そこを疾走する一台の戦車
それは
戦車と言うにはあまりにも小柄な車体
戦車と言うにはあまりにも貧弱な武装
戦車と言うにはあまりにも薄い装甲
その小柄な車体は豆戦車の名に相応しい
だがそれを補う速度と運動性の高さ
そんな戦車の名前は
それに乗るのは丸いレンズが二つ付いたゴーグルとサメの歯のような模様が入ったマスクを付けているこの高校の女生徒
彼女はスマホの付いた自撮り棒片手に、今日も今日とて彼女の動画チャンネルの視聴者に向かって声をかける
「よぉ!視聴者の皆!調子はどうだ!!俺か?最っ高だぜ!」
ゴーグルに取り付けられたイヤホンから、視聴者達から送られたコメントが電子加工されて耳の中に届く
〔今日も飛ばしているなぁw〕
〔事故だけは起こすなよw〕
〔これだけ飛ばして怖くないのか?〕
「当ったり前よぉ!飛ばさなきゃ俺じゃねぇぜ!怖くないのかって?おいおい!俺は自分の足をこんな風にしちまったんだぜ?怖いもんなんかあるかよ!」
彼女はそれらのコメントに返答しながらCV33を走らせる
「さぁ!今日も一緒に行こうぜぇ!せーの!
彼女、オクタビア・シルバは人生に退屈していた。
彼女はスペインに本社を置く世襲制の超大手製薬企業『シルバ製薬』の家系に生まれ、その時から彼女の未来は会社のCEOになる事が決定していた。
その為、未来に何も望みや夢を抱いていなかった。
そんな彼女はある日、インターネットにあがったとある動画に心を奪われる。それは、バイクを運転する幾人もの男達がジャンプ台を使って空高く舞い上がり、空中で様々なアクロバット技を披露していくエクストリームバイク。
一歩間違えれば大怪我、下手すると死ぬかもしれない。だが画面に映る彼らはそんな事お構いなしと言わんばかりに次々と技を繰り出し、それを見物する大勢の観客を盛り上げる。
将来はCEOになる事が確定している彼女からすれば、それは人生を棒に振るのと変わらない。だからこそ、彼女はそれに興奮し、憧れた。
「カッコいい…」
成長するにつれて彼女は興奮を求めるようになった。
最初はバタフライナイフから始めた。練習するたびに刃が手を切り、血が流れた。だがその痛みが彼女を興奮させた。
やがてその程度では満足できなくなった彼女は、パルクールを趣味として始め、それをカメラに収め、動画をネットに公開した。
すると、動画を見たネットユーザーが彼女をコメントにて称賛した。無謀な事に挑戦して、それを見た人が喜ぶことに興奮した。
言葉遣いも次第に男性的になり、一人称も俺へと変わった。
ここまでくると、もはや彼女の行動を止めることは誰にもできなくなった。両親でさえも。
11才を迎えた彼女はある日、戦車道という競技の存在を知る。
第一次大戦から第二次大戦にかけて製造された戦車を使用した日本の伝統的な武道、もといそれを土台としたスポーツ。
轟音轟かせながら戦場を掛ける鋼鉄の車体、爆音響かせる強力な主砲の一撃。それは彼女が今まで見て聞いてきたものの中で一番興奮させるものだった。
「親父!お袋!俺、戦車道がやりたい!」
彼女は両親に直談判した。といっても最初は父も母も反対した。
だがその反対も彼女が
「戦車道を習わせてくれないなら俺はCEOにならない。家出する!」
と言い出せば、折れるしかなかった。
