Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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3.自己紹介

「おいおい、忘れちゃったってなんだよ……」

鈴はそう言うと力なく地面に座り込む。

 

「だって……あの、うんと全部忘れちゃったから!さっきまではなんで追われてなんで逃げてるか分かってたのに、今は忘れちゃったの!」

少女は言いながら鈴の肩をポカポカ音を立てて叩く。涙が澎湃と流れている、根本的な解決には程遠いが彼女に身に隣接していた危機は取り除けた。

そう刹那の満足感に打ちひしがれていると涙を流しながら自分の肩を叩く少女の姿がやけに愛らしく見えた。

 

「んー、あーじゃあなんだ?分からないこと考えたってどうしようもないし分かることから教えてくれ。そうだ、自己紹介をしよう。俺は葛上 鈴、十六歳だ」

不安と恐怖でぐしゃぐしゃになった少女の髪を撫でながら自己紹介をする。

鈴はこうして癇癪を起こした子どもをあやしていると去年の今頃、十月辺りに主に埼玉の県立高校で開催されている「職業体験行事」で保育園の仕事に従事していたことを思い出す。

 

『小さい子どもをあやす時は目の高さを同じにして、泣いてる理由を考えて、相手の気持ちになってやる〜だったな』

頭の中で園内で保育士から教わったことを整理しそれを実践に落とし込む。

 

泣いている少女を横目に嘆息すると

「よろしくな」

出来る限りに不慣れな笑顔を作る、と少女は上目遣いでうん……と相槌を打つ。

「これ使って拭けよ、目の周り真っ赤になってんぞ」

鈴は少女の足元に落ちていた自分のリュックサックの膨らみについたファスナーを開けて中からポケットサイズのティッシュペーパーを取り出し二枚摘み少女に渡す。

 

「じゃあ、分かることだけ教えてくれ。」

胸ポケットからソフトパッケージのタバコを取り出す、と先程の乱戦でぐちゃぐちゃになったのであろう茶色い葉が散乱し長方形の原型を留めていないそれを後ろにポイと捨てるとリュックサックから新しいタバコを取り出し、慣れた手つきでビニールの包装を破り銀紙の上蓋をちぎり底の部分を指パッチンの要領で三回ほど叩きギュウギュウに詰まった中から最初の一本を取り出し口に咥える。

 

「あなたハタチじゃないのにタバコ吸っていいの?」

カチカチと何回かライターの火打ち石を摩擦し火花をガスの染みた錦糸に点火させタバコの先端に移すと、深く吸い込み少女と対面になっていたので横を向いて軽く吹かす。

 

「いいのいいの、ていうかお前そういう常識はあるんだな。行ってる幼稚園とか分かる?」

口に咥えていたタバコを右手人差し指と中指の間に挟むと疑問を口にする。

すると、少女は明らかに機嫌を悪くしたという具合に頬を膨らませている。

 

「そんなの行くわけないじゃない!私は大悪魔(グレイトフル・シン)なんだから!人間とは違うの!見くびらないでよね」

フン!と言うとプイと首を逸らし鼻をつまんでいかにも不満らしい顔をしている「くさい」ということらしい。

 

「プッ……なんだぁそのグレイトフル神って最近の園児は英才教育が行き届いてるんだな。まあいいや名前は分かる?」

 

「くっ……あなた絶対に私を馬鹿にしてるでしょう!顔が笑ってるもの。人間に名乗る名前なんか無いけど助けてもらったお礼もあるし“一応(いちよう)“教えてあげるわ。私の名前はエリピン・S(サイファー)・ミドルネヴマフォンエウレデケーフィディー、一字一句大切に刻みなさい」

 

鈴は怪訝な顔をすると、一際真面目な顔になって

「え?なんだって?エリぴん?覚えらんないな、略してエリでいい?」

 

「この私にそんな俗っぽい呼び名を」と、舐め腐った態度をしている。と言わんばかりに少女はプルプルと震え両の手に拳を形作っている。

 

「不服だったか?」

 

「ふん、もういいわ。それでいいわよエリで……別に?可愛らしいし……」

少女は言うと一息置いて

「それと、言いそびれたけどさっきはありがとう。素直にお礼を言うわ、あなたがいなかったら私はきっと死んでいたわ」

 

「礼には及ぶぜ、金ふんだくりたいくらいの気持ちだ。けどまぁ、無事ならそれで良かったぜ……無事なら、ってなんでお前傷治ってんの!?」

少女の肩を掴むとまことに訝しげな顔をして全身を舐めるように見回す。

 

