ぐらんぶる転生最強もの(仮)   作:紅茶タルト

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第11話

 埠頭に立ち、裸のまま雨をその身に受ける。

 常人であれば低体温症とか肺炎とかで普通におっ死ぬが、私はたぶんもう一回死んだんで二回目はまあいいかなと思う。

 なんの心配もなく、ただただ雨のしずくが体に当たる感触を楽しむ。雨の匂い、音。好き。

 埠頭だけでなく、海面にも落ちていく音。ああ――美しい。

 なんだか涙が出てきた。たぶん、私は今――感動している。

 ここでこうしていられることへの喜びが顔に集まって涙を絞り出そうとする。

 鼻水も尿も垂れ流し、ただ無抵抗に喜びに浸る。

 仰向けになって、雨に体全体を撫でてもらう。背中とかに当たる濡れたコンクリートの感触に自由を感じる。

 家族といるのももちろん幸せだけど、こうして一人雨に濡れることができる、そんな幸せもある。

 

 シャワーを浴びて戻ると、なんか愛菜と耕平もいた。

 

「や」

「こんにちわ」

「こんにちは」

 

 今日は来ないはずだったけど、まあかまわない。

 伊織と千紗姉がカレーを温めて持ってきた。今日はビーフだ。

 一緒に食べる。なんか栞ちゃんの話になった。私も手紙のお返事をもらった。

 私のは大部分がフランス語で、一部イタリア語でダンテの詩を引用していたけどわかってくれたようだ。まあカメラで翻訳できるアプリあるしな。

 食後、愛菜と耕平が帰り、私は一人踊る。練習して、その後Switchのジャスト・ダンスで遊ぶ。踊るの楽しいわ。

 そろそろ寝ようかなと千紗姉の部屋を覗いたら伊織と一緒だった。添い寝してもよかったけど、家族が増えるのは歓迎なのでそっとしておいた。

 

 朝。千紗姉の部屋に寄って、二人の生存を確認。よし、釣りしよう。

 釣っていると、サギ。放り投げるとぱくり。問題なさそうだ。

 近寄って触ってみるが、くちばしはしっかり付いている。さすがにそのうち取れるとは思うが、今日明日のことではない。もうちょい試行錯誤するものかと思ったが強いな接着剤。

 まあ取れたらまた付ければいいだろう。

 

 おや、車の音。奈々華姉と父が帰ってきたな。出迎えよう。

 

「おかえり」

「ただいま霧ちゃん」

 

 ちゅっ。

 

 父は駐車だね。奈々華姉と手をつないで一緒に家へ。

 

「あら? 千紗ちゃんたちは?」

「まだ寝てるよ」

「まあ、珍しい。伊織くんはともかく千紗ちゃんまで」

 

 起こしに行こうと千紗姉の部屋へ向かう。奈々華姉がドアを開け――

 

 ドア枠を握り潰す奈々華姉。

 あなたも常人ではなかったのですね。

 

 修羅場が展開する。が、私は関係ないので見に徹する。

 

「助けて霧――」

 

 あとでドア枠直さなきゃなあ。

 伊織の体がみしみし鳴って、二人が結婚する流れになった。なんて自然な展開なんだ。

 

「子供は女の子がいいな。続柄(つづきがら)としてはいとこ姪になるのかな。まあ、妹でいいよね」

「おいおい霧火ちゃん、それはちょっと気が早いな」

「しないから! 結婚!」

 

 私はいとこ叔母な。

 早いほうが私は嬉しいんだけど、いろいろ楽しんでからのほうが本人の人生的にはいいと思う。子供ができちゃうとなあ。ダイビングとかもそう自由にはなあ。

 生まれたらアイドルにしようと思う。

 

 私がそう妹の人生設計について考えていると、足音がした。ああ、栞ちゃんだな。こちらへ登ってきて――

 

「何を言っているんですか兄様!」

 

 あ、かわいい。

 和服を着こなした女の子だ。幼気な雰囲気があって、妹って感じ。こんな妹がいたら人生勝ち組だよね。でも、伊織はまだ手を出していないらしい。どうしてだろう。不能なのかなあ?

 

「何を勝手に結婚なんて! しかも婿入りで! 栞は絶対許しませんよ!」

 

 伊織に詰め寄る栞ちゃん。決めたわ。私、栞ちゃんと結婚する。

 

「奈々華姉様、千紗姉様は本を床に放り出しておくような方ではありませんよね?」

 

 と、推理?を披露する栞ちゃん。なんやかや、疑わしい状況を挙げていく。

 

「つまりこれは、何かの誤解だと思われます!」

「……言われてみれば……」

 

 ――と、奈々華姉を納得させたところで。

 

「はじめまして、古手川霧火です。お手紙をいただいてから、お会いできるのを楽しみにしていました」

「これはご挨拶が遅れました。北原栞です。こちらこそ、素敵なお返事をいただいて、早くお会いしたいと思っていました」

「では、私たちは両思いですね」

「ふふ、そうですね。霧火さん、いつも不出来な兄がお世話になって――」

「不出来は余計だが」

 

 ははは。詰めが甘いな。私が裸であることに突っ込みがないとは。

 サプライズ好きな私のことを姉が説明するわけもないし、知っていたかのような反応は不自然だぞ? 私はつつきはしないけどね。

 一通りの挨拶を済ませ、なんやかやで店の方にみんな集合だ。いや、みんなと言うか信治竜次郎愛菜梓が加わった。耕平いないな。

 

「北原栞と申します。兄がいつもお世話になっております」

「いえっ、こちらこそっ」

「はじめまして」

「礼儀正しいな」

「いい子じゃないか」

 

 面々とも挨拶し、当然の好感触。礼儀正しさという金のかからない化粧はやんちゃさん以外に対し大きく効果を発揮し、印象をぐぐっと正に傾ける。私も見習ったり見習わなかったりしよう。

