最近流行りの「男だと思ってた幼馴染みが」系が樹里ちゃんだった。 作:バナハロ
AM7:30。俺は早起きし、プロデューサーさんと一緒に伊豆に向かった。アイドルの皆さんは七草はづきさんと一緒にバスで移動。
と、いうのも、俺はあくまで現地人の設定なので、先に向こうについていなければならない。一人で良いって言ったんだけど、プロデューサーさんもついて来てくれた。アイドル達には「下見のため先に現地で待っている」という体で。
で、今はプロデューサーさんもアイドル達と合流し、宿に向かいながら今日の予定を話す。その間、俺は宿の近くのコンビニで時間を潰しつつ待機。待っているのは、俺が見張る対象のアイドル達が、何処に行くのか、だ。
今のうちに、顔と名前だけ覚えておくか。えーっと……リストは……。
「あった」
プロデューサーさんから送られてきたリストに目を通す。えーっと……メンバーは……風野灯織さん、白瀬咲耶さん……この人達クソイケメンだな……あと、有栖川夏葉さん、芹沢あさひさん、樋口円香さんの五人。
夏葉さんが入っている辺り、事情を知っている上で空気を読めそうな人をちゃんと選んでくれている。……今日が終わったらメンバーを変えるらしいが。
その上で人数も他の班より少なくしてくれているし、あのプロデューサーさん本当によく気を利かせてくれる人だ。
すると、メールが送られて来た。さて……まずはどのルートからかな。先回りして、なるべく動向を把握しないと。
「……なるほど」
昼食の後はいきなりヒリゾ浜ですか。船に乗ってじゃないと行けないビーチですね。その後の予定は、すぐに飯屋に行って宿に帰宅。シンプルだが、海にいる時間が一番長いのが一番、しんどい。
まぁ、おてんばそうな子は一人しかいないし、多分なんとかなるはず……。
そんなわけで、ストーキングを開始した。……これ通報されたら守ってもらえるのかしら……?
×××
ヒリゾ浜とは、南伊豆にある島の浜辺だ。船での移動により、もともと綺麗な本島の海とも比べ物にならないくらいクリアな浜辺に到着する。
海を「サファイア」と表現したくなる程、蒼い海が広がっているその浜は、都会人にとって、一番「手頃に行ける魚と触れ合える海」ともいえるだろう。
野生の魚を間近で見ることが出来て、ちょうど足がギリギリ届かないくらいの深さのため、シュノーケリングなどを楽しむ客が多い。
そんな透き通るような青い海に、俺は一人である。いや、別に良いんだけどね。水中カメラを持って、目の前で泳ぐファインディング・カクレクマノミを写す。こんな風に魚と触れ合える海はそうそう無い。一人南伊豆最高!
が、こうエンジョイだけしていられない。魚を撮りつつ、水の中で遊んでいるアイドルの子達を見張る。
「わぁっ……! 見てくださいっす、灯織ちゃん!」
「何かあったの?」
「ナマコっす!」
「きゃあ! も、元の場所に置いて来て!」
……なんとなく、アイドル達の立ち位置とかキャラが分かってきた。
つまり、風野さんが苦労人、芹沢さんは自由人。
「ふふ……夏葉、君は泳がないのかい?」
「まずはお肌を焼くのよ。最初から水の中に飛び込むなんてレディのすることではないわ」
「そう言いつつも、あさひや灯織を見てうずうずしているように見えるがね?」
「……」
本当は遊びたがりの有栖川さん、そしてイケメン・イケメン・イケメンの白瀬咲耶さん。……おっぱいデケーのが並んでんじゃねーよ。この人達はなるべく見張らないようにしないと通報される。
さて、あと一人は……。
「……」
岩の上でボーッとしていた。樋口円香さん。無表情にも見えるその冷たい表情のまま、ボンヤリと海の中を眺めている。……いや、正確に言えば風野さんと芹沢さんを眺めている。
多分、しっかりと見守ってくれているんだろう。あの子はあの子で、中々面倒見が良いのかもしれない。
ただ、これはあくまでアイドル達の慰安旅行。あの子も楽しめないと意味が無い。
「……仕方ないな」
ナンパして有栖川さんと白瀬さんに助けさせ、一緒に行動させる……!