「気持ち悪い……あなたロリコンなの?言わなかった?私は大悪魔なの、あなた達とは体を構成する要素(エレメンツ)から違うわ。全く失礼しちゃう」

肩に掛けられた手を冷淡に振り払うと青白い顔色を浮かべ鈴から一歩後じさる。

 

「バッ……だってそんなの信じられるかよ!でも……あんだけの傷が治ってるってことは……そういうこと……だよな?」

ゴスロリ服を破り、赤い血を吹き出し黄色い脂肪を露出させていた痛ましい傷の数々が全て治っているとなれば少女の自分は人間ではないという戯言も妥当な言説と考えなければならないだろう。

 

「なに?やっと信じる気になった?それよりも……」

少女は一段真面目な顔をすると俯く

「それより……って?」

鈴は少女のその本気の顔に思わず息を飲む。一瞬だが確かに秘奥の神秘のような形而上のオーラのようなものを感じた。

 

少女は深く息を吸うと落ち着いた声で述べた。

「あなたが悪魔を殺したことについてよ。通常、人間は悪魔を殺せないはずなのよ、これは「存在濃度序列」っていう客観的な証左に基づいた事実よ。しかしあなたは現に私を追っていた悪魔であるオニを殺している。これがどういうことかわかる?」

 

少女の本気のオーラを感じ取った鈴は揚げ足を取る気など更々無く、真面目に答えた。

「悪魔」や「存在濃度序列」など一般に聞かない、よく分からない単語を出されてもこの特異な状況だと本気(マジ)は話だと錯覚してしまうのだろうか、それとも本当にこの話は……

しかし、自分が先程まで死と隣り合わせになりながらもなんとか殺した悪魔やあれほどの傷がこの短期間で全治しているこの少女の存在が無言の証左となり痛いほどに妥当だと理性は訴えている。

 

「俺がしたことは矛盾してる……ってこと」

 

「そう、特例を除いて人間に自分より神格が高い生き物を殺すことはできないの、それにあなたに特例の線はないわ、魔力を感じないもの。これは古(いにしえ)から現在に至るまで一度足りとも矛盾したことがないことなの。それだけにあなたのしたことを私は信じられないし、今もこれは夢かと疑っているくらいよ」

 

「よく分かん無いけど、殺したもんは殺したんだよ。殺した以外のなにもんでもない。俺はただお前が殺されそうだったから助けた、その過程で奴を殺したっていうただそれだけだよ、殺せた理由なんか分からない」

返す言葉はこれしかない。自分がその異常らしい悪魔を殺せることの因果関係を認知しているわけではないのだからこれ以外は何も言えない。

 

「そう……常識の埒外、ブラックスワン理論ね……常に常識すら懐疑することを忘れたら痛手を負う。」

口に咥えられたまま半分近く燃焼が進んでいたタバコの先半分が折れ白い地面に落ちていく、灰と散る。

「難しい言葉を色々知ってんなお前は、大悪魔ってのはそんなに博識なのか?」

 

「博識なの?まあ人間の寿命を軽く凌駕するくらいは生きてるからそうかもね」

エリはドヤァと効果音の付きそうな、大袈裟なくらいの笑みを浮かべるとふっふっふっと自慢げに笑い出す。

 

「メンタルは園児並だけどなー、さっきも大泣きだったし」

その刹那、エリの拳が破砕音を立てて鈴の頬に深く沈み込んだ。

「わ、腕力は火事場の女性並……かな?」

鈴は虫の音のような消え入りそうな声を上げるとプルプルと震えて地面に倒れ込んだ。

 

 

〜〜〜〜

「聖騎士長、胡蝶の世界に侵入しましたが展開の始点が見当たりません。この世界は崩壊寸前にあるようです。」

黄色と桃色の暖色に彩られた手帳型のスマホケースを支えて耳に当てる細い白い手に一瞬、力が入る。

「つまり、我々よりも先に世界を作った悪魔を殺った奴がいると?どこの誰だ?意図が読めない」

電話の奥から怪訝の声が響く。

 

「確証はありませんがそれらしき人物を見つけました。小悪魔が一匹と人間らしきものが一匹、今から接触します。」

言って、肩まで伸びた軽い黒髪のボブヘアの髪を揺らし、カッターシャツの上に灰色のセーター、折り込みが入った膝までの黒いプリーツスカートを着て“十字架の処刑台を彷彿とさせる禍々しいオーラを滾らせている背の丈以上の大きさのある線対称の大鎌“を構えた少女は通話を切断し、道の真ん中に出来た歪みに手を伸ばし『胡蝶の夢』に入門した。

 

二人を捉えたその両眼は獲物を見つけた肉食獣のような極限まで研ぎ澄まされた「戦士」のそれであった。

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