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せっかく2人を撒いて、ジローくんと宇佐美さんから話を聞いていたのに、宇佐美さんが彼等を見つけちゃったから、入らざるを得なかったの。そこで、狼の少し得意げな顔を見せられ、出し抜かれた、って感じの悔しさが現れてしまって。他の人もいるのに、私のペースを狂わされてしまった。
ここの店長さんはとても良い人で、スバルと狼に助けて貰ったから、って、個室に通してくれた。それとは別でギャラも貰ったらしく、2人の手元に1万円くらい入った封筒があって。普通の高校生なら大喜びの大金だけど、涼月にいるんだもの。驚きも喜びもしていなかった。体裁上、お礼は言っていたけどね。
「言い忘れていたな。お帰りなさいませ、お嬢様。ご主人様」
「……反則よ、それ」
「ええ……。アタシもそれに同意だわ」
稀に見ぬ、狼の満面の笑みでのご挨拶――練習していたの、知ってるのよ。それでも、やっぱり素敵。ビシッと決めた燕尾服で、スバル顔負けの執事役を演じる。おお、と隣でその執事が唸っているのが良い証拠よ。ジローくんも豆鉄砲を食らった鳩の様になっている。
『屋敷でもスバルと一緒にその格好で出迎えて欲しいわね』、なんて、少し軽口を叩いた。彼はボディガード。そして、義弟。でも、その一線を超えたいのは前からの想い。格好なんてどうだって良い、私は、彼の腕に抱きしめられる様に迎えられたいの。とにかく、彼に構ってほしい。それだけ。
「そのカッコでも、十分コスプレコンテストに勝てたわよ。似合ってるじゃない、わんこ」
「スバルほどじゃない。それに、ジローにも似合うと思うがな」
「からかうなよ。板にもつかないぜ、俺は」
「どうだかな。今の格好、様になっているが」
「ああ、狼の言う通り」
そんな思いに耽っている中で、狼を狙う声が2つ。いやだ。独り占めしたい。彼を私だけのモノにしたい。スバルが彼を見つめる目も、宇佐美さんの彼へ向ける和かな表情も、私を不機嫌にしてくれる。
――見ないで。私だけの狼を、見ないで。お願いだから。嫉妬で、私が壊れてしまう。
ダメだ、涼月奏を演じなければ。私は、狼だけにしか、奏を見せない。お家のイメージを守る為にも、私が私である為にも。それに、スバルの面目を潰さないためにも。精一杯の強がり。その言葉を狼にかける。
「喜んじゃって。そんなに燕尾服が好き?」
「お前から貰ったスーツの方が好きだ」
ーーずるい。
ずる過ぎる。妬いた私の心を見透かした様に、そういう言葉を掛けてくれる優しさが、尚更私を骨抜きにする。他の3人は目を丸くして、その言葉を向けた私に視線を集中させている。
それでも、私はいつも通りに振る舞おうとした。2人きりになるまでは、そう決めたもの。大きくなりすぎる恋心を、必死に抑えながら。でも、その自制がいつまでもつかは、わからない。恐らく、そう長くは続かない。
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宇佐美さんもジローくんも元の職場に戻って、また私達3人に戻った。隣に寄り添う、私の可愛いスバル。その少し後ろに、いつものスーツに着替え直した狼。私の背中を守る為の配置、表情を悟られない為のサングラス。ジリジリ照りつける太陽に弱音を吐かず、ずっとこのままで彼は私達を守ってくれている。
「ご用事は、お済みになりましたか?」
「ええ。今度からは、勝手に何処かへ行かないわ」
「何度目の約束だ。全く」
呆れる様な言い方をされるけど、彼の言葉には一切の棘もない。柔らかな声音で諭す様に言うものの、もっと私を見てほしいから、わざと心配させてるの。でも、今は違う。心配させるんじゃなくて、楽しむ為に、2人きりでどこかに遊びに行きたい。その想いは顔に現れていたようで、スバルに察され、心配された。
「お嬢様?どうかしましたか?」
「いいえ、なんでもないわ。もう帰りましょ?」
すぐに狼が苺を手配して、迎えを寄越す。そのまま屋敷に戻っていって、夕食を食べて、お風呂に入って。なにをしていても、想いはひとつ。
ーー狼が好きなの。
大浴場で、ちょこんと湯船に浸かって、お湯の中で一人言ち。誰も見ていないから、こんなことが言える、のに。彼はいつも通りのポジションで、ドア越しに返事をして。
「知っているさ」
「……ねえ。なんで妬かせるような真似したの」
「今までの、ちょっとした仕返しだ」
弟の可愛い反抗、と見れば良いのだろうか。ぶくぶく、とお湯の中で息を吐くも、甘やかさないで、いつもの私がやっていることと同じ振る舞いをしてくれた彼のことが嬉しくて、愛おしくて。
今、そこにいるのは、私の護衛のためなんでしょうけど、それでも、異性としていつもそこにいてくれる貴方に、私はずっと本気で立ち向かっているのに。貴方は、少ししか向いてくれない。貴方の心は、どこへ行くの?
