☆★☆★☆★
狼がスバルと流を抱えて私の所に来たのは驚いた。2人とも気絶していて、明らかに狼がやったんだとわかって。経緯を聞けば、親子とも狼に挑んだらしくて。お馬鹿さんなのかしらね、強いってそんなにいいことなのかしら。
一旦、スバルを私のベッドに寝かせる彼は、続いて流を下ろす。どうやら回復は早いみたいで、意識を取り戻してすぐ、胸を抑えながら狼に謝っていた。そして、すぐさま立ち去って、どこへいくかと思いきや、整形外科。もしかしなくても、肋骨が3本折れてた、って後から聞いて、狼が何をしたかはわからないけど、無謀な挑戦はやめよう、という教訓は得られたのかもね。
そんなこんなで、彼が来てから早くも一年。年越しもパーティー、何があってもお呼ばれ。そんな中、私達はお父様の学校へ入学していたの。ええ、嵐藍学園、っていう高校にね。
人生で初めて学校に行く、新鮮だとは思うけど、やっぱり怖い。スバルと狼がいる手前、弱味を見せたくないから、いつもの様に振る舞う。それなのに、狼は家に帰る度、私の心配をしてくれていた。
優しい子なの、本当。いつも私を守ってくれる。仕事という垣根を越えて、スバルよりもはるかに気配りをしてくれて。本音でぶつかるのは狼しかいなくて。だから私は、彼と2人の時は、妹の様になっている。
「ねぇ、狼?」
「なんだ」
「どうして、私の心を見破れるの?」
狼の部屋で聞いたこと。それは、あのパーティーから抱いていた疑問。殺風景な中に、ポツンと置かれたベッドに座って、彼の綺麗なエメラルドグリーンの目を見ながら、私は問いかけた。
誰にもわからなかった、私の心。人を信じられない、だから演じる。そっちの方が、社会では楽。なのに、彼と2人だと、素を出していたくて、それを受け入れて欲しくて、なにも演じない。机に寄り掛かり、こちらの眼を見つめながら、狼は口を開いた。
「お前の眼だ。いつも濁っている」
「眼?」
「ああ。スバルを見る時でさえも、お前の眼は少し濁っている。動きも自然に見えん。なにより、匂いが違う」
狼ならではの発言。匂いが違う、って?一体、私はどんな匂いがするっていうの?くんくん、と自分で服を嗅ぐけど、よくわからない。詳しく教えて、と言えば、狼はそれに答えてくれる。
嘘の匂い――僅かに鼻腔を刺激する、塩素の様な匂いだそう。それでいて今は、穏やかな花の香り。気付いてはいた、狼は欺けない。嘘も嗅ぎ分けるし、眼でも判断しちゃう。やっぱり、彼だけは、全部が信じられて、素直に振る舞える。
それって、私が狼に惚れている、って事なのかしら。確かに、彼と2人だと、少し胸が高鳴る。鼓動は早く、自然と血の巡りも良くなる。それでいて、何故だか彼に甘えたくなる。全てを見抜いては、無言でそれに応じる彼の気遣い、振る舞い。私の全部が、彼を受け入れていた。
――うん。私、狼が好き。こんなに優しいオオカミさんが、大好き。
「ろーうっ」
「なんだ――いきなりどうした」
甘えた様な声を出し、彼の身体に思い切り抱きついた。確信して、私の匂いをマーキングする様に、身体を服に擦り付け。お化粧が落ちる、なんてことは気にしない。好きなものは好きなの。演じなくていい、この心には嘘をつかない。プロフィールを書け、って言われたら、狼が好き、って真っ先にペンを走らせちゃうくらいにね。
こんな時にも、無表情を貫く彼。いつか、その顔に笑顔を浮かばせたい。困らせたいし、構ってほしい。仔犬みたいになった私の頭に手を置く狼。傷だらけのその手は、暖かくて、心地よい。
「お嬢様、狼様。お食事です」
「行くぞ。流が呼んでいる」
「ええ♡」
自分の気持ちに正直に。自分が一番だ、って彼に言われたけど、それは私には当てはまらないわ。私と狼が、私の中で1番大切にするものよ。
△▼△▼△▼
ベタベタに狼にくっついてきたお嬢様に、ボクは眼を擦って疑った。あの凛々しいお嬢様が、あんな甘えたことをするのか、って。何度見ても、夢かと頬を叩いても、それは現実だった。
るんるんと上機嫌なお嬢様、相対するは無表情のオオカミ。苺が眼を丸くしていたのは、ボクと同じく驚いていたからだ。学校じゃ肩肘張っているから、なのかな。うん、多分そうだ。絶対にそうだ。じゃなきゃ、説明がつかない。
お嬢様から離れて、席に着かせる彼。はぁ、と狼が溜息をつくなんて、はじめてだ。急になっちゃったのか、って聞くと、そうだ、と返してくれて。頭を打った?いや、絶対にそんなことはない。
「スバル、ほら」
「あ、ありがとう」
恒例となった、ボクへの餌付け。今日は餃子。鬱陶しいコサメも、料理だけは認めざるを得ない。うん、美味しい。んだけれど、なんでか喉にうまく通らない。これは誰の視線だろうか?
