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「ウサギちゃん、休憩入っていいよー!」
夏休み。あの海でのひととき以来、わんこに会ってないフラストレーションをバイトにぶつけていたアタシは、メイド服を身に纏ってホールを駆け回っていた。この制服が可愛いな、と思ってここで働いているのも理由の一つなんだけど。今日は少し事情が違って、バカチキというヘルプがキッチンに入っていた。
宿題を写させて、という交換条件で、人手不足のアタシの職場に来てもらったわけ。わんこに写させて貰えばいいのに、と思ったけど、もう提出したっていうから、あいつのハイスペックさを忘れていた自分が少し間抜けに見えた。等価交換は良いとは言え、どうせならわんこを呼べばよかったかな?
ーーいや、狙われる。他の女の子に。
顔立ちもスタイルも抜群の彼だから、そんなことは目に見えている。それに多分、おまけで涼月奏にスバル様までついてくる気がする。この前来たけどね、紅羽の誕生日パーティーっていう名目で。優しい一面があるのよね、あの2人も。
からんころん、とレトロな鈴の音が聞こえてくる。アタシと入れ替わりでのお客様のご来店。おか、と言いかけてそれは止めた。ええ、言う必要ないもの。
「涼月奏…」
「ねぇなんで止めたの?最後まで言って頂戴よ?」
「休憩なんで」
「あらやだ、それは悪いことを」
1人で来たっぽい。わんこもスバル様もいない。大方予想はつく、2人を撒いてきたんだろう。ちら、と店長に目配せする涼月奏、マズい。そしてバカチキにもそれはわかっていて。非常にマズい。
「その休憩時間、私が買い取りましょう」
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目を離した隙にこれだ。奏の一人旅。もはや慣れてしまっていたのだが、慣れるはこの立場上良くない。スバルがあたふたしているし、仔犬のように私を見つめ、どうしよう、と助けを求めてくるが、スマートフォンに着信を入れれば良いだろう。
生憎、匂いはわかる。が、マサムネとジローも一緒のようだ。それも、メイド喫茶の方から。たしかあそこは、紅羽の誕生日パーティーをしていたような気がする。記憶が正しければ、だが。
「落ち着け。すぐ見つかる。それに今見つけたら面倒臭いぞ」
「今のこの状況がわかって…」
「むしろ、この状況だからこそだ。オモチャにされるだけだ。わからんお前じゃないだろう?」
それすらも気に入っている、というのなら止めはしないが。背中をとんとんと叩いて気を緩ませてやり、私達も一休憩しよう、と提案した。こいつを落ち着かせる為の時間をな。
ほら、と手を出した。わたわたしているこいつの手を引いて、炎天下の中を歩く。私はワイシャツの腕を捲っているが、スバルは燕尾服のままだ。一枚、上だけ脱げば良いものを…と思いながら歩きはじめたその時。
「執事カフェ、どう?」
妙な男に絡まれた。
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買い取られたアタシ達の休憩時間、この時給は発生するのか、という当たり前な疑問は置いておき、何しに来たのかを涼月奏に聞いてみる。
「ジローくんとうさみんさんって、付き合ってるの?」
「はい?」
斜め上、いや下の疑問。それだけを聞くために来たわけじゃないでしょ。いいや、と2人揃って答えるが、なんとまあ偶然にも息がピッタリ。シャクに障るけど、そこで怒っても仕方ない。どうせ聞きたいのは、こんなことでしょ。
「スバル様とバカチキが付き合ってる、ってことなんじゃないの?」
「それも聞きたいけど…」
「待て、俺達はそういう関係じゃない」
「ふぅん…。それじゃ、アタシとわんこが付き合ってる、って?」
「お前、地雷原踏み抜くなぁ…」
「正解」
