最近流行りの「男だと思ってた幼馴染みが」系が樹里ちゃんだった。 作:バナハロ
恋する乙女は面倒臭い、これはこの世の乙女すべてに当てはまるものだろう。例え、それが片思いであれ両思いであれ、もう既に完成しているカップルでさえそういうものだ。
その面倒臭さは、普段は表に出ない。その人にもよるが、基本的に恋する乙女は良い人が多い。良い人じゃないのに「恋してる!」とか抜かす奴は大体「好きじゃないけど彼氏欲しいイケメンだからこれが彼氏」とか大体、そんなものだ。それは男でも同じ。
そんな話はさておき、良い人で恋している子は、その恋をしている相手の話になると、とても面倒臭さが表に出る。
「……ぶっすー」
「……」
「……」
普段、樹里はどんなに機嫌が悪くても、絶対に「ぶっすー」などと口では言わない。
これはつまり「アタシは不機嫌だ! だからグチに付き合え!」という意味である。一緒にいる智代子も凛世も、聞くのが嫌だった。
いや、正直、聞くだけなら良かったのだ。最初の方はアピールもそんなに鬱陶しくなかった。
『はぁ……チッ、あの野郎……次こそ別れ……はしねえけど……一発、ぶん殴ってやる……別れはしねえけど……』
こんな感じの独り言だった。凛世はすぐに声をかけようと思ったが、智代子がそれを制止した。なんか拗ねてる樹里が可愛かったから、しばらく放置しようってなって。
それが、間違いだった。
『はーあ……なんか、付き合い始めてからの方がストレス多いんだよなーあんにゃろう……どうやって懲らしめてやろうかなー……あのクソったれ……そういうの考えるの、得意な奴いねーかなー……てか、もう誰でも良いなー』
徐々に内容がストレートになっていく。素直に言えば良いものを。おそらく「惚気話とからかわれたくない」とか保身が入っているのだろう。本当に可愛い子である。
確かに可愛い、と思ってしまった凛世も、そのままシカトに参加した。ここが一番の間違いだった。
『あ……アタシにとっては初恋だったからなー……! 誰かにアドバイスもらわないと仲直りとか無理かなー。もし、別れたら仕事にも影響するかもなー!』
気が付いたら面倒な方向に脅迫し始め、こうなると意地でも反応したくなくなる智代子だった。凛世が声をかけようと思ったが、智代子に止められてしまう。
「……絶対無視しよう」
「そこまで頑なにならなくても……」
「聞いて欲しければ自分から来ないとダメでしょ」
まぁ、言わんとしていることはわかる。何故、相談があるなら自分から声をかけてこないのだろうか?
とにかく、凛世も智代子も黙ってそのまま珍しく鬱陶しい樹里をシカトし続けた。
そんな中、智代子のスマホに連絡が入る。表示されていた名前は「東田葉介」だった。
「あ、葉介くんだ」
「なっ……⁉︎」
樹里が顔をあげたが、無視して智代子はメッセージを開く。
東田葉介『なんか樹里を怒らせちゃったみたいなんだけど、どうしたら良い?』
こっちはとても素直である。抽象的過ぎて何も伝わらないが、行動に移しているあたりが好感が持てる。
「こういうとこ、樹里ちゃんより葉介くんの方がよっぽど可愛げがあるなぁ……」
「ど、どういう意味だよチョコ⁉︎ て、てか……あいつから話って……!」
「教えなーい」
「んなっ……⁉︎」
問い詰められてもわざわざ話してやるつもりはなかった。少なくとも、向こうからお願いされるまでは。
いや正直、序盤に泳がせていた自分も悪い所はあった。けど、別れたら仕事に影響するかもーなんてナメた事、言われたら歯向かいたくもなる。
「……智代子さん、少し可哀想な気も……」
「ダメだよ、一度甘やかしたらロクな事にならないんだから。そんなわけで、私は葉介くんの相談に乗りまーす」
「わ、分かったよ! アタシが悪かったから……助けてくれ、頼む! 葉介にキスされたいんだ!」
「「詳しく」」
「うわあ! 急に乗ってくるなよ!」
唐突に二人揃って、身を乗り出してきた。まぁ、食いついてきてくれたことは助かるのだが。
「……別に、大した事じゃねーよ。ただ……その、この前、アタシがいたメイド喫茶にあいつがきて……それも、愛依と一緒に……」
「え、二人で?」
「そうだよ。まぁ、その件についちゃカタはついたんだけどよ……前に遊園地に行った時には、アタシからキスして……」
「まずそこから詳しく」
「じ、樹里さん……ついに、殿方と……キスを……」
「殿方とってなんだ。女ともねえよ」
そこを注意してから、樹里はコホンと咳払いをする。キスの流れを説明するのは、中々勇気がいる。
「……あー、その……なんだ。まぁ、観覧車に乗ったんだけどよ……あの野郎、そもそも遊園地でデートするってことが何も分かってなくてよ……」
「え、別にルールとか無くない? 各々、楽しみ方があると思うし……」
「いや、それはアタシも同じなんだけどよ……。締めに観覧車乗るの渋ったり、乗ったら乗ったで純粋にエンジョイして……その、全然ロマンチックな雰囲気にならなくてよ……」
「……確かに、観覧車は2人きりで綺麗な景色を楽しむ事が、手軽に出来るものです。……それに乗ったら、普通は彼女と肩をくっつけたりだとかするものでしょうに……」
