◆◇◆◇◆◇
宿に戻って、明日に帰るというからその準備をすべく、宿に戻った。あらかた片付けておき、そして旅館の外に頭の狼と共に出る。ここまでひっついてくるとは思わなんだ、従業員から食事まで無心されおって。さっき焼鳥食べてただろう、お前。
奏達はまだ祭の会場にいる。私はオオカミと二人ぼっちで森の中へ入り、先程の、小鳥遊の墓の方に出るが、そこにも誰もいない。先程点けた線香も消え、夜の月光に花が照らされる。
その時、チビ狼が勝手に頭から離れた。くんくん、と彼が鼻を動かしている矢先、私の背後から獣の気配と、匂いがする。このチビと同じ匂い、母だろうか、やっと迎えが来たようで。振り返ると、立派な毛並みの、大きな狼。まるで、ここで待ち合わせをしていたかのようだ。そちらに駆け寄る小狼、私を見る母狼は、威嚇をする。その狼の頭に手を置けば、すぐに眼は優しげになり、匂いを付けるようにすりすりと頭を擦り付けた。どうやら、信頼をしてもらえたみたいだ。
「達者でな、銀狼」
森に戻っていく二頭の狼。ここの墓地を管理する、大きな寺の回りを縄張りとしているようで、どこに行けば戻れるのかがわかる足取り。そうして線香臭いこの地に、ぽつんと男がただ一人。スバルを待っているわけでもないが、動くのが疲れたのでここで休もうと、私はベンチに腰をかけた。
涼風が先程のバカ騒ぎの熱を冷ましてくれる。日ごろの疲れが幾分抜かれた感じがして、身体がとても軽い。シュレディンガーとのじゃれ合いも、そこそこいいクーリングダウンになっていたのかもしれん。腹に受けた拳が、ちょうどいいマッサージであった。恐らく、あいつは槍なぞ持ってこんだろう。自らの肉体こそ究極の武器だ、と考えていそうだ。身長差をものともせず、私に立ち向かっていったその度胸は買おう。
「……ふぁぁ」
気が抜けて、段々眠くなってきた。あくびを一つし、頭に酸素を行き渡らせようとするが、間に合わん。少しぐらい寝ても襲われはしないだろう、と考え、横になって、手で枕を作って頭を乗せ、そのまままぶたを閉じた。少ししたら起きよう。心配をかけてはいけないからな。
◆◇◆◇◆◇
「ん……」
「起きたわね」
20分くらい経っただろうか。やけに寝心地が良いと思ったら、奏が膝枕をしてくれていた。その柔らかな膝は暖かく、私の顔を見つめる奏の表情は、まさしく姉そのもの。ゆっくりと上体を起こすと、奏は私の身体に寄り添ってきた。黙ってそのまま肩を抱き寄せ、二人で夜空を眺める。その仕草が彼女を喜ばせたようで、ほのかに笑みが溢れていた。
「気持ち良さそうに寝てたから、起こすのを躊躇っちゃったわ」
「ん。寝かせてくれてありがとう。かなり心地好かった」
「そう。あなたが望んだなら、私はいつでも膝枕してあげるわよ」
「ん。その時は、頼もうかな」
「ふふ、素直ね」
「甘えてみるのもいいと思った」
ふ、と私も微笑んで見せる。肩を並べてから、キザなセリフを吐いたことに気が付いたが、気にはしない。人に甘えるのも、たまにはいいものだとわかったから。いつも甘えてくれている奴等も、それを拒みはしない――寧ろ、それが願いなのかもしれない。自分を受け止める、その一環でもあるのかもしれない。というのは、流石に都合が良すぎるか。
少しすると、会話を切るようにして、花火が夜空に打ち上がった。彩られた綺麗な華。当たり一面を明るく照らし、すぐにそれは消えていく。一瞬で切なく散る、その情景はあまりにも美しく、網膜の一寸の抜けすら無く焼き付いていく。
「綺麗ね……」
「そうだな。この一瞬の時まで、総てが美しい」
「例えるならば、"人生"かしら?」
「若輩者が人生を語るのは、背伸びしているがな。しかし、ぴったりな例え
ではないか?」
「私、いま初めて褒められたかも」
そういえば、奏が当主に褒められている場面を見たことがない。そこまで関係が冷えているのかは知らない、単に会わないだけなのだろう。私はよく呼び出されては、奏と同じようにからかわれているがな。どうも、主導権を握られやすい。こいつにも。
こいつもこいつで、寂しいんだろうな。私とスバルや、坂町、紅羽、マサムネらが、奏の支えにならなければならない気がする。特に私がならねばならん。身近にいる姉弟だからこそ、この女性に対しては、特に真摯に、そして真心を込めて接さなければ。それは、一種の義務だ。
