まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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第一章 オオカミ、チキンにかぶりつく
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◆◇◆◇◆◇

 

 

 二年くらいの月日が経っただろうか。奏やスバル、そして何故か私も高校に入学し、今や高二の青春真っ盛り、という時期らしい。私は奏に首輪を付けられ、最早ボディガードではなくペットとして扱われている存在になっていた。無論、彼女の命に関わる事以外は全て無視している。

 

 一緒に過ごしている中、奏の性格はわかってきた。自分の弱さを隠す為なのだろうか、他人をおもちゃにしたがる。一種の末期癌だと思っている。それを受け流す私と、まんまと乗せられるスバル。対照的な私達であるが、そんなこんなで、スバルとも打ち解けていて。

 

「お嬢様、ボクもお花を摘みに行って参ります」

「ええ。狼?」

「ああ。後で行く」

 

 用を足して化粧室から出てきた奏に、スバルはハンカチを両手で渡してから、彼女も手洗いに行くという宣言。私が毎回付き添っているが、これは最早恒例の事例だ。スバルの背中を見送り、奏を教室まで送り届けてから、人目のつかぬトイレに行く。その理由は、スバルが女であることを悟られないようにするためだ。

 

 壁にもたれ、入口の前で彼女が出て来るのを待つ。少々の時間が流れるも、中々出て来ない。スバルが入ってから、他の男子が来ても、それはそれで構いはしない。だが、この入り口のドアとは別の音が聞こえ、不穏な空気が流れた。

 

 察し、ガチャリとドアノブを捻って中に入る。その場面は、同じクラスの坂町金次郎が、スバルの下着を見て動揺している様子。個室のドアが開いているが、もしや、スバルは鍵を掛けていなかったのか。その推測の域を出ぬ阿呆ーースバルは、見られたショックで悲鳴を上げており、坂町は鼻を抑え、狼狽した顔を浮かべながら後退りした。

 

 途端、彼が身の危険を察知したのだろう。咄嗟に走ってすぐさま逃げ出し、スバルもそれを追い掛ける。坂町を避けはするが、まだスラックスを穿き終わっていなかったスバルを引き留めて諭す。

 

「離せ、狼!」

「阿呆。その格好で外に出てみろ。ただの変態だぞ」

「うっ……。ちょっと待ってろ」

 

 幼女の様な柄のパンツが丸出しだ。ハァ、と呆れ、溜息をつく私を尻目に、秒で穿き終え、すぐさま坂町金次郎を追い掛ける彼女。悩みの種がここにも、と思い、奏にそのことをスマートフォンで報告しながらスバルの後を追った。

 

 スピーカー越しにわかる、奏は悪い笑みを浮かべている。この状況すら楽しんでいそうな、癌の発作。頭を少し抱える中で、彼女らを見張れと言われた。仕方ないな、と呟いて、スマートフォンを胸にしまって、スバルと坂町の匂いを頼りに、構内を駆ける。

 

 そうして辿り着いた先は、生物準備室。ノックもせずにドアをがらりと開けると、スバルと坂町が、ある程度の間合いを取って対峙していた。喧嘩へ発展したのか、よくわからないが、取り敢えず2人の動向を見守ることにする。

 

「ボクの執事ナックルでな!」

「……」

「な、なんだ!そんな可哀相な眼でボクを見るな!」

「ごめんな、お前だって一生懸命懸命考えて付けた名前なんだよな……」

 

 お前の技名はどうにもならん。それに、お前の拳はそこまで重い訳ではない――が、私の判断に過ぎん。常人ならば悶絶する威力ではあるが、教えたのは私だ。自己保身のために言っておく、名前は違う。

 

 それよりも、スバルのネーミングセンスはどうでもいい。ただ、これを止めるか止めないべきか。勝手にやらせて、坂町に怪我を負わせてはいかんだろうに。幸い、彼は大した体力は無さそうに見えたので、ここの距離からなら、背後(うしろ)から絞め落とせる。スバルは嫌がりそうであるがな。

 

「ならば、ボクの必殺技で貴様の記憶を飛ばしてやる!エンドオブアースでな!」

「スケールでけえな!地球滅してんじゃん!」

 

 最早、ただの漫才であり。私はギャラリーに過ぎん。手を出すのすら、馬鹿馬鹿しくなってきて、それを傍観すると決めた。のだが、棚の上の、ホルマリン浸けのカエルが今にも落ちそうなのに気付く。

 

 目の前に気を取られていると、視野が狭まり、良い的になる。これは教えたはずなのだが、ショックでそれどころではないのだろう。あれを壊すのも、後々面倒になりそうだから、スバル、と声をかけてやった。

 

