Return to'(ダッシュ)   作:茄子林檎柘榴

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9.超越者

憤怒の色に顔を染めた何かは持ち手のついたバリスタのようなものに変形した十字架を天上に向けて投げる。

「来いッ━━━━私の神器(ノモス)ッ『黒き怒り(カーラ・クロウ)』ッ!」

 

鈴は一瞬、怒りに燃える彼女の体の輪郭を「青色を帯びた黒い硝煙の様なもの」がなぞっているのを見た。鈴はそれに少年漫画にある強さの模式図である技法的な表現「オーラ」の描写を想起したがそれはあながち間違ってもいなそうだと思った。なんたって少女の体を動かしている何かからは形而上(メタ)を想起する神話上の神々の彫像や絵画から感じる情熱(パトス)のようなものすら感じるのだから。

 

刹那、何かの両の手がカッと開く。鈴はそこで確かに両手に「真っ白に発光する刃渡り40cm程の段平刀(だんびらがたな)形状のもの」が握られているのを見た。それからそれは熱された鉄が熱を外気に排出したように段々と先端から黒みを帯びて気付けばその両手には「黒い刀身を持ち、持ち手には赤い包帯のようなものが巻き付けられ、山羊の頭蓋を模した鍔が特徴的な双子剣」が握られていた。

 

「てめえを解体(バラ)すのに秒と必要ねえ━━━━」

何かはそう言って、両手に握られた双子剣を暴れ狂うように振るう、と━━━━━━

 

双子剣の切っ先が光を持ち、虚空に青に赤に黄に緑と彩色の軌跡を描き、それが全て鈴の元へと飛来した。それが自分を数回殺しても有り余るほどの殺傷能力を持っているというのは、ひと目で分かった。

「避けよう」という意思とほぼ同時に身体が宙を待っていた。

 

亜光速で打ち出された無数の彩色の軌跡は全身を舐め回すようにゆっくりとこちらに向かい確実に全身を切り刻んだ。致死量の血が虚空に舞う━━━━

 

「終わったか、意気込んでたわりには呆気なかったわね」

「かよ━━━━まだ終わるかよ、クソ女こっちを見ろッ」

 

「射程距離のある斬撃」が鈴を殺し終えたと思い確認することをしなかった何かはその声に驚く、とほぼ間を置かずにその端正な顔を憎悪と憤怒に染める。

「なん━━━━で、私の斬撃を食らって生きてやがんだああああああああああ!!!!!ふざけんじゃねえぞッてめえ、人間の分際で、戦争も知らねえカスのゴミが、なんで生きてんだよ、生きてることを許さねえ、許さねえッ!絶ッてえに殺すからなああああああ!!!!」

 

「生……温いんだよ、おめーの攻撃は。見掛け倒し……か?全然生きてん……ぜ」

口から瀉血を垂らし肩で息をしながらも鈴は眼前の修羅をこれでもかと睨み付ける。絶望的な状況下にあったがやっとこ勝機が見えてきた。

 

「殺す、焼き殺す。私の炎は獄炎、万物を燃やす、憎しみに燃える地獄の黒い炎……人間が使う生温い炎なんかとは比較にならねえんだよォ!!」

何かの筆舌に尽くし難い怒りを代弁するかの如く、双剣に紫色を帯びた漆黒の炎がどこからともなく灯る、相変わらず原理は分からないがそれが自分にとって致死性があることは直感で感じられた。

こちらが冷や汗を拭う暇もなく相手は獄炎に燃える漆黒の双剣が勢いよく振り下ろされる。

 

射程距離のある斬撃、物理法則を無視したそれは先程味わったが今繰り出されたものは……

 

ゴォと音を立てて眼前には漆黒の炎が燃え上がっている。

まずい。第六感と理性がこれは危険だと言っている。避けなくては━━━━

 