 伊織はそわそわ落ち着かない様子だ。職場に母親が来たような気分だろうか。もしくはお世話になっているいとこの家で先輩やサークルメンバーなども集まっているところに妹が来たような気分だろうか。

 

「それで何しに来たんだ?」

「兄様の様子を見に」

「俺の近況はこの前手紙に書いたじゃないか」

「はい、確かに」

「手紙?」

「なんて書いてあったの?」

「勉学に勤しみ……廉潔な毎日を送っていると」

 

 廉潔。私欲がなく、心が清く、行いが正しいこと。

 

「なので全て嘘だと確信してここに来ました」

「本当かもしれないだろ!?」

 

 ――完璧な判断だ。

 まあカメラで見てたんだけど。

 手土産とかの下りを終えて、次に栞ちゃんは伊織にも持ってきたものがあると言う。

 

「食い物か?」

「いえ、兄様が家に忘れていった物で――」

 

 しおりは いおりのさっきょくノート を とりだした。

 

「やめろオオオ!!!」

 

 伊織まっしぐら。ジャンピング確保する喜びよう。

 ……ちょっと興味あるなあ。

 

「伊織、見せて」

「いやだ! この黒歴史は闇に葬らねばならない!」

「そっかあ。……まあ、無理に奪い取りはしないよ。ただ――触らせて?」

「……んん?」

 

 私は伊織の抱えるノートに、そっと、優しく、指先を触れさせる。

 《物体転送(アポート・オブジェクト)》。

 そして、数歩離れ――

 

「さん、にい、いち……はいっ」

「!?」

 

 準備した魔法を起動させると、ノートは私の手の中に出現した。

 

「おおー」

 

 ぱちぱちぱち、と愛菜と栞ちゃんが手を叩く。まるでマジックでも見たかのような反応だ。

 

「……霧火ちゃん」

「なにかな」

「それは、とっても危険な代物なんだ。……こっちに渡してくれるね?」

 

 精一杯の笑顔を浮かべ、そう請う伊織。

 ……んー。

 

「やっ」

 

 私は子供らしく突っぱねました。

 

「そ、そうか……」

 

 私の例え銃を向けられようと揺るがない超合金の決意を感じ取ってか、伊織は失意体前屈の形を取り諦めてくれました。

 まあ無理矢理奪い取れるはずもなし。やっぱかわいいって得だ。後で読もう。

 

 伯父伯母の話になる。しっかり元気で、今度遊びに来ないかとの話。まあ近々伺わないといけないだろう。

 伊織の家は、旅館である。しかし、伊織はバカなので継げない。

 

「まあ俺も跡を継ぐ気はありませんけど」

 

 本人もその気はない。……となると。

 

「栞ちゃんも継げないし……それは困ったね」

「え?」

「ん? なんで栞が継げないんだ?」

「ああ。言ってなかったね」

 

 うっかり二人だけで話を済ませちゃってた。こういう事は家族とかに言っておかなきゃだよね。私もまだまだ子供ということか。

 

「だって、栞ちゃんは私と結婚するから」

 

 ちょっとだけ、時が止まった感じがした。新しい能力かと思ったけど、どうやら違うようだ。単純に想定外なんだろう。まあ、私もこうもうまく行くとは思ってなかったからな。

 

「……ん?」

「ほう、それはおめでとう。しかし、ずいぶん進んでいるな」

「おめでとう。すごいな、まだ手紙だけのやり取りだったんだろう? 会う前から決めたのか」

「ありがとう。かわいいって確信はあったから急いだよ」

 

 即祝福してくれる信治と竜次郎。まあ現行法上は結婚できないんだけど、国会議員を一通り洗脳して回るほど私はシステム上の正式な結婚に興味はない。だから事実婚ってやつだね。

 

「霧ちゃん? どう――」

 

 奈々華姉も説明を求めようと声をあげた時、

 

「ど、ど、ど……どういうことですか!?」

 

 誰よりも大きなリアクションを見せたのが、当の栞ちゃんである。

 

「どうって……お手紙でそう決めたでしょ? 照れちゃって」

「あのフランス語の手紙ですか!?」

「……あー、なあ霧火ちゃん。その手紙って、どんな内容だったんだ?」

「ふふ。それはね」

 

 そのまま言うのは照れくさいからダンテの新生を使って婉曲的に伝えたけど、栞ちゃん、どうか私の燃え盛る心臓を食べてください。まあそんな内容だ。それに対してのアンサーは霧火ちゃんはお料理が得意なんですよね。近々お伺いしたいと思っています。よろしければその時にぜひ。お会いできる日がとても楽しみです。

 ――つまり。私と一つになりましょう。はい。ということ。これもうSEXだよね。

 

「話したこともなかったから断られるだろうなって不安だったけど……想いって、通じるもんなんだねぇ」

 

 伊織ノートを抱きしめて、しみじみと。いやまさか、本当にオーケーが出るとは思わなかった。言ってみるもんだな。

 

「あ、あの……霧火さん?」

「うん?」

 

 なにか言いたげな栞ちゃん。なんだろう? 結婚式の話かな?

