鈴とエリの二人に唯神教の二人、そしてこの学舎の舎長にして「セイントレクイエム大聖堂」の管理人である銀縁の丸メガネをかけた初老の男性とその翻訳者、鈴専属の猫耳メイドである金髪碧眼の少女(名をエリザベスというらしい、廊下で名乗ってきた)の七人で七人には余りすぎる巨大な円卓を囲んでいた。これからもう一人来るとのことらしい。
なぜこの場違い極まる少女がいるかというと、悪魔が怖くて寝れないから少しでも鈴達の傍にいたいとのことで、舎長に許可を得て席を同じくしているためである。が、とても恐怖に心が折れ憔悴したという様子ではなくむしろ嬉々としているように見えるのは勘違いだろうか。鈴が対面の席になってこちらをガン見してくる彼女と目が合うと手を振ってきた、彼女は神に仕えて迷える人々に聖書の言葉を真面目な顔で説く聖女になれるのだろうか。目先の自分達の問題よりも埒外に存在する彼女の将来が心配になる。
オホンと咳払いの音が静寂が支配する広大な部屋に響くと舎長が口を開く、ネイティブ発音の慣れない英語である。隣の神経質そうな顔立ちをした英国人の黒スーツに身を包んだ翻訳者が気難しそうな顔をすると丁寧な日本語で翻訳してくれた。
「日本の皆様、此度はこの学舎にお集まりいただきありがとうございます。要件はご存知の通り、復習鬼と彼の組織する凶悪なグループから私達の生徒をこの街を救っていただきたいのです。え〜つきましてはこの作戦会議を開かせていただきました、本題に入るのは全員が揃ってからで宜しいですかな?私が説明できる範囲は限られています故」
翻訳者は言い終えると咳払いをする。舎長はそれを聞き終えると首を伏した「ありがとう」という意だろうか。物腰の柔らかな仕草にその佇まいと整然とした雰囲気から鈴は舎長という名に相応しい知的な印象を覚える。
鈴の横に座って怪訝そうな顔をしている正直エリ。舎長と翻訳者、そしてエリザベスは「エリは先程も施設を襲った悪魔達と同じ種に属している」という事情を知っていながらも嫌そうな顔一つしない。鈴は不良という柄ながら今まで置かれていた酷い境遇から思わず彼らに謝意を覚える。
『外国の人って優しーんだな、皆がみんなそうだといいんだけど』
そう考えて、自分の右にエリを挟んで座っている三上 美佳を見る。彼女は彼らと正反対に位置する人間で既に二度対峙している、しかし彼女を憎む気になれないのは何故だろうか。鈴が怪訝そうな顔でその顔を見ていると一瞬、ムッとした怒ったような顔をこちらに向けてきたがすぐに赤面して顔を部屋の壁に掛けられた一九時二四分を示す時計に反らす。
「可愛いから憎めないのか」
そう思うと先程の自分の行動を恥ずかしく思い。彼女に劣らない赤面を浮かべる、と隣のエリの視線が痛い。
美佳は赤面で時計を見つめたまま静止している。
キャサリンは時たま手元の黄色い茶を口に運ぶ以外は何もしないで静かに貴婦人の如く美しく座っている。口振りは明るい健康美人という感じだが服装やその気品漂う物腰から、もしかするとこの人は貴族身分の人なのではないかと推測する。
気の置ける人間達と沈黙を共有するのは鈴にとって心労が大きかったので苦し紛れにエリザベスに話しかけてみる。
「よお、エリザベス。さっきは怖い思いさせちまって悪かったな。そう言えばお前が好きなアニメってなんなんだよ」
認識を共有した話題があれば話が広がるだろうと思ってのことだった。鈴も少年時代は幼馴染とよく図書館に行っては漫画を読んでいたので日本のアニメ文化には理解があるつもりでいた。
「イヤーそんな鈴さんが強かったから全然怖くなかったデスよ。むしろ邪魔になってしまってこっちこそ申し訳ないデス……」
エリザベスは一息置くと、凄い饒舌になった。
「えーと、私の好きなアニメは沢山ありマス、けど二つに絞るとしたら『星の守護者』と『北欧神話伝〜魔法少女テュポーン憂子(ゆーこ)〜』デス。星の守護者は主人公の「向日(こうじつ) 討夜(とうや)」がサムライみたいにナイフで敵をスパスパやっつけるのがスゴくカッコイイデス!けどそんな強い主人公でも年頃の男の子だから殺人に罪の意識を感じたり、自分がいつ敵に殺されるとも分からない不安からPTSDに罹る描写があるのも人間臭くていいんデスよ。あ、ちなみに精神科でPTSDの診断を受けるのはアニメでは端折られてて非常に残念チクショーでした。あとサブヒロインなんですけどユズって女の子がロリでカワイイ、実はヒロインより討夜に愛されてるんじゃないかってネットの推察もあってカプの薄い本が増えてて私は感激デスよ。あ、鈴サンとエリサンの関係に似てますね、鈴サンもヤンデレなんデスか?うぇへへへへ」
