Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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2.唯神教

「うわーガタガタ揺れてる」

エリが電車の椅子に座って見るもの全てが目新しいという具合に目を輝かせている。

 

「わー東京ツリーだ。すごーい」

しかし彼女の指指す先にあるものは東京ツリーなどではなく、電柱である。

 

「ああ、そうだな」

彼女の笑顔の為に生きてる、とまではいかないかも知れないが彼女の今の笑顔の為に命を賭けた鈴はどこか沈鬱気に正面の窓ガラスから左から右に景色が高速で変わっていく様を見ていた。

 

「なんか今日の鈴冷たいね?ピュアハート(小学校低学年向けの漫画雑誌)に載ってた倦怠期ってやつ?」

 

「馬鹿、いつ俺はお前と生涯を誓い非合法に唇を重ねたんだ?」

鈴は自分で自分の発言に怖気を覚える。と、案の定周りからの視線が痛い。

けれどこの後に待ち構える厄介事のことを考えるとそんなこと道路の隅に落ちた吸殻くらいどうでもよく思えてくるのだった。

 

ガタンゴトンガタンゴトン

東京の郊外から揺られ揺られてしばらく経ってエリも窓から見える都会のビル群や変わったデザインの建物にも飽きてきた頃、目的地の最寄り駅に近付いてきたことを知らせるアナウンスが耳に入り鈴はますます憂鬱な気分になる。

 

「エリ、そろそろ降りるぞ。カバンと切符の準備はできたか?」

目に入るもの全てが灰色で、本来ならちゃんと反応してあげたい少女の質問攻めも耳から耳に流れてしまっていたがアナウンスにはちゃんと反応する自分の体を恨めしく思う。もっとも寝過ごしましたなんて理由でどうこうなる話では無いし、時は一刻を争う事態なのだ。

 

「ん……あ、大丈夫ちゃんと持ってるよ」

鈴に肩を預けて眠っていたエリはその声で目を覚ますと大きく欠伸をしてゴスロリを基調にした黒とピンクの手提げ鞄の小ポケットから白い切符を取り出す。

 

「じゃあ、行くぞ」

鈴はもうほとんど病床で熱病に魘される病人みたいな、覇気のない声でそう言った。心做しか寒風がやけに染みる気がする。

 

鈴を一度殺し、幼児化する前のエリを執拗に加虐しその末に鼻の骨をへし折られた少女からの手紙が、その明文化されていない意図から推測できる最悪のケースの恐ろしさが頭から離れず、家に着き手紙を読み店主に夜までには帰ることを伝えてから今に至るまでずっとナーバスな気持ちでいる。常識的に考えて、一度逃した殺害対象を野放しにしておくだろうか。殺そうとした人間が生きているのに干渉してこない手はないだろう。

意図は分からないが、ここで断ろうものなら店主も巻き込むことになる。エリには死地に向かっていることは敢えて伝えていない、最悪の場合は自分が囮になってエリを逃がせばいいと考えているからだ。

 

半ば死に行くような気持ちで新鮮な都会の公道を歩くが、楽しい気持ちなど微塵もなかった。

 

 

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スマートフォンに備え付けられたマップアプリを頼りに駅から三分歩いたところに敵陣はあった。

 

『唯神教大聖堂本部(ゆいしんきょうだいせいどうほんぶ)』

都会の街並みに浮く西洋のお城のような立派な純白の聖堂が聳立していた。綺麗に刈られた芝生が一面に広がる敷地面積は平均的な高等学校のそれを軽く凌駕しているだろう、その中央に目的の大聖堂本部そしてその左隣には何の施設だろうか別館が建てられている。敷地内には一定のスペースで「右手に剣を構え、左手にロザリオを握り胸元に持ってきている女騎士のような人物の銅像」が飾られているそこは和洋中の世界観で説明できるものではなく、いわゆるオカルトの世界を幻視した。

 

『ここが唯神教大聖堂か…真正面から入っていいもんなのか?こういう施設って……いくら、呼ばれた人間とはいえ』

 

怪訝そうな顔で左右に視線を配っているエリを横目に巨大な聖堂を見下ろしていた鈴が思慮を張り巡らせていると後ろから落ち着き、澄んだ声が聞こえる。

 

「あなたとその子が来るのを待っていました、さあこちらへどうぞ」

 

三上 美佳と名乗る、天使の輪が光る黒髪と丈の長い黒いプリーツスカートから受けられる清楚なイメージが特徴的な一昨日命のやり取りをした修羅系JKが俺達を大聖堂の関係者専用口に案内してくれるらしい。

 

「こ、こんばんは……て、ていうか久しぶり?」

なんと声を掛ければいいのか思案した末に出た言葉は華麗にスルーされた。この態度は完全に怒っているだろう、少なくとも自分達のことを良くは思っていないと考える、それが個人的なものか組織的なものかは別として。