 しかし、そんな栞ちゃんの肩を伊織がぽんと叩く。そして俺に任せろ的な表情でバトンを受け取り、私の肩にぽんと片手を置き――

 

「おめでとう。よかったな! 霧火ちゃん!」

 

 空いてる手で親指を立て、祝ってくれた。ありがとう。

 

 ……おや、栞ちゃんの口から魂が出ているぞ。ダメダメ、君は私のお嫁さんなんだから。百年や二百年じゃ死なせないよ。

 

「……な、奈々華姉様」

 

 栞ちゃんは奈々華姉に振る。これはあれだな。妹さんを私にくださいってやつだな。まあ奈々華姉が否と言うはずもないが、自分のパートナーとなる人が結婚のために前向きに行動してくれてる姿って嬉しいよね。

 

「ふふ。栞ちゃんが来てくれたらもっと賑やかになるわね」

「姉さん……」

「奈々華さん、もう受け入れてるんですね……」

 

 む、愛菜は女同士とかにあまり理解がない感じかな。

 愛に性別は関係ないと思うがねぇ。

 

「こんにち……ん? あなたは……」

 

 おや、耕平。

 

「あ、ふぁい……あっ、これは失礼をいたしまして。……わたくし、北原伊織の妹の、栞と申します」

「……はじめまして。今村耕平と申します」

 

 お、冷静だ。

 

「あと、私と結婚することになったから」

「……は? 誰とですか?」

「栞ちゃんと」

「で、ですからそれは……」

 

 耕平は顎に手を当て、体をぐねぐね捻りながら考える。その角度がよく倒れないものだと感心するほどになったころ、答えが出たようだ。

 

「霧火さんと、栞ちゃんがですか?」

「うん」

「結婚を?」

「うん」

 

 耕平はうんうんと頷いて、ものすごい体のばねを発揮させ体をもとに戻す。

 

「……霧火さんになら、栞ちゃんを任せられます」

「お前のじゃないからな」

 

 こうして、私の結婚は無事みんなに祝福されたのだった。

 

 

 

 

 

 ――こんなはずでは! 北原栞は途方に暮れていた。

 どうしてこうなったのか、まるでわからない。手紙を送りあっただけなのに、気がつけば女の子と結婚することになっていた。しかも裸の。

 盗撮によって、裸であること自体はわかっていた。最初は飲んで脱ぐ大人の悪いノリに流されているのかと思っていたが、観察するうちすぐにそうでないことに気づいた。だいたい常に裸なのだ、この幼女は!

 だが、たぶんデリケートな部分なのでどう処理すればよいか考えつかないまま兄(というより自分)のピンチに飛んで来てしまい、結局どうにも訊くに訊けないまま。

 手紙の内容も。どうにかアプリで解読したが、フランス語とイタリア語が混ざってしかも筆記体とあっては完璧にとはいかない。

 更に、丁度カメラの前で書いていたため、本人の自筆であることは確実である。何も見ずに、幼女が、フランス語とイタリア語を。

 そしてダンテの詩とかいうトラップ。四重五重に意味がわからなかった。

 自分の身に唐突に降り掛かった理不尽にめまいを感じる栞。咄嗟に近くに居た兄を薬で落とし、それを理由に部屋に避難したが――

 ……特に、今後の展望は無かった。

 婚約破棄とは、どうすれば良いのか? 知らぬうちにオーケーしたことになっていたそれを無かったことにする方法が、栞ちゃんにはどうにも思いつかなかった。

 

 ……理不尽すぎる!

 

 

 

 

 

「《完全修理(メイク・ホウル)》」

 

 奈々華姉が握り潰したドア枠(と壁)を直す。この魔法は《修理(メンディング)》と同様の物体を修復する魔法だが、直す度合いが異なる。派手に壊れてる時はこっちな。

 潰れたドア枠が膨らみ、床に落ちた破片が吸い込まれ、直っていく。この魔法はこのようにまず元の部品を使おうとし、無い場合は付近から修理に使える素材を探し、それも無い場合はうまいこと誤魔化してくれる。よーく見るとその部分がへこんでたりとかする感じ。

 めっっっちゃくちゃ便利な魔法だ。

 

「霧火」

「ん?」

 

 千紗姉。

 

「直してくれてたんだ」

「うん」

 

 ドアがちゃんと閉まることを確認して、完了。

 

「ねえ、霧火」

「なあに?」

「本当に、するつもりなの? その……結婚」

「ああ」

 

 その話か。

 ……まあ、突っ込むよね。

 

「まあちょっと強引だったよね」

「わかってたんだ」

「そりゃそうだよ」

 

 いくらなんでも、ダンテの新生なんてマイナーなのを根拠に婚約の成立の主張、本気ではしない。

 

「受け入れてくれたら嬉しいけど、そうはならない。そううまくは行かないよ。だから、ちょっとからかってるだけ」

「好きなの? 会ったことなかったのに」

「ちょっと好き」

「ちょっと……」

「ちょっとの好きに一生をベットしたって良いじゃない。賭けるならマキシマムベット。そうしないと、逃した時に後悔するでしょ。張りが足りなかったのかもしれない、って」

「……そっか」

 

 栞ちゃんさえ良いなら、添い遂げることに迷いは無い。新婚旅行は月に行こう。

 だが、本当にイヤなら追わない。断られたら、冗談だよと笑えばよい。

 

「霧火がそれで良いなら良いけど……」

「んー? なんかある?」

「霧火、けっこう本気で好きだよね、栞ちゃんのこと」

「……。」

 

 うん、……まあ。

 ……ちょっとだった。ちょっとだけ好きだったんだけど……もうだいぶ膨らんでいる。

 いやあ、伝えてから強くなるものなんだね。好きって気持ち。

 

「おうぐお……」

「あー……」

 

 ちょっとだった好きはもうだいぶ膨らんでいるが、まだ愛と理性が勝っている。自分のものにしたい欲より、本人の意思を尊重したい。

 ただ、既に失恋がダメージになり得るサイズだぞ。

 相手を傷つけたくないがために、積極的なアプローチもしかねる。ほんの少しでも、はっきりと拒否を見せたら受け入れる……そんなスタンスを崩したくはない。

 情動的な人ならば、ガンガン行ったことだろう。同性だとか、年の差だとか、そんなこと関係なしに。しっかり愛を伝えて、悔いなく――マキシマムベットで。

 

「おおおおお……」

 

