Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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7.一方その頃

鈴の部屋に悪魔が侵入したのとほぼ時を同じくして、学舎にはもう一人の悪魔が侵入していた。

 

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防壁のように分厚い白璧(はくへき)、その中には純金製の十字架が五メートル感覚で配置されていて、落ち着いた赤みのカーペットで敷き詰められ、その最秘奥には聖人の遺体の一部、もしくは天使と交信する聖遺物(ツール)が収められているとまことしやかに噂される英国で二、三番目に大きいとされている大聖堂「セイントレクイエム大聖堂」。

その人間の手で作り上げられたとは到底信じられない聳立する巨大な建造物は神への畏怖の模式図のように思える。その大聖堂から五〇〇メートルほど南西に離れたところに大聖堂を親とするならば子のように見える四階建ての建造物があった。

「唯神教大聖堂付属セイントボーン学舎」後に全国の教会で神の巫女として仕える指折りの優秀な聖女を育成する施設。四八機の監視カメラ越しに別館の地下にて24hの監視体制に入っているその学舎に英字新聞の一部が風に吹かれて入ってくる。

 

そんな監視カメラの映像を映す液晶画面に顔を照らされながらエスプレッソコーヒーを啜っている初老の男性がいた。名を「バクスター・エイハブ」と言う。彼は大学院で優秀な成績を残し二四という若さで神父として神に仕え、迷える人々を導き三〇年。

酒は飲まない、タバコも吸わない、気の置けない友人は一人だけ、肉親は父と叔父のみ。そんな彼は心のどこかで寂寥感を感じていた。三歳の頃に母親が死んでからずっと彼女の冥福を祈り、彼女の信仰していた神を彼もまた信仰した。そんな尊敬できる神の身に仕えられることは幸福だがやはり社会生活において「人との繋がり」に欠けるのはアイデンティティの喪失に繋がってしまう。

それを理解していた彼は三六歳の時に隣町に小さな教会を構える旧来の仲である友人から「これからの唯神教を支えていく次世代の巫女を育成する為の人材を募集している」という話を聞くや否やすぐに先輩神父の斡旋で週に二回、空いた時間で「セイントボーン学舎」の教職に就くこととなった。

 

この職に就いてから早いものだ二〇年がすぐ目の前まで来ている。と、改めて意識すると手前味噌は承知の上だが自分でもかなりの善行を積んできた気がする。

「本当の善行は詫びながらするもの……か」

 

昨年、癌に侵食され死亡した父が口癖のように言っていた言葉が蘇ると自分の考えがおこがましいものに思えてきた。

 

「自分の人生、まだまだこれからだ」食事も済み規則正しく四人部屋に戻っていく我が生徒達の姿を見ていると活力が湧いて出てきた。まだ頭打ちを設けるには早い、信仰を尽くし世界に隣人愛が広がりやがて自分の次またその次の世代にでも安寧秩序が約束された千年王国が実現されるにあたって役に立つことをしよう。そう考えると胸が熱くなる感覚を覚えた。

今日は一九時までのシフトだ、一九時に交代で折り紙付きの警備員がこの監視室に入ってくる。そうして自分は事務室に向かい、気の置けない同僚達と別れの挨拶をしてから隣に聳立する大聖堂で参拝をしてから市内バスに乗って家に帰る。そのはずだが、今日はいやに警備員の来るのが遅い。慎ましやかな修道服とセットと言われてもおかしくない落ち着いた外観の腕時計を見ると時計の針は一九時〇四分を指していた。いつもなら五分前には来ているはずなのだが、まさか何かトラブルでもあったのだろうか?自分の部屋の前に設置されている監視カメラの画面を見ると、そこには何故、気が付かなかったのだろう━━━━

 

紫色を帯びた漆黒炎に焼かれ地面に倒れ伏せている顔見知りの警備員の姿があった。画面の端にはどこから入ってきたのか英字新聞が落ちている。

「!!」

 

その警備員は見まごう事もない、前髪が長く、目付きが悪く一見、非社交的な印象を持つがその実は話してみるととても馴染みやすく信心深いフリーターの青年だった。自分は彼を信頼し、彼も自分を信頼していた、そんな関係だった彼が焼け悶えている。

なぜ、声が聞こえなかった。画面を注視するがピクリとも動かない恐らく息絶えているのであろう。漆黒の炎……噂には聞いた事があるが「獄炎」という人の身では消すことのできない地獄の炎を使う悪魔がいるらしい。まさか……

