Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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4.渡英

気付けば鈴とエリは西洋風の装飾が施されたワンルームにいた。鈴が腰掛けているベッドは喫茶店にある布団よりも一回りも大きい、それが二つ横に並んでおり、その枕元の間にはホテルに置いてあるような小降りな冷蔵庫が設置されている、中には英国(イギリス)ブランドの炭酸水の缶やよく分からない英語がプリントされた瓶などがある、この施設「唯神教 修道女(シスター)学びの舎」は未成年者の入居を前提にしているとのことので酒ということはないだろう。第一修道女さんに飲酒など許されているのだろうか、ともっと考えるべきことから離れたことを考える。

 

「なんでこうなったんだろーな」

気付けば声をかけた対象であるエリは勝手に冷蔵庫を開け緑色の瓶に入った炭酸水を飲んで「?」と怪訝そうな顔をしていた。炭酸水を知らないのだろう彼女は炭酸ガスが封入されたその液体に味がないことに疑問を感じているのだろう。

 

「おいおい勝手に飲むんじゃねーよ、有料だったらどうすんだよ。まあ実質四歳児に言うことじゃねーか、教えてない俺が悪ぃんだ……」

と言うとエリは顔を逸らしてムスッとしてしまった。知識記憶では自分は二〇歳等とうに超えているらしいので、どうも子ども扱いは嫌な様子である。

 

鈴は顎の下に腕を組んで物思いに耽ける。思い返せば三上 美佳に大聖堂本部の地下室に呼び出されたことまで遡る。そこで鈴はエリを捨てろということを強制されるが拒否、憤慨した冨永という男が召喚した熾天使の化身とやらを倒したことで「悪魔殺し」の素質があるとされ、命令は交渉へと変わった。そこの女の子共々殺さないでやるから唯神教に属して悪魔を狩らないか?と、もちろん拒否権はないことは分かっていた。だから引き受けた、すると交渉を持ちかけてきた天童という底の知れない老人に「じゃあさっそく英国に行って“復習鬼(ふくしゅうき)“という悪魔を殺してこい」と言われ、美佳に連れられキャサリンという女性と共にエリ共々四人で転送式陣(ターミナル)というらしい転送装置によって英国のこの部屋までワープしてきた次第なのだ。

交渉を持ちかけられてからは展開が急すぎて記憶から心情が抜けている。初の海外デビューだというのに移動までが淡白すぎて焦燥も期待もあったものではない。そもそも復習鬼とはどういった悪魔なのだろうか、自分はそんな得体の知れない悪魔を相手に戦い生き残れることができるのだろうか、唯神教は信頼に足るのだろうか、悪魔を相手にするにしても唯神教のあの神威を錯覚した面々が敵に回るとしてしも自分エリを守れるのだろうか。急な展開にする暇が無かった不安への恐れや考え事が頭に次々と浮かんでくる。

 

「鈴ー?鈴ー?聞いてる?お腹空いたー」

ふと、肩を激しく揺らされる感覚を覚える、肩に温かい手が置かれているので後ろを振り向く。そうして初めてエリが自分の後ろに移動していたことに気付く、鈴はそれほど思考に没我していたのだ。

 

「分かんねえ、ちょっと聞け俺はお前を守るし不自由させることはしないからな」

エリを胸に抱き抱えると彼女の耳元で言葉を発する。彼女を安心させるつもりで言った言葉のはずが、自分を鼓舞させる言葉のように聞こえた。それだけについさっき対面した唯神教の面々との実力差と、自分が彼らの敵愾を買った時のことが恐ろしくてたまらない、この不安はしばらく眠りに落ちる前に瞼を閉じる度に、ふと何か物思いに耽ける時間が来る度に自分の前に払拭しがたい呪いとなって現れるだろう、と確信する。

 

「うん……ありがとう。でもね、あんまり無理しないでね。私は鈴が死んだらいやだもん」

少女にかけられた言葉に虚をつかれたような気持ちになる。自分よりも力で彼らに対抗する術がなく明確に敵意を顕にされている、さっき対面した時も隣でずっと震えていた彼女はきっと自分よりも怖かっただろうと鈴は気付くと、そんな気持ちであっても自分のことを尊重してくれる彼女をとても尊く感じ、失いたくないと思った。

 

「俺も、お前に死んでほしくない」

言って、より一層エリを強く抱き締める。暖かい体の柔らかい感触に子ども独特の安心する匂いがして非常に心地良い。ふと、いつかも女の子の体の中で同じような気持ちに包まれたような感覚を思い出すが、具体的な状況は全く頭に思い浮かばない。

