ゲームの時と比べ街や道路の面積が凄まじく広くなっているのは今更言うまでも無いだろう。
まぁ当然である。ゲームの様に家が何軒かあるだけで街は名乗れない。住宅が、飲食店が、商店が、役所が、人々が集まり生活に必要な建物が増えて初めて街となるのだから、ゲームのそれと大きく乖離しているのは当たり前だ。
(とはいえここまでの乖離は初めてかもしれないけど)
ゲームではフエンタウンはえんとつ山の麓に座していた。この世界でもそれは変わらないだろうと思っていたが、俺の予想は裏切られえんとつ山の中腹付近までフエンタウンの敷地が広がっていた。
山の中腹と言っても一番傾斜がなだらかな山肌を整備しており、主な施設としてロープウェイ乗り場の経営場や斜面を利用した段々畑などがあるが、中でも目を引くのは――温泉だ。
フエンタウンはホウエンを代表する温泉街となっていた。
「……ふぅ」
「……クチ」
かぽーんと何処からか聞こえそうな露天風呂で、俺とダイゴは一緒に温泉に入っていた。
フォートとココドラは身体を構成する金属が多い為、そのまま温泉に入ると錆びてしまうので別行動だ。今二匹はポケモン用の砂風呂に入っているが、温泉に入りたいと言ったら後で錆止めでも塗って一緒に入ってやろうと思う。
(そういえばかぽーんって何の音だろうな。風呂桶の反響音か?)
益体も無い事を考えつつ横目でダイゴを見る。変わらず少年の背丈のままだが、薄っすらと筋肉が付いてきたように思える。
上半身よりも足腰と言った移動がメインになる下半身が比較的引き締まっているだろうか。この歳の子にしては立派なものである。
「あぁ、ここに住みたい……」
「クチィ~」
「山だから色んな石があるし汗は温泉で流せるし……」
「クチィ」
「食べ物は美味しいものが多いし……」
「クチ」
「……冗談だよ、早くジムに行かないとな……」
別に止めやしないさ。カナズミシティのツツジがあの年齢だった事から原作開始までは割と時間がある。
極論主人公が引っ越してくるまでにチャンピオンになっていればポケモンリーグを動かすに足る実績と権力が手に入るのだ。
(……あれ、その前にアオギリとマツブサ豚箱に放り込んだら全部解決じゃね?)
正直シンオウの三柱と一神を除けば最も周辺の被害が大きい伝説のポケモンはホウエン地方のグラードンとカイオーガだ。
どっちが出てくるのか、或いはどっちも出てくるのか定かでは無いが、未然に防げるならそっちの方が良いに決まってる。
(特にルネシティの被害が尋常じゃないし)
もし二体とも目覚めのほこらに眠っているとしたら最悪ルネシティが滅ぶ。まぁそんな事は無いだろうが……。
何だかんだ言ったが選択をするのは俺じゃない。それでもダイゴなら最善を尽くしてくれる。きっとね。
「そろそろ上がろうか、シルキー」
「チチ」
ダイゴの声に従い湯船から出る。
俺達はフォートとココドラを拾う為に砂風呂のエリアへと向かった。
さて、長らく日の目を見なかったココドラだが、俺とフォートでちょくちょく戦闘訓練は行っている。
ここに住むとダイゴは冗談を言っていたが丸っきり嘘と言う訳でもなく、このフエンタウンで数日は過ごすつもりで宿の部屋を取っていた。
ポケモントレーナーに配慮してか中庭はポケモンバトルが出来る程度には広い。そこで俺とフォートはココドラと戦ったり、稀に他のトレーナーとの戦闘で実戦経験を積ませたりしている。
その甲斐あってかココドラのレベルも順調に上がっている。憶測だが俺が37辺り、フォートが35でココドラが28ぐらいには上がっていると思われる。ポケモン図鑑が開発されていないせいで技を覚えるレベルから推測するしかないのが辛いな。
世代、というか地方によって同じ技でも違うレベルで覚えたりするから厄介だ。ムクゲなら頼めば類似品を作ってくれるだろうか?