 

ともあれ、このまま逃げ帰るわけにもいかない。手元に蓋が設置され厳重に管理されているボタンを押し、緊急事態を告げるベルを鳴らして生徒に教員に危険を告げなければ。

 

ボタンに手を伸ばしかけたその刹那、高温の熱波が部屋に波及する「なんだこの暑さは!」とその気温の上昇に驚くが先か、眼前には熱した鉄棒のような赤色の肌をし、額に二本の角を生やしたた人外がいた。

「悪魔……」

 

これは大問題だ、今すぐにベルを鳴らさなければ。驚く間もなくボタンの蓋に手を伸ばすや否や体が重力に負け押し曲げられるように地面に倒れる。

「もしかして俺のこと人間かとか思ってるか?違えよ悪魔だよ。それとお前が押そうとしてたのそれ、緊急ベルだよな?まあ俺なら聖人クラスの奴が来ない限りはまず負けねぇと思うけど、もしかしたらこの近くに指折りの退魔師(エクソシスト)が来てたりしたら、もしかしたら俺もヤバいかもしれない。俺は慎重なんでね、不安の種は早々に潰させてもらうぜ、オッサン」

 

その言葉が耳に届くと、全身に熱したフライパンを押し付けられるような激しい熱を伴った痛み。

バクスターは朦朧とした意識、狭窄し物を映さない視界の中で、画面越しに見たあの青年のように体が漆黒の炎に焼かれていると確信した。

しかしその痛みも長くは続かない、諦念を抱く間もなく意識は無へと忘却される。意識が完全に消滅し、真っ黒になる。

バクスターは気付けば朝日の射し込むいつもの教室にいて、心の中で予見した「自分の、唯神教の輝かしい未来」と「気の置けない友人達、娘のいない自分にはとても愛らしかった生徒達の笑顔」が走馬灯のように見えていた。バクスターは満足気な笑みを浮かべて事切れた。

 

「もしかしてマゾっ気あったりするのか?ってもう死んだのかよ情けねえなぁ」

悪魔は吐き捨てるようにそう言うと今も燃えているバクスターの頭を軽く足で小突く。それから頭を足踏みで圧砕して彼が死んだことを確信すると中指と親指を弾いてパチンと音を鳴らす。と、神父を囲っていた漆黒の炎は死体から燻る炎を残して完全に消えてしまった。

 

重い瞼が眠たそうな印象を与えるその瞳はとある一室を映す画面を見ていた。幾何学模様のカジュアルなドレスに身を包んだ金髪ロングの女と灰色のセーターの下に黒いプリーツスカートを着ている学生風の女が部屋でくつろぐ様子を見ていた。

「もしかして、あの二人が復習鬼(アイツ)の言ってた新しい追っ手か?もしかして囮の可能性もあるけど、まあ殺しておいても問題はないか……黒い服を着てるやつはアイホグが戦ってるし、あの二人の部屋に行くのが安定っぽいなぁ」

悪魔は画面に照らされて一層、赤く見える顔から白い歯を覗かせていた。貼り付けたような狂笑を浮かべた赤い悪魔が二人の元に迫る。

 

 

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時刻は一九時を過ぎた頃、聞いていた話によると生徒達は既に自由時間を向かえ。教員もぼちぼち帰り始めている頃だという。そろそろ作戦会議が始まってもおかしくないのにな、と三上 美佳はベッドに座り、正面に設置されている銀色の時計を見てそう思っていた。

 

それにしても姉弟子のような関係の同僚である『キャサリン・アルヴェイン』はその「静かなる美貌」とは対称的に非常にマイペースなところがあるなと思った。

 

キャサリンは聖翁の親戚であり、唯神教の中でも名高い有名人にして権威者であるが、とある理由から日本という唯神教への信仰が最も根付いていない国へと派遣され、美佳の母方の祖父にあたる『天童 朱彥』の下に付き「聖人」という名の悪魔掃除屋として一緒に活動しているのだが、その活動の中で彼女と度々、組むことがありその度に彼女のその見た目と釣り合わない性格に驚かされた。

勝手なイメージを持って悪いと思うが、地上で最も聖人に近い人間とされている聖翁に近い起源を持つ彼女は「品行方正な清廉潔白の淑女」を地で行くような人間だと思っていた。しかしその実、いつ呼ばれるとも分からないのにこうしてシャワーを浴びたりしているマイペースさんなのだ。

 