というのも、彼女は頭で考えるより体が先に行動するタイプの人間だったため、過去に何度か喧嘩をした際に本当に家出をして警察に御厄介になった事があった。
これ以上娘が家出をすれば会社の評価やイメージが悪くなる。それを危惧した両親は渋々ながらも彼女が戦車道を習うことを了承した。
両親はどうせ習うなら本場の日本で習いなさいと彼女に日本語を勉強させ、彼女もまた必死に勉強した。
そして彼女は13才で日本に留学した。
留学した日本の中学校、そこで彼女はとある女子生徒と出会った。
濃いピンクの髪を真ん中で分けたヘアスタイル、使い方を間違えているお嬢様言葉、常にハイテンションで落ち着きがない、そして…彼女と同じスピード狂。
「よろしく!俺の名前はオクタビア・シルバだ!気軽にオクタンとでも呼んでくれ!」
どことなくオクタビアと彼女は似ている所が多々あった。故に彼女達の距離が縮まるのは時間の問題であった。
彼女は乗員配置の選択希望で操縦手を選択した。というのも、巨大な鋼鉄の塊である戦車を自分自身の手と足で動かせる操縦手が彼女にとっては一番しっくりくる役割だったのだ。
桃色髪の子は車長を選択した。彼女はスピード狂ではあるが指示指令はしっかりとしており、オクタビアも彼女の出す命令はすんなりと受け入れられた。
彼女達の日常は実に華やかなものになっていった。
最初は慣れない操縦も、練習を重ねるごとに上手くなっていき、今では自分の手足のように動かせるまでになった。
時折、無茶な操縦や命令を無視した行動に叱責を受ける事もあったが、それでも彼女の興奮は最高潮にまで達していた。
だがそんな楽しき日々は彼女が中学二年のある日に終わりを迎えた。
彼女はある日、先輩が残した操縦練習用コースの最速周回記録を塗り替えるべくいつも通り戦車を操縦していたのだが、日々の無茶な運転がたたったのか、それとも整備の不良か部品の劣化か、原因は分からないが彼女の操縦する戦車が事故を起こした。
最高速度の中、戦車の履帯が切れてしまい、操縦の利かなくなった車体はその場で回転。そして崖下に転落した。
木々を巻き込みながら斜面を転がり落ちていく車体は徐々に歪み、転落が止まった時には見るも無残な姿に変わり果てていた。
唯一幸運だったのは車内にオクタビア一人しかいなかった事ぐらいだろう。
彼女が目を覚ましたのは、事故を起こした2日後。病室のベットの上で目覚めた彼女を待ち受けていたのは、非情で悲劇的な現実だった。
「貴女の足はもう、一生動く事はありません」
医師から言われたその一言に彼女は絶望した。
医師の話では歪んだ戦車の車体に両足が挟まれ、骨が折れていたとのこと。折れた骨は皮膚を突き破り、筋肉を断ち切り、両足の神経を傷つけていた。
彼女はこれ以上無謀な事に挑戦することも、戦車道を続けることも出来なくなってしまった。
お見舞いに来てくれた例の親友も、オクタビアの話を聞いて絶句した。今まで苦楽を共に過ごしてきた親友が、もう二度と戦車道を続けられないという現実に。
正確に言えば、戦車道は続けられる。足が動かなくても、装填手や通信手といった足を使わなくても出来る事はある。
だが果たして彼女はそれで満足するだろうか?ただ地味な作業を淡々とこなして彼女の心は満たされるかどうか?
