「はぁ……もう4月になっちゃうなぁ」
3月もまもなく終わり、壁に掛けられたカレンダーの役目が終わりを迎えようとしていた。明るい髪色を後ろで二つに結び、彼女はひとつ溜息をつく。春とはまだまだ言えない寒気に包まれた数日、彼女はたまった課題を見ないようにして作業を続けていた。が……。
「アイデアが浮かばない。万策尽きたー!」
うがー、と嘆きつつ体を伸ばして、そのまま机に突っ伏してしまう。すぐ近くにあったクッション――ガンダムシリーズにいくつか登場するAIロボットのハロをモチーフにしたもの――をつかんで抱きしめながら、机の上にあるものを眺める。
姿鏡や本棚、その上に置いてある小物入れや部屋に備え付けられたクローゼット。どれも普通の女の子の印象を受ける中で、机の上だけが散らかっていた。積み重なったガンプラのパッケージ。一部パーツを使ったランナーの山。使い古したニッパーの側に転がっているパーツはどれもガンダムシリーズ歴代主人公機のガンプラパーツ。そんな中で二機のガンプラがあった。
ひとつは既に完成されている。ガンダムXディバイダーをベースにした機体だ。カラーリングを大幅に変え、白とピンクで統一されている。彼女らしさが滲み出ていると言っても過言ではない。
もうひとつ、それはデスティニーガンダムだった。カラーリングは手を加えずパーツ変更も行なっていない。しかし、それは見るも無惨な姿だった。
破損したパーツは肩に足、胴体。砕け、ヒビが入り、胴体には穴が空いている。デスティニーのシンボルでもある赤き翼も狩られた鳥類のそれで、右翼に限っては根元から折れていた。関節もダメージが入り、ガンプラを飾るスタンドを使って、何とか立たせている状態だ。満身創痍のデスティニーのツインアイが、彼女になにかを訴えかけているように見えた。
第一に、彼女はボロボロのデスティニーでジオラマ作成などをしていたわけではない。この機体の破損は、ガンプラバトルによるものだ。プラフスキー粒子によってガンプラに命が吹き込まれ、ファイターの操縦で自由自在に動く。
だからこそ、そのバトルで受けたダメージはそのままガンプラにも反映される。バトルで腕をビームサーベルで切り落とされれば、そのガンプラの腕はそのように斬られ、断面もビームで焼かれたような痕が残る。ライフルで撃たれたならそのような痕が残り、貫通したなら穴だってできる。
自分で作ったガンプラでバトルし、勝っても負けても壊れたなら修復し、改修し、次のバトルへ挑む。これはファイターにとって当然進む道。
しかし敗北し、弱点が見えて改修を行なうとなると、それをどう形にするかで手が止まる。これもまた当然、ファイターが通る道だ。
「やっぱりなぁ……。私って近接か射撃、どっちかにしたほうがいいのかな」
そう言ってガンダムXディバイダーのベース機を優しくつかむ。
「うーん。こっちが近接寄りだから、やっぱりこっちは遠距離射撃にするか」
そう言って手元にあるパーツをいくつも見てはいるが、やはり自分の見据えるイメージを形にできない。
こんなことを先ほどからずっとやっていた。
「あぁん、もう!スランプだ!無理だ無理!」
頭を強く振ると、彼女は勢いよくベッドに身を投げる。枕元で充電してあったスマートフォンをつける。そこで真っ先に開いたのは、GBBFというアプリ。Gunpla Battle Backup for Fighterの頭文字から名付けられている。その名の通り、ガンプラバトルを行なう全ファイターのために様々な機能を有している。そしてこれは、ガンプラバトルをするうえで必須となる。
と言うのも、ガンプラバトルをする際、媒体にユーザー情報を送る必要がある。そこで使うのが、もはや日常生活で当たり前のアイテムであるスマートフォンなのである。これを媒体にセットすることでユーザー情報を読み取り、ガンプラバトルを行なうことができる。
それだけではない。ガンプラバトルを始めてから今現在まで、全てのバトルデータ、その対戦相手の使用ガンプラ、バトルのログデータを閲覧することが可能。自分がしやすいミスなどを見つけやすくなり、今後に活かすことができる。
また位置情報を活用して近くの模型店の検索、アイテム入荷のお知らせ、登録していた模型店などそれぞれが独自に開催するバトルのお知らせなどの通知といった身近な機能もある。加えて、これはアプリ名に入っていないがファイターだけのものではない。
日々ガンプラの完成度を極め、自身から完成品を投稿するビルダー目線の機能も有する。自分なりのこだわりポイントであったり、使用機体やミキシング素材や塗装道具の紹介。それを見た側からはコメントを送ることができる。
ここで作品が、名が広まってガンプラ業界の人たちに見てもらえ、プロビルダーへの道が開かれることもしばしば。