海から出て、自分の荷物を置いてある場所に戻り、半袖のパーカーに腕を通し、サングラスを掛け、準備完了。本当は今後の事を考えると髪も隠したい所だったが、海でそれは不自然すぎるのでパス。
キャラじゃないが、やるしかない。呼吸を整えると、一思いに樋口さんの所に行った。
「hey、姉ちゃん。一人ぃ〜?」
「えっ……? げ、原始人……?」
「……」
やべぇ、泣きそう。ナンパなんて経験無いから、精一杯、頭を捻って声を掛けたんだけど……。
「あ、あー……暇だったら俺と遊ばなーい?」
「……結構です。友達と来てるので」
……断られるのが目的だとは言え、断られると結構、キツイな……。ナンパするチャラチャラしたチャラ男ってスゲェメンタル強いんじゃねーの。
「えーでもさっきから見てたけどずっと一人だったじゃん?」
「っ、そ、それは……」
「俺、毎年ここ来てるけど、人が少なくて魚が多い穴場、教えてあげるからさー」
「……しつこい……」
こ、ごめんなさい……。でも、そろそろ……と、思っている間にようやく救世主が来た。
「失礼、私のお姫様に何か御用かな?」
「あ……し、白瀬さん……?」
「待たせたね、我が姫……」
白瀬さんの後ろには有栖川さんも控えている。俺のことを知っているからか、なるべく率先して関わろうとはしなかったが。
スゲェなこの人。普通に手の甲にキスとかかましたよ……。普通に姫とか呼んでるし。恥ずかしくないの?
「あ、ほ、ホントに連れいたんだ……じゃあ、なんでもないっす」
正直、白瀬さんのイケメンパワーに勝てる気がしない。いや、そもそもナンパとかする気ないんだけどさ。
俺の予定じゃ有栖川さんが助けに来るはずだったんだけど……まぁ良いでしょ。
「ご、ごめん……ありがとう、白瀬さん……」
「気にすることないさ。君が無事なら、それで良い」
「あの人……しつこいったらなくて……」
「ホント、あの手の原始人はいつになっても減らないわよね」
「ははは、夏だからね。彼も焦っているんだろう。なるべく、共に遊ぶことを心がけよう」
「うん」
……余計なお世話が聞こえた気がしたが、まぁスルーで良いだろう。
さて、あとはこのままだと五人、合流して遊ぶだろうし……放っておいても大丈夫……。
「あれ? みんな集まって何してるんすか?」
「あ、芹沢さん……」
「あさひで良いっすよ、円香ちゃん」
「ていうか、灯織は? あなた一緒にいたんじゃ無いの?」
「それが、なまこ持って追い掛けたらいなくなっちゃったんすよ」
「え……?」
え……それヤバイんじゃ……と、思って四人から少し離れた場所で辺りを見回すと、引き潮に引かれ、海の奥の方に少しずつ流されていた。
「やべええええ!」
大慌てで海の中に飛び込み、ザババババッと泳いで向かって行った。青いフワフワしてそうな水着の女の子が懸命にこっちに向かって泳ごうとしていたが、おそらくうまく泳げないのだろう。海ってそういうとこあるからな。
すぐに追い付くと、とりあえず落ち着かせるために耳元で声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ……は、はい……!」
「力抜いてて。近くの岩まで連れて行くんで」
「お、お願い……します……!」
相当、体力を使ってしまっているようだ。
あらゆる泳ぎを学校の授業だけでマスターした俺は、人を抱えて泳ぐ方法も把握している。何とか上手いこと片腕と脚だけで岩の方まで連れて行った。
「はぁ、はぁ……疲れた……」
「す、すみません……ありがとうございます……」
「いえいえ……とりあえず、浜辺まで付き添いますね」
「わ、分かりました……」
それだけ話して、何とか一緒に浜辺に到着した。何か飲み物でもあげられたら良いんだけど……この辺、自販機ないからな……。
「あの……ありがとうございます」
「いや、気にしな」
「あ、ようやく見つけたわよ。灯織」
やべっ、有栖川さんの声……!
慌てて俺はその場から逃げるように立ち去った。ナンパした後に女の子助けたなんて知られたくねえ! 下心あるって思われるのは目に見えてるし。
「どこ行ってたんだい?」
「いや……実は、今、溺れそうになってて……助けて貰ったんです」
「え……だ、大丈夫なの?」
「うん。この人に助けて……あれ?」
海の中に潜り、何とかその場をやり過ごす。……よし、後はまた後方支援の仕事に戻れば良いな。
「いない……」
「一応、休んでて。私も付き添う」
「ありがとうございます、樋口さん」
「ううん」
「あ、灯織。あさひ見てない?」
「え?」
え?
