まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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 お盆から束の間、ジリジリと生命を燃やして鳴き叫ぶアブラゼミが、そこら中の木に止まっているが、それすらも聞こえなくなるくらいに、ボクは今、涼月家の道場で、狼と訓練をしていた。柔道で言う乱取り、空手で言うなら組み手か。スパーリングであるけれども、狼は自分からは動こうとはしない。これが彼のスタイルなのはわかっていたし、見慣れてもいる。

 

 執事たる者、強くなくてはいけない。それに、彼がお嬢様から離れている時は、ボクが戦わなければならない。彼が来てから、暇がある時にはずっと鍛えてもらってるんだけど、やはり彼は強くて。拳にも、脚にも、全てに"生"の執念が宿っているからだろうか、防具を付けていても痛みが来る。直線的であるのに、速度が高すぎて見切れない。もちろん、その中に曲げ技が来るのだけれど、それこそ本当に読めない。

 

 これでも彼は手加減をしているんだろう。本気の狼は、あの一件――文化祭の時にしか見たことがない。昨年の事件も、彼がすぐにボク達を返したから見ていない。でも、サブマシンガンすら恐れないクソ度胸には、敬服しかない。はぁ、と膝を地面に着いて、息切れする。その場面で、彼は手を差し出してきた。

 

「少し、休憩するか?」

「うん。よく保つね、この暑さで」

「慣れた。それに、暑かろう寒かろうで事を選んでは、お前らを守れん」

 

 そうだ。彼に、ボクは守られている。お嬢様と一緒の扱いで。最初は舐められているのだ、と思っていたのだけれど、今は違う。その優しさがとても嬉しい。彼の手を取れば、ゆっくりと立ち上がって、息を整えた。

 

 真宵がスポーツドリンクを差し出してきた。お礼を言って、ひと口飲んでいるボクとは違い、狼は両脚を180度広げて、床に胸をペタンとつけて柔軟運動。道着のボクと、タンクトップにくたびれた迷彩柄のズボンの彼。これまでの人生で、どれだけ場数を踏んで来たのか。

 

「狼くん、柔らかいよね」

「怪我をしない為だ。水は、柔らかいから切れぬのだ」

「なるほどね?」

 

 身体を起こして水分補給をする彼。ここには何でもあって、吊るしてあるサンドバッグの前に彼が立てば、空気が少し張り詰めるように変わった。

 

 瞬間。彼はしゃがんだような体勢で、渾身の右ストレートを放つ。どぉん、と大砲以上の轟音が道場に響き渡り、吊るしていた鎖は千切れ、サンドバッグから砂が漏れ出した。

 

 真宵が口をあんぐり開けている。驚くのも無理はないし、ボクだって内心びっくりしている。こっちを向いた狼は、すたすたと裸足で歩いてきて、ボクに話した。

 

「お前風で言う、エンドオブジアースだ」

「やめろ、恥ずかしい……。虎落としだろう」

「冗談だ。それより、時間は大丈夫なのか?紅羽の誕生日を祝いに行くんだろう?」

 

 そうだ。ジローから聞いていた。紅羽ちゃんの誕生日である今日、毎日の御礼も兼ねて、お祝いする予定だ。壁掛け時計を見ればちょうど良い時間。シャワーを浴びて汗を流してから、燕尾服に着替え、お嬢様と一緒に、ボクは宇佐美のバイト先ーーメイド喫茶へと向かった。

 

□■□■□■

 

 

 夏休み、っていうのは、とてつもなく怠惰な一日を過ごせる日だ。どこかの執事くんやボディガードくんには無縁の言葉だろう"怠惰"。俺みたいな普通の男子高校生は、愛してやまないんだがな。

 

 この前の狼は休暇を貰っていたらしいが、神室町まで行ってストリートファイトに励んでいたらしい。行った理由は聞かんし、ストリートファイトもどうせ売られた喧嘩を買っただけなんだろう。俺は間違ってもそんなとこに行く気はないね、行くなら秋葉原とかいう、所謂ヲタクの聖地だな。喧嘩とは無縁、それでいてバンドのCDが割と買える。隣の御茶ノ水なんかもバンドの聖地だし。

 

 ーーとまあ、ここまでが理想な訳ですよ。でもな、何と言っても今日は、妹様の誕生日なのである。そう、あの強い妹の。

朝早くから叩き起こされて、涼月がPC研に作らせた格ゲーを一緒にして。ずっと俺が勝っていたんだけど、涼月とかいうぶっ壊れキャラがいてだな。ステージがコンビニしかないというツッコミどころに拍車をかけ、店内で核兵器を使うという。なんだ、こいつ。

 

 それでも、紅羽は喜んでいた。忘れもしない、去年すっぽかして黒瀬と贔屓のバンドのライブに行った失態。ボコボコにされたらしく、翌日記憶も生きた心地も無く。無慈悲に謝罪文があっただけ。

 

 同じ轍は二度は踏まん。予め用意していた白熊のぬいぐるみを渡して、余程嬉しくて喜んでいたあいつの顔。甲斐はあったけど、動物を間違えていたのは少しだけ笑った。

 