「コ、ココ!」
「チッ」
そんなこんなで俺はココドラの最後の調整に臨んでいた。これが終わればココドラは初ポケモンバトルの舞台に――フエンジムに立つ。
宿泊してるトレーナーと戦ったりしたがあれは場の空気になれる訓練なのでノーカンだ。わざわざジムに引っ張り出さなくても、と思うかもしれないがフエンジム攻略の鍵を握るのはココドラだ。
(俺達の中でココドラだけが唯一ほのお技を等倍で受けられる。俺とフォートがにほんばれ下のオバヒを受けきれるかは微妙な所だからな……)
まぁタイプ的にココドラは炎が等倍でも地面技が四倍弱点になる訳だが、そこの対面はダイゴが操作するしココドラでも一度だけなら受け切れる。
ココドラの特性はがんじょうだしな。
なんて事を考えているとココドラからのとっしんを食らいかけた。
(とりあえず目の前の事に集中しないとな)
はがねタイプの代表格みたいなボスゴドラの幼体であるココドラにヒットアンドアウェイ戦法は向いていない。
自分から動くのは意図的に場を動かしたい時に限り、基本的には受けて殴るカウンターを主軸に据えるよう言っている。
(例えばこんな風に)
間合いを詰めて来たココドラに大顎を振るい鋼材を捻じ切るようにかみくだくが、ココドラは装甲の厚い背中で受けていわなだれを放った。
回避を選ぶがいわなだれで怯んでしまいココドラは俺の大顎をすり抜けた上でアイアンヘッドを当ててきた。
(やっぱ巧くなってきてるな、嬉しい限りだ)
一連の流れで見たとおり、ココドラはとっしん、いわなだれ、アイアンヘッドという怯みを誘発させる技構成となっている。
役割としてはタンクとして相手の攻撃を受け、流れを乱す事を目的としている。ジムリーダーにはあまり通用しないだろうが何事も挑戦だ。
アイアンヘッドを受けた俺は追撃を避ける為に後方へ跳び、大顎を振るいようせいのかぜを砂を巻き上げるように吹かし、ココドラに叩きつける。足を地面に突き刺して風に飛ばされないように踏ん張るココドラの視界から外れ、音を消し、敵意を伏せて回りこむ。
“ふいうち”
……完璧に決まったと思った瞬間に不自然な威力の減衰を感じ取る。
砂埃の晴れた場にいたのは不可思議な球状の障壁で身を包むココドラの姿。俺は思わず笑みを零した。
(残る一枠のまもるも冷静に使えてる。これなら心配はいらないかな)
「チッチ」
「ココォ!」
その場から飛び退いて両手をパンと叩く。俺が定めた毎度の戦闘訓練終了の合図だった。
まだやれるとでも言いたげにココドラが鳴くが、残念ながら時間切れである。
「――シルキー、ココドラ、まだやってたのか。根を詰め過ぎると明日に響くぞ?」
ほらね。
日も暮れつつある中、旅館の方から蒼い浴衣(の様な服)を着こなしたダイゴが歩いてくる。何着ても様になるからイケメンは凄いなぁ。
ダイゴに止められた以上戦闘訓練は続けられない、ダイゴの元に歩く俺にココドラは渋々着いて来た。
(うぅむ、どうにも強くなりたいという思いが先走っているような……)
その思い自体はとても大切な物だ。だがココドラは早く力が欲しいという方向にシフトしていっている。ダイゴが気に掛けてちょっとずつマシになってきてはいるが……まぁこんなでもフォートと同じ俺の弟子みたいなもんだしバトルには冷静に挑むから特に心配はしてないがね。
あいつは何に焦っているのやら。
部屋に戻ると普段より二割増しでピカピカなフォートが出迎えてくれた。どうやらダイゴに磨いて貰ったようである。
若干誇らしげなフォートの頭を撫でてやる。良かったね。
「夕食の用意が出来ております、お運びしても宜しいでしょうか」
「えぇ、よろしくお願いします」
ダイゴと仲居の会話に耳を傾けながら俺はココドラの手当てをする。
手加減は意味が無いからと思いっきり噛んだり叩いたりした所は大体軽症で済んでいるように見えたが、一箇所背中の金属の甲殻が随分と抉れている。
腹の傷はオボンの実を食わせて安静に過ごさせれば治るが、甲殻は脱皮するのを待つしかない。これを見るとポケモンの生命力の高さや、俺がポケモンであるという事実を強く認識させられる。
痛みが引くようにココドラを抱え、壊れ物を触るように撫でる。
「……コォ」
「クチッ?」
気持ち良さそうに身をよじるココドラを見てニコニコしているとフォートも俺の方に近付いてきた。
なんだなんだ、皆して甘えん坊ばっかりだな。
「君たち仲良いね」
フォートも構ってやると微笑ましそうにダイゴが言った。……ふぅん?
「クチッチ!」
「え、うわ! 何するんだ!」
大顎を使ってダイゴの頭を引き寄せ、わしゃわしゃと撫でる。
犬みたいな扱いだが、これくらい大雑把な撫で方でも満更でもないと思ってる事を俺は知っている。
「……変わらないなぁ」
「チチチ」
ボサボサ髪のダイゴと、ピカピカになったフォート、派手な甲殻のココドラに、色違いの俺。
皆の団欒は部屋に料理が運ばれてくるまで続いた。
ダイゴのパーティじめんの一貫性が高すぎる。早くエアームド捕まえないと……。
シルキー:しんちょう、苦い食べ物が好き。
フォート:さみしがり、味が良く分からない。
ココドラ:のんき、金属鉱石ウメェ。