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スバルの手を引き、林道を歩く。すぐにアスファルトの道へと出るのだが、田舎だからか平坦ではない。転けないよう、彼女をきちんとエスコートしなければ。今の私達は、普段の奏とスバルみたいだ。
生憎、私に執事なんぞ、務まるわけがない。スバルだからこそ出来る。流だからこそ、教えられる。私は、護身を教えただけ。こいつが「気遣い」やら「振る舞い」を私から学んだ、と言うが、はて。私は普段通りに過ごしているだけだったのだがな。どうやら、私の普段と、スバルの普段は、違うらしい。その視点のズレさえ、今はすっかり合ってきている。
「ねえ、ハル」
「なんだ?」
「……どうせなら、ボクの執事になってみない?」
「無理だ。私には合わん」
「燕尾服、似合ってたのに」
「お前には負けるさ。振る舞いも、風格もな。本職には勝てん」
「ふふふ。相当買ってくれてるんだね」
「当たり前だ。私の相棒だからな」
縁日の方に戻って来ると、既に皆は分散していて、真宵からのラインで指示された場所の休憩所には真宵しかいなかった。彼女は私とスバルを見て、こちらに歩いて来ては、何があったのかは聞かず、それよりも連絡事項があるとのことで、少し困り顔をしながら話し出す。
「スバル様、お嬢様が呼んでます。浴衣美人コンテストがどうとか」
「えっ?」
「行ってこい。真宵も行くんだろう?」
「うん。でもお嬢様は出ないって。それよりも、その後のバトルロワイアルが重要とか」
小さな町の祭りで、なにやら仰々しいイベント。この祭はいったいなんなんだ、と疑問を持つ。バトルロワイアルなど、予想は出来ないが、またろくでもないようなことだろう。戦うことは見えてはいるが、流石に物騒なものではないだろう。
それでは、と真宵がスバルを連れてどこかに行く。また一人かと思ったら、入れ違い様に奏が来た。彼女は私の手を握り、にっこりと笑いながら話しかけて来る。ちゃんとお話ができた、と問い掛けられれば、ああ、と返す。そうして、ようやく自分の番だ、と腕に身体を巻きつかせて話し出す。
「やっと二人きりね」
「ん。他の奴らは」
「ジローくんと一緒にいるわ」
「そうか。それより、バトルロワイアルとは」
「ちょっとしたサバイバルゲームよ、貴方は得意でしょ?」
「まあ、多少は」
「多少どころじゃないでしょ?それまでは、私に付き合ってね」
「ん。ああ」
休憩所を出て、屋台の方に向かおうとする。その時、何かが私の足首に違和感を感じる。すりすり、と毛玉が擦り付けられるような感覚、奏ではないし、なにか虫だろうか。
すまん、と奏に離れてもらい、足元を見ると、小さな銀の子犬――犬にしては、少し大きいか。オオカミだろうか。それにしても、こんな所に、かような獣がいるとは思わなんだ。同族の匂いが私からしたのだろうか。
「あら、可愛い。はぐれちゃったのかしら?」
「そのようだ。母犬は、どこだろうな」
奏がオオカミを手に持ち、抱える。わふ、と気弱に鳴きながら、私を見てくれば、するとこいつは自ら私の頭の上に乗っかってきた。その姿に奏がくすりと笑う。軽いこの子狼は、私の頭をぱしぱしと軽く叩いて来る。
――おい。馴れ馴れしすぎやしないか。獣に何を言おうと伝わらんのだが。それにしても、なぜそんな顔をする。安心しきった雰囲気を出すな。私はお前の母ではない。
「オオカミ同士、仲良いわね」
「どこがだ。生意気だぞ、こいつ」
「がう!」
「母親を探さなければいけないか」
「わん!」
「息もぴったしじゃない」
私に呼応するかのように鳴くオオカミ、それに奏も笑みが溢れる。やけに合わせてくるな、このチビ。まあいい。しばらくすれば、チビの母親も出て来るだろう。それまで、こいつを保護するしかないか。
またもや腕に絡みつく奏。右腕にひっつくのは、私の利き腕を考慮してのことだろう。私の頭の狼を1分ほど観察し、考察を披露してくれる。私の頭ごと、オオカミを撫でながら。
「首輪も無いし、完全に野良ね」
「日本にオオカミがいること自体、珍しい気がするが」
「固有種は絶滅しているしね?」
「わんっ」
なるほど。鳴き声も犬より低い。が、所詮は子供だ。怖くもなく、逆にオオカミの方も怖がらない。人に慣れているのか、或いは私が本当に獣だと思っているのか。後者だとしたら、当たりだ。私の名前は、