 そうして今、紅羽は家にいない。ナクルが連れ出して行ったんだ。メイド喫茶ーーどうやら宇佐美のバイト先らしいが、そこで誕生日パーティーもするんだとか。間違いなく、涼月も絡んでいる。こういう事への知恵と財力の動かし方は、素直に尊敬するし、俺の妹をもてなしてくれるのもありがたい。靴を舐めろ、と言われたら、今日だけは舐めてやる。

 

 ふぅ、と安堵の息を吐いた時に、本日二度目のインターフォンが鳴り響く。カメラを見ずに玄関へ出れば、いつもより薄着なオオカミがそこにいて。

 

「どうしたんだ?」

「この前の海での一件でな。礼をしに」

「律儀だな?」

「姉があれだからな」

 

 ちょうど外も涼しくなってきた頃だし、着替えて公園で話す事にしようと決めた。狼と俺の2人で話し込むのも、初めてな気がしなくもないが。

 

 そういや、あの夏の一件で、俺は近衛のお母さんの墓参りにも行ったんだっけ。狼が行った後だけど、アイツがどうしても行きたいって聞かなくて。でも、学校での初めての友達なんだもんな。母親の心配を良い形で振り切れた、その根源が俺でもあるのは、嬉しいな、と。

 

 礼だ、と穏やかな声で、アイスキャンディを差し出す狼。言葉に甘え、それを食べる俺。そして、少し話をし始めた。近衛についてだ。

 

「スバルと何かあったか」

「気づくよな…それ」

「まあな。奏の演技で保健室に連れ込まれたのも、同じ理由でのことだろう?」

「義理とはいえ、姉弟なんだな…。手にとってわかる、っていうか」

「わかるさ。アイツが欲しているもの、どうしてほしいのか…。匂いだけじゃなく、色んなことがわかる。それで…お前らも、親友になった、というところか」

 

 その嗅覚の鋭さには脱帽してしまう。俺の筋肉の変化から、図星だということもわかられた。そうして、彼は優しげな笑みを浮かべて俺に話す。

 

 ーーお前、スバルを守れるか?

 

 唐突な一言。そんな顔で吐くセリフじゃねぇだろ。確かに、頑丈さに自信があるとはいえ、そんなに強くはない。

 

 だけど、ここで強くなりたい、という気持ちも確かにあった。まだ、狼への恩返しができていない。俺を庇ってくれたこと。タンクトップから生える、逞しい腕には、あの時刺された疵痕が生々しく残っていて。

 

 確かに、近衛を守れる力もほしい。だけどそれ以上に、狼を守れる力も身につけたい。その気持ちが身体に出ていたのか、俺は静かに首を縦に振っていた。

 

「そうか……」

「近衛だけじゃない、俺はお前も守りたいぜ?」

「私を?」

「ああ。いらない心配かもしれないけどさ、お前とも親友だと思ってるし」

「……頼りにしているさ。流とやり合った時から、な」

 

 ふっ、と微笑む彼。そんな表情も出来るのか、と驚くけど、それよりも、この笑顔は誰よりも綺麗で。その顔に刻まれた傷は、確かに力強く、でもそれがアクセントにすらなっていた。

 

「少しだけ鍛えてやる。技を、な」

 

 …ヤバいフラグを踏んだかもしれん。 立ち上がって俺を見るなり、左手を突き出して「打ってみろ」と言う。唐突だが、そのやり方はいきなりの実力行使じゃない分マシだ。俺も腰を上げ、右半身を前に出すようにする。そして、構え――左脚の蹴り出しを、右の軸足で体幹のZ軸をブラさず、回転させるように打ち出す。

 

 パンっ、と乾いた音が響いた。ふむ、と狼が唸る。もう一度、その平手に拳をぶつければ、今度はなるほどと呟き、手を開け閉めし、こちらを見る。

 

「お前は、決して弱くはない」

「それは慰めかなにかか?」

「いや、正直な感想だ。流もダメージを受けるはずだ」

 

 ――あのオッさんがダメージ、だと?俺の拳でか?

 

 しかし、狼が嘘をついている様子はない。打ち方が良かったのか、もしくは元々の力なのか。彼には、その理由がわかっているようで、それに加えて、近衛や紅羽に敵わないことすら理由がある、とも教えてくれた。そして、そのままでいい、とも。その上で、技を教えてくれるらしい。

 

 まずは、体を落とす。そして、相手の攻撃に合わせて、ボディ目掛けてのストレート。それが、虎落とし。狼の持つ、数少ない技だそうで。

 

「実際に食らえば、流の肋骨は折れる」

「――折ったのかよ?」

「ああ、昔な」

 

 こいつのポテンシャルもあるんだろうけど、殺人的な威力を秘めたその技に頼る時はあるのだろうか。守る、その為の強さ。納得は出来るが、相手を殺したいわけじゃない。人を止める威力のまま、と言う意味なら、俺はこのままの力でいいのかもしれない。

 

 試しに見せてやる、と、柵の向こうの木に彼は向き合った。すう、と静かに息を吸い、中腰になる。瞬間、拳が動き、木が丸々一本、小枝のようにへし折られた。

 

「――こんなものだ」

「恐ろしくて使えねえよ!」

「大丈夫だ、お前の筋力ではここまでいかん」

 

 安心させるつもりなのか、もしくは貶しているのか。どちらはわからないが、兎に角こいつが味方である内は、俺は怪我一つしなさそうだ。

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