 だが。だが。

 動きかねるのだ、私は。

 私がそうしたいと願ってしまえば、人の心など、本当に、……本当に。

 私はやろうと思えば世界を、人類社会を壊せる。とても簡単にだ。だから、どうしても慎重になってしまう。

 

 ……だって、そんなことしたらクッソつまらないじゃないか。

 欲しい物を手に入れて、壊したいものを壊して、そこに苦労もなく。

 なんでも好きにできるなら、その先に何を求めれば良い。

 私の力は、容易く私にとっての地獄を作れる。

 

 そんな力の重みが私を積極的にさせない。無意識部分に食い込んで、ストッパーとなっている。

 過剰な力は、時として自由に生きる邪魔になるんだ。私にこの力を与えたであろう何かは、私のこの苦しみを求めていたのだろうか。

 

 自重に潰されそうな私を見かねてか、千紗姉がぎゅっとしてくれる。このへんのこと考えるととても体が冷えるのでありがたい。

 

「……ほんとは、けっこう好き」

「けっこう?」

「すごく好き。キュート」

 

 髪型、頭骨の形、薄い胸、全部好き。お口ちゅっちゅしたい。

 でも……。

 

 彼女が私を愛してくれる気がしない。

 

「う、ううお……」

 

 全身の力がドレインされてゆくようだ。これが絶望。

 彼女が私に笑いかけてくれたら。そう思うだけで幸せで満たされるのに、おそらくそうはならないという現実。

 ナメてたわ、恋……! ミスったわ、初動……!

 

「だ、大丈夫。今からでもちゃんとアプローチしていこう」

「でも……」

「霧火だってかわいいんだから。きっと――」

「でも異性愛者だよあのこ……」

「あっ……」

 

 百合漫画とかにありがちな、ノンケの壁。

 BL世界観だとあっさり男同士で連結しちゃうけど(偏見)、現実の世界ではそうもいかない。

 幸い、男にとってのゲイほど、女にとってのレズは抵抗が薄い。はず。感覚上そうだし、検証まではしてないがそーいうデータも見た覚えがある。

 むしろ完全なノンケ女性は少ないのだとか。だからまるっきりのノーチャンスとは思わないが……それでも、まるで山のないところにトンネルを作る思いだ。

 

 海底トンネルとかそんな話ではなく。

 

「その、ほら。私が好きなタイプとか訊いてくるから」

「うう…………お願い」

 

 

 

 そんなわけで。

 

「栞ちゃん、今良いかな?」

「千紗姉様? はい、大丈夫ですよ」

 

 伊織の眠る離れへ、栞ちゃんに会いに来た私と千紗姉。私は照れ屋なので不可視化している。

 

「その……栞ちゃんの好きなタイプとかどうかなって!」

「私の、好きなタイプですか?」

 

 下手か。

 

「そうですね……」

 

 栞ちゃんは少し考えた後、ふと何かを閃いた表情をし、問いに答えた。

 

「力強くって」

 

 私のことか。

 

「学力もあって」

 

 私のことだな。

 

「あとはなんと言っても財力です!」

 

 私のことじゃあないか!

 

「そう! よかった!」

「はい……?」

 

 我がことのように喜び、軽く挨拶をしその場を離れる千紗姉。私も魔法を解きます。

 

「あ、霧火。聞いてたよね?」

「うん。……これは、いけるかもしれない……!」

 

 さっそく準備をすることにした。

 

 

 

「おはよー、栞ちゃん、伊織」

「おはようございます、霧火さん」

「おはよう霧火ちゃん。なんか眠そうだな」

「ちょっとねー。って、なんでこんな朝早くに伊織が?」

「おいおい、俺だってたまには早起きすることくらい」

「今まであったっけ?」

「今朝は栞に起こされてさ」

「だろうねー」

 

 疑問を解消して、さて栞ちゃんだ。栞ちゃんは伊織の隣りに座っている。かわいい。

 とりあえず距離を詰めます。

 

「な、なんでしょうか?」

「んふふー……」

 

 近づいて……えいっ!

 

「わっ!?」

 

 ぎゅっとする。

 

「……へへー」

 

 三つ数えて離れ、手を振って部屋へ戻ります。

 私なりの駆け引きだ。

 

 水槽の世話をしたり、なんやかやして下りていくと和食が並んでいた。

 

「おお、霧火ちゃん。へえ、そういう服も持ってるんだ。……うん、やっぱりなんでも似合うな」

「へへへー。そーでしょ?」

 

 着ました。短パンとかネクタイとか、そういうボーイッシュファッション。

 んで! 伊達メガネ!

 

「どー? どー? 栞ちゃん!」

「まあ……! とってもかわいいですよ!」

「ふふっ。ありがとう!」

 

 好きな人に容姿を褒められると女の子はもっとかわいくなります。だから栞ちゃんのことも褒めたいけど、服装を変えた時や初対面の時などの特定タイミングでの任意発動効果なので今無理に褒めることはできない。この状況を専門用語で"タイミングを逃す"と言う。

 

「今日のご飯は栞ちゃんが作ってくれたの?」

「はい。奈々華姉と一緒に作りました」

「へえ、やっぱり料理上手なんだね」

「ふふ、ありがとうございます」

「ん? 霧火ちゃんだって料理凄いじゃないか」

「霧火さんも料理をなさるんですね」

「うん。でも私の場合はなー……。上手い下手じゃなくて素材側が本気を出してくれるから」

 

 栞ちゃんは首を傾げている。

 

「そうだなー。じゃあ、このお茶……」

「あ、いつもうちで淹れているものです。兄様に故郷の味をと思いまして、持ってきました」

「茶の味なんて覚えてないけどなあ」

「まだ茶葉はあるよね?」

「はい」

「あとで私が淹れてみよう。それでわかるよ」

 

