まよチキ! 〜チキンに噛み付くオオカミさん〜   作:パン粉

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◆◇◆◇◆◇

 

 

 日中の災難からまた一つ、災難が生まれた。放課となり、奏が愛想を振りまき挨拶をしながら、生徒玄関に向かう。言うまでもなく、姉弟なのだから、隣合わせの下駄箱になっている。がちゃり、とノブを捻ってシューズロッカーを開ければ、がらんどうになっていた。

 

 困った物だ。曰く付きのブーツなのだが、持ち主は果たして呪われていないか。今は上履きを履いているから、それで帰るのもいい。どうせ、すぐに車に乗って帰るのだから。中身を見た奏に、あら、と声をかけられた。

 

「イジメかしら?」

「くだらん。靴などくれてやる」

「替え時ってことにしておこう、狼。こっちに来た時から、あの汚い靴だっただろう?」

「ああ。特段気に入った物でもない、価値もない。そういうことにしておく」

 

 第一、メーカーなど知らん。ミリタリーブーツだから、動きやすかっただけだ。それが盗まれただけ。下駄箱を間違えるなんてこと、ありえん。一々気にするのは時間の無駄だ、そう言い車に向かい、スバルは奏と共に後部座席へ、私は助手席に座って、苺と隣り合わせになる。

 

 靴が違う、と気付かれた。色々な、とごまかした中、奏の提案が苺の耳に突き刺さる。

 

「靴を買いに行くわ」

「承知致しました」

「いいのか?」

「私からのプレゼントよ。ふふ、弟ですもの」

「……恩に切る」

「もっと喜びなさい、狼。お嬢様の優しさに」

 

 苺に諭されるが、変えなかった。そのまま車を出して、少しの間、前を見つめる。私を繋ぎ止めたい気持ちが見えたのは、気のせいではない。なら、常に金を与えればよいのだが。至極簡単な話、金をゴミの様に持っている彼女なら、尚更容易な事だろう。出すのは当主であるのだがな。

 

 そうと考えている間に、いつのまにか車は靴屋へ停まっていた。スバルの手を借りずに降車した奏が私の手を引き、車から降ろそうとした。立場上は逆であろうが、姉弟水要らずというものか。スバルも奏の背後にいる。彼女の身の安全を確かめた上で、普段は奏が滅多に入らん、大衆の店へ入っていく。

 

 ブーツやら、運動靴やら。目で追うにも大変な程の品揃えの中、足を運んだのは革靴のコーナー。爪先が小さく、足のサイズが大きい私に、中々合う靴は見当たらない。だから、上履きでいい、と言ったのに。オーダーメイドまでして作ってもらったこの靴で。しかし、それを選んでいる奏は、どこか楽しそうに見えた。

 

「8半なら入るわよね……」

 

 28.5cmの、日本人男性としては大きいサイズの革靴。奏が靴を私に差し出し、床に置いてみれば、椅子に座って履いてみる。

 

 ――足のサイズ、爪先のフィット感、動き易さ。どれをとってもちょうど良い。ソールは硬く、コツン、と音が鳴る。ピカピカに磨き込まれた黒い革、そこにぬっと映り込む、スバルと奏の顔。

 

「これに決めた」

「わかったわ。他にも、ほしい靴はあるかしら?」

「お嬢様、そういえば運動靴も持っていないのでは?」

「いらんよ」

「いやいや、シューズは大事よ?ついでにブーツも買ってあげるから。遠慮しないでね」

 

 いつにも見ない、奏の優しさ。私は初めて彼女の優しさを見た気がする。遠慮はいつもしていないつもりだが、彼女は、私の"普通"が、奏の"遠慮"と同じ様に見えたのだろう。それとも、今日のあの一件が、奏を少し満たしてくれたのか。どちらにせよ、ここは甘えた方が良さそうな気がした。

 

「レザーブーツとか、格好いいわよね」

「ああ、こういう一般大衆向けのとかも……」

「サンダルなんてどうかしら?」

「ああだったら服も新しいのが欲しいわね!レザージャケットとか――」

 

「……前言撤回」

「大丈夫か、狼?」

 

 ただの着せ替え人形が欲しかっただけのようだ。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 結局、服もレザー素材の物や半袖の物を買い、大量の買物袋を、机とベッドしかない自室に放り投げた。ネクタイを緩め、上着を脱ぎ、奏の護衛にすぐに向かおうとドアを開けると、部屋の前に奏はいた。ニコニコしながら私の腕に彼女は引っ付く。も、私は気にせず引き摺るようにし、ダイニングへと向かう。むう、と膨れっ面になるも、それを受け流し。痺れを切らした奏が口を開く。

 

「ねえ、こうしてると恋人に見えないかしら?」

「さあな、わからん。興味もない、正直バカバカしいと思う」

「つれないわねぇ……。もう、2年経つのよ?あ、まだ怒ってるの?さっきのあれ?」

「別に着せ替え人形はどうでもいい。問題は坂町だ。別に怒ってはいないが、彼を苦しめるだけだぞ」

「そんな気はさらさらないわよ。楽しめる"オモチャ"を見つけただけ。オモチャは大事に扱うわ」

「顔は正反対のことを言ってるぞ。全く、いい根性だな……」

「そんなに引かないでよぉ」

 

 この末期癌の治療法は本当にないのか、それを疑いたい。2年の歳月で、奏がサディストということはわかったのだが、他人にまでこういうことをするのはどうかと思う。誰も、お前の本当の姿を見ても、幻滅はせんと思うが。

 