思慮を巡らせるが既に遅し、なんと驚くべきことか漆黒の炎は形を持って鈴の足首を掴み、地面に固定化していた。

「な━━━━」

 

驚愕している内にも炎は足首から上へ上へと燃え移っていく。なんと不思議なことか、予測していた程の肌を焦がす熱は無かった。

また、代わりと言っても難だが「筆舌に尽くし難い倦怠感」とでも形容しようか、いや「全ての思考や気持ちを埒外に追いやるほどの凄まじい脱力感」に襲われた。

 

炎が目元まで上がってきて視界が閉ざされると同時に

「何故、自分は戦っているのだろう」「こうまでして少女を助ける理由はなんだろう」「もっと理性的になれば上手く生きられるのではないだろうか」「ここで死んでしまってもいいのではないだろうか」

無意識に埒外に追いやっていた疑問や思念がブワッと波のように浮かんでくる。

心なしか体を焼く獄炎は心地よい春の日光のようにすら感じられた。

 

しかし━━━━閉じられた瞼の奥で自分に向けられたエリの笑顔が浮かび上がる。

「こんなんで━━━━死ぬわけにいくかよッ」

 

微睡みに落ちていた体に力が入る、と同時に体を焼く獄炎に悶える。

そして眼前に迫る双剣を構えた修羅。睨みつけたこちらに驚きに目を丸くしているがその切っ先は首元を捉えて離されることはない。

必死の思いで体を捻り剣戟をすんでのところで避けようとする。が、剣の直撃こそ避けられたが剣から放たれる風圧の第二の刃は肩に直撃した。

 

肩口に激しい痛みを感じながらそのまま地面に崩れ落ちる。

いつの間にか自分を覆っていた漆黒の炎はその熱とともに跡形もなく消えている。

「想念すら焼く私の獄炎が効かないだとッ!第五要素の擬似的な到達とまで言わしめた獄炎をものともしないだとッ!貴様は━━━━」

 

「くだらねえ女子供の技だな、あんなんでネガティブになってやる気無くしてもう死にますってか?死ぬ覚悟なんかとっくに出来てんだよクソ野郎」

肩を襲う激しい熱を伴った激痛に口元を歪めながらも鈴はそう言ってのけた。

 

「ふざけんじゃあないわよッ!ふざけんじゃねえよッ!ふざけんなッ!!人間風情が何を言う!あれは理屈など超過した形而上の技なんだ!我々の技なんだぞ!!」

 

「知るかよ、それより時間の方は大丈夫なのか?体感時間だけどとっくに一分は過ぎてると思うぜ?」

鈴は疲労困憊と失血で途切れそうな意識の中で「やった」と思う。

 

「殺すッ!!」

何かの全身に白紙に筆を荒らげて墨塗りしたような黒いオーラが漲る。こちらを睨み殺さんばかりに向けられた鋭い眼差しには耐えず鳥肌が立つ。

双剣をクロスさせて腰を下ろす、と人間の筋反射を超過した凄まじい速度で鈴にその切先を向けて突撃してきた。

 

「それを待ってたんだよッ!」

言って、眼前に迫ってきている修羅に恐れるということもなく体を折りたたみ“タックル“の姿勢になるや否や全身の筋力と体重をかけてこちらにがら空きの腹部を見せていた何かに突撃する。

 

「がッ━━━━貴様は!」

何かは憤怒の形相のまま自分の懐に潜り込んできた鈴に目線だけを向ける。

 

「そうだよ、てめーがキレやすいタチだってのが分かったんで所々で扇情してたんだよ。そしたら攻撃を放つ時に隙が生まれると踏んでな。こっちはただ時間が稼げればいい!」

言い切る前から背中に刀剣の柄が滅多打ちにされ痛々しい破砕音と共に筆舌に尽くし難い痛みが体を突き刺すがもはや関係ない。ここさえ乗り越えてしまえば奴の活動限界時間に届くだろうと踏んでいたのだ。

 