お手、と奏が言えば、素直にそれに従う。偉い偉い、と甘やかす奏、それにどこか喜ぶような仕草のオオカミ。お前、野生としての本能はどうしたんだ。どこに置いてきたんだ。母親に預かってもらったとか言うなよ。
「お母さんはどこかわかる?」
「くぅぅん」
「こいつ、人間の言葉がわかるのか?」
「わんっ!」
「自信満々に言ったわね」
尻尾と耳をピンと立て、わんわん吠えるうるさいオオカミ。だが、奏はそれが気に入ったようだ。このチビは私も奏も両方気に入ったらしく、私の頭から離れないし、奏の方へ向いては肉球を突き出し、何かを主張しているかの様に振る舞う。
――お前、現金なやつだな。肉球、というかちょこんと出た爪先からは、醤油と肉の匂い。焼き鳥屋の屋台。野生にしては、贅沢なやつめ。そして、私の頭の上でよだれを垂らすな、この野郎。
「がうっ!」
「焼き鳥?」
「……あれが食べたいのか?」
「わおっ!」
「贅沢なやつだな。仕方ない。財布は……」
「私が出すわよ。お姉ちゃんに任せなさいって」
「変に姉ぶらなくていいんだぞ」
「じゃあ、ご主人様からのボーナスってことで」
気前がいい奏に感謝しろよ、チビオオカミ。奏が払い、私が受け取り、髪に付かないように、串に刺さったつくねをチビに出す。器用にチビが肉を食べ、一本丸々平らげてしまった。
食欲旺盛な獣。私の頭に涎を垂らし、さらに、さらにと主張してくる。母と離れて、よほど腹を空かせていたのだろうか。空腹は許そう、私も空腹には耐え難い思いをするからな。ふふ、と笑う奏はハンカチで私の頭を拭き、子狼を胸に抱え、落ち着かせながら肉を食わせた。
「やっぱりかわいいわねえ」
「なら、君が抱えるか?」
「わぅぅ」
「おちびさんは、あなたと離れたくないらしいわよ?」
「野生の本能が働いているのか?」
「ちょっと、それどういう意味かしら?」
「同族、って意味だ。ところで、さっき真宵から聞いたが、バトルロワイアルとはなんだ?」
「このお祭りの、浴衣美人NO.1の子のキスを争うゲームよ」
――なんともまあ不埒なゲームだな。悪趣味にもほどがある。それに私が狩り出されるのは不満が募るが、奏の護衛もしなければならぬから、出ざるを選ないか。にしても、浴衣美人か。スバルの一本勝ちではなかろうか。
そのバトルロワイアルの時には、上のチビオオカミは邪魔になるな。誰かに持っておいて貰いたいが。――頭を気に入りすぎだ、お前。やめろ、私の髪に包まって布団がわりにするな。人間みたいなことをしおって。
「浴衣美人、決まったようね」
大歓声が上がった。文化祭の時のノリに近い。ミス浴衣美人の発表のアナウンスが流れて、その名前が私達の耳に飛び込んで来る。予想通りではある。奏も、それはわかっていたらしい。そうでもなければ、スバルを参加させたりなどしないだろう。恥ずかしそうにはにかみ、ギャラリーにお辞儀をする彼女。メガネを外しているが、紅羽にバレることもない。偽装は一流かもしれんな。
『小鳥遊ぷにゅるさん!今年のミス浴衣美人は、小鳥遊ぷにゅるさんに決定しました!僅差で日向真宵さんが準グランプリ!』
「狙い通りだろ」
「まあね。本当は、貴方を出させるつもりだったんだけど」
なんともまあ、悪趣味というべきか。よほど、私の文化祭での振袖が気に入ったのだろうか。なら、法被でも着させればいいものを。
くぅ、と鳴いて何かを訴えるチビ。私の頭を掘ろうとしているが、お前わざとやってるだろう。さっき髪の毛に包まっていたから、わかっているくせに。さっさとこいつの母親も探さねばならん。しかし、だ。やはり野生の本能だろう、あからさまに思惑を感じ取っているから、隠れたいのだろう。なんとまあ、人間臭いオオカミだろうか。
「それより、アイツの唇を狙っているのなら、お前が勝たねばならんだろうて」
「あら、貴方が勝つという選択肢もあるのよ?」
「ほう?」
「今日だけは、スバルに取られてもいいわ」
今日だけは。つまり、いつもなら負けない、という意味の表れ。彼女なりの、スバルへの優しさなのだろう。私がそんなことを考えるのは、烏滸がましくもあるが。
こちらに気づいて、ひらひらと手を振るスバル。それを見て、奏も反応し返した。そして、チビも……お前、背中にジッパーついてないだろうな。
――スバルの唇、か。戦いの目的としては不純だが、それでもそれを守るためならば勝つしかない。 奏とスバルの唇の守護、か。真宵やマサムネや紅羽、坂町に勝たせてもいいかもしれんが。
――私が勝つ。
今回ばかりは奏の許可も出た。たまには、お前の遊びに付き合ってやろう。