星アリサ一番かわいくない? 作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)
演技というものにまったくもって疎い。見る目がないと言えばいいのか、「この女優可愛いな」「この俳優いい声してるな」とかはまだ分かるのだが、演技となると本当に分からないのだ。「こいつ本当に悲しみの中にいやがる……!」とか一生に一度は言ってみたいけどたぶん無理そう。したがって俺は表現力というものを疑ってすらいる。演技とは突き詰めれば視覚と聴覚だ。別に内心がそのまま見えるわけじゃない。
だから俺の演技は基本的に自分の中のパターンに沿ったものである。喜ぶときは目を少し大きくして口角を上げる、悲しむ時は声を少し震わせて肩を下げるとか、そういった身体操作の延長線上に俺の演技はある。内心は早く終わらせて帰りてーなーとか考えているので演技力もへったくれもないと思っていたのだが、なぜかこれがウケた。
養成所にいた俺は目を付けられてあれよあれよという間にデビューが決まり、そのデビュー作が期待の本格派俳優という触れ込みで大変売れた。俺が本格派俳優とは、よくよく世間という者も節穴だと思う。でもたくさんちやほやしてくれるから大好き♡。 そして売れた俺はなんとスターズというバカデカ事務所からスカウトがかかり、そして――
――運命と出会った。
百城千世子にとって鳴川恭一という人間は敬意を払うべき先達であると同時に、腹の立つカスでもある。
鳴川恭一。中学生で養成所に入ると瞬く間にゴールデンドラマで主演デビュー。その後も立て続けに映画やCMに出演し、輝かしいルックスとずば抜けた表現力でお茶の間を沸かせた実力派俳優。その躍進ぶりに「事務所のゴリ押し」とやっかみを受けつつもその全てをねじ伏せてきた、芸能界の最も新しい神話。
百城も、彼が1年前にスターズに電撃移籍した時は柄にもなく心を躍らせたものだ。その時から仮面を被ることに執着していた百城は、彼が被る仮面が自分の数段上のものだと役者としての本能で察していたからである。話を聞いてより自分の仮面の完成度を上げたい、演劇理念を語り合いたい――。そう思っていた百城は移籍当日にわざわざスターズ本社まで足を運び、そこで目を疑う光景を目にすることになった。
「日本の再婚率が何パーセントか知っていますか!? 男性の場合は50%、女性かつシングルマザーの場合は30%だそうです、これは女性の方が再婚相手を慎重に選ぶことが一因であると思いますが、しかし貴女も今30%の側に立つべき時が来ていると思いませんか!? これは自慢ですが人気絶頂の若手俳優ですし、顔も金も持っています! もちろん貴女への溢れんばかりの愛はそれ以上に!」
「スミス、この人を早く下がらせて」
「おっと待ってください今俺捕獲されたエイリアンみたいになってませんか、もう少しアピールを続けさせてください、では次は再婚の理由についてはどうでしょう!? 金銭が理由じゃないのと思うのは偏見です、再婚女性へのアンケートによれば一人でいる事の寂しさというのが多くの理由だとか! 仕事で心身ともに擦り減る現代社会、支えあえるパートナーがいるというのは素晴らしいことだと思いませんか! これも自慢ですが今までやって出来ないことが無かったので、たぶん俺は専業主夫としてもやっていけますよ! さあ今日のディナーはフレンチ、イタリアン、いやいやまさかの満漢全席!? 何でも作れますよ!」
「スミス」
スターズ社長、芸能界のトップに最も近い者、星アリサが口説かれていた。それも熱烈に。
夢かと思った。
お付きの秘書である清水にズルズルと引きずられるその男性こそまさに鳴川恭一その人であり、さらには全く仮面なんて被っていなかった。欲望100%だった。
千世子は死ねばいいのにと思った。
その後鳴り物入りでスターズへの移籍を決めた鳴川は怪演を連発し、スターズの天使でもある千世子と何回も顔を合わせることとなった。第一印象こそ最悪であったが意外と星アリサ関連以外ではまともな性格をしていた鳴川と千世子はそれなりに相性も良く、お互いに演技の時仮面を被る同士としてよく話すようになったのだった。
「恭一はさー、何でそんなにアリサさんの事が好きなの?」
ある日の事、たまたまドラマの撮影現場で会った鳴川に、千世子は前々からの疑問をぶつけてみた。
「なんで、か……。一目見た瞬間に俺の全身を駆け巡った稲妻がすべてと言えばすべてだが、まあきっかけとしては顔だな」
「うわ、最低」
「おっとそれは知識が浅いぞ天使ガール、性格は顔に出るという話を聞いたことがないか? 良く笑う人は常に微笑を浮かべているような顔になる、表情筋が発達するからだ。これは自慢だが、人体のスペシャリストとも言える俺は顔を見ればその人の性格が3割は分かる」
「低くない?」