 そんなわけで朝食。和食だ。和食は私も作るが、なんと言うかプロっぽさがあるな。塩焼きにした魚のしっぽがこう、反り返っているとことか。

 別に味に直結はしないが、こういうそれっぽさで旅行感を演出してくれると一割増しでおいしくなるものだ。

 

「うん、良い味噌。この沢庵も自家製だよね?」

「はいっ」

「昆布の香りがする。この感じ、大根も鮮度が良いんだろうね。買ってきた干し大根じゃこうはならないよ」

「そう! そうなんです! いっぱい干して、一気に漬けるんです。これが大変で……」

「うんうん。ちなみに塩は?」

「赤穂の天塩ですよ」

「やっぱ天日塩だよね。赤穂の天塩ならにがりも入ってるし、やっぱ漬け物向けなのかな」

「ええ。いろいろ試しましたが、やはりしっかりむらなく浸かりますし、風味も違います。漬け物はこれで間違いないと思いますよ」

「こだわりの味だね」

 

 研究してるなあ。私もカレーとか魚の熟成とかちょっと頑張ってるけど、ガチ勢ではない。あ、でもコーヒーはちょっとこだわりかな。

 

 恋人の手作り料理を楽しんでいると、彼女はなにやら伊織に持ってきた物がもう一つあるそう。表紙がよく見えるよう掲げられたそれは――

 

 『巨乳大全 OLの誘惑』という雑誌であった。

 

「サンキュ」

 

 伊織はそれを受け取り、食卓に置く。

 

「ずいぶん健全なの持ってたんだね」

「まあ、高校時代のだからな。霧火ちゃんも読むか?」

「いや、私には刺さらないかな。伊織は巨乳が好き?」

「もちろんだ。巨乳が嫌いな男などいない」

「そんなもんかなあ」

「なんだ、霧火ちゃんは小さい方が好きなのか?」

「大きかろうが小さかろうが、好きな人の胸が一番美しいんじゃないかな」

「……まあ、否定はしない」

 

 男子高生議論。私は良いが、女子小学生に振るかねそれ。

 しかし、夜のおかずの心配までしてくれるとは甲斐甲斐しい妹だ。……なわけないよね。ああ、そうだ。なんか理由があってブラコンを演じて……旅館か。継ぎたくないんだったか。だからここにいづらくしようと。

 可愛らしいことだが……んー、そうだったな。その問題があった。

 

 ……あちらのお母様を若返らせて次のを産んでもらうんじゃダメかね?

 いや、それで良いな。よし解決。

 

「おはようございます」

 

 あ、耕平だ。

 

「おはよう耕平君」

「おはよう」

「おはようございます、今村先輩」

「んんっ……」

「どうかなさいましたか?」

「……俺のことは、耕平おにいちゃんで構わないよ」

「は、はあ。ええと……耕平、おに……少し恥ずかしいです。耕平兄様――でよろしいでしょうか?」

「あ、おお……!」

 

 仰け反り、ふらふらと後退する耕平。……そのまま膝を突き、白くなった。

 

「……寿命、ってやつか」

「ああ。長いこと頑張ったんだ……ちょっとは休ませてやろうぜ」

「あ、あの。大丈夫なんですか?」

「死んでない死んでない」

 

 今村耕平 ~完~

 

「長らくご愛読ありがとうございました」

「打ち切りか。まあ妥当だな」

 

 なお、栞ちゃんの手料理を差し出したら生き返りました。

 

 さて。

 

「お茶を淹れたよ」

 

 こだわりの急須で。

 

「わあ、可愛い急須ですね」

「うん。金属の茶こしじゃなくて、小さい穴が空いてるやつ」

「へえ! 今あまり作られてないんですよね」

「そうそう。これ焼いた窯ももう無いみたいで」

 

 きゃぴきゃぴ。

 急須は小さいので、人数分の小さい湯呑にちょっとずつ注ぎます。

 

「はいどうぞ」

「ありがとうございます。では……」

「北原」

「なんだ?」

「さっきもお茶はあったようだが、食後もお茶か?」

「こっちは霧火ちゃんが淹れたんだよ」

「ああ」

 

 栞ちゃんが一口ごくり。――その表情が、変わる。

 続いて伊織や耕平も。

 

「おお……」

「っく、なんですかこれは……滋味、というんでしょうか……?」

 

 茶葉が花開き、持てる全てを出している。体に栄養が染み渡るような感じがある。

 これ自体は常人にもあり得ることだが、おそらくコンスタントにできるものではない。

 だが。能力を自覚したためかどうか、なんらかのレベルが上がったのかどうか、私にはできるようになってしまった。

 毎回だっておいしいお茶を淹れることが。

 

「ね? なんかこうなるんだよ」

「……これは、すごいですね。どうすればこのような味を?」

「技術じゃないんだ。なんかおいしくなる」

「なにか理由はあるのでは? 温度とか、水とか」

「浄水器を通した水道水を沸騰させて淹れた」

「ううん……うちでもこの味を出せればと思ったのですが」

「評判になるだろうねぇ」

 

 うまいお茶やコーヒーには、宿泊費を払って旅行に行くだけの価値がある。なので可能なのであれば、そういう客も得られるだろう。

 惜しい話だ。

 

「……ふわぅ」

 

 あくび。

 

「霧火さん、今日は眠そうですね。いつも元気なのに」

「あら、夜ふかしは美容の敵ですよ」

「んー……」

「まあ、霧ちゃんが夜ふかしなんて珍しいわね。いつも早寝早起きなのに」

「うん。……ちょっとFXやってたら熱中しちゃってね」

「ああ、そういややってるんだっけ」

「勝ったんですか?」

「もち」

 

 横ピースを見せる。

 

「今までは普段ちょっと遊べれば、くらいの気持ちでやってたけど……目的ができるとやっぱ違うね」

「目的……ですか?」

「ほら、結婚の準備あるからさ」

「ああ、なるほど」

「結婚ってなにかと金がかかるもんな」

 

