Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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3.契約

静寂に静まりかえる大部屋の中で四人の人間は眦が裂けんばかりに目を見開いて鈴を注視していた。

 

「んだよ……」

エリが言っていた“絶対に人間は悪魔を殺すことはできない“という言葉が頭を過る。言われた時は彼女のその慌てぶりにも関わらずあまり気にとめていなかったが、やはり悪魔だの神だのに通じている人間からしたら自分のような人間はとても異端に映るのだろうと鈴は怒り野熱に浮かされながらも分析する。

 

冨永は憤怒と綯い交ぜになった真紅の虹彩を丸くし。キャサリンは筆舌に尽くし難い驚愕に両手を口の前に持ってきている。天童は「た、たまげたぁ〜」と腰を抜かしている。

そして美佳はその場にいた誰よりも早く驚愕に張り付いた表情を剥がしカツカツと革靴の音を立てて鈴に近付いてきた。

 

「貴方は人間でしょう。私の中の誰かもそう言ってましたから、間違いないです。だからこそおかしいんです“人間である貴方が何故、熾天使の化身を殺せる“のか。答えてください、返答によってはその首が飛びますよ」

その顔は何かに憑かれたかのように表情がない、こっちの返し次第では本気で言動を行動に移す顔だ。鈴は冷や汗が額に浮かぶ不快感を覚えて汗を拭うと一言一言、扇情しないように意識して言葉を発しようとする。

 

「美佳ちゃん!そこから離れて!」

冨永の喚声に近い声に妨害されるや否や、胸に熱した鉄棒でも押し当てられた様な熱い感覚。

もしやと思うが早いか胸を見ると案の定、段平刀が突き立ち鮮血を地面に垂らしていた。

悪寒が全身に走って地面に崩れ落ちる。腹でも下したかのように顔は真っ青に染まっているであろう。

 

「━━━━ッ…………てめぇ!」

反射的に地面に膝をついた姿勢から胸を刺してきた男の脚に回し蹴りを入れる、と派手に前方に倒れた。

 

「てめーよ、威圧感こそすげーけど喧嘩慣れしてねーな」

威嚇の意で、いや自分を鼓舞する為に無理に見下す風に口角を上げてやると予想外にキレたらしく胸に長身からの蹴りが入り後方に大きく吹き飛ぶ。

 

「貴様ァ!胸を刺されて立ちやがるとはやっぱ人間じゃ━━━━」

赤く染った刀身を縦に大きく振って血糊を落とすと再び鈴の方に駆けんとする━━━━が、一声によってその動作は静止させられる

 

「待たんか!!」

天童という男の大部屋に響く一喝に驚愕し思わず萎縮する。と、間もなくしてツカツカとこちらの方面に無防備に歩いてきて一メートルほど手前で止まった。

 

「ウチのもんが失礼したね、孫娘(アイツ)が言うんなら間違いはない君は人間だ。しかしアレを殺すとはどういうことだね、何か心当たりはないのかね?」

優しい口調、安寧の顔で鈴に近付くがこの男は自分を殺すだけの理由が見つかれば“瞬きする間にも首と胴体を切り離す“と直感した。あまりにも絶大的な「力の差」に悪寒を通り越して吐き気がする。自分よりも上位に位置する動物に睥睨され己の死期を悟った草食動物の如く、この男には万に一も勝ち目がないと察した。

 

冷静に言葉を選ばなければ、これは自分だけの問題ではない、下手を打てばエリも殺されるのだ。

「……知らねー。一昨日、美佳(あいつ)に殺される前にも一度悪魔を殺してエリに驚かれたけど、俺はなんで自分が悪魔を殺せるのかなんて一ミリも見当がつかねーよ」

 

その声は自分でも恥ずかしく思うくらいに震えていた。玉の冷や汗が額に浮かぶ不快感を覚えるがこちらの全てを見透かしていそうな、水天一碧をその眼に焼き付けていそうな「全能」を思わせる瞳の威圧の前に汗を拭う動作は不可能となった、体が動かない。この場所から「逃がさない」という無言の圧を感じる。

 

「そうか……知らないなら仕方ないの〜。美佳よ、お前の中の人も人間だって言っとるんじゃろ?見当もつかないじゃろ?だったらこれ以上何のしようもないだろう。すまんかったの、色々あって最近はナーバスになってるんじゃよ」

それは茶の間で聞こえてきそうな平々凡々な老人の声だったが、威圧感は解けず鈴の身体は強ばって動かない。

 

「にしても、これで二人目かの〜悪魔殺せる人間も。もっとも人に使役されるレベルとはいえ天使属を殺したのは人類で君が初だろうよ」

 

何も言わないのも逆にはばかられたので質問を返してみる。

「二人目って……」

 

「そう、以前にも君と同じく“人の身をもって人ならざるものを殺せる人間“がいたんだよ。名をマルタ様と言ってね、聖書も旧いのしかない田舎の生まれだったが類まれなる高い信仰心とその得から唯一神様から悪魔を殺す資格と使命を授かったんだ。はたして君は私達の味方かそれとも私達を背にする悪魔の申し子か……まさに「神のみぞ知る」じゃな。ホホホホ」

 

「私達を背にする」その言葉が鈴の頭の中で何度も反芻した。その言葉を彼らを敵に回すということは自分とエリの死をそのまま意味していると受け取った。

 

天童は玉座のように豪華で派手な椅子の所まで戻って「よいしょ」と腰を降ろす、と散り散りに固まっている三人を手で周りに呼び込む。

 

「それじゃあ話を本題に戻そうかの、君は本気でその子を捨てないで孫娘の意に反するというんだね?」

これだけ距離が離れても“一瞬にして殺されるかもしれない“という疑念が晴れない。エリをこれ以上、心配させないためにも震える声を押し殺し答える━━━━

 

