まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 より強く線香の匂いが充満する、日本の墓地。足を踏み入れ、初めて見る墓石の数々。連なる墓の奥の方に、ライトに照らされる浴衣姿――近衛スバルは、墓前で手を合わせ、眼を瞑っていた。

 

 足音か、その匂いか。スバルは、私に気付く。手を合わせたまま顔をこちらに向ければ、待っていたような顔をして。ふふ、と嬉しそうに彼女は微笑む。

 

「狼。来てくれたんだね」

「一人でいなくなるからな。聞いた、全部」

「そっか。お母さんにね。どうしても、ジローやお嬢様、そして君の事を教えてあげたくて」

 

 今まで、女であることを隠して生きてきたスバルだ。私や坂町にバレてしまったが、それ以前からも、友達が出来なかった。私と同じく、他人との関わりをなるべく避けていたから。しきたりだから、ということを守って、それを胸に、ひたむきに努力をする彼女。それを夢だと言い張られれば、返す言葉はなくなる。本当は、流の想いにも気付いているはずなのに。

 

 小鳥遊家の墓の前で、スバルの隣に立つ。死者が返事や挨拶をするわけでもない、そんなことは私が一番知っている。多くを殺めてきた、だからこそ。しかし、スバルは違う。彼女は、あくまでも民間人。その眼には、母親がきちんと見えているのだろう。

 

 スバルを真似、目を瞑って手を合わせた。黙祷、その中で、スバルが私に声をかける。

 

「やっと、紹介できた」

「……遅れて、すまん」

「ううん。狼は、来たがらないと思ってた。お父さんもお母さんも、知らないから。それを引け目に感じちゃうかも、って」

「気遣ってくれてたんだな」

 

 なるほど。こうでもしないと、私は連れてこられなかった、か。確かにそうかもしれん。

 

 親の顔も、愛も知らぬ。その温もりに甘えたことは、恐らくない。赤子の頃の記憶は持っていないし、何より、クスリ漬けだった脳味噌だ。何があったのか、何がわかっていたのか。それすら危うい。だが、何故か、あの男の言った、「親殺し」が、頭にこびりついて、離れない。勝手にそれは、私の口に出ていて。

 

「私は、な。恐らく、親を殺している」

「……」

「文化祭の時。レジャーランドでの時。どちらも、私が耳にした。本当かはわからん」

「……だから、あの時」

「信じたくはない。だが、頭にこびりついて、離れん」

 

 ――自分の本性を受け入れる。そう、決めた。だから、話した。自分の発言を肯定してほしいわけじゃない。過去を認めてほしいわけじゃない。自分が自分を受け入れる為に、話していたのだと思う。

 

 手を離せば、小鳥遊と彫られた墓石に視線をやる。きっと、スバルの母の骨が、この石の下にある。私の両親の骨は、恐らく無残に晒されている。その違い、しでかした過去、それすら受け入れねばならん。心すらも傷まみれ、しかし、逃げてはならん。そう決心した私をスバルは知らない。知らないからこそ、知ろうとして、私の手を握ってくれた。

 

「大丈夫」

「……スバル」

「例え、本当に君が、君の親を殺していても。君は、生きる為に戦っていたんだ。今、君がこうして元気で生きている。それがわかっているだけでも、きっと親孝行をしているよ」

 

 小さな手、だが暖かい。その手を、私は握り返した。この暖かさに浸るわけでもない。彼女の優しさに、応えねばならん。そう思ったから。

 

 ――これが、私に出来る、両親へのつぐない。幸せに、健康に。今の姿を、父と母が見守ってくれているような気もする。私には、スバルがいる。奏もいる。マサムネも真宵もいる。皆が、私のそばにいるから。だからこそ、生命を賭して、守り抜く。これは、私からの、両親への誓い。

 

 そのまま、スバルが私の腕に抱き着いて来る。スバルを甘えさせるのが私の役目なのは、前にも言った。振りほどかず、優しくスバルの頭を撫でてやる。今、私とスバルしかいないからこそ、こいつは甘えられる。肩肘突っ張って、懸命に奏に仕える執事だから、こそ。

 

「ボクは……きっと、一人ぼっちだった。お嬢様はお友達、だけど。心を開いて話せる人、本気でぶつかれる人。そんな人が現れるまでは、一人ぼっちで」

「……」

「最初に君と会った時、ボクは拒絶してた。だけど、今は違う。君が、ボクの心の拠り所」

「――私とて、孤独だった。お前と奏に会うまでは」

「……ねぇ、狼。ボクらはきっと、導かれて、出会えたんだよ」

 

 運命。陳腐な言葉だ。だが、今だけは、それを受け入れられる。互いの寂しさを埋め合い生きていく――以前の私、そして周りから見たら、泥臭いとか虚しいとか思われるかもしれない。それでも、私とスバルにとっては、出会って、今二人ここにいる一番の理由になっていて。

 

