血染めの鋼姫   作:サンドピット

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前回に次で終わりだっつってたのにまた文字数増えたらしいっすよコイツ。節操無しかよ。
今回と次の二話に分けて投稿します。次話は明日。


広げすぎた風呂敷は畳むのに苦労する。

 

 

 唐突に、糸が切れるようにシルキーの全身から力が抜けた。

 

「シルキー!」

 

「――チッ」

 

 時間にしてほんの2、3秒程だろうか。極僅かな間でも、まず間違いなくシルキーは気絶していた。

 そしてそれだけの時間何も出来なければキュウコンを止める事など不可能であった。

 

 翳りゆく頭上の光球に新しく陽が灯るが、そんな事よりもシルキーをここまで追い込んでしまった事が途方も無く悔しかった。

 だが本当に、悔やむ時間は無い。相手は待ってはくれないのだ。

 

「キュウコン、たたりめ」

 

「――ッ、ふいうち!」

 

 フォートが大ダメージを受けた僕の知らない技。避けきれるか分からない為先手を取る。

 シルキーによる一撃でキュウコンは吹き飛ばされるが、それでもキュウコンはシルキーを睨みつけた。

 

 “たたりめ”

 

 見えない何かを受けたようにシルキーの身体が固まる。フォートの時の様に全身から炎が噴出したりはしなかった。

 

(何でだ、フォートの時と何が違う? 炎を操る技ならシルキーの周りのほのおのうずが反応しないのは? 今のシルキーとフォートで違うのは……やけど? まさかたたりめはやけど――状態異常に掛かっているとダメージが上がる技なのか?)

 

 それだ。だからシルキーはかいふくのくすりを僕に投げ渡したんだ。フォートのやけどを治すためというのは一緒だろうが、内実は大きく変わっていた。

 

「まだ動けるとはな、大した精神力だ。だがそれももう限界だろう」

 

 その言葉と共にシルキーの周囲で舞っていた炎の嵐が掻き消える。中には朱色の大顎が曇り全身から薄く熱気の昇るシルキーがいた。

 

「――ッ! かいふくの――」

 

 

 

「――クチィッ!」

 

 

 

 聞いた事のない声だった。それがシルキーの声と気付くのにほんの僅かに、時間が掛かった。

 シルキーは自分が相対するキュウコンに目もくれず、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 

 ――鋭い目だった。今までの積み重ねを無為にする気かと責め立てる眼差しだった。

 

 ――優しい目だった。どうか自分を信じてくれと頼む真剣な眼差しだった。

 

 手に握り込んだかいふくのくすりを仕舞い直す。

 さっきまでの自分を全力でぶん殴りたい気分だった。ジムの熱気に頭が当てられていたと思いたいが、この弱さは僕自身の物だ。

 

(シルキーにばっか頼って情けないな、何よりフォート達を信頼していないに等しい事だったのが気に食わない)

 

 パン、と頬を叩く。もう大丈夫だ、頭の霧は晴れた。

 

「とどめだ。キュウコン、オーバーヒート」

 

「シルキー! ふいうちだ!」

 

 こちらを見ていたシルキーは既に前を向いている。僕の指示と共に戦場を疾駆し、キュウコンの元まで辿り着く。

 口内に高熱を溜めたキュウコンの懐に潜り込み、一対の大顎を勢い良くかち上げてキュウコンを上空に吹き飛ばした。

 致命傷を受けながらも上空から灼熱の業火を吐き出すキュウコンに、シルキーは避けも逃げもせず――飛び込んだ。

 

 オーバーヒートの中に飛び込んで通り抜け、シルキーはキュウコンの身体に大顎を喰いつかせて地面へと叩き付ける。

 

 “かみくだく”

 

 一足先にひんしになったキュウコンの後を追う様にシルキーは空中で目を閉じる。

 地面にぶつかるよりも前に僕はボールをシルキーに向けて引き寄せた。

 

「お疲れ、シルキー。後は――僕達に任せてくれ」

 

 ボールの中から、頼んだぞ。なんて声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 焦燥に歪んでいた少年の顔が最初に見た冷静なそれへと戻る。あの色違いのクチートはどうやら切っ掛けだったようだ。

