ジャック、そう名乗った男がバスローブ姿でソファーに座り、真鍮製の箱から取り出したナイフを机に並べ、日課にしているという手入れを行う様子を少年は眺めていた。
出会いから今日で約三日目、ホワイトチャペル地区から離れたロンドンシティの一画にある豪邸の地下、とだけ聞かされた少年は、ほとぼりが冷めるまでは、との理由で外に出ることは厳禁とされた。憧れた都が目の前にあるのに、狭い室内でほぼ軟禁状態となることに、僅かながら申し訳なさそうにしていたジャックだが、少年はここは天国だよと返した。
黒いソファーに白いベッド、膝ほどの高さの机、ジャックにとっての日常に目を輝かせていた少年は、本当に幸福そうな表情をしている。
「ねぇ、ジャック。ジャックは、どうして毎日、僕のところに来てくれるの?」
「なんだ?来ちゃ駄目だってのか、クソガキ」
「ううん、そんなことないよ。来てくれるのは、嬉しい……だけどね、お仕事があるんじゃないかなって……チャーリーもボスは忙しいって言ってたから……」
少年は、三日前にチャーリーから銃口を当てられた後頭部を擦る。まだ、違和感が残っているのだろう。
ジャックは、鼻から短く息を出す。
「忙しいってより、面倒が増えてるってのが正解だ。この街は、大体十六世紀からインドやアメリカとの貿易でどんどん拡大していっているからな。ファミリーの四代前に比べたら、物騒になってんだよ」
へぇーー、と感心した声を出した少年だが、実際の興味は机に並べられたナイフへと移っていた。床に膝をつき、ジャックの手元へ宝物でも見詰めるかのような視線を送っている。
バツが悪そうに、ジャックは、さっ、とナイフを箱に戻す。
「ナイフの手入れがそんなに気に入ったのか?」
「うん、だって綺麗なんだもん」
「綺麗ねぇ……俺には分かんねえな」
「え?綺麗にしておきたいから掃除をしてるんじゃないの?」
「掃除じゃねぇよ。これは、手入れって言うんだ……さっきも言ったろ手入れってよ」
手入れ、と口のなかで反芻する少年は、再び、ジャックを見上げる。
「なら、どうして手入れをしているの?」
「死なない為……いや、自分の力を維持する為だな。お前も覚えとけ、この世界、力が無いと自分の夢や理想も叶えられないってな」
「夢や理想?」
「そうだ。弱ければ奪われる。強ければ奪われない、それが力ってやつだ。究極にシンプルだろ?」
歯を見せて笑ったジャックは、箱からナイフを一振り取り出す。折り畳まれた刃を出せば、怪しい光を放ち始める。