「ああ……言った通りだ。俺はコイツを守るって決めてんだ」

いつの間にか握りしめていた拳に汗が溜まっていた。エリを手招きで隣に呼ぶ、意図は少しでも近くにいてほしかったから、距離を空けようものなら次の瞬間にも彼女の首が跳ね飛びそうに思えたからだ。ひとえに鈴はこの直感に従って九死に一生を得てきた、その直感を無視する道理はないだろう。

 

「そうか……そう言われたら、どうしようよないよなぁ、なぁ美佳よ。なあ鈴くんよ端から俺たちに強制力なんて無いのさ俺たちは信徒である以前に人間社会の下に生きる一人の人間だからね」

 

『タヌキ爺が、てめーの孫娘は神の教えに従って俺を殺すだのなんだの言ってたぞ』

自分でも情けないと思うが口には出せず、心の中で毒づく。

 

「「このタヌキ爺、てめーの孫娘は俺を一度ぶっ殺したんだぞ」とか考えてたろ?その通りさ、君を従わせるだけの権限こそないけど、意に背く人間を殺せる力はあるんだ、もっともそんなケースは指で数えられるくらい少ないけどね」

天童は舌を出してそう言ってみせた。世には人間のイメージする神も仏もいやしない。今、自分は想定していた最悪の状況下に置かれている、なんとかしてエリだけでも逃がしてやらねば。

 

「「やべえよ殺されるよ〜ッ、女の子だけでも逃がしてやらなきゃ」とか考えてたろ?まあまあそう焦んなよ。一言も殺すとは言ってないだろう?もっともうちの界隈は殺す相手にわざわざ殺すなんて言わないがねガハハハ!」

膝を叩いて笑っているが恐ろしいことを言っている。コイツらは今までどれだけの人間を闇に葬ってきたのだろうか。

そしてなによりも自分の考えていることが尽く彼の想定内であったことに驚愕し悪寒が走る。

 

「てめぇ……どこまで見通していやがる!」

 

「悪ぃ悪ぃ!ちと悪ノリが過ぎたぜ。話を戻すとな、そう焦る必要はないよ。私達には君を生かしたい理由ができたんだから、ひとつ交渉をしないか?」

 

天童のふざけた話し方の中でも緊張の糸は相変わらず張っている。余裕を見せなくてはならない。

 

「……その交渉の内容ってのはなんだよ?」

鈴は天童を初めて睥睨してみせた。交渉となれば虚勢であろうと押していかなければならぬまい、でなければ自分の提案をねじ伏せられる。

 

「なに、簡単なことさ。君は悪魔殺しとして我々に雇われてくれ、金は惜しまないよ。もちろんその子の命を狙わないことも保証する、君がそれを信用するかは別だがね」

 

「朱彥さん!コイツを信用するんですか!?」

不貞腐れたように顔を下に向け、ずっとこちらに鋭い殺意を向けていた冨永が身分も弁えずに天童に異論を唱える。よほど許容できないことらしい。

 

「法権皇、それは流石に身勝手が過ぎますよ……“聖翁(せいおう)“の認可なくそんなことを決めるなんて、立場が危まれますよ?」

今まで一度も口を開かなかったキャサリンが目を丸くしてそう言った。どうやら天童の上には世界一大宗教「唯神教」をまとめあげる聖翁がいるらしい、鈴も何度か聖翁は目にしたことがあった。世界一大宗教「唯神教」の実質的なトップにして一国の王、ニュース番組で一国の人権問題や宗教改革について熱弁を奮っていた白を基調としたローブに無数のロザリオがあしらわれた服に身を包んだとファンタジー世界から出てきたような姿が印象的な白髪の老人である。

 

「冨永、俺はこの少年の心に光を見たよ。それに悪魔殺しなんて千年に一人いるかも分からない逸材だキャサリン、聖翁も俺と同じことを考えると思うぜ。まあ聖翁には個人的な伝があってよ、なんとでもできるんだよ」

今にも掴みかからん程の熱気を出していた富永とキャサリンを言って、宥める。

 

「法権皇様!いや、おじいちゃん!この男は悪魔に蘇生させられた人間なのよ!そんな人間を受け入れることを神様が許すはずがない!」

 

「美佳よ、お前はまだまだ未熟じゃのう。そんな堅苦しい神様だったら俺らはそもそも崇めてねーのよ、尊敬できる神様だから信仰してるんだろ?そこんとこ忘れちゃ信徒として失格だぜ?悪魔を滅するのに協力してもらうくらい罰当たらん、それに悪魔の申し子とも分からんぜ?」

言われて、美佳は目を丸くすると「勝手にしろ」と言わんばかりにプイとそっぽを向いてしまう。

 

「異論はないな?改めて聞こう葛上 鈴くん、君は教会の悪魔殺しとして活動してくれるかな?」

天童は口角を上げると、とても楽しそうに鈴に問いかける。

周りの三人は各々の不満を持っているが押し黙っている。

 

「あぁ……エリを傷つけないってんなら文句はねーよ、ちょうど金に困ってたしな」

怖気が拭い切れずにいながらも余裕ある風に答えると冨永が呪詛でも吐くような顔で睨み付けてきた。コイツは個人的に因縁付けてきそうだな、と鈴の一六年の勘が警報を鳴らしている。

 

「よし、じゃあ決まりだ鈴くん!悪いんだけど早速キャサリンちゃんと美佳と三人でイギリスまで悪魔退治に行ってもらっていい?ホテルの方は俺がどうにかしとくから」

 

「「「は?」」」

鈴、美佳、キャサリンの三人の声が重なった。

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