「『人間は考える葦』だと言ったな?確かにそうだと頷ける句だが、貴様にはその考える能力が足りなかったようだな。いや貴様がいくら考える力を有していようか私との絶対的な差の前には無意味な話よ!アイデアの一つや二つで越えられるものではない!」

言って何かは丹田に力を込める動作をとる━━━━と全身から不可視の激流の波のような圧が飛び出し鈴の体を突き飛ばした。

激流の如き圧は鈴の全身の骨を音を立てて破壊し10mほど後方へと吹き飛ばす。

 

肺に折れた肋骨でも刺さったのだろうか鼻腔を鉄臭い匂いが過ぎったと思った時には既に口腔は食道から迫り上がってきていた瀉血で満たされていた。そのまま意識が抜けかけて立った姿勢から真っ直ぐに地面に頭部をぶつけてその痛みで意識が覚醒する。

 

「あの女はあの子に任せるとして、あんたは私が殺すわ。最悪、あの子の手に負えないまであるもの」

タタタと何かが目の前の対象を狩るためだけに意識を集中した戦士の如き顔でこちらへ駆けてくる。

背中に構えられた双剣は風を裂きビュウビュウと音を立てている。

 

「死ぬ━━━━のか?」

そんな思考が過ぎると同時に流血の影響か身体からは段々と力が抜けていく。絶望の波に飲まれ死を覚悟した。

しかしその刹那、雲間から差し込む帯状の朝日の如く陽の色に染ったエリの声が確かに耳元で聞こえた。

 

「生きて!」

 

コンマ秒先の命が保証されていないこんな状況でも鈴は頬を緩め、後ろの走者からバトンを渡された短距離走の最後の周、耳を劈くばかりの歓声に緊張を唆られる中でも確かに意識を集中して体に残る全ての力で第一歩を踏み締めるが如く。

「やるっきゃねえよなぁ!」

 

━━━━瞬間、鈴は世界が静止したかのように幻視する。眼前に迫っていた何かは必殺の一撃を放たんと地面を蹴っている。踏み締められたその地面は音を立てて破砕し砂埃を立てている。

その体を動かしている筋肉の動き、次の動作に移行しようとしている予備動作すらもはっきりと認識された。

その光景に驚く間もなく丹田に力を込めて浅く呼吸すると、腰を深く降ろし全体重全筋力をかけての激しいスマッシュ攻撃をかける。

何かの顔面のど真ん中にメキメキと言って右腕がめり込む。

 

「人間の反射速度で……何故、私の軌道が……」

人の身では到底なし得ないであろう力技の限りを尽くした何かであったが、素体がただの人間の少女だからだろう。募った疲弊と何かが乗り移る前に与えられていた身体へのダメージからかコンマ秒の拳を叩き込むだけの余裕が生まれた。

そして何よりも灯火のように僅かなものとなっていた闘志を爆発的に燃やした少女の言葉。それが人間である鈴が一矢報いることができた理由であった。

 

「さあな、でも言ったろ?「てめーの鼻っ柱へし折って半殺しにする」ってよ。あーあ、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」

言って、鈴は皮肉な笑いを向ける。

 

しかし、何かはそれに対して憤怒に顔を歪めるでも呪詛を吐くでもなくむしろ“鈴を哀れむような目を向けて“言葉を紡いだ。

 

「ふふ……原理は分からんがお前は一時的で限定的だが私と張り合う程度の力を持っていた、せいぜい人間には到底有り余る力に苦悩しろ」

それを皮切りにしたように少女の体は膝が折れ、地面にバタリと音を立てて倒れ伏す。

 

「そうだな、俺にも思い当たる節がある。そしてそれに起因した苦労とやらもなんとなく感じるぜ」

言ってからピクピクと震える少女の体を見て短く嘆息すると鈴は激戦でつけられた“傷など無かったかのような“軽い足取りでエリの元へと駆け出した。

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