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「何というか……。壮絶過ぎるな、お前の人生」
「今に始まったことではない。それに、もう諦めはついたさ」
どんなに場所を変えようとも、私は戦いからは逃れられない。私の遺伝子にそう組み込まれているのかもしれないが、もしそうだとしても、恨むものは自分しかいない。それに、これすらも受け入れなければ、私ではない。
去年の夏は、奏が気付けば避けられたことであるが、そこに行くまでのプロセスを防げなかった私に責任がある。そこに至るまで見張ればよかったのかもしれんが、日々抑圧されている彼女に、そんな酷いことなどできなかったのもある。1人の人間として、羽根を伸ばして何処かに行きたい時もあるだろう。その意思を尊重してやるのも、ボディガードとしてではなく、弟としては大事な筈だ。その為に受ける傷なら、いくらでもつけられてやる。
話し過ぎたか、ふう、と息を吐いた。僅かに口が乾き、坂町が持ってきてくれた水を貰って、喉を潤わせる。そしてまた、私には柄じゃないが、お喋りを再開し始めた。
「過ぎたことを嘆いても仕方ない。今を生きるしかないさ」
「狼って、どこか達観してるよな」
「悪い意味で、か?」
「おう。もっと感情的になっていいと思うんだ。俺だけじゃなく、皆がそう思ってるはずだ」
「……そうだな。それを、受け入れる。受け止める生き方を、私はあの時したんだ」
感情を表に出せば殺られる。そんな私の防御反応が勝手に働いていた。しかし、自分を受け入れる、という決意をした。文化祭で、あの体育館のトイレで。
奏が微笑み私を見た。彼女も、前々から坂町と同じ意見をぶつけていた。彼女の場合は個人的な希望が多少入っていたのはわかる。だが、それよりも先に、私がやる事は、自分自身を受け入れる事。過去も、現在も、全てを。
「お前にも話さねばなるまいな。文化祭の時で、何が起きたか」
「――話す、って約束してたもんな」
「ああ。私を外道の道に連れ込んだ人間を殺した。それを奏に見られた。その時の、私の狂気さを見られるのが怖かった。自分で受け入れる勇気がなかった」
坂町にもきっと受け入れられるだろう。私のしてきた過去、弱さを。しっかりと眼を見て聞く彼、視線は真っ直ぐ、そして立ち向かうその男気。聞き終わった彼の顔は、いつにもなく真剣で、そして私の肩に手をやってから、すっと声を掛けた。
「普通は、みんな過去から逃げたがる。自分の本当の姿を、飾ったり嘘をついて、見なくなる。でも、お前は違う。ちゃんと受け止めてるじゃねえか」
「そういうものなのか」
「ああ。俺だってそうなんだ。女の子から逃げてた。女性恐怖症、って理由があるから。でも、それは逃げでしかない」
「――だから、か。奏の提案から、正面切って立ち向かうのは」
「ああ。だから、さ。お前の姉ちゃんには、感謝もしてる」
てっきり、嫌がっているだけでしかないと思っていた。しかし、坂町は坂町で、己自身と戦っている。考えてみればそうだ、逃げるならいつでも逃げられる。確かに、逃げようとはしている。だが、腹を決め、いつも立ち向かう――チキン、と馬鹿にされているのにも関わらず、本当は、強い男。それは、私がよく知っていると思っていた。
尚更、奏が驚いた顔をする。それも束の間、いつものように笑みを浮かべれば、坂町には礼を言い、『これからも、貴方に協力するわ』と、純真に話した。彼女も、本気でそれに立ち向かおうとしているのだ。
マサムネと同じように、坂町――ジローが、拳を突き出してきた。この合図は、もうわかる。ふ、と馴れない微笑みを浮かべ、私もそれに合わせる。この男との友情は、ひょんなことではもう切れはしないだろう。
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「ま、魅力的なのは確かだな」
「もちろん、私の弟だもの。惚れちゃダメよ?」
「だから、そんな気はねぇよ」
スバルのフォローに戻る、と狼が一人で先に旅館に戻ったあと、ジロー君に不必要な釘を刺す。彼には前科があるからだ。あれが事故なのは勿論わかっているのだけれど、それでも私以外と唇を重ねるのは、嫌なの。知らないわけがない、スバルだって狼とキスしてる。多分、お墓の前でもしてるはず。
狼を見送る時、私を今までも、そしてこれからも守ってくれる狼の大きな背中が、今日はいつもより小さく感じた。私の身体で包めるくらいのサイズになっている。このまま彼に抱きついたら、恐らく簡単に捕まえられる。あの一件から、間違いなく彼は笑った。自分を受け入れる、それが彼の今の生きる意味。そうして、表情もどことなく柔らかくなって、大胆にすら見える。前までなら無表情で素っ気なく扱われてたけど、狼が許してくれるなら私はとことん狼に甘えよう。
私の、『本当の姿』。臆病で、周りから嫌われる事が怖くて、嘘やデタラメで、演じているのが私。本音は、狼にしか言えない。言わない。甘える事も、弱音も、彼にしかぶつけない。自分より先に、他者を受け入れる強さを持っていた狼にしか、ね。
私達も旅館に戻ろう、そう腰を上げて、穏やかな夜道を歩いていく。駆け落ちっていう名目だったけど、スバルのしたいことができたなら、ご主人様としてはよくしてあげられたのかな。スバルのお母さんも、きっと笑ってくれているはず。狼だけじゃなく、ジローくんっていう、素敵な友達ができたんだから。流も、心のどこかでは喜んでいることでしょう。
お待ちしておりました、と、燕尾服に着替えたスバルは、入り口で待ってくれていた。ありがとう、と一言添えて、そのまま私は別室へ入って着替える。姿見に映る、私の身体。傷一つない、無垢な肉体。
「――狼の為なら、傷つくことは、怖くない」
彼が今まで負ってきた傷に比べれば、これから先、どんな事があっても耐えられると思う。あの人を守るのは、私の責務でもある。愛しているからこそ、そして今まで彼に守られてきたからこそ、この気持ちは芽生える。でも、それによって、また別の傷が増えている事も事実。
自分の身体を抱き締めた。ライトは白過ぎる肌を焼き付けようとしている。彼にこの気持ちが伝わるのは、果たしていつになるのだろう。身勝手な想いは、ただ宙を舞うだけになるのかもしれない。それが怖くて、でも彼には幸せな生き方をして欲しくて。わがままな私だからこそ、彼を無意識に縛っていることに気付いてしまっている。それなのに、わがままは尚更エスカレートして、それ以上に『好き』の気持ちは、心のキャパを押し広げている。
――抱いてほしい。この身体に、あの子の牙の痕を、残してほしい。一生消えない、私の身体への痕を。