オタクを標榜する彼女に浅はかな知識で話しかけたのは間違いだったと後悔の念が鈴の心を押し潰す。部屋には一段階上の沈黙が訪れ、心做しか“ロリコン“という単語が出てからというもの180°から敵愾心を向けられているような気がした、思い違いだと信じたい限りだ、鈴の頬を冷や汗が伝う。
「あ、あぁ……そうかもな」
適当に流すと彼女は満足したのか顔をピンク色に染め、恍惚の顔で自分と横の少女を見ていた。
タッタッタッという地面を硬質の靴底が叩くような音が耳に入る、すると各々は思い出したように姿勢を正し始める。
「八人目か……」
舎長が言っていた「説明できる範囲は限られている」という言葉、つまり作戦会議の概要の説明に足る最後のピースが今この部屋に入らんとしている人間なのだ。そう思うと頭の片隅に追いやられていた「任務に対する不安要素」等が蘇ってくる。
コンコンコンと三回、木製のドアをノックする音が部屋に響く。
「Please come in.」
舎長がそう口にしてから少しの間を置いてドアがギィと古めかしい擦過音を立てて開かれた。
「Hello Mr.Brown.」
そこには短く切り揃えられた清潔感のある金色の頭髪をして有名ブランドの社名が入った黒のジャージの上に「学者だぞ」と言わんばかりの白衣を着た背丈一六〇センチ前後の少年がいた。
「へ?」
想像していたビジョンと豪く外れた男のビジュアルに鈴は声を出しそうになるが押し黙る。何も見た目と能力に因果があるわけでもなし、失礼な話だと思ったからだ。
少年は部屋を一望してから室内にいる人間の顔を一人一人見定めていくと、気さくな笑顔を浮かべながら鈴の方へと歩みを進めてきた。
「Nice to meet you.Are you a devil's killer? My name is Steve, are you?」
自分が日本人であり、英語に親しみがないことを理解しているのか中学レベルの英語で話しかけてくる。
「な、ないすとぅーみーちゅーとぅー。いえす、あいきゃんきるどぅでびるす。ま、まいねーむいず……リンクズカミ。」
必死に頭の中の英単語の引き出しを探って言葉を紡ぐ。ガタガタな発音だったのでキャサリンとエリは失笑を浮かべていて、あまりに恥ずかしくなって思わず顔を伏せてしまう。
「Wow! Awesome! Let's get along.」
拙い発音に苦笑することなく爽やかな親しみやすい笑顔を浮かべると手を伸ばしてきた。彼を形容するには好青年という言葉が相応しいだろう、鈴は考えるや否や彼と手を重ね握手をする。
スティーブといった彼は空いていた八番目の席、舎長とキャサリンの間に腰掛けるとネイティブ発音の英語で手をしきりに動かしながら喋り出す。話終えると通訳に目を向け首肯する、それを合図に流暢な日本語で彼の発言が読み上げられた。
「皆さん、集まり頂いたのはご存知の通り「復習鬼(ラーナー)」に対する対策を練るためです。まず復習鬼の性質から説明しましょう。奴は復習鬼という名の通りに「与えられた攻撃を学習し、それを“無効化“する」性質を持っています。理屈は不明ですが魔力的干渉・物理的干渉を問わず全て無効化しているというデータがあります。私はその攻略案として「ごく一部の聖人しか扱えない、おそらくまだ学習していないであろう神器により再起不能にしてもらい、鈴さんが殺す」というものを考えました。皆さんは他に案がありますか?」
朗読するように機械的に発せられた「与えられた攻撃を学習し、それを“無効化“する」その言葉が頭の中を反芻する。そんなふざけた能力を持っている悪魔がいるのか、と体に怖気が走ると同時に周りの人間も皆、緊張感に当てられ緊迫した顔を浮かべているのに気付いた。
スティーブの案だとチャンスは一度きりだろう。三上美佳が使うあの武器、神器によって再起不能まで伸して、そこを自分が殺す。
そのたった一度の失敗すら許されない作戦で自分が重要な役割を果たすことを考えると緊張感で押し潰されそうになる。
そんな中、鈴の音のような透き通った声が室内に広がる。
「神器でヤツを殺る役目は私が適役だと思います。三上はヤツの仲間に一度、手の内を見られています、ヤツの無効化の手段が不明瞭な以上は学習されている可能性があると、そうナーバスになりすぎるということはありません」
「……そして、これは私情になるのですが」
キャサリンの普段の明るい声からは想像もできない、怒気を含んだ声音にただでさえ緊張感に固まっていた部屋は風が吹くのすら許されないような重々しい空気で満たされる。
そして一息置いて、彼女の口から出された言葉は酷く沈痛で陰惨なものだった。
「復習鬼(アイツ)は私の母の仇なんです。自分の手で引導を渡さないと、心に整理がつかない。その果てには自分の生きる意味すら見失いそうな気がするんです」
英国の大聖堂付属学舎の最上階の大部屋に再び過重な静寂が訪れた。