つまり、これはガンプラを愛する全ての人々のためにあるとも言える。
そんなアプリから彼女はマイページから自らのバトルデータの項目をタップ。動画として残っているそれを再生した。前回、デスティニーがこうもやられてしまったバトルである。
「……ああ、これだよねぇ。アロンダイト持ったままだと射撃が少しぶれてる」
戦闘動画を何回も止めては見直すを繰り返し、薄々自分でも理解していた欠点が露わになり、目を細める。
「プラモ作りが微妙なのも原因、かな。いや、姿勢制御がだめだから操縦スキルが足りてない……?」
あれこれと自分の弱点に頭を抱えていると、画面にハロに似せた通知バナーがひょっこり現れる。
『明後日、ゲリラバトル開催!バトル内容は当日までのお楽しみや! @オノ模型店』
その内容を見た途端、彼女は勢いよく飛び起きた。
「うっそ、明後日!?」
スマートフォンにかじりつくように文面を確認すると、再び机に戻る。
「なんとか、明日にはこのデスティニーを完成させないと!」
あたふたと机にあるデスティニーとあふれかえるパーツ群を交互に見ても、それはやはり時間だけが経つばかりで……。
今にも泣きそうな声でうなり、頭をくしゃくしゃにかき回していると、再び通知音が。
なんだろうとスマートフォンを見ると、それはビルダーが完成作品を載せる『ガンプラ・ギャラリー』。そこで彼女があらかじめ登録していたビルダーが新たに作品を投稿したという知らせだった。
ビルダー登録機能は多くのユーザーが使っていて、度々有名ビルダーの新作を見て一気にその話題でもちきりになる。
彼女が登録していたそのビルダー、ユーザーネームは”K-K”。ユーザー情報には「ガンプラ制作代行やってます。詳しくは下記よりお問い合わせください」とだけ記されており、名前の読み方が書いておらず自身からもこう呼んでください等発表がない。そのため、ケーケーだったりダブルケーだったりと、ユーザーによって呼び方が違う。だが、この文字だけで誰なのかがわかる、それほどに作りがかなり精巧なビルダーで知られている。
そしてビルダー界隈の戦場とも言えるビルダーズカップという、年に一度行なわれる大規模な作品展が日本と世界とで開かれる。そこで現場、ネットワークで投票が行なわれ、最優秀賞のガンプラなどが選ばれる。そこでK-Kはいくつか優秀賞を取っていた。当然ここで月刊のガンプラ雑誌に特大記事が作成されるのだが、ビルダーは顔出しするか否かで分かれる。記者がインタビューして記事を書くので強制はされない。このK-Kは後者であったため、どんな風貌なのか、そもそも男女どちらなのかもわからない。
しかし、そんなビルダーは多くいるため珍しく思うことはないのだが、彼女はこのビルダーを特別気にしていた。
というのも、ユーザー情報にあるリンクを踏むと、彼女の通う学校の近くにあり、先ほどゲリラバトルを開催決定したオノ模型店の名前が出てくる。どうやらここを通じて制作代行の作品発送などをしているらしい。
そんな、変に親近感も湧き、それこそこのビルダーが作るガンプラを毎度目が輝くように見ている。
「今回のはどんな作品だろう……」
先ほどの負のスパイラルはどこへやら、と言われんばかりのニヤケ顔でスマートフォンを操作する指が踊る。
「わっ、すごい。これ素組みだよね」
映し出された作品の写真を見て、感嘆の声が出る。
『制作代行より、ストフリです。久々のSEED作品、楽しかった』
ガンプラの組み立て説明書の表紙にあるような立ち姿で映るストライクフリーダムガンダムは、彼女の目を惹きつけた。ただ組み立てだけ。しかしそれをアニメで出てくるような姿、プラモデルとは思えないロボット感を醸し出している。ポージングも初心者の発想を超えている。どれも容易くできる芸当ではない。
しかし、投稿作品は一つではなかった。
「あっ」
思わず、画面をなぞる指が止まる。
『制作代行の休憩にコイツを。種死繋がりだし、放置したままだったのでこの際に』
K-Kが投稿した二作品目は、まさに彼女が改修に行き詰まっていたデスティニーガンダムであった。しかし、こちらは形状やプロポーションが本来と異なる。
『好みのシャープ感溢れる形にしたかったので、色々いじってます。肩とかお気に入り』
この投稿を何度も、写真を拡大して見た彼女は、椅子から立ち上がる。
「そうだ、これだ!」
ニュータイプよろしくひとつのひらめきが脳内をよぎった。外出用の装いに着替えると、いつも使っている鞄を取り出し、模型道具と財布、それからテーブルにある二機を専用ケースに閉まって放り込む。
彼女――ミヤマ・サナはやっとのことで生まれたアイデアを逃さんばかりに駆けだした。向かう目的地は、オノ模型店だ。