街のはずれ。川岸近く。
あれから、いつの間にかニャースは姿を消し、今はユウイとピカチュウの二人だけ。日没が近いことから、当のユウイは野宿の準備に取りかかっていた。と言っても、やることは多くない。適当な場所を見つけて寝袋を用意し、後は夕ご飯を食べるだけである。
だが、その夕ご飯が問題だった。なぜかと言うと、ピカチュウが露骨に機嫌を悪くしたからである。
「どうしたピカチュウ?食べないのか?」
「…ピッカ!ピカピッカ!」
「あっ、おい!せっかく用意したのに」
ピカチュウは「こんなもの食べていられるか」と言わんばかりに、ユウイの用意した乾パンと携帯水を尻尾で払い落した。一緒に旅をすることを了承した割には文句の多いやつだ。それがユウイの第一印象である。
さらにピカチュウのわがままはそれだけではない。まず、モンスターボールに入りたがらないのである。その癖、やれ疲れただ、腹が減っただ、言いたい放題。いいところのお坊ちゃまでももう少し遠慮するというものだ。
「贅沢なやつだなぁ。ポケモンフーズは嫌だって言ったのはそっちだろ?ぼくと同じものを食べるのに不満を言うやつがあるかよ」
「ピーカー」
ピカチュウはあっかんべーと舌を出す。
(くっ…こいつ…はっきり言って性格悪いな)
そんなこんなで、しばらく二人は睨めっこを続ける羽目になったのだった。
「やっと見つけた!」
と、そこに少女の声が割って入ったのは陽が落ちる間際のことだった。何事かと思って、ユウイは土手の上に視線を向けるのだが……
「…誰?」
「はあ!?」
少女は素っ頓狂な声を上げ、ユウイの元に近づいてきたのである。その顔は呆れたようでもあり、怒っているようでもある。
「私よ!センカ!」
「…うそ!?センカ!?」
「はぁ…だからそう言ってるじゃない?まったく幼馴染の顔を忘れるとかどういう神経してるわけ」
「いやーだって……ほんとにセンカ?」
「殴られたいわけ?」
ユウイが驚いた理由は簡単である。記憶の中の彼女と外見も印象も変わっていたからだ。
目の前の女の子は白を基調とした清潔感溢れる服を身に纏い、右腕には白銀のブレスレット、左耳には大きめのイアリング、背中まで伸びる透き通った髪は夕陽で赤く染まっている。
ユウイの記憶が確かなら、センカはとても好奇心旺盛な女の子だった。彼女と遊ぶときは森の秘密基地や川の橋下といった屋外がほとんどで、家に帰るのはいつだってお腹が空いたときだと決まっている。いつも服を泥だらけにし、身体に傷をつくっても何とも思わないような女の子、それが彼の頭の中のセンカなのである。
それが今はどうだろう。田舎出身の鈍臭さはなく、いいところのお嬢様、そう呼ばれても違和感はない。見違えた、という表現がしっくりくるほど、今の彼女は大人に近い雰囲気を漂わせていた。
「…髪、染めたの?」
「久しぶりに会ったっていうのに突っ込むところはそこなわけ?まぁユウイらしいと言えばそうかもね…で、この子は何?」
センカは視線をピカチュウへと切り替えると不思議そうな表情をつくった。
「ああ、今日立ち寄った街でつかま…一緒に旅をすることになったピカチュウだよ。こいつモンスターボールが嫌いみたいでさ、だからこうやって外にいるのさ」
「ふーん、変わったポケモンね。私はセンカ。よろしくね?ピカチュウ!」
「ピッカ!」
ピカチュウはさっきまでの機嫌の悪さはどこへやら、センカに対して甘えた声を上げた。それに対してユウイがじっとりとした目をピカチュウに向けたのは言うまでもない。
「それとさっきから気になってたんだけど、それってまさか……」
ピカチュウとひと通りの挨拶を終えると、センカはユウイの座っていた場所に目を向けた。皿の上には食べかけの乾パンが置いてある。
「ああ、今日の晩飯」
「やっぱり!よりにもよって乾パンとお水だけなんて、あんたはどこかの避難民なわけ?少しは自分でつくろうとは思わないの?」
「えーだってめんどくさいし…」
「そんなところだろうと思ったわ」
昔から全然変わってないわね、センカはそう言って盛大な溜息を吐くと、ガサゴソと自分のバックを漁り始めた。そうして中から取り出したのは屋外専用の料理セットである。
「えっ?今からつくるの?」
「当たり前でしょ。こんなんじゃ何の栄養にもならないわ。ほらっそうと決まれば早く火を起こして。陽が沈んだら何も見えないじゃない」
「…一つだけ聞いてもいい?」
「何よ?」
「センカって料理できたっけ?」
「いよいよ殴るわよ?」
テキパキと夕食の支度をするセンカ。近くではユウイとピカチュウが肩を並べてその姿を見守っている。
ちなみにセンカの作ったシチューに両者舌鼓を打つは、今からもう少しだけ後のことである。