出る。スバルは後から合流するに手筈になっているのだが、奏が色々と考えているらしい。こういうときの奏は、非常に心強い。一抹の不安もないのは、坂町も同じだった。
神社の敷地内で連なる縁日の屋台。様々な臭いが飛び交い、午前よりも騒がしい道。人混みに飲まれてはぐれないよう、坂町からなるべく離れないようにした。彼もまた、私が守る対象。男同士だからなのか、彼の負担も少ないようで、憑き物が取れたような顔をしている。
「おまたせ、狼くん!!」
「真宵か。そんなに待ってない。ぷにゅるもすまないな、付き合わせて」
「ううん、私も行きたかったから」
ぷにゅるに装っているスバル、そして真宵。涼しげな浴衣は夏の風物詩だ、と坂町が言う。なら、私達も浴衣を着れば良かったかもな。他の女子までも来て、坂町と奏とで話が出来ている様に合わせた。そのスバルにべったりな紅羽。浴衣姿の女性陣。みな、夏の風流を感じさせてくれる。
こんな華に、男一人、怪しいサングラスをかけていては流石に浮く。サングラスを外し、胸の内ポケットにしまって、奏の隣について護衛体勢を取るが、今日はそれほど固く構えてはいない。肩の力を抜いて、普段の息抜きと考え、この祭りを楽しもう。
「ぷにゅるは、紅羽と鳴海と一緒か。女性だけでは危ないだろう、坂町、どちらかについてやってくれないか」
「じゃあ、俺は涼月んとこに着くよ」
「ああ。姉を頼んだ」
スバルも紅羽もいるから大丈夫だとは思うのだが、念のため、だ。それと、坂町は、私の普段の役割を替わってくれる気遣いがあったのだろう。私の肩を叩いて、「楽しんでこいよ」と伝えてくれた。ここでも漢気を見せる彼、流石と言うべきか。
せめてもの、私からの心遣い。胸元から一つ、拳銃を取り出しては、彼に渡す。カートリッジの充電は大丈夫だろう。
「その前に坂町。これを持っていけ」
「ん?……拳銃かよ」
「スバルが使っていたスタンガンだ」
「レジャーランドの時のやつか」
「ああ。殺傷能力はない」
護身用武器としては、十分な威力は持っている。こちらは麻酔銃もファイブセブンもあるから大丈夫だ。格闘だってぬかりはない。それに……坂町は、強いしな。女を殴れんだけで、格闘のスキルはある。流とやり合った時、坂町の拳一発だけで、アバラを痛めたらしい。私が昔折ったところだからかもしれんが。なら、あいつが風邪をひいたのも合点がいく。
スバルにひっつく紅羽と、往き交う人の眼鏡にうっとりしているナクルと、そして私にくっつく真宵と共に、ゆっくりと足を動かして屋台を回る。彼女らがなにを見てなにをしたいのだろうか、私はわからないから、紅羽達にそれは任せた。
「わんこ先輩、かき氷食べましょう!!」
「む。ぷにゅると真宵は何がいい?」
「私は……イチゴかな」
「私はブルーハワイっ!!」
「ナクルも紅羽も、頼んでいいぞ。私が買わせてもらう」
これくらいは私が奢ってやらないとな。後輩に奢るのが先輩の役目だ。
私と紅羽、ナクルはメロンを頼んで、それぞれ食べ歩きをしながらほかの屋台を回る。たっぷりかかった甘いシロップを下に行き届かせて、一口掬って食べる。口の中も、身体も、一瞬で涼んでいく。
しゃく、と氷を喉に通す。陽が落ちたとはいえ、確かに少し暑い。やみつきになるかき氷勢、その後にくる生理作用すら、楽しんでいるようで。
「つべたーい!!」
「氷だからな」
「頭キーンって、痛いっ!!」
「がっつくからだ。落ち着いて食べろ」
「狼…お兄ちゃん、あーん」
「ん。ぷにゅる、ありがとう」
「えへへ。美味しい?」
「ああ」
スバルから差し出された、紙製のスプーン。その上のイチゴのかき氷は、ほろほろと口の中で溶ける。紅羽やナクルはそれを見て、「許婚スキル」とか言っていたが、やはり勘違いされているな。
しかし、屋台など回らなくとも、こいつらと一緒にいるだけでも楽しい。スバルも、いつもより笑ってくれるし、真宵だってもっと私に近付いてくれている。私の心を癒すかの様に、皆が私の心の絆創膏になっている。自然とまた、肩の力が抜けた。私の頭が、かき氷でよりクリアになり、全身をリラックスさせる。ふう、と息を吐き、身体に掛かる無駄な力もより和らげた。
「狼くん、あれ!!」
「金魚掬い?」
「わんこ先輩、勝負しましょうよ!どちらがよりたくさん取れるか対決です!」
「初めてやるから、私では相手にはならないと思うが」
「私もやる!ぷにゅるちゃんもやるよね?」
「うん!!」
真宵も楽しそうだ。家族となってからは、メイド服を脱いだ後はアクティブになっている。代金を私がまた払い、金魚を掬う
角度と圧力を考えて、金魚の進行方向を予測する。予想通りに来た瞬間にポイをいれ、桶の中に入れる。鳴海がそれをカウントすると、紅羽も負けじと1匹を掬いあげた。スバルや真宵も、まずは1匹。ふむ、手掴みで魚を獲っていた感覚と同じか。
「あー、ポイ破れそう!」