「その3割で俺のハートの10割は持っていかれてしまったというわけだな。そういえば今朝『星社長が作ってくれた朝食を食べないと働かない』って言ったら社長が料理作りに来てくれたんだけどさ、社長って意外と不器用なんだよな。パンケーキを焦がしてさ、『あなたにはこれで十分でしょう』って言いながらも顔には少しの申し訳なさが浮かんでてさ、もう俺はそれだけで満腹になったね。あの時の目じりのしわだけで俺はフードファイターになれる、ああもちろんパンケーキも完食したぜ? あれこそ神の料理だろうね」
「キモい」
聞くんじゃなかったと心から思う。スターズの鳴川が社長にご執心だというのは芸能界でも知る人ぞ知る事実だが(そういう所の目端は効く男だった)、その人達の中で鳴川の前で星アリサの話題を出すなというのは鉄則である。出さなくても本人から喋り始めるのでどうしようもないが。
「今俺に天啓が下りてきたんだけどさ、このままウンコしなかったら実質ずっと社長の料理を食べてることにならないか?」
「お願いだから死んで」
軽口をたたきあっているとスタッフから休憩終わりですと声がかかる。撮影が始まるのと同時に、隣に立つ男の雰囲気が全く変わったのが分かった。ヘラヘラしている青年から、覇気をまとった悪役へ。その威圧的な存在感に、周囲のスタッフが一歩後ろに下がったのを千世子は鋭敏な視覚でとらえていた。
(いつ見ても不気味なくらいの変身。これで内心はどうせくだらない事考えてるなんて嘘みたい)
演技法とは突き詰めれば身体の動かし方であり、指先の動き、声の震え、瞳孔の大きさまで自在に操作できるようになればどんなことでも出来ると豪語する異端の演技。感情を制御し追体験によって行うメソッド演技とは対極の、身体制御の極致。自分の仮面とはまた異なった異質な仮面を被る彼の演劇理論を聞いた時の衝撃は今も新しい。
本当に腹が立つカスだと思う。その化物じみた演技も、女性に下ネタを言って大笑いするところも、実は自分の欠点をよくわかっていて、休みの日はずっと映画を見て審美眼を鍛えようとしている所も。そして何より――。
(普通、好きになるならもっと若い子だと思うんだけどなー)
ぽつりと心の中でそう呟いて、スタッフが近づいてきたのが見えた千世子はいつも通りの仮面を被りなおした。
アリサさんが俺に仕事を振ってきた!!!嬉しい!!! この気持ちはまさしく愛だ。アリサさんが言う仕事ならたとえエベレスト無酸素登頂だってノーギャラでやり切って見せる、でもアリサさんは何だかんだ自分の所の俳優をすごく大事にする人だからそんな無茶な仕事は振らないんだ、やっぱり好き……。
と喜んでいたら仕事の内容がオーディションの審査なのでメンタルがズタボロになった。俺に演技を見る目など全くない。かわいいとかっこいいでしか俳優を見ない男だぞ。アリサさんからの仕事で失敗する……自殺したい……。正直アリサさんも俺の目が節穴だということは分かっているだろうから、『あの鳴川恭一が審査!』みたいな宣伝を打つために俺を起用したんだろう。だが、出来れば好きな人にはかっこいいところだけを見ていて欲しい。「あー……顔がいいですね」としか言えない俺を見ないでくれ……。
そして迎えたオーディション当日。後ろで腕組みしながらウンウン頷くだけのbotとなる予定だった俺に僥倖が訪れた。
「黒山監督~~~~!!!!」
やったぜ。俺の知る限り最高の眼力を持っているのがこの人だ。なんか聞かれたら「黒山さんはどう思います?」「さすが黒山さん」の二つで乗り切れるぞ。
「あ? 恭一じゃねえか。もう監督じゃねえって言ってるだろ」
「ああ、すいません。クセがなかなか抜けなくて」
養成所から俺を引っこ抜いて、自分が監督してた映画の主演に抜擢してくれたのもこの人だ。そのおかげで人気俳優になり、アリサさんと出会えたのだからもうこれは愛のキューピッドと呼んでも差し支えないだろう。LOVE...。
「今度演技見てくださいよ、最近瞳孔の大きさを自分で変えれるようになったんです」
「また気持ちわりい特技見つけやがって、テメエの事なんざ知るか。俺は自分の主演女優を見つけるのに忙しいんだよ」
とか言ってても今度の週末にでもスタジオ大黒天に押しかければなんやかんやアドバイスをくれたりするのだ。やはりツンデレ……。
「あ、どうも恭一さん。お久しぶりです」
あ、アキラくん!? おいおい「アキラくんはどう思う」も追加されちまったよ。このオーディション、勝ったな……。
星アキラ君は苗字から分かる通り大女神星アリサさんの息子であり、スターズ所属の俳優でもある。時々ご飯とか行く仲でもあったりする。やはり将来の息子……。ぶっちゃけ母親に言い寄る少し年上の男とか自分だったら嫌なのだが、アキラ君は意外と仲良くしてくれている。これは義息公認だということでいいだろうか。こんな事言ったらアリサさんに接近禁止令出されるから言わないけど。
「アキラ君じゃないか、久しぶり。前に焼肉に行ったとき以来かな?」
しかしアキラ君に黒山監督、さらに俺も動員するとは、アリサさんのこのオーディションへの入れ込みようは半端ではない。千世子ちゃんの次のスターをすでに探し始めているということだろうか?