 

「私みたいな女の子しか好きになれないなんて残念な大人なんだね鈴は、分かったよ。受け入れてあげる……」

「馬鹿、誰かに聞かれて勘違いされたらどうすんだタイホもんだぞ」

 

ギィと軋む音がしてドアの方に反射的に振り返るとドアの隙間からこちらを覗き見る青の虹彩があった。

こちらの視線に気付くとその人物は高く短い喚声を上げる。

「Have to call to the “police“……」

英語……学舎の生徒か?と思慮を及ばす。

 

「おいー!今ポリスっつたよなぁ!勘違いだ!俺はそういう人間じゃねーよッ!大体こんなに小さな女の子に欲情とかビョーキじゃねーかよ!」

焦りから額に玉の汗をかき弁明に努める。鈴はエリから急いで離れるとドアの奥の人物に向かって歩み寄っていく。半ば突き飛ばされるようにして離されたエリは不機嫌にこちらを睥睨している。

ドアまで近付くと、驚かされて逃げられないようにゆっくりとドアノブに手をかけて開く。こうして意識的に動いていると逆に怪しまれそうな気もすると思うが今すぐにでもカタコトの英語で弁明しなければという使命感が先行した。

 

ドアをゆっくりと全開にするとそこには暗色を基調にした修道服のような体のラインが極力出ないようにデザインされているのか、ブカブカという印象を受ける礼服を着た金髪碧眼の英国少女がいた。歳の頃は自分と同じくらいか少し下か、身長は頭二つ分ほど小さいが顔は整っているように見える、前髪から覗ける大きく見開かれたタレ目がちな碧眼が鈴の鏡像を映していた。その幼い印象を受ける可愛いらしい顔の美の水準を一回り下げているソバカスが印象的な女の子だが驚くべきはその口振りであった。

 

「ゴ、ゴメンなさい。アナタがロリコンオタクブタヤローじゃないことはよく分かりマシタ。だから、ブタないでクダサイ……」

可愛らしく清楚なイメージを受ける見た目であるが外国人キャラにありがちなカタコト日本語に混じって明らかに一般的でない単語が含まれていた、コイツは何から日本語を学んでいるんだ?と懐疑するがその答えはこちらの質問を持たずして返された。

 

「アノ……ワタシ、ジャポ二メーションがスキで少しだけ日本語ガ話せマス。だからアナタの担当のネコミミメイドになって……殴りませんデスネ?」

自分担当のメイドという少女は両手を頭の上に乗せ、涙を目尻に溜めながらそう言った。

ネコミミメイドというわりには彼女をネコミミたらしめている要素はまるで見つからない。もしや彼女は特定のアニメを教科書として居るのではなかろうか。おそろしやジャパンアニメーションと鈴は少し恥ずかしい気持ちになる。

 

「あぁ……ちゃんと文意は伝わるから気にしないでくれ。ていうか、なんで俺がお前を殴ることになってんだよ」

特異な日本語で意識の埒外に消えていた疑問が頭の中に蘇る。

 

「それは……アノ……怒りませんか?」

上目遣いでこちらを見る少女はどこか不安げに見えた。

 

「怒らん、怒らないから理由(ワケ)を言ってみろよ」

鈴は怒らないことを約束すると後退る彼女に一歩詰め寄る。

 

「犯人は証拠を消すじゃないデスカー!ヤダー言っちゃいマシター!」

キャーと彼女は赤面して目を瞑ると顔を両手で隠す。

 

「あぁ、言っちまったよてめぇは……」

金髪少女は生まれて初めて生涯漫画でしか目にすることがないと思っていたゴゴゴゴという擬音を目の当たりにするのだった。

 

「ヒッ……やめて!私は誉れある女騎士なのデスッ!」

怯え、これまた日本のアニメの影響かふざけたことを大真面目に言っている少女を見ると鈴はなんだか怒る気が失せてしまった。それになんだかエリの前で女の子を泣かせるという構図は自分を虐待していた義父を想起させ、気持ちの悪いものを心に残した。

 

「いいよ、怒んねーよ。で、何の用があって俺らの元に来たんだ?」

そもそも何故メイドの役割を課された彼女が自分達の元にやってきたのか、そんな疑問が鈴の頭の中に浮かんできた。

 

「ハイ、分かりマシタ。ワタシがこの部屋に来た理由はアナタ達に“敵が襲い来るかもしれないこと“を忠告する為デス。」

 