 

 正直キュウコンであればあのクチートは倒しきれると思っていただけに意外だった、オーバーヒートに飛び込んで尚相討ちにまで持っていくとはな。

 

(柱が無くなってもダイゴが揺らぐ事は無かった、いや寧ろ無くなったからこそ決意を持ったのか。……大丈夫そうだな、この少年はフエンジムを突破出来る)

 

 だが、バッジを渡すかどうかはまた別問題だ。バトルはまだ終わってないのだからな。

 

「行け、コータス!」

 

「出番だ、ココドラ」

 

 光球が燦然と輝くフィールドにコータスが降り立った。そしてコータスに向き合うようにココドラが場に現れる。

 背中の甲殻が破断しててつのトゲの様になっているが、怪我を負っている訳では無いのはココドラの目を見れば分かる。戦闘開始だ。

 

「コータス、オーバーヒート」

 

「ココドラ、まもる!」

 

 開幕速攻。奇襲に等しいそれは、されど一度見せた手だ。冷静に防がれ、ダメージを与える事は敵わなかった。

 

「ほのおのうず」

 

「いわなだれで邪魔をしろ!」

 

 コータスが炎を溜め込むよりも前にココドラが足を踏み鳴らし、上空から大量の岩が出現しコータス目掛けて落下する。

 今から岩を避けられるほど素早くないコータスはもろに攻撃を受け、硬直する。

 

(チッ、怯んだか。運が悪いで済む話だが、いわなだれは不味い)

 

 効果抜群かつ比較的高火力の技だ、クチートとの一戦でコータスが消耗してる以上連発されればそれだけで落ちかねない。

 後あまり知られていない事だが、いわなだれ等の呼び出し型の技は射程の概念が無いに等しい。故に距離を離すだけではダメだ、畳み掛けて速攻で倒さなくては。

 

「コータス、ふんえん!」

 

「とっしんで避けろ!」

 

 コータスを中心に灰煙が広がっていくがココドラは瞬時に範囲外へと走る。少し消極的な判断に疑問を抱きダイゴを見れば、手に持っているモンスターボールの一つにかいふくのくすりを使おうとしていた。

 

(クチートは瀕死、となるとメタングか。また厄介な……)

 

 そんな事を考えながら私はコータスにほのおのうずを指示する。ここでココドラを残されても厄介だしな。

 

「ココドラ! いわなだれ!」

 

 炎に巻かれながらもココドラはコータスの頭上に多数の岩を呼び出した。

 その大体がフィールドに突き刺さりコータスの行動を阻害するに留まるが、それでも十分すぎる量の岩がコータスに直撃する。

 

「ゴォッ……!」

 

 岩の直撃に耐え切れなかったのか、コータスが苦悶の声を上げてそのままフィールドに倒れ付した。

 

 “急所に当たった!” 

 

「――ふはっ」

 

 私のコータスであれば後一回は確実に耐えられた。それが落ちたのは急所に当たったから、運が悪かったからだ。

 場の流れが変わったのを肌で感じ取る。自身の口角が釣りあがるのを抑えられそうにない。

 

 ――勝利の女神という奴は、随分とダイゴにご執心のようだ。

 

 

 

 

 

 ……突破出来た。ココドラが頑張ってくれたお陰で。

 

 風がこちらに向いているのを感じる。無論油断は禁物だが、それでもココドラは成し遂げてくれた。

 

「――ふはっ」

 

 クレナイが笑う。

 

「良いな、凄くいい。これでも随分大人気ない事をしている自覚はあるのだが、それを易々と突破するとは」

 

「……大人気ない事を堂々とするんですか」

 

「それを言われると辛いな、ポケモンリーグからある程度の裁量権は貰ってるがグレーゾーンだろうな。少なくともバッジ二個目のトレーナーにする戦法ではない」

 

 が。そう続けクレナイは、ほうと熱い息を吐く。

 

「楽しい、勝ちたい、本気で戦いたい。理由はそれだけで十分だと、私は思うがね」

 

「こっちは堪ったもんじゃないんですが……」

 