美佳は彼女のことを姉のように尊敬し、またその成果には多大な尊敬を欠かない。

 

まあそれで居心地が悪い訳では無いのだからいいのだけれど、とベッドを挟んで置かれている小島のように小さなテーブルに置いたペパーミントティーを口に運び一口飲む、暖かさが心を癒し、ミントの香が鼻に清涼感を溢れさせる、美佳は癒し効果のあるハーブティーを好み、自宅の台所の一スペースは茶葉で埋まるくらいに持っている、いわゆるマニアである。

ハーブティーを嗜むに至った理由は二つある。

一つ目の理由は自分が感情の制御、特に怒りの制御が上手く行かないことが多々あることである、それが起因して何度も嫌な目に遭った。その解決策というよりは緩和策としてハーブの癒し効果に期待している。今現在、心に深く根を張っている心労もそれが起因してのものだ。

二つ目は姉のように慕っているキャサリンが大のハーブマニアで自分に執拗に勧めてきたからである、美佳は彼女と匂いを結び付けるならカモミールの甘みのある香りを想起する。彼女は林檎のような甘い香りが特徴的なカモミールティーを頻繁に飲む為である。

 

入浴中、入浴室は一階の、寮棟の中で教室棟に最も近い所にある。そしてこの部屋は寮棟の最上階にある、今夜の会議に使われる大部屋を出た突き当たりである。一般にVIP室と呼ばれる部屋である。なぜ学舎にそんな部屋があるかというと「ここは世界でも有数の修道女を育成する学校で、稀に教会の有名人などが公演に来ること」が理由である。

 

美佳は今、一つの心労を抱え込み塞ぎ込んでいる。

常識の埒外であった「悪魔を殺せる人間」の存在。そしてその人間との間に開けた深い溝、どうやって打ち解けようものか考えものであった。

感情のコントロールが上手くいかずに冷静な判断を欠き、鈴を殺害し彼が執拗に守りたがる悪魔の娘を恣意的に虐げた。

彼と任務をするのは億劫である。本来なら教会まで連れてきてあの悪魔を捨てさせ、それで終わりの関係であったはずが気付けば話はトントン拍子に進み今の状況である。

作戦会議が始まったら彼にも点呼が掛かるだろう、その際に何食わぬ顔で彼の前に出ていくことができるだろうか、それは道理に反していないだろうか。そんな悩みが頭から離れないでいる。端的に言ってしまえば鈴に負い目があるのだ。

発作を抑えるために処方薬を摂取するように、ハーブティーをぐいと飲み込む。なんだか野草の苦い味がした。

 

ティーカップを皿の上に乗せるが先か、ギィと音がしてドアが開かれる。

仮にも神に仕える身であるのに、女人の部屋にノックもなしとは礼儀作法がなっていないな。と呆れて嘆息を漏らす。

自分でも嫌な奴だと思うが、あえて「どうぞ」と言ってみせる。

反応を待つこと数秒、返事と言わんばかりにドアがあった所から漆黒の炎「獄炎」が線を引くように燃え上がる。

「もしかして歓迎ムード?よお嬢ちゃん、俺の名前はクゥエルベ、組織のNo.2だ。冥土の土産に聞いときな」

 

自分の考えの浅はかさに呆れて溜息も出ない。

 

「もしかして俺のこと修道女だと思った?もしかしてマヌケ?もしかしなくてお前が復習鬼(レポゥリガン)を狙ってる奴ら?まあ、殺すよね」

赤肌の悪魔は奇怪な口振りで自分の歩く先にある漆黒の炎をものともせずきこちらに近付いてくる。

 

「汚ぇ〜足で人の部屋に上がってんじゃねえよ!このドブスの三下がッ!」

悪魔が部屋に入ってくるや否や美佳の思考回路が真紅の色に染まる。

怒りに体が火照る、不快だ。それも全てあの悪魔のせいだ。思考回路が全てあのクゥエルベという悪魔を殺すことに集中する。

 

「もしかしてそれって虚勢?もしかしなくても俺勝てちゃう?まあ、当たり前だよね」

クゥエルベは目を細め目尻を垂らし、白い歯を覗かせる。彼はまるで怒りに燃える美佳を嘲るような狂笑を浮かべる。

 

「殺す━━━━ッ!!」

バギィと音を立ててベッドが真っ二つに割れる。ベッドを起点に悪魔の方へと宙を跳んだ美佳の左手首には銀色に光るロザリオが掛けられていた。

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