目の前には一人の少女が立っている。薄れゆく意識の中で、彼は少女の存在を確かめるのに躍起だった。
やがて少女は近づく。一歩ずつ着実に。端正な顔が彼を目がけてみるみる迫る。
直後、少年のくちびるは柔らかな感触に包まれる。淡い儚い暖かさ。瞬間、少年は己の奥底に眠る本当の感情に気が付くのだった。
ユウイは基本やる気がない。
夢という夢も、目標という目標もなく、他の子がそうしているからという理由で、ただなんとなく旅を続けている。
「めんどくさい」「あとでやる」「別にいいか」は彼が最も得意とする口癖だ。良くも悪くも今時の少年といった感じである。
加えてユウイは俯瞰者だ。何事においても物事を達観する癖がある。なので、基本何事にも動じない性格なのだが、今日このときばかりはさすがの彼も目を見張るしかなかった。
なにしろ、自分は人間だ、と主張するポケモンが目の前に現れたのだから――――
「こいつは、オレをポケモン扱いするな、オレは人間だ、って言ってるニャ」
「人間だって?本気なのか?どっからどう見てもピカチュウじゃないか……」
ユウイが手を差し出すと、ピカチュウはその手を尻尾で払い除けた。
彼が困惑するのも無理はない。なにせ、目の前のポケモンはどっからどう見ても外見はピカチュウそのものなのだ。むしろ、ユウイの目には人間の言葉をしゃべっているニャースの方がよっぽど人間らしく見えるというものだ。
旅の街で路上のポケモンバトルを観戦中のことだった。視界の隅に、黄色と黒の模様をしたポケモンが誰かに追われている姿が目に入った。
気になって後を付けてみると、狭い路地裏の曲がり角で前から走ってきたピカチュウと正面衝突。おまけにピカチュウの後ろを追ってきたニャースも転び、あたりは大参事となってしまった。
その後、ニャースはピカチュウを見て「どこですれ違ったニャ!」などと変なことを言ってはいたが……
そんなこんなで、この場にはユウイとニャース、そして問題のピカチュウが顔を合わせる格好となっている。
「変なことを言うピカチュウだなぁ。トレーナーとぐれたのか?」
「ピッカ!ピカピッカ!」
「オレは誰のものでもない。ずっと一人で旅をしてきたって言ってるニャ!」
「野生のポケモンってこと?」
「ピッカ!!」
「そうじゃないって言ってるニャ!」
このままでは埒が明かない。ユウイはそう判断するが、直後にピカチュウは耳をピクリとさせて周囲を警戒し始めた。
「…ピカチュウ?どうしたんだ?」
「ピピカピピッカ!」
「おめぇそれは本当かニャ!?言っておくがニャーが追ってたピカチュウはおめぇとは違うピカチュウだニャ!」
「…ニャース?」
「オレは悪い奴らに狙われている。できることなら匿ってくれってこいつは言ってるニャ!」
悪い奴らって何だ? ユウイは当然の感想を抱くが、その間もピカチュウの警戒心は収まらない。
見兼ねたユウイは一つの提案をしてみることにする。これも何かの縁。一期一会というやつだ、と自分自身に言い聞かせて。
「もしおまえさえ良ければ、ぼくのモンスターボールに入って一緒に旅でもしてみないか?」
「…ピカ?」
ピカチュウは不穏な瞳を向ける。ユウイのことを信じていいものか、見定めるような目だった。
「……ピカピカ?」
「ニャース?」
「飯は付くんだろうな?だとニャ」
ちゃっかりした奴だ。思わず苦笑する。が、否定しないことで肯定の意志を伝える。
「ピッピカチュウ!」
「しょうがないから付いてってやるだとニャ!」
「はいはい。こちらこそよろしくな」
そんなこんなで二人は出逢い、新たな旅立ちが始まったのだった。