Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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5.敵襲

「てめぇみてえに悪戯に生命(いのち)を弄(もてあそ)ぶ奴がいるからアイツみたいに何もしてない奴までもが槍玉に上げられんだろうがッ!」

憤慨に体が熱を持ちながらも鈴の体は後ろへと退いていた。どこから黒猫を出してしたんだ?得体の知れない奴だ、警戒を怠る考えはない。命の奪い合いにおいてナーバスになりすぎるということはないのだ。

 

「ヒヒ……お前ェ、怖がってるな?俺の能力に恐れ入ってるって顔してるな?怖がってる人間を見るとワクワクしてすげ〜いい気持ちだぜ……その次はァ……拷問の末に殺した処女を屍姦した後のような達成感を味あわせてくれよォ……ヒヒヒヒィ!」

二足歩行をする爬虫類のような容貌をした悪魔が狂笑を浮かべる。彼の口振りに人の義侠心に訴えかけ怒りを扇情するような意図を感じ、より冷静に敵の攻撃を分析しようと鈴は彼の動きを注視する。

 

「攻めて……来ないのか?もしかして、戦闘(バトル)は素人(アマチュア)なのか?にしては随分と気合いの入った蹴りだったが……なぁ?まぁ、攻めてこないなら━━━━こっちから行くだけだ」

悪魔のさっきまでの陽気な語り口から裏返った冷淡な声が脳内を反芻し、全身が強ばる感覚を覚える、と間もなく悪魔はこっちに駆けてきた。その両手には━━━━━

 

いつの間にか大きな刃渡りを持つ鉤爪の付いたメリケンサックのようなものが握られていた。刀身の先の半分は紅に濡れている、今さっき人体を斬ってきたという具合か。

刃物を持った人間が相手では武道の達人でも逃亡を余儀なくされるという、もっとも相手は人外の身「悪魔」であるからそれよりももっと都合の悪い状況なのかもしれないが。

これ以上、思慮を及ばしても「どこからともなく猫を取り出したこと」と「今もなお握られている鉤爪状の武器がいつの間にか握られていたこと」の答は出ない。ヤケクソでも技を出さなければ絶対に後ろの二人は守れない、そう意識すると不思議と強ばっていた丹田に剛力が入り敵の筋肉の動きから刃の軌道が予測できる。

鈴は無意識下に時の緩急がゆったりとしたあの色のない世界へと入門していた、人の型に収まらぬ悪魔の暴力的な生命エネルギーが循環し血液を爆熱へと上昇させているが思考は極めて理性的、気付けば瞼の裏に悪魔に技を決める自分の姿を見ていた━━━━

 

地面を右脚、左脚と踏み締めると反撃の型を構える。

「シャ━━━━━アッ!」

 

悪魔の手が伸び切るそのすんでのところで上半身を後ろに逸らす。悪魔の手から生えた鋭利な先端が右頬と首の皮を掠め取る、完全な回避とまでは行かなかったが、無事に間合いまで引き付けられた、及第点だ。悪魔は鼻の先まで来ていた、頸動脈をぶち切ったつもりでいるのだろうか恍惚とした顔色を浮かべている。

 

「寝ぼけてんじゃねえぞッ!三下ァ!」

すっかり自分のことを殺したつもりでいる悪魔の鼻先に強烈な膝蹴りをお見舞いすると頭部を起点にしたように体は半円を描きながら宙に跳ね、一回バウンドして大きく後ろに吹き飛ばんとしている。

 

「まだだッ!」

悪魔が勢いを殺し切れず真正面から地面に倒れるよりも早く左手で胸元を掴むとその顎先に余った右腕で全力を注ぎ込んだ上昇の激打、アッパーを浴びせる。悪魔の生命エネルギーを集中した必殺の一撃をまともに顔面に喰らった悪魔は鈍い音を立てながら凄まじい量の喀血を吐くと一メートルほど上に飛ぶと頭から地面に激突した。

 

「はぁ……はぁ……やったか?」

人間の体で悪魔のエネルギーを使う労力もさることながら、一昨日ぶりの命の奪い合いへの心労で鈴は息せき切っていた。

 