「狼、邪魔するな!」

「頭、気を付けろ――おや」

「避けろっ!!」

 

 落ち着けば対処できる。それだけの時間はあった。だが、坂町はせっかちなようで。視界はちゃんとクリアになっていて、スバルを瓶から庇おうと伏せた。その2人の上を飛び、ホルマリンの瓶を取って棚に戻す。傷も、中味が漏れもしていない。これなら安心、だと思ったのだが。坂町にとっては、更なる危険が訪れていた。

 

 2人に視線を戻せば、スバルの服が開け、胸を掴み、揉んでいる。二人とも気付 くのに時間が掛かったが、坂町金次郎は鼻血を出しながら後ずさり、スバルはまた悲鳴を上げ、そして顔を怒りに染め、消火器を持って彼に踏み寄った。おいおい、事故だろう。それに、スバル。お前は今だけは、坂町に感謝するべきだぞ。

 

「ボクの胸を揉んで、鼻血まで出しながら興奮する変態が……」

「ま、まて!これには色々……」

「問答無用!!」

 

 面倒事は尽きない。消化器を振りかぶるスバル、そして恐怖に慄き、腰を抜かして動けぬ坂町。そんな二人の間に割って入り、振り下ろされた消化器を右手で止め、坂町を落ち着かせようと、左手を出して止めるジェスチャーをする。

 

 パシ、という音。そのまま滑り落ちる消化器のハンドルを握って、スバルの届かない高さに持ち上げた。助かった、と坂町が言えば、片方でスバルが私に対して、がみがみうるさく言ってくる。この場を落とすのは、私しかいないのか。はあ、と本日二度目の溜息をつき、スバルに向き直った。

 

「手を出すな、って言っただろう!」

「やりすぎだぞ、スバル。それに、お前は坂町に感謝すべきだ。彼が庇わねば、今頃救急車でドライブしてるぞ」

「なにを……。ボクの胸を揉んで鼻血まで出してるんだぞ!それに、パ、パンツも……」

「興奮したような顔はしていない。寧ろ焦りが見える。お前のミスがあるのでは?――坂町、君がスバルを庇ってくれたことには私からも礼を言う。君のそれは体質なのか?」

「お、おう。実は女性恐怖症でな……」

「なるほど。では双方、この件は誰にも言わぬよう、悟られぬようにしろ」

「それは無理ね。私がもういるもの」

 

 鼻血を出している坂町にティッシュを渡してやる時、出口に現れたのは奏。面倒くさい奴に見つかってしまったか。涼月、と坂町が言葉を漏らし、スバルは狼狽え、私はまたもや溜息をつく。その中で奏は私に近付き、寂しげな顔をした。勿論、これは彼女の演技だ。

 

 ――ああ、悪い癌が。

 

「スバルがお花を摘みに行って、それを狼が護衛しに行って。私は一人寂しく貴方を想っていたのに……」

「なにっ!?お前ら、姉弟でそんな関係を……」

「義理だ。私は養子。そしてただのボディガードだ、私は彼女の犬さ」

 

 奏は嫌そうな顔をする。仕方が無い、私が言ったことは事実なのだから。ボディガードとはそういうものなのだ。それより、この場をどう切り抜けるかが問題だ。無論、スバルは奏の執事なのだから、尻拭いをしてやるのが主の最適な行動だろう。

 

 とは言っても、どうせ私も加わらねばなるまいのだ。選択肢はない。犬だから仕方ない。半ば諦めもついてはいた。

 

「どこかで落ち合おう。ここだとモノが荒れすぎて落ち着かない」

「荒らしたのはスバルなのよね」

「すいません……」

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 場所をチョイスしたのは奏だった。保健室、看護教諭の頬を札束で叩き、言うことを聞かせて、この場を借りたのだ。勿論、生物準備室は復元しておいた。あの3人を先に向かわせて、な。

 

 奏は、部屋に入ってきた私に気付き、とてとてと近づいて来た。ベッドの上で座り向かい合うスバルと坂町の言い合いを、壁に寄りかかり聞きながら、自己での判断。両者共に非があると思いつつ、なぜ坂町がスバルの下着を見たのかを知りたかった。どうせ、スバルがやってしまったのだろう、と決め付けていながら。

 

「坂町。事の始まりは」

「ああ。さっきも言ったけど、俺は女性恐怖症で。女に触られたら、鼻血が出たり、気絶したりするんだ。俺がトイレにいたのも、妹に色々されてな」

「妹に発情か⁉︎」

「スバル、その口を閉じてくれんか」

 

 横から口を挟むな、と平手でスバルの口を抑えた。むー、と唸り、歯を立てようとしているものの、角度的には無理だ。ふふ、と奏が微笑みながら、続けて坂町の話を聞く。

 