凛世も呆れてため息をつく。
「……で、その……結局、アタシから……強引にキスしたんだ。そ、それだけだよ! この話は終わりだ!」
「どんなキス?」
「ふ、普通のだよ! ……経験が無いから、その……どんな感じかわかんなかったけど……とりあえず、口内を何周か味って……」
「「えっ」」
「えっ?」
樹里の説明に智代子と凛世が瞬きし、樹里も釣られて首を傾げた。
「な、なんだよ?」
「……し、舌入れたの……?」
「……でぃーぷきす、ですか……?」
「え、恋人とのキスってそういうものじゃ……」
「いやー……最初は唇くっ付けるだけじゃないの……? 知らない、けど……」
「り、凛世が読む少女漫画も、流石に最初からでぃーぷきすは……」
「……」
カアァァァッ……と、一気に顔を赤くする樹里。恥ずかしさで何も言えない。いや、確かに樹里にも「変だな」という自覚はあった。ネットで調べた知識を参考にしてはいけない、とその時に改めて思う程度には後悔した。
そんな樹里の肩に、智代子は手を置いて軽く言った。
「……えっちだね」
「うるせええええええええ‼︎」
両手を振り回す樹里を、何とか凛世がギリギリで止め、落ち着かせるのに30分かかった。
×××
改めて落ち着き、続いてメイド喫茶での話をする。なんだかんだ言って、最後に約束したキスもしてくれずに帰られたことまできっちりと。
すると、他の二人とも微妙な顔を浮かべ始めた。
「……まぁ、うん。悪いのは葉介くんだと思うけど……」
「……そもそも、東田さんは微妙に、思春期だとか、そういう情緒に疎いご様子ですので……樹里さんが大人になって差し上げた方が良い、という考え方もできますが……」
「うーん……や、やっぱりそうなのか……?」
凛世の意見に、樹里は腕を組む。
「で、でも……あいつ、もう少しこっちの身にもなって欲しいっつーか……デートとかはしょっ中、誘ってくれるし、その時も毎回、水着やら私服が似合ってるとか言ってくれるけど……こう、キスとかそういう……こ、恋人っぽいことは全く、して来ようとしないし……」
「……されたいの?」
「こ、こっちからするのとされるのじゃ、全然違うんだよ! ……いや、された事ないから分かんねえけど……そ、そんな気がするんだよ!」
恋人のいた経験が無い二人は、その感覚が微妙に分からなかった。が、まぁ本人がそう言うならそうなのだろう。
「……まぁ、それならさ、もう異常なくらいアプローチしてみたら?」
「と言うと?」
「恋愛映画を見に行くとか……カップルジュースを飲みに行くとか……」
「今時、カップルジュースなんて売ってる店あんのかよ」
「例えだよー。あとはー……恋人割引の施設に行くとか?」
「……キスでカップルの証明、というアレですね……」
「そんなのリアルであんのか?」
「「さぁ?」」
無責任極まりない意見だった。……とはいえ、キスしなければならない環境を用意するのは悪くも無いが。
「……うん、少し考えてみるわ……」
「上手くいくと良いね、樹里ちゃん」
「ああ」
良い感じに返事をすると、とりあえず仕事に向かった。まだ仲直りの算段もついていないというのに。
×××
「って、まだ仲直りの算段もついてねーじゃん!」
事務所の寮で、またデートに誘おうとしたらそれを思い出した。何故、恋は人をポンコツにするのだろうか?
「そうだよ……どう仲直りすれば……いや、でも今回の件は別にアタシ悪くねーよな……? アタシから謝るのは絶対に嫌だ……」
うーんうーんと悩み悩んでいると、スマホが震えた。
東田葉介『今、良い?』
……何の用だろうか。まぁ、子供のままな情緒であれば、もう喧嘩のことなどすっかり忘れて、次の遊びの誘いかもしれないが。
西城樹里『なんだよ』
東田葉介『ごめん。キスするの忘れてたから』
……改めて言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい言葉だった。
東田葉介『で、いつする?』
こいつやっぱり何もわかってないんじゃないだろうか。自分のことが好きなことは間違い無いだろうし、それが恋愛的な意味であることも疑う余地はないが、まだその手の情緒が育ち切っているわけではなさそうだ。
西城樹里『別に無理してするもんじゃないだろ。こういうのは』
西城樹里『お互いに「したい」と思った時にするもんだから』
西城樹里『だから、お前がしたいと思った時に頼むよ』
そう言うと、しばらく返信が途絶えた。かなり恥ずかしいことを言った自覚はあるが、これくらいストレートに言わないと分からないのだから仕方ない。
しばらく待つと、また返信が来た。
東田葉介『あー、その、なんだ』
東田葉介『でも、この前のキスはとても良かったので』
東田葉介『やっぱ何でもない』
送ってから恥ずかしくなったのだろう。打ち切られてしまった。が、樹里もすぐに顔を赤くしたまままくらを抱きしめて布団の上で転がった。
しばらく、別の意味で二人とも顔を合わせられなくなった。