「去年の今頃だったわね。あの事件……」
「……どうした?お前が、一番触れたくないことじゃないのか、それは?」
「それは、あなたも同じでしょう?でもね、思い出しちゃうわよ、嫌でもね……」
去年、か。スバルと奏の代わりに、私が人質となっただけの出来事なだけだ。確かに痛い思いをした、しかしながら、ボディガードとしての責務を果たしただけの事。当然の仕事をしたまででしかない。
その中、坂町の匂いが漂ってきた。近くに来ている。どうしたのか、と思うが、大したことでもあるまい。
「どうした」
「俺だよ。お前ら、中々帰ってこないから、心配してさ」
「ああ、それは悪いな」
「それより、事件、ってなんだよ」
「聞きたいか?まあ構わんが」
◆◇◆◇◆◇
「脱走した?」
去年の夏頃だ。私が屋敷のダイニングで、ゆっくりとコーヒーを飲んでいたとき、それは起きた。奏がスバルを連れないで、一人でどこかに行ってしまったというのだ。彼女だって、一人でしたいことはたくさんあるはず。それを制限してきた今までのフラストレーションを発散したいが為に取った行動だろう、と当時の私は考えていた。
苺が私のカップにおかわりのコーヒーを入れてくれて、それに口を付けながら、スバルの話を聞いていた。表面上は冷静だが、実際彼女が一番動揺しているに違いない。
「電話も繋がらないし、どうしたものか……」
「待ってろ。飲み終えたら、探しに行く。あいつの行き先の予想はつくか?」
「ボクにも、わからないよ……」
「……特別給与も出してもらうか。やらんでよい仕事を増やしおって」
溜め息をついて、コーヒーを飲み干した後、自室に戻ってジャージからスーツに着替えた後、スバルを連れて外に出る。携帯には出ないが、持っていないという確証はない。GPSで探知しようと、専用の端末を開き、奏の携帯を探る。電源が切れていたら見つかりはしないだろう、匂いも頼りにして。
案の定、反応はない。余計な事に巻き込まれていなければいいのだが。杞憂に終わってくれ、と願うばかりの中、二手してスバルと探し回る。そう遠くには行っていない、匂いは近いのだが。
「ちっ」
「やっぱり見つからないか?」
「ああ。あまり頼りたくはないが、勘で捜すしかあるまい」
「わかった。手分けして捜そう」
「そうだな。気をつけろよ、スバル。それと――」
「ん?」
「見つけたら、引き戻すのではなく、見守ってやってくれ」
背広に腕を通し、端末をメイドに渡して、スバルと別れて外に出る。匂いで分かれば越したことはないが、外に出てしまったら中々解りにくくなるのは頭に入っていた。しかし、彼女の匂いは既に覚えていたため、慎重にその匂いを辿っていた。
一人だけで奏を探すのは、ある意味楽と言えた。だが、スバルが奏を見つけてなにかあった時、その場合が一番怖い。彼女は咄嗟の事態への対処は弱いからだった。
ゲームセンター、図書館、マン喫など、彼女の臭いがした場所を素早く探した。しかし、どこにも見つからない。店員に聞くと、確かにいたらしいのだが、すぐに出てしまったようだ。
「チッ、余計な手間ばかりかけさせる義姉だな……」
背広を脱ぎ、珍しく自販機でコーヒーを買って、喉を潤していた時だった。思えば、走ってきた行き先は、見慣れた校門。冷たい缶のプルトップを起こし、一口つけると、私のスマートフォンが震えて、着信を知らせていた。液晶にはスバルの文字が浮き上がり、どうやら彼女の方が先に奏を見つけたようであった。受話ボタンを押して通話を開始し、スバルの話を聞く。
「見つかったのか」
『うん。あとは君の言う通り、お嬢様を見守ることにするよ』
「わかった。では、私も今からそちらへ向かう。場所は?」
『駅近くのゲームセンター。君は今どこに?』
「学校の近くだ」
通話を切り、ゆっくりと足を動かして、目的の場所に向かう。だが、あからさまに雰囲気は怪しく、危険の匂いすらする。中に入って、スバルと奏を見つけると、早く外に出るように伝えた。周りの客が、あまりにもきな臭い。
――余計な事に巻き込まれていたな。全く。素人ばかりであるが、銃も一丁前に持っているとは。
「あら、いらっしゃい狼」
「奏、早く出ろ。スバルもだ」
「しかし、おじょっ……」
「それで呼ぶな。狙われる」