 大理石の床から、ペルシャ絨毯のダイニングへ。既に食事が並んでおり、スバルとメイドが待ち構えていた。ステーキや刺身など、また胃がもたれそうなものを。かすかに聞こえる、スバルの腹の虫の音。席に座れば、スバルを呼び寄せた。

 

「スバル、やる」

「ん。ありがとう、狼」

 

 正直に言おう。2年間でこの家に馴れるなど無理だ。特に、私のような特別な出身であれば。7等分に切ったステーキを1切れ、フォークに刺してスバルに食べさせた。端から見たら下品だとか言われそうだが、私とスバル、そして奏しかいない。そんな堅苦しいことをいう人間はいない。メイドですら、これは恒例の行いだと思っている。

 

 人間、誰しも腹は減る。備えあれば憂いなし、とは、食事のことだと私は思っている。満足に食べ物を摂れるだけ、幸せという他ない。それに、前も言った気がするが、スバルや奏は成長期だ。私もその部類に入るが、それよりもエネルギーを使うのは、この2人。

 

「あん、スバルだけずるい。私にも、食・べ・さ・せ・て・?」

「君の分はあるだろう」

「あーんして、って言ってるの。ほら」

「困った姉だ」

 

 甘えてくる奏にも一切れ。見せつけるようにフォークを舐(ねぶ)り、肉を食べる。スバルやコサメは少しだけ後退り、苺は羨ましそうな目で私のフォークを見る。苺が奏を好きでいることは知っている、だからなのだろう。

 

 グラスの水にフォークを浸して洗う。それを見た彼女は少し拗ねたように、度の越えた冗談を私に言った。

 

「口移しでお願い」

「嫌だ、それは汚い」

「ご主人様命令よ?」

「……弟として、拒否権を使用する」

「もう、つれないわねえ」

「馬鹿になりたくない」

 

 カップルでもないのにそんなことをする必要はない。いや、カップルでも、口移しなど馬鹿げた行為をするのはよろしくない。第一、人前ですることじゃない。

 

 何回か、ゲリラ兵時代に口移しは経験した。ジャングルなど、不衛生の極み。そんな所の蛇を捉えて捌いていた記憶がある。感染症の恐れもあるから、かなり火を通し、相手の口内を水で洗い、細心の注意を払って与えた。その食物だけでは足りず、死んだのが多数だが。

 

「じゃあ……。スバル?」

「やめろ。褒められたことじゃない」

「ボクも流石に……」

「冗談よぉ」

 

 少し残念そうな顔をしていても、駄目なものは駄目だ。全く、それくらいは彼女もわかっているだろうに。肩肘張らない、とは言え、少しは程度を知れ、と言い捨てた。

 

 しばらく前から、彼女のスキンシップは過激だ。こいつは本当に頭がおかしいんじゃないか?と度々思ってしまう。これすらも癌、とは言い切れないのが、私の弱味。恐らく、甘えたいだけなのだろう。スバルではなく、弟の私に。そのような推測を少ししている中で、奏は少し困り目になり、私に問いかける。

 

「狼?あなたの靴の件だけど」

「君が気にすることじゃない。君が買ってくれたしな。ありがとう、今更だが礼をしておく」

「それならいいけど。でも、あなた、あの靴をずっと履いていたでしょう?」

 

 

 あのブーツは昔の友人の遺品だった。本心を言えば、あまり盗まれたくはなかった。だが、起こってしまったことは、起こってしまったことだ。もう今は心底どうでもいい。取り戻そうとも思わんし、深く入ってしまえば、良からぬ事が起きそうな気がして、すぐに忘れてしまおうとしていたのだ。

 

 昔からよく言うはずだ、『天網恢恢疎にして漏らさず』。悪事には必ずバチがあたる。当たらずとも良いが、奏の気持ちからしたら、落ちて欲しいのが本音だろう。そういう点においては、奏のこの気持ちは、真心なのだろう。

 

「遺品だ。変える理由もなかっただけだ。盗んだ相手に呪いがかかるんじゃないか?」

「犯人に罰が当たると良いわね、それもすぐに」

「余計なことはするなよ。それがきっかけで君を危険に晒したくはないからな」

 

 遺品、などという単語を出した私が悪いが。食事中に辛気臭いのも嫌いだ。奏よ、さっさと忘れろ。変に首を突っ込んで欲しくない。そうは言っても聞かないのが彼女の性分なのは判ってはいるが。それが、癌だというのに。

 

 私が傷ついたのだ、と思っているのだろう。その優しい心は、次第に大きくなってきていて、私に投げかけられている。嬉しい事ではあるものの、気持ちだけを受け取ろう。食事を終えた私の席にスバルを座らせ、交代しようとしたときに、奏から一言。

 

 

「狼、今日は一緒に寝ましょうか」

「やけに絡んでくるな。別に構いはしないが、スバルがそれを許すのか?」

「スバルはどうでもいいじゃない」

「どうでもよくない。お前の大事な執事だ。お前が身勝手な行動をすれば、お前のスバルは困るだろう」

「困った顔が一番可愛いのよ、スバルは」

「……スバル、もう私にはこいつを止められん」

「そうみたいだな。ボクも無理だ」

「最高の褒め言葉として受け取っておくわね」

 

 どこからか、いつもの『作った奏』が顔を出し、サディズムをスバルに覗かせた。彼女の自由さはもうどうでもいい。これだけ自由なのは、私やスバルを心底信用しているからなのだろう。

 

 彼女の目はいつも霞がかっている。そう、他人を信用出来ていない。心を開けない。スバルにさえも、何か取り繕っているのだ。私にだけしか、恐らく本心を見せていない。なにがそうさせたかは、私自身、よくわかっていない。

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