「まあ、場所が場所だよな。腹痛くなって、個室に入ろうとしたわけ。そしたら、こいつがいて」

「あらまぁ」

「鍵も開いてたし」

「予想を超えない範疇だが……スバル。鍵は閉めて用を足せ。お前、それで真宵にもバレただろう」

「うっ……」

「学習しろ、阿呆」

 

 あからさまにスバルに非がある。前にした過ちを繰り返すのは、人間の性(さが)か。スバルに代わって、坂町にすまん、と謝った。今のあいつは、素直に事を言えんだろうから。それよりも、この後だ。

 

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべる奏。この状況を楽しんでいる。まず間違いなく、何か良からぬことを企んでいる。一瞬で気付いたのは、一緒にいる事の副産物だろう。どうしたものか、私が下手に口を出すのも、飛び火が来そうだ。

 

「スバルの秘密を知った以上、坂町くんには秘密を守って貰わなければね。勿論、ただで、とは言わない」

「お、おお?」

「坂町、乗るな」

「女性恐怖症を治すための手助けを、してあげる」

「本当か!?」

「……お前な」

 

 坂町は嬉々としているが、どうせそのダシにスバルが使われるのだろう。スバルも想像はついているが、立場上奏には逆らえない。このシチュエーションでは、そんなことはすぐわかる。そして、この建物内では、教職員や生徒も含めて、逆らえない。

 

 この学校は奏の父が、理事長を務めている。だから、誰も彼女には逆らえない。これが権力の横暴というやつだ。権力以外にも、財力でモノを言わせる。一番は、奏のその胆力であるが。

 

 少しの間を置き、奏はまた話し出した。幻覚だろうか、彼女の頭から、悪魔の角が見えてならない。スバルも悪い予感をしたようで、少し不安げな顔をしている。

 

「そのかわり、ジローくんにもお願いがあるの」

「馴れ馴れしく言ったな」

「気にしないから別にいいよ。で?」

「スバルと狼は私以外に友達がいないの。だから、お友達になってあげて欲しいなって」

「そういうことなら、全然構わないが……」

「……」

 

 真っ当なのか?わからん。友人というより、おもちゃの間違いではないか。私の耳にはそう聞こえたが。否、恐らく合っている。

 

 友人なのは構わん。そう取り成すかは私の勝手であるが、おもちゃとして加担するのは御免だぞ。それに、よくよく考えれば、スバルも、より一層遊ばれるおもちゃになってしまったのか。

 

「どうしたの?いやなの、狼?」

「嫌だ。明け透けに見えるから、尚更」

「あら……。二年もいて、知り合いも私とスバルだけじゃ、心細いと思わないのかしら?」

「十分すぎるくらいだ。それに、別れが一番辛い。確かにここは日本だが、辛さは誰よりもよく知っている」

「そう。なら尚更ジローくんには友達になってもらわないとね」

「……もういい。勝手にしろ」

 

 一々相手をするのにも体力を使うのだ。この辺りで切っておかないと後々うるさい。諦めておもちゃになるしかないのか。その葛藤を知らずして、坂町は私に握手を求めてくる。第一、馴れ合いは好かん。すまんな、と坂町に二度目の謝罪をして断り、私は奏を連れて教室に戻った。

 

「あらあら、いきなり喧嘩かしら?」

「馴れ合いは好かん。あいつとそうした所で、こちらに何か得なことはあるまいよ」

「友達、っていうのはいいものよ?」

「お前もいないくせに、何を知ったように」

「やん、冷たい♡」

「……お前な。それに、オモチャはスバルで十分だろう?」

「私の性格、知らないわけじゃないでしょ?足りないわ」

「素直に認めるな」

 

 悪いな、だが事実だろう。オモチャだから、色々と困らされているんだろう。そういう点では、私もオモチャにすぎん。そう意識しているが、それを払拭したいが為に、奏はもっともらしい事を言い始めた。

 

「あなたにもスバルにも、社交性がいるでしょ?」

「スバルは既にあるだろうに。私はいらん」

「あるの。少なくとも、私のボディガードである以上はね」

 

 奏が坂町と私の友人関係を望んでいるのは、本当のようだ。少しして、坂町がスバルと共について来た。私に握手を求めたことを謝り、私と友達になりたいと言ってきた。が、立場が逆だ。

 

「いや……。私が拒んだのだから」

「そうか?」

「ああ。それよりも……苦労するぞ、お前」

 

 彼の耳元で囁く。なぜかスバルはそれを見、赤面する。まだ坂町にはわからないようだ。当然だろう、恐ろしいのは、これからなのだから。

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