「んー?野良犬が3匹ほど迷い込んだか?」
「お、この嬢ちゃん――」
「いい金づるを見つけたぜ……。ルートが確保出来そうだ」
危険に見つかってしまうとはなんたる失態。だが、今それを歎く隙はない。二人をこの場から出させることに全力を尽くすべきである。私は二人に余計な虫が引っ付かない様に後ろについて行く。その空気を肌で感じ取ったのか、スバルと奏も足早になる。
待ちな、そう声を掛けられ、肩を掴まれた。振り解き、無視を決め込んでそこから逃げる道を確保させる。囲まれてはいるものの、静かに抜け出せば大したことは起こらん。
「おいおい、まだこれからだぜ?もてなそうっていうのによ。顔を立ててくれや」
「狼、これは?」
「知らん。黙って進め」
「無視すんなよ涼月サン。俺らァ、アンタを歓迎してるんだぜ?」
「こっちから願い下げだ。どうせ貴様ら、ヤクかなにかの密売軍団だろう。私達と涼月グループはなんら関係がない」
「へえ……なら、なんでこのカードには涼月って書かれてんのかねぇ?」
大勢の男のうち、一人が奏の財布とクレジットカードを見せびらかした。いつのまにかすられたのだろう。チッ、と私は舌打ちした。
――やってくれたな。まずはこいつらを逃さねば。処分はその後だ。
「あー、かなりマズい状況?」
「ああ。いいから早く出ろ。後は私がなんとかする」
「お、いいねぇ。そういうアンタは涼月狼じゃないか。こっちの方が利用価値はありそうだ」
「えっ!?」
「……いいだろう。私が応対してやる」
言っている最中に、既に出口まで来ていた。私は奏とスバルを乱暴に押し出し、ドアを閉める。双方からは見えないドアだ。これなら、心おきなく暴れられる。だが、この人数をどう処理しようか、と私は考えていた。
「じゃあ次期頭首……。直々にお話をしようか」
「上等だ」
正直、私が次期頭首になることは絶対にない。それを黙ってはいたが、彼等はにやにやとまだ私を見ていた。そこまで私に価値を見出したのか、もしくは。
PPKを突き出す男。その銃口を手で叩いてずらして、男を睨みつける。だが、怖気つくような気配は全くない。大したものだ、と心の内でなぜか感心してしまう私、しかしそのような状況でないことはわかっている。
「なぁに、金もそうだが、てめぇにゃもっとハデな動きをして貰いてェのさ」
「……私が貴様らのグループに入れと?」
「金は持ち逃げられる、思い切り殺せる。こんな最高な商売、他にないぞ?」
殺しもヤクも金も興味はない。それを最高とかいうこいつらは狂っている。当時の私でもそう感じていた。反吐がでる、と言い放つと、そいつらはにんまりしながら、私の顔に思い切り拳を入れてきたのだった。
顔に響く衝撃、鼻血が吹き出す。しかしながら、大した痛みじゃない。殴った男を睨みつければ、やっとそいつは恐れ慄き始める。冷や汗をかき、心音のテンポが早まり、目が泳ぎ出していた。
「あまりナマ言わねェ方がいいぜ?痛い目見たくなけりゃよ」
「馴れているさ。貴様らの手に掛かるくらいなら、全員殺した方がマシ……だ」
またもや、今度は横から鉄パイプで殴り掛かってきた別の男がいて、難なくそれを手で止め、パイプを奪う。すぐさま顔面目掛けて2人とも殴り、脳天をかち割るように振り下ろす。
「この人数で生きて帰れると思ってんのか?」
「私が死んで困る人間がいると思うのか?」
昔だから言えたのだろうな。このような妄言は。その集団はウージーやらなにやら、とにかく銃を持ち出してはこちらに一斉に撃ってきた。4、5発身体に当たるが、痛みを嘆く暇もない。とにかくしゃがんで弾を避け、実弾を込めていたM9で応戦した。
まさにそれは、ゲリラ時代の自分を思い出すような、無惨な戦いであった。敵を一人、後ろから倒してウージーを奪い、他の奴らを射殺していく。無我夢中で、生き残ることだけが頭の中にあった。ナイフで身体をえぐり、引き裂いて、殺して生きる。応援のない、孤独な戦い。
攻撃が止んだ時と、全員を殺した時が一致し、警察が来る前に、ウージーとナイフを持って屋敷に逃げる。その身体を見ても怪しまれただろうが、ただひたすら走っていた。当時は、二人の為に命を張ることは、金の為だと思っていた。
だが、今となっては、奏達を救えてよかった。二人を失っていたら、こんなに自分は変われなかっただろうから。