勘付かない人間はいないでしょ。アタシはわんこが好きだって、態度にも言動にも現れてるんだし。それを隠す事もしない。 それに前、アンタはアタシの気持ちを聞いていたはず。
でも、事実は伝えなきゃ。まだアタシ達はそんな関係じゃない。それに、あいつが誰を選ぶのか、薄々わかってるかもしれない。悔しいけれどね、それでも、あんたとの絆って、切れないでしょう。
多分、涼月奏も人間不信だ。わんこのいう、瞳が霞んでいる、っていうのが教えてくれる。のに、わんことこいつが話している時は、アタシと同じで、瞳が澄んでキラキラしている。眩し過ぎるくらいに。
「付き合ってないわよ。好きだけど。あんただってそうでしょ?」
「まあね?狼は私のものだし」
「まだ決まっちゃいないだろ…」
「あら、ジローくんも狼が?」
「そんな趣味はねぇよ!俺は純粋に女の子が好きなの!」
「メイドの女の子が好き?」
「変に絞り込むんじゃねぇ!ここでのその属性付けは出禁になるぞ!」
「チキンなだけに?」
「やめろ!うまかねぇよ!」
バカチキと涼月奏のやりとり。漫才でも見ているのか、そんな気分になれて、少しだけ笑ってしまった。こんな日常、少し前じゃ考えられない。荒んでたからね…。
でも、スバル様とわんこは大丈夫なのかしらね?少し心配になって外を見れば、稀に見ない人集り。しかも女の子ばかり。そういや執事カフェってのが近場に出来たんだっけ。ってことは…?
「ねえ、あれ。スバル様じゃない?」
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拝啓、お嬢様。ボク達は今、大変なことになっています。お盆片手にやたらとホールを駆け回っています。きゃあきゃあ黄色い声の中で。これもみんな狼のせいです。助けてくれとは言いませんが。
オープンできたばかりの執事カフェなる場所、予想以上の人気に、人手不足なんだとか。そんなことよりも、って断ろうとしたんだけど、狼が何を思ったか、受けちゃってさ。それで、今に至るのさ。
ボクはホール、彼はキッチン。久しぶりの彼の燕尾服姿はとても似合っていて、思わず見惚れそうになった。いけない、と煩悩を振り切って、お盆にコーヒーやらパフェやらを乗せ、しゃかりきに運んだ。なんとなく今、宇佐美の気持ちが分かった気がした。メイドもこんな感じなんだな、って。まあ、執事もメイドも現実離れしてるんだけどさ。
「頑張ってくれるねぇ、ありがとねスバルくん」
「い、いえ。どういたしまして」
「ちゃんとボーナスは出すからね、狼くんにも。あの子、お料理慣れてるから、お店が凄い回ってるんだ」
うん、それ知ってる。家政夫と思わざるを得ない女子力、目の前で見せつけられたし。ジローを看病してた時なんだけどね。お嫁さんに貰いたい…って、彼は男だ。ボクが嫁だ。何を言っているんだボクは。
ちょうど彼も休憩を貰ったみたいだから、事務所で隣り合って座れば、なんでここに来たかを聞いてみる。
「奏の匂いがした」
「いないけど」
「いるさ、ほら」
おかえりなさいませお嬢様、ご主人様。お客様を迎える構文が、所謂イケボってやつで聴こえてくる。ああ、なるほど。確かに来たよ。だけど、宇佐美もジローも一緒。ほらな、と彼が言えば、ボクを連れて外に出ていく。
「何してるの、貴方達」
「お前をおびき寄せたんだ」
「……生意気」
「怒ったか?」
ふ、と少しだけ自慢げに笑う狼。悔しがるお嬢様なんて初めて見た。その脇では、キラキラ目を輝かせる宇佐美が、メイド服で来ていて。というかジローも執事服だ。なるほど、確かにあそこは宇佐美のバイト先だった。思い出した。
「すすすすばるさま!ごめんなさい!お仕事中……」
「構わないよ。ボク達も、お嬢様を探していたら、こんなことをしてたし。連れてきてくれたんだろう?ありがとう」
お嬢様が2人を連れてきた、というのが正しいと思うんだ。だけど、ここでそう言っておけば、お嬢様に少し釘を刺せるんじゃないか、って思ってしまった。最近のボクは、少しだけ意地悪になった気がする。全く、誰のせいだろうね、狼?