答えは否だろう。
オクタビアはこの事実に納得できなかった。
「ふざけるな!ふざけんじゃねぇ!!何か他に方法があるはずだ!こんな…こんな形で終わりたくない…」
彼女はそこで一つの提案を上げた。
義肢にすればいいのではないか?と。
それから24時間後、
彼女の足は疲れ知らずの鋼鉄のブーツへと変わった。
辛いリハビリ生活も、また友と一緒に戦車道が出来るなら、また無謀で危険な事が出来るのならばと、乗り越えてみせた。
こうして彼女、オクタビア・シルバは戦車道への復活を果たした。
義足になった彼女はもはや怖いものなしとなり、手術とリハビリで遅れた分を取り返すように今まで以上に無茶な走行を行った。
親友は彼女の復活に心の底から喜んだ。だが時が経ち中学三年になってから、親友との戦車道は悩みへと変わった。悩み、それは彼女の進路希望先の高校についてだった。
彼女は昔から聖グロリアーナ女学院に憧れを抱いていた。
その為に慣れないお嬢様言葉を使い、慣れない数々の作法に苦戦し、少しでも合格できる確率を上げるべく勉強してきた。
だが彼女、オクタビアが来てからそれは変わった。
今までは戦車道を履修する生徒の中に彼女と同じスピード狂はいなかった。彼女のスピードに対する熱意についていける者は誰一人いなかったのだ。
だがオクタビアは違った。彼女は自分自身――いや、恐らく他の誰よりもスピードに対する熱意と情熱があった。
他の者達がオクタビアを狂人的な扱いをする中、彼女だけはオクタビアを真の親友として迎え入れた。
そんな彼女が事故で両足を失った。その一報を聞いた彼女は、かける言葉が出てこなかった。
もう二度と一緒に戦車道は出来ない。その受け入れ難い現実は彼女にとっても辛かった。
だが彼女はそんな絶望も跳ね除け、足を義肢に変えてでも戦車道を続けようとリハビリに励んだ。そんなオクタビアの姿は彼女にとって眩しいものに映って見えた。
その時すでに、オクタビアの存在は彼女にとってもはや無くてはならないものへと変わっていた。
それ故に彼女は進学先に迷っていた。
恐らく、いや間違いなくオクタビアは高校でも戦車道を履修するだろう。
だが常に落ち着きが無く、他との協調性がない彼女には聖グロのような規律と整然ある行動が求められる学校では窮屈だろう。
案の定、彼女はアンツィオ高を選択した。
理由としては速度と運動性の高いCV33があることが一番にあげられるだろう。
知波単学園も候補に挙がったのだが、彼女曰く猪突猛進なのは良いが最近は負けのイメージしか無く、どうせなら戦って勝利したい。
そういった意味でも彼女はアンツィオ高を選択したのだ。それなら彼女の母国と同じスペインの文化を取り入れている青師団高校も、CV35を導入している。
同じ国の文化なら馴染みやすいだろうに彼女は選ばなかった。それは彼女曰く、「スペイン文化は飽きるほど知っている。なら違う国の文化も楽しみたいんだ!俺って欲張りだからさ。」とのこと。
彼女はアンツィオ高を選択した、ならば私はどちらにするべきなのだろうか?
昔からの憧れである聖グロを選ぶべきか、それとも彼女と同じアンツィオを選び、また共に戦車道をするべきか。
悩む彼女にオクタビアはそっと、声をかけた。
「俺はお前が別の学校に行っても絶対に応援するよ!なんてったって、俺の一番の
その一言は、彼女の心を突き動かすのには十分すぎる言葉だった。
「シルバさん!撮影もいいですけれど、今は訓練中でございますわよ!」
「分かってるって、ローズ!ほら、カメラに向かってピースしな!リスナー達が観てるぜ!」
〔やっほーローズちゃん!〕
〔今日も可愛いね!〕
〔ローズちゃんも大変だねぇw〕
「えっ?あっ、イエーイ!でございますわ!」
彼女――ローズヒップもといローズはオクタビアと共にアンツィオ高校へと進学した。
長年の夢である聖グロは諦めることになったが、彼女は悔いてはいなかった。恐らくはこれが彼女の求めた戦車道としての形なのだろうから。
「こらぁああああああああ!!オクタン!それにローズ!どこまで行く気だ!早く戻ってこい!!撮影しながら運転するなぁ!事故を起こしたらどうする!?」
「へへっ、ワリィワリィ。今すぐ戻るぜ、アンチョビの姉貴!行こうぜ、ローズ!」
「えぇ!合点承知の助ですわぁ!最大速度で行きますわよぉ!!」
「だから安全に戻って来いって言ってるだろう!?」
これはオクタビアとローズ、後にアンツィオ一の俊足と呼ばれるコンビの話である。