 

自分をいないものとしているように人のペースを考えずツカツカと慣れた風で進んでいく少女の後を着いて行く。

ふと、思い出したようにエリを横目で見ると緊張に表情筋を固めている。その顔がとても可哀想に思えてきて、気付けば鈴は彼女の手を握って歩いていた。

 

それにしても気まずい、実に改めて見るととても美少女に見える美佳と鈴は以前エリを守るために、殺され殺しかけという具合に血みどろの戦いを繰り広げた関係なのだ。おまけに鈴は彼女の容姿とは対蹠的な荒々しく粗で野で蛮な、地獄で煮え滾る血に満たされた釜を掻き回す鬼のような憤怒に燃える暴力的な一面を見ているのだから尚更のことである。

 

「なあ、今日はなんで俺らを」

 

「天を統べるは我らが主様、地に蓋をするは黙示の獣アバドン」

美佳は呪文のようにそう唱えて鈴の言葉を遮ると数十とある銅像のうちの一つ前に立ちロザリオを握った左手を胸にやる、目を瞑り暗号のような言葉を早口言葉のように呟く、と石像の台になっていた石がズズという音を立てながら後ろに移動し地下へと続く階段を露わにした。

 

「着いてきてください」

 

彼女は呆然とする鈴達の方を一瞬振り返ると、またつまらなそうに前を向き直すとずいずいと奥へ進んでいく。

 

しばらく殺風景な石造りの通路を進んでいくと突き当たりに豪華な金色の天使が装飾のされた深いワインレッドのドアがあった、美佳がそのドアをトントントンと三回叩くとゆっくりとドアがひとりでに開いていく。

彼女は慣れた手つきで部屋に入るなり深いお辞儀を済ます。

と、クイクイと手で部屋の外にいる鈴達を招く合図をする。

 

部屋には誰かがいるらしい。ここからでは部屋の中の様子はもちろんのこと、内装も赤い絨毯の引かれた、白い石造の部屋を暖色の光が照らしていることしか分からない。

 

鈴は激しい不安と焦燥を抑え込みながら敵かもしれない人物達にその心中を察されまいと神妙な顔で部屋に入る。手が強く握られたので少女の方を見ると泣き出しそうな顔でいた。

 

ドアを抜け部屋に一歩足を踏み入れた鈴達の目の前には「金色に輝く繊維で縁を彩られたワインレッドの外套を十字架が大きく刻印された黒い服の上に羽織った筋骨隆々の白髪の老人というには元気な印象を受ける男」歳は七〇くらいだろうか、外套に似たデザインの巨大な椅子に腰掛けている。その右隣には「横幅がその機能性を削ぐくらいに広い段平刀を腰に掲げ、高級感の漂う深い紺の背広に身を包んだホスト風に決めたグレージュ色の髪の美形の男」東洋人離れした彫りの深い端正な顔を見るに外国との混血だろうかと推測する。

また白髪の老人の左隣には「幾何学模様の白黒のドレスの上に赤い少し特殊な形をしているがレディースジャケットと見て取れる上着を羽織った絶世の美女」

 

鈴は冷静に観察しながらも彼らの放つ“圧力“に近いその凄まじいオーラに反射的に怖気を覚える。

もし彼らに一気にかかられたら、いやあの中の一人でも一瞬のうちに自分の懐に潜り込み、首と胴体を離して殺すことが可能であろう。それを決定付ける根拠はないが、彼らの放つその神威にも等しい圧倒的なオーラの前には生理的な恐怖を覚える。

『クツールとか言った悪魔が去り際に見せたあの禍々しい気と似ている……』

一昨日、美佳と顔を合わせた時のように、いやそれを遥かに超える“生物である以上は絶対に越えられない壁“のようなものを感じた。

 

「今、日本で最も安全な場所へようこそ。葛上 鈴くん、まず自己紹介から始めようか。俺は『天童(てんどう) 朱彥(あけひこ)』隣の二枚目男が『冨永(とみなが)・S(セント)・譲慈(じょうじ)』でドレスの女の子が『キャサリン・アルヴェイン』ちゃん。そして最後に君のことを最近ぶっ殺したかわい子ちゃんが俺の孫娘の『三上 美佳』って言うんだ」

ドカっと腰掛け、権力者らしからぬ仏のような安心感すら覚える安寧の微笑みを浮かべながらそう言った。

 

「早速、本題に入ろうか葛上 鈴」

男の右隣に立っていたホスト風の男冨永が話を進めようとする。

 

「ああ……往復二千円近くの出費と三軒茶屋からエリを連れてきた労力が無駄になったと思わないで済むような話を頼むぜ」

冨永の射殺すような刺々しい視線に負けじと睥睨しながらそう言った。

 