浴場から出て、裸の私を鏡で見る。やっぱり、彼と二人だと、肩肘張らない私がいて。それ以外の涼月奏は虚構に過ぎない。だからこそ、狼という存在に甘えてしまって。
涼月家時期当主。そんな肩書きはいらない。素の自分を、唯一全てぶつけられる狼を、私は愛したくて、愛されたくて。その想いは爆発してーー。
気がつけば、脱衣所の扉を守る狼の背中に、私は全裸で抱きついていた。
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背中に押しつけられる、柔らかな感触。見なくてもわかる、奏が甘えてきている。いつものからかいとは違う様子で。身体は震えている、しかし恐怖や孤独などではなく、こいつの想いが私に届くも、思い通りにならない悔しさからの現象なのだ、とすぐにわかる。
「風邪、ひくぞ」
「大丈夫……」
「……ふぅ」
この状況を誰かに見られたくない、見られたら厄介だ。それに、夏といえども、湯冷めはする。振り向いてから奏を抱き抱えれば、脱衣所の着替えを肩に掛けて、2人で自分の部屋に向かう。そうして、彼女を私のベッドに横たわらせた。
顔を腕で覆っていて、表情があまり読み取れない。だが、何となく求めていることはわかる。上体を起こして、着替えさせることもなく、私は彼女を抱きしめた。
「狼……」
「しばらく、こうしていよう」
「ずるい……」
何がずるいのか、よくわからない。一糸纏わぬ彼女の身体を、興奮ではなく、一種の慰めを胸に、抱きしめていたのだが。それは彼女の求めているものではない。最近――いや、前からだ。こいつは、身体さえも捧げようとしている。その純潔、真心のままに。
しかし、ダメだ。この一線は超えない。超える理由も気持ちもない。ただ、こうして彼女を甘えさせるだけ。超えては、今のままではいられない。悔しいかな、女性恐怖症という、拒むのに真っ当な理由すらない。性欲の暴走など、微塵もない。
ぎゅう、としがみつく奏。耳元に彼女の口が迫り、囁かれる。
「私を抱いてよ。貴方を独り占めしたい」
「ダメだ」
「なんで……?」
「落ち着くまでは抱き締めてやる。だが、その一線は、超えてはならん」
「私は、いつでも越えたいの。貴方だけの私になりたい、私だけの貴方にしたい」
「気持ちは嬉しい。だが、ボディガードだ。妬かせたのは謝る」
日中のあれを気にしていたのか。たまにはいいじやないか、と思っていたが。それとも毛色が違うようだ。こういう時はどうすればいいんだろうな。誰に聞けば、教えてくれるのだろう?
――精一杯のことをしよう。わからないからこそ、わからないなりの行動を取ろう。
「……明日。2人だけで出かけるぞ」
「えっ?」
「埋め合わせだ」
少しおかしくなっていた彼女を励ます。その方法はこれしか思いつかなかった。少し涙目の奏、その頬に手を添え、意識して、優しい声音をかけた。