――お嬢様⁈
「狼」
「ん?」
「私にもしなさい」
「自分の分があるだろう」
「いいから」
妬いてた。あれは確実に妬いてた。というか、狼が妬かせた。いや、ボクも共犯。折れる狼は、餃子を掴んだお箸を、お嬢様の口元に出す。可愛らしい、小さなその口で、ぱく、っと被りつくお嬢様。途端に笑顔になっていくのは、お腹が空いていたからじゃない。
惚れたんだ。何かあったか知らないけど、義弟に惚れたんだ。
唐突か……いや、唐突じゃないな。今までの彼の振る舞い、態度。どれをとっても、ボクは参考にしていた。執事より執事らしいボディガード。だけど、仕事はちゃんとボクにさせてくれてたし、だからこそボクは、彼を信頼している。ボクの居場所を奪わない、って。親友なんだ、彼は。ボクの大切な、おともだち。強くて、凛々しいオオカミ。
なのに、どうしてなのかな。今の姿は、本当にワンちゃん。お手、って言ったら素直にしそうなくらいだ。何があったんだろう、って思うけど、聞くだけ野暮なのかな。にしても、少し鳩尾が痛くて。そう、あの時に肘で打たれた部分。
ボクも惚れている?そんなわけあるか。認めない。ボクは、狼の親友で、相棒なだけ。そこに恋心なんて、ある隙はない。うん、ないよ。ないんだってば。ないったらない。
「どうしたんだ、お前も変だぞ」
「君に言われたかない」
ご満悦なお嬢様から目を離し、ボクに聞いてくる狼。無自覚なんだろう、そうだろう。左瞼から生える傷が、今日はやたらとカッコよく見えてる。気のせいだ、絶対。
どうしたの、とお嬢様も続いて聞いてくる。しまった。ご主人様から気遣われるなんて。そんな執事、前代未聞だろう。取り乱さぬ様に答えようとするも、口が、声帯が、思う様に働いてくれない。
「ななななんでもないです!」
「落ち着け。疲れてるのか、なら休んだらどうだ?奏は私が見ておく」
「ダメだ!執事はボクだ!」
「――無理はするなよ」
ぱくり、と餃子を食べる狼が、気遣って言葉をかけてくる。言いたい、君たちのせいだって。でも言わない、ボクは執事だから。そんなこと、絶対に言うもんか。
――なんで、意地張ったんだろう、ボク。
改めて考えれば、馬鹿な選択肢を選んだなぁ。ああ、何をしているんだろう。ペースを乱され、落ち着きを失い。爛々と輝くシャンデリアが目に痛い。食べ終わった狼は席を外し、コサメにご馳走様を伝えて、スタスタとお風呂へ向かっていく。
そういえば、今日は稽古をつけてもらえなかったなぁ。結構楽しみにしてるのに、彼との手合わせ。逆立ちしたって勝てないけど、強くはなれるんだし。お父さんよりも強い人がいるなんて、はじめて知ったんだもん。そんな希少な人物からのレクチャー、滅多にない。
お父さんの肋骨を折った技――虎落とし。あの一撃が欲しいな、なんて考えたのは、強さに憧れたから。お嬢様をお守りする為の技を身に付けたい。最初はそうだったはず、なのに。いつの間にか、狼に認めてもらいたい、になって、稽古に励んでいて。彼がいない時にお嬢様の身を守る、それだけの力がついたのは、とうに自覚しているんだ。だけど、まだ彼に、認めて貰ってない。
――はぁ。ボクは、なにをしたいんだろう?