「ふん、そんな端金いくらでも出してやる。話を戻すぞ、話というのは端的に言うとだな「その悪魔を捨てろ」ということだ。人を唆す邪悪な悪魔を地上から淘汰し夢の千年王国を実現するのが我々人類の生きる目的なのだ。醜い悪魔の娘を庇い、日本の法権皇(ほうけんのう)である天童 朱彥様の孫娘様を傷付けた貴様が犯したことは大罪以外の何物でもない、本来なら極刑にしても足らない話だが、美佳様が「その悪魔を捨てること」を条件に無罪放免にしてやってくれとのことだ、ありがたく思え」

冨永という男の話は最後まで頭に入らなかった。「その悪魔を捨てろ」という言葉だけが頭の中で反芻し、筆舌に尽くし難い感情の暴走に呑まれる。

 

「てめえふッざけんじゃねえよ!エリが何をした!てめえらの目の前で人でも殺したのか?神様だかなんだか知らねえがコイツのことなんも知らねえくせに「捨てろ」だなんて簡単に言うんじゃねえよ!死ねクソ野郎が!」

まだ経験記憶が消えて六歳児同然になる前のエリの理性的な言動の随所から感じられる自分への思いやり。「生きてほしかった」という言葉。それらが遠い日の思い出のように蘇ると強い肯定感となって男への生理的恐怖に震えていた自分を奮い立たせる。

 

「それではそこのクズとお前を共々駆逐対象と見なし、この神器(ノモス)の刀身の錆となってもらうことになるが、構わないな?私達の悪魔殺しは道理に適っているのでな。」

冨永は眦が裂けんばかりに目を見開き、憤怒の形相で鈴を睥睨すると腰に掛けていた段平刀に手をかけるとそれを鞘から抜いて切っ先を真っ直ぐ鈴に向ける。

 

「おいおい、そう血走るなよ。その神器は人身を斬る為に与えられたもんじゃねえだろうがよ『その剣は迷える人々を護る為の盾である、そして暗闇を照らす太陽であれ』ってのはお前の親父さんの言葉なんだぜ?」

天童が椅子から降りると面食らった顔で冨永に静止をかけるが時既に遅し、蒼白い光を放つ大振りの刀身を鈴に振り放つ━━━━

 

刹那、剣先から蒼白い軌跡を描きながら出現したエネルギー体は鈴の十メートル前ほどで静止すると単純な円形から五芒星のような形に変形し、それから順を追ってついには大きな翼を携えた一八〇センチほどの人型になった。胴体は非常に短く、手脚が長いという不気味なシルエットであった。

 

「コイツは刀身に宿っている熾天使(してんし)様の力の一部を顕在させた化身(アバター)だ。お前がどう足掻こうがコイツはお前を殺すまで止まらん」

冨永がこちらに向かおうとしていた天童を右手を横に伸ばし静止すると「行けッ」と化身を飛ばす。

 

人間の反射速度を超えた圧倒的な速度で化身は鈴との距離を詰める。近付くにつれて頭にあたる部分には顔のパーツが何一つないことが分かると隣で縮こまっていたエリは怖気に顔を歪める。

 

「ふざけんなよ…この一人の女の子が何をしたって言うんだ、誰か人を殺めたのか、人を悲しませたのか、違う。そんなやつが俺の前でこんな無邪気でいられるわけあるか!俺の命を尊重できっかよ!生まれついて悪魔ってだけで何もしなくても殺されるなんて間違った道理がまかり通るような世界なら神諸共、全部ぶち殺してやる!!」

化身と鈴の距離は一メートルを切っていた、いつ勝敗の決定打となる一撃が刻まれてもおかしくない距離。

 

「━━━━シャアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

化身のけたたましい喚声がそこにいた全ての人間の耳に響く。

伸ばされた右手は肥大化し、先端は鋭利な刃物のように変化している。人間が対象を殺す為だけに進化したような姿。

 

「俺はコイツを守るって決めたんだよッ!」

鈴は気付けば“時の流れが静止したかと錯覚するほどに全ての動きがスローで見える色のない世界“に入門していた。

 

「だから……負けらんねぇ!」

全身に行き届いているエネルギーを右腕に限定するようにイメージして放たれた鈴の拳が化身の首を飛ばさんと伸ばされた巨腕が懐に届く前に顔面部にめり込む。

するとその衝撃をモロに受けた化身は地面を何回か回転すると冨永の一メートルほど前で力尽き倒れると、発光し消滅してしまった。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

これが悪魔の力というものだろうか、全エネルギーを集中して放った殴打(ストレート)は思った以上に鈴の体力を蝕んだ様子。膝を曲げ、肩で息をしている。

 

エリと鈴を除く部屋の人物はたった今、消滅した化身のいたところと鈴とを見比べて顔面蒼白という具合。

 

ずっと部屋の隅で傍観していた美佳がこの部屋に入ってはじめて口を開いた。

「なんで……人間が熾天使の化身を消滅させることができる……の?」

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