「『灯織ちゃん探してくるっす〜』とか言いながら行方不明なんだけど……」
「み、見てないけど……」
「……咲耶、行くわよ」
「やれやれ、世話の焼けるじゃじゃ馬娘が多いみたいだね……」
まったくだよ!
大慌てで海の中を彷徨いまくる事になった。あの子は色々と好奇心旺盛らしいし……魚がいそうな所にいる。無事が発覚すれば、とりあえず後をつけるだけで良いだろう。
「やれやれ……まったくもって割りに合わん仕事じゃて……」
どっかの暗殺一家の最大の賛辞のようなことを言いながら、一先ず働きにかかった。
×××
その日の夜、借りている宿はみんなと同じ所。でも部屋は一人部屋だ。海が近いこの宿は、窓を開けておけば波の音が聞こえて来る、中々にリゾート的な雰囲気のある宿である。
そこで、俺は泥のように布団の上で波の音など聞こえないくらいにだれていた。いや……マジ疲れたわ……。あの子達、すごいトラブル体質なんだもん……。
その上、芹沢さんは、そのトラブルそのものを欲しがっているように動き回るし……もう散々だわ。
こういう時、運動やっててよかったなって思う。
さて、明日の班は誰になるかな……と、考えていると、部屋の扉にコンコンというラップ音が耳に届いた。
「はい?」
「入るぞー」
中に入って来たのは、プロデューサーさんと七草さん。二人とも缶ビールを持ってきている。
「あ、どうも」
「うふふ、東田くん。お疲れ様でーす」
「お疲れ様です、七草さん」
……ああ、そういうコト。要するにお疲れ様会ね。まだ一日目だけど。
机を囲んでお酒を置き、袋から摘みとサイダーを出してくれた。
「はい、君の分」
「あ、わざわざすみません」
とりあえず、三人で部屋の真ん中に座り、乾杯した。こういう飲み会って、なんか大人っぽくて良いなぁ……俺だけジュースだけど。
「……お疲れさん、東田くん」
「や、ホントですよ……」
「灯織の件、特に助かったよ。……でも、あの海にはライフセーバーもいるから、次からはそっちに報告してくれ。君の身に何かあっても困るんだから」
「あ、そうですね」
芹沢さんも結局、珍しい魚を追ってただけだったなぁ……。
「お二人のとこはどうでした? 何かありました?」
「特に何もなかったよ。強いて言うなら、果穂に連れ回された摩美々が珍しくグロッキーになってたくらいか?」
「私の所も特にはありませんでしたよー? ……あ、真乃ちゃんに膝枕してもらってる透ちゃんがとても可愛かったです」
平和そうで良いなぁ……あなた方の所は。こっちだけだよね、あくせく働いていたの。
「ちなみに、明日は俺誰の面倒を見るんです?」
「明日はめぐる、夏葉、愛依、透、あと甘奈だ」
「え……」
あ、やべぇ……甘奈って……そっか。そういやあの姉妹と同じクラスだって言ってなかったな……。
「どうかしたか?」
「あ、いえ喧しそうな人たちが揃ってるなと」
危ない危ない。今から人を組み直すとなったらプロデューサーさんも大変だろうし、その辺は黙ってないと。
「とりあえず、頑張らないと、ですね」
「ああ、頼む」
「ふふ、東田くんがいてくれて助かりますねー」
そんな風に言われると、引き受けて良かったと思ってしまうあたり、俺はちょろい男なのだろうか。……まぁちょろいんだろうな。所詮、ボッチになってから幼馴染に声を掛けられると惚れてしまうような男だ。
「……ちなみに、樹里はどんな感じでした?」
「さぁ……樹里ちゃんは千雪に見てもらっていましたから」
「……あそうですか」
……気になるなぁ……チャラチャラしたナンパ野郎がいなかったか。……おっと、それは今日の俺だったな。明日はまた変装しないと。
「そういや、俺は有栖川さんと同じ班なんですね」
「まぁね。この先、どうなるかわかんないけど、事情を知ってる夏葉か樹里には君についててもらうつもりだよ」
「そうですか」
それはありがたい話だ。なんか気を使わせてしまって悪い気もするが。
「まぁ、明日からもよろしく頼む。その分、報酬も弾むから」
「はい。ありがとうございます」
それだけ話し、そのまましばらく飲み明かした。俺だけジュースだが。