真宵の一声。彼女の手には、切れ目の入った網のポイ。この薄い網――というか紙は、水に浸したらすぐに破れるのはわかっている。
素早く、力を入れずに掬うのが得策だな。尻尾より、進行方向の頭を狙うのが、金魚の勢いを利用できる。それを用い、調子に乗って、5、6匹程掬った。
「ぷにゅるちゃん、日向先輩アウトー!!」
「やりますねわんこ先輩、でも私には勝てませんよ!!」
「すでにポイが破れているぞ、紅羽」
「あと3、4匹はなんとかいけます!!」
「もう無理だ。ほら、もうダメだな。私もポイが破れた」
「ということは、わんこ先輩7匹で優勝、紅羽ちゃんが6匹で準優勝ですね!!」
金魚を放してやり、ナクルが商品として眼鏡をくれた。チョイスがなんともナクルらしい。私は眼鏡を胸にしまい、濡れた手をハンカチで拭いた。スバルらにも貸してやり、皆の手の水分を取ったところで、次はまたもや紅羽の提案で、射的屋に入る。
コルク銃に、様々な景品。あまり魅力的な景品はないが、沈黙ヒツジがやたらとある。私の専門分野、ライフルは軽く、銃身は真っ直ぐ。
「わんこ先輩、あの沈黙ヒツジ欲しいです!!」
「ぷにゅるも欲しいか?スバルにも、土産で1つ持って帰るか」
「そうだね。スバルお兄ちゃんきっと喜ぶよ」
吟味したモノを紅羽に渡せば、彼女と並んで、コルク銃を構えた。お手本を見せてください、と言われれば、アサルトライフルを持つ要領で構え直す。片目は閉じず、ストックを肩に付けて。沈黙ヒツジの身体に当てるより、下側の足に当てた方が取りやすいと思ったので、それを狙った。
1発でぬいぐるみが落ちる。弾の軽さはあれど、硬めのコルクだ。どうということはない、と言えば紅羽も自信を付けた。身長は足りないながらも、私の構え方と狙いを真似し、沈黙ヒツジを撃ち落とした。中々のセンスだ、と彼女を褒め。
「ナクルも眼鏡を狙いますよぉ!!」
「軽そうだからな、縁を狙うといい」
「なら私はあのポーチを!!」
「当たれば落ちるな……ん?」
沈黙ヒツジを5匹撃ち落とし、弾が切れた時だった。スバルがいない。どこへ行ったのか。匂いはまだ残っているが――恐らく、パズルのピースはここにある。
奏からはなにも説明がなかった。スマートフォンのバイブレーションが震えて、その液晶を見れば、マサムネからだ。『涼月奏が席外すから、着いてきてだって』……ふむ。
「トイレに行ってくる」
「じゃあ、私達は、射的が終わったらどこかで待ってるね?LINEを入れておくから」
「頼んだ」
くんくんと鼻を動かし、奏とスバルの匂いを辿る。様々な匂いが蔓延するこの場であるが、鼻が利く体質で良かったと初めて思った。
◇◆◇◆◇◆
何分から歩き、明るい縁日から、街灯しかないアスファルトの道に出る。黒い燕尾服が、あちら側からやってくる。流だ。
「狼様」
「お前がここにくるのが、やけに早いと思った。本気で連れ戻す気がないのもわかった」
「……盆、ですからね」
盆、か。日本独自の文化。先祖を迎え、そして送る。仏教徒でもない、無宗教の私は、雑学としてしかわからん。確かに、この時期になったら近衛親子はいなくなっていたが、奏は何も言わなかった覚えがある。
――小鳥遊、盆、近衛親子。なるほど、パズルのピースは埋まった。なら、最初からそういえばいいのに。スバルにも、色々な変化があったはずだ。それを伝える為に、奏は私たちをここに連れてきたのか。
「素直に言えばいいものを。回りくどい芝居なぞ、せんでいいのに」
「――ご理解が早いようで。こうしなければ、スバルとも、お嬢様とも。そして、狼様とも、妻に会わせられませんでしたから」
「やはり、な。私を会わせる、か」
近衛親子は、私に対して、絶大な信頼をおいてくれている。流はもとより、スバルは去年の、あの事件から。「そして今日はあいつの命日」と流が口にすれば、私が出る幕なのかはわからなくなった。
――私が会うべきか、否か。自分の由来さえわからぬ、産み落とした両親の顔さえわからぬ。この手で殺めた、恐ろしい可能性がある。そんな人間が、行っていい場所なのか。線香の匂いはここまで来ている。その迷いが、流にも伝わったらしく、私の名前を呼ぶ。
「――狼様」
「わからん」
「なら、私が答えてあげる。行きなさい」
流が来た道を、奏も歩いてきた。そして、おそらく奏に呼ばれたのであろう坂町も。スバルの姿は見えん。ということは、まだあいつは、母親の墓前か。
行ってやってくれ、と坂町と流の声。喧嘩をしないこの二人の場面は、珍しくもある。静かな雑木林の中、天を見上げれば、若干雲がかった中に、わずかに見える星。北斗七星、その示す方向も、墓の方。
「流、奏と坂町を任せた」
「ありがとうございます、狼様」
言い残しながら、脚を運ばせる。落ち着いた笑顔を浮かべる流、そして奏と坂町の視線に振り向かず、歪な丸太の階段を上がっていく。
スバルは、そこにいる。