とか考えていると重役の方が挨拶をはじめ、オーディションが開始される。目の前で色んな人が演技を見せてくれるのだが、やはりいくら見てもさっぱり分からん。食レポの才能がない人ってこんな感じなんだろうな。
あー、声が大きくてかわいい、目が大きくてかわいい、胸が大きくてかわいい……。もう駄目だ、本格的に黒山さんにカンペをお願いするべきか? 今から間に合うだろうか。とかそんなことを考えているとアキラ君が大声を上げる。
「夜凪景くん! さっきから何のつもりだ」
おっと?
見ると左端の女の子が態度が不真面目だと責められているようだ。まだ見てなかったけど、アキラ君が言うならそうに違いない。ここは同調しておくか。
「そのと――」
「――夜凪。馬鹿でも分かるように演じろ」
雲行きが怪しくなってきたので慌てて口をつぐむ。黒山さんに声をかけられたその夜凪さんは、一瞬で涙を流して見せた。怒られて悲しくなっちゃったのだろうか(クソバカ)。
「あ、ありがとうございました。以上でオーディションを終了いたします。結果は後日、郵送でお送りいたします」
その後は皆夜凪さんを心配したのか、会場はざわついた雰囲気のままオーディションは終わり、彼女を合格にするかで話し合いが行われることになった。皆は不合格でいんじゃねって感じだけど、黒山さんがあんなダイアモンドの原石を逃すなんてあり得ないと強く主張して場がこじれている。
「ふーん、黒山さんとその他の方で意見が割れていますな。鳴川くん、君はどう思う?」
重役の舎人川さんがこっちに話を向けてきた。待ってくれ……アキラ君も黒山さんも意見を述べたばっかりだから伝家の宝刀が使えないじゃないか。落ち着いて話を整理しよう。黒山さんはあの子が一瞬で泣ける名演技の持ち主だと言っていて、アキラ君たちがオーディションに真剣に臨まない不埒者だとしていると。うーん、たぶん正しいのは黒山さんなんだろうな。この人が読み違えたこと一度も無いし。でも将来の義父としては常にアキラ君に寄り添っていたいしな……。
「あー、そうですね……。まあ、あの演技をあの、どう取るかっていうのは人それぞれと言いますかね、あのー……。人は見たいものを見たいように見るってペルソア4のラスボスが言ってましたし、シュレディンガーの猫と同じような感じかもしれないですね。あの、はい……」
死にて~~~~~~~。舎人川さん苦笑しちゃってるし。会話に入れてない俺を気遣ってくれたんだろうけど完全に逆効果だよ。まさに地獄への道は善意で舗装されているってやつなんだけど。
そのまま会議は終了し、多数決で夜凪さんは不採用ということになった。すまん黒山さん……。そんなに気に入ったんだったらスタジオ大黒天で拾い上げてあげてくれ……。
落ち込んだまま会場を後にするとマネージャーから電話がかかってきた。不慣れな仕事を振った埋め合わせとして、明日はアリサさんが朝食を作りに来てくれるらしい。
お味噌汁が飲みたいです!!!!!!!!!!!!!
できれば一生飲みたいです!!!!!!!!!!!!
気持ち悪いのでやっぱり無しということになった。スターズ退所します(ガチギレ)。
主人公
そろそろ血液の速さも自分で調節できそうな怪物。適切な声で適切な動きを適切な時に行えばそれで良いと考えている。星アリサさんが好き。彼女の旦那の事は努めて考えないようにしている。
百城
自分の同類にやっと出会えたと思ったら熟女好きの狂人だった。
星アリサ
実際旦那が誰で今どうなっているのかは死ぬほど気になる。