 派手な結婚式を挙げたり、巨大な新居を建てたり。まあそのへんは栞ちゃんの気持ち次第で実際にはささやかな式や小さな家とかになるかもだけど、とりあえず可能なだけの金は用意しておこうと思ったのだ。

 

「あ、あの……そのことなんですが」

「ああ、栞ちゃんはいくらくらい貯まったら結婚すれば良いと思う?」

「えっ? …………そう、ですね」

 

 栞ちゃんは少し考えた様子のあと、言う。

 

「いち……いえ、十億円ほどあれば安心ですねっ」

「なるほどー」

 

 なるほど。なるほどなあ。

 

「……うん。――そっか。私、頑張るね」

 

 駆け引きのため、まるでそれが難題であるかのように、愛のために遠い頂に挑むような顔で応えた。

 まったく、十兆円とか言われたらどうしようかと思ったぜ。

 

 なにやら罪悪感を感じているような顔の栞ちゃんもとても可愛い。

 

「そう言えば栞ちゃん。今日は何か予定とかあるの?」

「いえ、特には」

「じゃあ! ダイビングやってみない? 初めてだから体験だけど」

「ええと……いえ、私は」

「海の中、怖い?」

「いえ、水着の用意もしていませんし……」

 

 栞ちゃんは特に恐がっている様子でもないが、千紗姉の誘いを断る。千紗姉も奈々華姉も、私の予備がと勧めるがその気にならない。

 ははあん。さては火属性だな?

 じゃなくて、遊び方を知らないな? 仕方ないなあ。

 ……めっちゃくちゃ楽しませてやろう!

 

 計画を立てていると、栞ちゃんは断る口実を見つけたらしい。それを口にしようとし――

 

「ああ、そうか。サイズが合わな――」

 

 伊織が無遠慮に栞ちゃんの胸に指を伸ばす。その指を私はそっと手のひらで受け止める。

 ギャグ漫画世界観なので指をぐにっとやるくらいは許されるかもしれないが、野蛮なのは良くない。

 

「私のだから、ね?」

「あ、すまん。そうだった」

 

 伊織は素直に引き下がる。兄が妹をどう扱おうが自由だが、それは私が居ないうちだけだ。交代だ、伊織。

 

「栞ちゃん」

 

 向き直って、私から伝えます。

 

「絶対に楽しいって約束するから、ね? 一緒に、遊ぼう?」

 

 そっと手を取り、目を合わせる。

 じーっと、目で伝える。ただ栞ちゃんに楽しんでもらいたいという、それだけの想いを。

 

「……でも、私はアウトドアなことはあまり……」

「無理にとは言わないけど、若いうちにするいろんな経験は、その後の人生を彩ってくれる。なのに機会があるのにそれに飛び込まないのは、とても損なことだと私は思うな」

 

 あの頃もっといろいろやっていれば。あの頃もっと勉強していれば。

 あの時あの誘いに乗っていれば。

 私にも、そういう思いがうっすらぼんやりだが、あったような気がする。

 それは後悔とは少し違う。自分でした選択を悔いる必要はない。ただ、そうしていれば今の人生はもっと楽しかったのかな、と。

 思わんでもないわけだ。きっと、誰しも。

 

 ……まだ迷っているよう。なので、そっと手を口元へ。ないしょばなしの手で、こちらへお耳をくださいなのポーズ。すると栞ちゃんがかわいいお耳を貸してくれたので――

 

「……いるよ、イルカ」

「!?」

 

 そっとささやく。

 健全な感性を持っている限り、およそ抗い得ない魔法の言葉を。

 栞ちゃんは半信半疑のようだが、捨てきれぬ期待に想像を膨らませてか頬を染めている。

 そうしてチラチラとこちらを見て、それが真実であるかを伺う。

 私は気負いの無い笑顔でその視線を受け止める。そうして待っていると――

 

「よ、よろしく……おねがいします」

 

 こうして栞ちゃんは陥落した。

 

 

 

 八号には感謝してもし足りない。

 

「キューイキューイ!」

「ピーチュピーチュ!」

「ギィィィ、ギュイイイ」

 

 まあちょっとうるさいが。

 ……なんか今日多いなあ。

 

 ま、いいや。いいだろ、多いぶんには。

 

 《動物会話(スピーク・ウィズ・アニマルズ)》。まずこれで動物との会話を可能とする。八号には必要ないが、他の個体はお初なので挨拶をせねばならない。

 《伝言(メッセージ)》。指で三匹をさし、魔法の効果に紐付ける。

 

『はーい。よろしゅー』

『ういー』

『おー?』

『やー』

『ほんとにしゃべれるー』

『すごい』

『すごい』

 

 やっぱ八号が友達呼んでくれたのか。ちょっとだけ話通ってる感じだ。

 

『私は霧火』

『ぼくはねー、キュイイイ』

『キュップイ』

『それはわかんないから、アースラと式神』

『ほー』

『へん』

 

 意味はない。

 

 この魔法は双方向に作用する、声を送り合う形式だ。意味ではなく音を。

 これに魔法の翻訳を組み合わせることで、きゅいきゅいボイスでのやり取り可能としている。つまり――うるさい。

 イルカとおしゃべりなんてメルヒェンでけっこうなことだが、実際高音すぎて頭が痛くなってくるのでさっさと要件だけ伝える。

 

『あっちに私の友達がいるんだけど、遊んであげてくれないかな?』

『ええよー』

『うん』

『しかたないなー』

『ありがとう』

 

 イルカは会話をするので魔法を使えば話せるが、語彙とかは少ないのでなるべく平易な言葉を選び話すのがコツ。

 ちゃんと通じさえすれば、こうして素直で優しい。

 周囲をくるくる回られながら、千紗姉と共に八号に掴まり栞ちゃんのもとへ向かう。まだ埠頭のあたりで軽く練習している頃だろう。

 

 ――見つけた。思った通り、練習中。

 この、今呼吸のしかたを覚えたばかりの初心者にイルカをぶつける。まさに外道!