「Wow! どこにでもいる普通の高校生は凄いデース!」

「鈴、前より強くなってる!」

金髪碧眼の少女とエリが後ろで感嘆の声を上げているが鈴は動きを静止した悪魔の体を注視していた。命の奪い合いにおいて慎重になりすぎるということはない、抜かりのなさが勝敗を分ける大きな要素になり得ると言っても過言ではないと、ここ数日の命の応酬で鈴は確信していた。だから、それから間を持たずしてピクピクと全身から血を吹き出すと眠りから覚めたように起き上がる悪魔に驚き、時間と注意をロストして仕留められるリスクを避けられた。

 

「ハァ……ハァ……素人って言葉は撤回するぜ。若い顔のわりに経験を詰んだ重みのある一撃だった……ぜ……危うく飛びかけたし、俺の得意とする魔術を使う暇もなかった。オレはお前を全力をもって排除しよう……お前はあの人を殺す危険因子になり得る、そんな気がするんだ。悪魔の長年の勘がそう言ってるぜ、恨むなよ」

悪魔はもう鈴しか見ていなかった。指と指の間に膜の張った掌で喀血を拭うと、呪い殺すように力強く鈴の瞳を睥睨する。

 

「恨むつもりは毛頭ねーよ、こっちは一ミリ足りともてめえに殺される気はねえからな」

悪魔が肩で息をしているのを前にしても警戒を怠る事はせず、悪魔の全身の僅かな動きにも注意しながら一歩一歩と地面を踏み締め間を詰めていく。

 

「鈴ッ!多分コイツの魔術は抑留魔術、携帯できるほど小さい何かにモノを封じ込める性質なの!さっきの猫も鉤爪もそれなら説明がつく!この魔術の前に間合いは存在しない!それと何か投げてくるものに気を付けて!もしかしたら鈴も封じ込められちゃうかも!」

後ろから喚声に近いエリの声が聞こえる。抑留魔術、理屈はよく分からないがこの悪魔は携帯し忍ばせることができるほど小さなものに凶器や生物を封じ込めて、いつでも取り出すことができるのと、その小さなものをこっちに投げ付けてそれに人間を封入することができるかもしれないということらしい。

聞き終えてゾッと身体は怖気に包まれる。コイツは本気を出せばいつでも自分を封入することができていたのではあるまいか、早期に決着を着けねば━━━━

 

焦燥に理性が蝕まれたことで勝敗の帰趨は若干、悪魔に近付いた。悪魔が右手で円運動を描いて投げたものは鈴の頬を擦過すると後ろに過ぎていく。集中力を欠くという意識も埒外に追いやられ、反射的に後ろを見てしまう。通常、分からないという恐怖に人間は抗うことができない。

鈴が振り向いたそこにはどこをどう見てもエリの姿が見当たらなかった。やられたッ!と憔悴した時には既に何もかもが遅かった、鈴の眼前に三本の二対の矛先を持つ槍が軌道を真っ直ぐにこちらに駆けてきていた。避けることは容易であるが、この推進力のまま一本でも槍が鈴の後ろを突き進むと金髪碧眼の少女が串刺しになる。「やむを得ない」という気持ちからか、エリを失ったことによる諦念、絶望からか鈴は自ずと三本の槍の刺突を受けると地面に膝から崩れ落ちる━━━━

 

「きゃああああああああ!!」

脳の血管が収縮し、息苦しくなる感覚と猛烈な痛みに耐え忍ぶ中、少女の喚声が耳に響く。

 

なんとか痛みや失血で意識を失うことは逃れたのだろう、視界の奥では悪魔が冷徹な顔でこちらを見ている。二本の槍は両肩の肉を抉り、もう一本は頭蓋を破損している、これでよく命があるものだと思う。次の一手で決められる……

 

しかし、それよりも何としてもエリを取り戻さなければならない。「何者にも傷つけさせない」と誓ったばかりだというのに、自責の念が強く伸し掛るがやるべき事は明確だ。

 

「次こそは仕留めるぜ……ヒヒ」

悪魔は口角を上げると楽しげに笑いを零す。

 

「てめえ……返し……やがれ、エリを返……せ。殺し……やる、ぶっ殺してやる」

絶望的な状況下にあっても鈴の頭は冷静に敵の観察をしていた。まだ動く体があるなら命に変えてもコイツを殺しエリを取り返さなければならない。極めて理性的な思考をする鈴の脳とは対称的に仇敵を映す瞳は怒りの炎に燃え上がっていた。

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