少女の言葉を合図にしたように部屋に剣呑な雰囲気が漂い始める、鈴は怪訝そうな顔で部屋の一帯を睥睨する。

「……忠告だと?」

 

「そうデス。復習鬼は単体でも充分な脅威デスガ、彼は配下を連れていマス。そして配下は既に自分の主を追っていたこのスクールの生徒を殺していマス。また、スクールの中に裏切り者でもいるのか復習鬼を狙うこちら側の情報は筒抜けでアナタ達が狙われる可能性もあるとプリーストが考え、日本語が使える私にそれを伝えるように言ったのデス」

彼女も剣呑な雰囲気に呑まれてか、声を潜めながら述べた。どうやら唯神教の保護の下にあっても危険要素は排除しきれないらしい。また、復習鬼という悪魔は一人で活動しているわけでなく手下を従え組織的に動いているようだ、目的やその性質・容貌は俄然、不明のままだが闇のベールが少し剥がれたのを感じる。

 

少女が「では……」と言い頭を45°下げる動作を取り、部屋から出ようとしていたその刹那、鈴は彼女の後ろに立ち背中から鋭利な先端が光る刃物のような物を持ち彼女に突き立てんとしてきる黒い人影を見る━━━━

 

反射的に体が動いた。少女の手を引っ張り無理矢理に自分の背になっているベッドに投げるようにして押す。

 

「てめぇ……そんなもん持ってんじゃあ、悪戯じゃ済まされねえぞ」

果物ナイフを大きくしたような刃物を空振りした人影はドアの奥からこちらを突き刺すような敵意を露わに、金色の虹彩の奥の瞳孔を縦長に伸ばし鈴を睨みつけている。

 

「悪戯、悪戯に殺すつもりだったからなぁ……そこの女は。けど、お前は違う“レポゥリガンド様“の命令だ、お前を殺すのは悪戯じゃあねぇ〜〜」

人影はヒヒと笑うとゆっくりと部屋に入ってきた。黒いローブを纏っている、傘のついたフードから見える僅かな顔には深い皺のようなものが何本も刻まれている。フードの影越しには土色の肌をして見えるため鈴はその顔と木の幹に人の顔を幻視する現象を重ねた。

 

「お前らは後ろの方に隠れてろッ!」

鈴は振り返らずに人影を睥睨したまま喚声にも似た声でベッドの上で固まっていた二人に叫ぶ。部屋にいた全員に張り詰めた緊張感が走る。

 

「もう二人は俺の仲間と交戦中だろう。それ以外の有象無象を呼んだところで意味はなく無駄な犠牲に終わると知っていたか。お前も話によると結構やるみたいじゃあないか、まあ信徒って服装じゃあねえけどよ」

黒い人影は粘ついた話し方でそう言うとフードのボタンを一個一個丁寧に外して、宙に脱ぎ捨てる、水を通さない材質からかバサと大きい音が部屋に響く。

 

鈴が皺だと思っていたものは全て模様であった。黄土色の肌には無数の模様が刻まれていて爬虫類を想起させ、生理的な嫌悪感を覚える。

吊り上がった両の眼は金色の虹彩に縦長の瞳孔、白いカットソー越しに見える大きくせり上がった肩口は尖り関節部は細い四肢とは違い大きく、そして尖っている。考えるまでもない、コイツは自分達が倒さなければならない悪魔「復習鬼」の配下の悪魔だろう。

「さっさと殺し合おうぜ……お前は今まで百と殺ってきた人間達とは性質がまるで違うようだな、興奮するぜ」

 

鈴は丹田に力を込めると浅く息を吐いて左脚を踏み込み大振りの回し蹴りを悪魔の腹に入れる、確かな手応えを覚えるが━━━━

 

悪魔の腹と鈴の脚の間には鈴の全力の回し蹴りに腹部を押し潰され喀血している黒猫がいた。

 

「な━━━━」

驚愕と生物を蹴り殺した気持ちの悪い感覚に脚を引くと黒猫は悪魔の白い服に真っ赤な血痕を引きながら地面に転がると動きを静止した。黒猫は死んだ。

 

「どう?驚いた?俺の能力。今度はお前が俺を驚かせてくれ」

悪戯に生命を弄ぶことを何とも思っていないのだろう。悪魔は目を細め、口角を上げてニヤケ笑いを浮かべている。

コイツの能力とは一体……常識の埒外にある法則の一端を見せられた鈴の頬を冷や汗が伝う。

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