「埋め合わせはこの後させて貰うよ、流石に申し訳無いからな。……さぁ、行こうか、――マグカルゴ」

 

 そのポケモンが場に出ると同時に、気温が瞬時に何℃か上昇したような錯覚を受けた。

 溶岩の様な流体に包まれ、火山岩の殻を背負った巨大なカタツムリの様な姿を持つマグカルゴは、目の前のココドラを見て臨戦態勢を整えた。

 

「ココドラ、いわなだれ!」

 

「マグカルゴ、いわなだれ」

 

 同時に放たれる同じ技。しかしマグカルゴの放ったそれはココドラを狙った物ではなくフィールドに点々と落ち障害物の様に落ちた。

 

「はじけるほのおだ」

 

「まもる!」

 

 ほのおのうずを喰らっている以上まもるで防いでもジリ貧なのだが、咄嗟にまもるを指示して時間を稼ぐ。

 マグカルゴの身体から打ち上がった火の玉が放物線を描いてフィールドに残る岩にぶつかり、炸裂する。

 

(変な使い方を……!)

 

 このマグカルゴは自分のフィールドを作り戦闘を有利に進めるタイプだ、間違っても戦場を駆け巡るものじゃない。

 なら近付いて少しでもダメージを稼ぐ。至近距離でふんえんを受けるよりも碌に動けないまま遠距離からオーバーヒートを喰らう方が嫌だ。

 

「ココドラ、アイアンヘッド」

 

「ふんえんだ」

 

 そら来た。

 岩を避けながら突撃するココドラよりも数秒早くマグカルゴが灰煙を吐き出した。瞬く間に広がっていくそれは熱を帯びてココドラを包み込む。だがそれを意に介さないかのようにココドラは走り続け、マグカルゴの背負う殻へと自身の頭を叩き付けた。

 

 “アイアンヘッド”

 

 怯みはせずとも着々とダメージを重ねられている。

 

(コータスはほぼ無傷で突破出来たがほのおのうずがまだ残ってる、それに加えていわなだれとふんえんを喰らってる。効果抜群は無いにしてもそろそろ厳しいか……?)

 

 冷静にココドラの残HPを計算する。正直自分の想像以上にココドラは頑張ってくれた、相性差などもあるのだろうがきっとシルキーの姿がココドラに勇気を与えてくれたんだ。

 

「……ココドラ、いわなだれ!」

 

「これ以上させるか、はじけるほのお」

 

 上空から岩がマグカルゴ目掛けて降り注ぐのと同時に、ココドラに小さな火の玉が命中した。

 何度も見たそれはココドラの背中に当たり爆発する。その場から吹き飛ばされたココドラは俺の目の前で倒れた。

 

「良く頑張ったな、ココドラ。ありがとう」

 

「……コッコ」

 

 ココドラが力尽きると同時に、ジムの天井付近で輝いていた光球から溢れんばかりの光が掻き消えた。

 マグカルゴの技はいわなだれ、はじけるほのお、ふんえん、そしてオーバーヒートで間違いない。もうにほんばれは使えないぞ。

 

「大詰めだ、行け! フォート!」

 

「……タング!」

 

 一度は僕が不甲斐無いせいでボロボロにしてしまったが、シルキーやココドラがバトンを繋いでくれたお陰で再びフィールドに出る事が出来た。

 ここから先は通さない。残るフォートが、最後の砦だ。

 

 




くすんだ鋼に炎を注ぎ、焼いて叩けば強靭に。

【種族】マグカルゴ
【性格】れいせい
【特性】ほのおのからだ
【レベル】38
【持ち物】無し

【技】
・いわなだれ
・はじけるほのお
・ふんえん
・オーバーヒート

クレナイの最後の手持ち。そもそもジム用のレベルじゃない。こいつを出すのは相手がトウカジムを突破した、或いはそのレベルの強さを持つトレーナーのみ。
ダイゴは正直微妙な所なのでジムリーダーの判断だとしてもグレー。片っ端から蹴落とすのはチャンピオンロードの役目であってジムの目的は選別なのだから。

感想くれたらとても嬉しい。

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