 雲は晴れた。満天に光り輝く星々は、私達二人を微笑ましく見守るのよう。真実や心情を打ち明ける私たちを、優しく受け入れてくれる。あの星は、プレアデス。和名は……(スバル)

 

「綺麗だね……」

「ああ。お前も、綺麗だぞ」

「……えへへ。嬉しい。君に言われると、とっても」

 

 寄り添い、空を見上げ。ぎゅう、としがみつくスバルは、眼に星を映す。空に、一筋の光が走れば、流れ星、とスバルは呟いた。途端、彼女は祈り出す。優しい顔をし、目を瞑って。

 

 どんな願いをしているのか。私と付き合う、というのは予想している。だけども、彼女の口から漏れていたのは、「狼を知りたい」という言葉。私は、私を知らないままだった。なら、名前を知った今、こいつに教えてやるべきだ。

 

「……ハル・ケーニッヒ」

「え?」

「私の本名だ。ハル・ケーニッヒ。ドイツ人と、日本人のハーフ」

「……素敵な名前だよ。ねえ。ハル、って呼んでいい?」

「構わない。狼として、ハルとして。二つで一つの私だ」

「ハル。大好き」

 

 名前を口にした途端、彼女の顔の赤みや、心動が強まった。笑顔に、腕にしがみつく力の強さ。スバルの身体が、私に更にくっついてくる。腕だけではなく、私の身体自体に抱き着く彼女。優しく抱き返して、少しの間、スバルを包み込む。それすら、彼女にとっては、私を知る材料になる。体温が、身体のすべてが、彼女の脳に刻み込まれる。

 

「ボク、ね。君と結婚したい。嘘じゃない」

「――そうか」

「相棒じゃ、もう足りないんだ。君と、いつか。この身体は、君に捧げるから」

「……」

「今までも、これからも、君は身体を張って、ボクらを守ってくれている。だからボクは、君にこの身体を捧げる。そう、決めた」

「……相棒よりも、踏み込んだ関係になったらな」

「うん。答えは、いつでもいい」

 

 きっと、奏も同じ気持ちなのだ。照れ隠しなのかは知らず、ふざけて私に抱かれようとする。その分、スバルは真っ直ぐ伝えた。正直な気持ちしか、こいつは伝えられないだろうから。

 

 胸に顔を埋めるスバル。私の身体に深く体重をかけてくる。華奢な身体を任せて来る彼女の、強がっている心の凝りをほぐすように、それを受け入れた。

 

「もっと近付こ。ボクは、もっと君に甘えたいんだ」

「好きなだけ甘えろ。私はそのためにここにいる」

「ハル……。ますます好きになっちゃうじゃないか」

「人を好くのは、いけないことか?」

「最早、君無しでは生きていけなくなる」

「そうなればいい。私は死なない。ずっとお前らの傍にいる」

「……お嬢様達が君に惚れる理由が、わかった気がするよ」

 

 私にはその理由はわからない。ただ人の気持ちを受け止めてやれるだけの男、それが私だ。こんな男を好くスバルらは、少しおかしいかもしれない。悪い気持ちでは決してない。

 

 ぎゅう、とより強く、彼女は私を求める。身体を撫でる微風(そよかぜ)は、彼女の火照りを冷めさせるかのように。それでも、その力は弱まらない。

 

「もっと強く抱きしめてほしい」

「こうか?」

「うん。この距離が、ボクとハルには合っているよ」

「あまり力を入れると、お前が壊れてしまいそうで怖い」

「そんなにヤワな身体はしてないよ。それは君が一番よく知っていること

でしょ?」

「ああ。お前が女だということも知っているから、だ」

「女の子、かあ。君にそう見られていると思うと、少し恥ずかしいな」

「意識はする。最近は、な」

「本当?」

「嘘じゃないさ」

 

 ぴょこんと、スバルの髪の毛が揺れ、彼女が私の顔を見た。星に負けじと輝く、サファイアの瞳。綺麗な彼女の笑顔。墓地で、しかもスバルの母親の墓前で、スバルと共感している。

 

 普段は見せられない、女の子の姿。可愛らしい笑顔。そして、いつ壊れてもおかしくない、スバルの脆い心。今、こいつの母に、誓おう。スバルを守ると。奏だけじゃない、スバルも、真宵も大事な人間だ。

 

 流の愛娘、奏の愛する執事、真宵が憧れる理想像、マサムネの想い人。そして、私の唯一無二の相棒。一心同体、共に手を取り助け合う。だが、私は一方的にスバルを守ろう。私のわがままかもしれないが、スバルを失って、悲しむ人間は数多い。私なら、悲しむ人間は少ない。

 

 ――それに、スバルを、身を張って守りきれるなら、死ぬことさえ本望だ。死ぬつもりはさらさらない。約束をした、私は死なぬと。私の命は、私だけのものではない。

 

「戻るか?」

「うん。手、繋いでいい?」

「ああ。眼鏡もかけておけよ」

「わかってるよ」

 

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