 本当ならもっともったいぶるべきなんだけど、いるって言っちゃったからなあ。提示したエサをもったいぶられるのは不快なものだ。

 

 いけ! フィンファンネル!

 栞ちゃんに向けて伸ばした指を理解したのかどうか、八号が奈々華姉たちを理解しているためかどうか、三匹は過たず栞ちゃんに向かって泳いでいく。私と千紗姉は八号から離れ、それを見守る。私は浮かないよう、千紗姉に掴まります。

 三匹のイルカが自分に向かってくるって、けっこう怖い気がするが……まあ、大丈夫だろう。カワイイはカワイイし。

 

 ……たまに人間を襲うこともあるけど。

 

 イルカたちは栞ちゃんをからかうようにギリギリで散開し、あたりを旋回する。

 ……ぶくぶく泡吹いて困ってる。やっぱ多いよなあ。

 

『お前らー、三匹は多いよ』

『おー』

『楽しそうなのに』

『遊びたい』

 

 むー。……おっ?

 

『アースラ、式神、あっちの二人に突撃!』

『おー!』

『あいつか!』

 

 愛菜と耕平がいてよかった。来てたんだね愛菜。

 栞ちゃんの相手は経験豊富な八号に任せる。普通の野生のイルカは大人が普通に手を伸ばすと避けるので遊ぼうたって一緒に泳ぐくらいしかできないが、既に人間に慣れた八号は違う。まああっちのもなんかテンション高いしいけそうだけど。

 ええとあちらはどうかな? 見ると、耕平が体当たりされて水面へ飛んでゆくところだ。一方愛菜はくるくる回られて嬉しそう。

 まあ男だけひどい目に、ってのは古典的なギャグとしてわからなくはないけど、理不尽な暴力は好きじゃない派だな私は。千紗姉のカラーボックスアタックも漫画ではそれまでにいろいろあっても構ってあげる優しさとかで中和されてたけどリアルで見るとちょい引いたわ。ギャグ補正のあるこの世界ではオッケーなのかもしらんが。世界観ギャップ。

 ……ま、あのイルカどいつもオスだし、仕方ないか。

 イルカには人間の男女の違いがわかるそうだが……しかしスーツの上からよくわかるなあ。

 

 なお、ハンドウイルカのオスメスはお腹のミゾの数ですぐわかる。一本がオスだ。

 個体の識別も、野生のイルカはけっこう傷があるのでわかりやすい。八号は背びれの横に白いすじがあるぞ。

 私は今回裸じゃないけど、八号は私のことがわかったみたいだ。やっぱ頭いいんだな。

 

 今日の装備はフリルのついた清楚な水色水着。かわいいぞ! 栞ちゃんに見てもらいたい。

 が、まあ後だ。今はイルカを楽しんでもらおう。

 

 三十分ほどでエアが切れて浮上する栞ちゃんたち。追いかけたいところだけど、私はイルカたちに挨拶する。

 そのへんからアワビを引っ剥がしてささやかなお礼とする。採取していいサイズか怪しいが、まあいいだろう。人が食うわけじゃないし。

 

『ありがとねー』

『おー』

『いいよー』

『ええよーええよー』

 

 なんか関西っぽいのがいるけど、この魔法ってそういうの反映するんだろうか。西から来たの?

 

 

 

 ――!?

 イルカとも別れ、帰ろうとした時。海底に変なものが見えた。確認してみると――それは巨大なエビだった。

 千紗姉と身振り手振りで興奮を伝え合う。イセエビより遥かに巨大なそれは……間違いない。ニシキエビだ!

 

 ニシキエビ。でっかいイセエビ。見ての通り食べごたえはあるが、味はちょい落ちるらしい。

 

 ……ど、どうする。イセエビはもう禁漁期間に入っちゃったけど、たぶん別枠だろう。別に食べたくはないけど……これは見せたい! 栞ちゃんに!

 だってかなりのレアもの。ちょくちょく潜る私でも初めてだ! こんなところに!

 ……とりあえず、掴まって乗ってみる。……おお。まあ水の中だし当然と言えば当然だが、歩いてくれる。これおもろい。

 飽きた。なんとか引き上げた。埠頭から陸へ持っていくと――

 

 びったんびったんびったんびったん!

 尻尾をめっちゃくちゃ力強く動かすニシキエビ。こいつのお腹に回していた腕になかなかの攻撃が何ヒットもする。

 私だから大丈夫だったけど、普通の子供の腕なら折れていたことだろう。食われるだけのイメージしか無いエビだが、意外にも親戚のシャコに負けないパワーを持っていたようだ。

 

「だ、大丈夫!?」

「へーきへーき。びっくりしたけど」

 

 持ち方を変えてと。さて、店だ。

 

「ただいまー」

「ああ、おかえり霧火ちゃん。遅かっ……うおっ!」

「なっ、なにそれ!?」

「エビですか!?」

「あらまあ」

 

 とりあえず、床にリリース。

 

「ニシキエビ。珍しいから栞ちゃんに見てもらおうと思って」

「栞なら着替えてるぞ。しかし、でっかいな……」

「イセエビの仲間。イセエビほどではないけどおいしいし食いでもあるから食用にされ、迫力あるから観賞用に飼われたりする。生息域的にはこのへんにいるのはおかしくないんだけど、初めて見たよ」

「こんなのもいるのか……」

「ほう、珍しいな」

「陸で見てもでかいな」

 

 それにしても大きい。例えるならこのサイズは……とても、大きな、ニシキエビ?

 ――そのくらいのサイズだ。

 踊りながら待っているとなんか熱が入ってきた。よっしゃ! ミュージックスタート!

 

「では一曲、恋の抑止力!」

 

 そんなわけで、寝かせていた曲を開放することにした。

 

「恋の抑止力!」*1

 

 この曲は、METAL GEAR SOLID PEACE WALKERの水樹奈々戦で流れる曲である。

 良い曲なので本人に返そうと準備をしていたのだけれど……抑止力? ゲームをやっていないと意味がわからない。いや、やっていてもわからない。こっちの世界MGSもないし、どうしたもんかなあと宙に浮いていた曲だ。

 ――しかし、こうして歌ってみると……馴染む。馴染むぞ! 私の心情にピッタリじゃないか!

 恋を抑止するほどの力。まさに私の能力のことだ。まあ既に恋心のウキウキが勝ってるからそんな気にはしてないんだけど、私のためにあるようじゃないか?

 

 そんなの私以外には理解できるはずもないが。

 

「なっ、なんですか!? エビですかそれ!?」

 

 あ、戻ってきた。

 

「恋の抑止力」

 

 歌い終える。

 

「ふー。……そいつはニシキエビ。あんまり見かけないから栞ちゃんに見てもらいたくって連れてきたんだ」

「そっ、それはありがとうございます」

「まああんまかわいくはないけどさ。私は、いろんなものを知るのが好き。だから栞ちゃんにもいろんなものを知ってほしいんだ。ダイビングとかさ。それで、どうだったかな? 初めてのダイビングは」

「……それは……ええ。本当に、すごかったです。まさかイルカと遊べるなんて……思いもしませんでした」

「でしょー」

 

 私も思わなかった。

 いやほんと、話せるとはいえ、遊んでくれるようにまでなるとは。

 なにせイルカは、距離感がよくわからない生き物だ。

 サメとかから人間を助けてくれる時もあれば、人間を襲うこともあり、ひっかかった糸を取ってくれとダイバーに近づく一方で、手を伸ばせばそのぶん離れてゆく。

 ……人間もそんなもんかな。

 

「海の中だけでも、栞ちゃんに見せたいものがいっぱいあるんだ。今日はイルカの準備で忙しかったけど、今度来る時は一緒にウミガメを見ようよ」

「もしかしてとは思ってましたが……やっぱり、霧火ちゃんが呼んでくれたんですか」

「友達だからね」

「そうですか……」

 

 栞ちゃんは、少し間を置いて。

 

「霧火さんって、すごいんですね」

 

 私にそう、笑いかけてくれた。

 

 これが、初めて私が自分の能力に感謝をした瞬間だった。

 

 

 

 ニシキエビを海に帰して、栞ちゃん歓迎の宴会。秘蔵の森伊蔵を振る舞おうかと思ったが、ひょっとしたら栞ちゃんはまだ未成年かもしれない。そしてひょっとしたら未成年はお酒を飲んではいけない法律があるかもしれない。なので念の為やめにしといた。

 ノンアルコールで楽しんで、夜は私のホタテカレー。かっこよくシェフっぽい服で振る舞って、うまみの暴力で栞ちゃんの口の中を制圧した。

 そうして。次の日、栞ちゃんは帰っていった。

 

「よかったの? 霧火」

「いいんだよ。今はこれで」

 

 奈々華姉に駅まで送られる栞ちゃんを見送って、車の姿が消えて他のみんなが店の中に戻ってもなんとなく見続けていると、私が結局積極的なアプローチをしなかったことを気にしてか千紗姉が声をかけてきた。言いたいことはわかる。だが、今は押さん。私はそう決めたのだ。

 

「……さて。ちょっと出かけてくるよ」

「学校?」

「いや――」

 

 今までの私には、目標がなかった。

 好き放題生きるだけの力を持って、そうそう命の危険があるわけでもない国の、最高の家庭に生まれたのだ。生まれた時点でゲームクリア。あとどうすれば?

 せっかくだからと力を使ったあれこれを想像はした。例えば、タネなしマジシャン。もしくは超能力者。飛行魔法や透視魔法だけでも一斉を風靡できるだろう。《可食化(オールフード)》で剣を食べたりとかも面白いな! だが、私はそんなに有名になりたいタイプの人でもなかった。

 宗教家なんてどうだろう? 困っている信者のみなさんを魔法で助けるわけだ。あらゆる病や怪我を治し、叶わぬ願いを叶える教祖。歴史に名を残すことだろう。だが、私は人助けもしたくはない。

 最近では料理人のルートも見つかった。私はやろうと思えば世界最高峰の料理人にもなれる。たぶん大した料理研究とかも必要なく。ああ、まったくピンと来ない。

 

 人には、不満が必要だ。満たされないからこそそのために頑張ろうと思う。

 力がないから鍛え、危険があるから備え、多かれ少なかれ家族に思うところがあるからこそ自立しようとする。こんな家出てってやるよ! ってやつ。

 でも、学力さえ見せれば小学校行かないという選択を認めてくれるような家族に、どうすれば不満を抱ける。

 

 私は幸せだ。世界一と胸を張って言えるほど。だが……私は"もっと幸せ"を知った。

 恋とか愛とか、そういうものを知った。そのために頑張ろうと思えた。だから――

 

「今日からジムに通う」

 

 手始めに、力。私はそれを得ようと思った。

*1
この曲はインタラクティブ配信が許可されていないため歌詞使用なし。




手紙は栞ちゃんをからかうくらいのつもりだったが気づけば主人公が栞ちゃんに惚れていた。
そして慎みを覚えたのか服を着やがった。

この話を書いている時に耕平が死んだ。

https://twitter.com/grandblue_movie/status/1282600657116168193
>史上最も服を着ていない主人公
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