大海原には鬼が棲む 作:目玉焼きは醤油派
釜茹での刑。
それは光月おでんを初めとした家臣達の公開処刑である。
一度は壊れかけた信頼を妻である光月トキが持ち直させたが、帰ってきたバカ殿を見て希望が崩れた。
なのに今になってカイドウへ挑み、結局負けた。
多くの者が知る末路はそれだろう。
どんな感情があって、そこにどんな想いがあって、どんな経緯があって。
そしてそんなものは全てどうでもいいもの。
おでんがカイドウに負けた。
その結果だけがこのワノ国に巡る。
「おい、ヤマト何泣いてんだ」
「……泣いてなんかない。僕は! 光月おでんの勇姿を目に焼き付けているだけだ」
「いや泣いてるから」
公開処刑とは見世物にすることが目的の非人道的な行い。
ヤマトはまたしてもカイドウの目を盗んで外に出て焔丸と会っている。後にボコボコにされるとしても、それを実行する胆力。
バカ息子と呼ばれるだけのことはある。
そんなバカ息子が見るは光月おでんの勇姿と吠えた。
誰もが知るバカ殿、その最期を一目見ようと寄った阿呆がここには集う。
しかし忍びの一言からバカ殿を見る目が変わった。
そんなもの眉唾だと吐き捨てる者も確かにいる、しかしそれを断言出来ないのもまた事実。
「……これがジジイの言ってたことか」
「何か言ったかい?」
「いや、なんでもねェよ」
火の煌めきは魂の輝き。
風前の灯火だとしても、おでんのその火は民衆を魅了する。
その一人の男の背中に憧れる。
そのバカが焔丸の隣にもいる。
いまおでんは多数の人間に、夢と希望を見せている。
その決意も統率も、何もかもが遅かったとしても。
それでもと男は吠える。
「こんな炎もあるんだな」
「ああ、この意志は誰かが継がないといけない」
「お前にゃ無理だよ」
「なんだと!?」
心做しか、ヤマトの垢がぬけたような気さえする。
どこか絶望して喪失感さえ出ていた、詰まらない人間がおでんの勇姿を見た途端にこの変わりようだ。
その魂は死んでも死なない。
誰かがその意志を引き継ぐ限り。
「な! あのクソオヤジ!」
耐えきったおでんに向かってオロチは射撃命令を出した。
おでんの上にいた家臣達はおでんの言う通りに逃げ出し、まともに動けないおでんがただ一人そこに残る。
あれはもうじき死ぬ、それが分かっててもなお殺さねばオロチは気が晴れない。
おでんはそれを最期に撃たれた。
額を確実に撃ち抜かれて極熱の湯に体を沈める。常人では耐えれずに直ぐに死ぬこんなものに一時間も持ったが限界はきた。
叶うはずがない。
誰もがそう思った。
意味の無いことだと、無駄死にだと。
だがどうだ?
あの男の勇姿を見て、犬死だったなどと誰が言える。
民を守りて背中で語る。それがおでんという男。
素晴らしき生き様だったとジジイに伝えてやりたい、そう思えるほどに焔丸の中でこの出来事はとてつもないものだった。
このワノ国で、最も民を魅了した男が死んだ。
「おいヤマト、手前ェはどうする?」
「僕? ……僕はヤマトじゃない、僕は
「…………手前ェ、頭おかしいんじゃねェか?」
「誰がなんと言おうと僕は光月おでんの意志を引き継ぐ。これは僕が今決めたことだ、クソオヤジをぶちのめして、ワノ国を開国する」
「そうかよ……じゃあなヤマト」
「だから僕はヤマトじゃ……どこか行くのかい?」
「ああ、おでんが死んだ。つまり俺のダチがピンチだ。だが今すぐ俺がどうにかして勝てるだなんて付け上がってもいねェ。俺には飛行能力がある、アイツらを連れて逃げるかどうかだな。俺はワノ国を出る」
「そうか……寂しくなるね」
「なんだ? 付いてくるか?」
「無理だよ、僕には手錠がある。これがある限り僕はワノ国から出ることなんて出来ない」
「そうだな…………なら暫しの別れだ。死ぬんじゃねェぞ、ヤマト」
「誰にものを言っているんだ焔丸、僕は光月おでんだよ」
「だから言ったんだよ、今死んだんだろ」
「それは笑えないから止めてくれ」
相棒を呼ぶように纏に火を灯らせて此方へと引き寄せる。
その纏を掴み、いつでも飛べるようにする。
「じゃあな親友、開国の為、カイドウを討つ為、俺は力を付けて必ずここへ戻ってくる。それまでお前も力を蓄えとけ」
「……ああ! 任せてくれ! 必ず僕がおでんしてみせる!」
なんだよそれ。だなんて笑いながら焔丸とヤマトは拳を合わせる。
コツっと小さな8歳の子供の拳がぶつかる。
それを最後に焔丸は亡きおでんの家族の元へと飛んで行った。
ーーーーー
「未来へ!?」
おでんの家臣、錦えもんがトキに聞き返す。
そして衝撃の告白、トキが大昔の人間であること。そして、そのトキには時間を超えることの出来る妖術があるということ。
「モモの助様だけ? 何故日和様は!?」
「もしもの為です、光月の血を絶やすことは出来ないのです」
その時、城へ何かが勢いよく衝突する。
既に燃え尽きそうな城はその衝撃で、所々が崩れ落ち。今にも崩壊寸前と言えるだろう。
「間に合ったか……?」
「焔丸! 貴方どうしてここに!?」
トキが焔丸を見て驚愕する。
この子は巻き込んではいけないと思っていた一人なのに、なのになぜ来てしまったのか。
そう思うもどうすることも出来ない。
「……っと、ノスケに日和無事か?」
「うむ!」
「……!」
ノスケはしっかりと返事し、しかし日和はおでんが死んだとショックを受けているのか泣いている。しかしそれでも頷いてはくれた。
「胸を張れお前ら、お前らの父ちゃんは最後まで立派だった。誇れ、それが手向けだ。……さてと、本題に入ろうかババア」
「……貴方、どこまで知ってるの?」
「あんたのことだけだ、それ以外は何も知らねェ」
「……そうね……。もう他人事じゃないのよね」
「そうだな、元々他人じゃねェけどな」
「何時に飛ばすんだ?」
「二十年後よ、あの人からの遺言で20年後に世界がひっくり返る。そう言ってたわ」
「20年……分かった、それまでに俺は強くなって。それで強い仲間を集める。んで日和、お前はどうする? 俺と一緒に来るか?」
『──!』
周りに電気が走った。
そうだ、その手があったと。
1人まではこのワノ国から焔丸の力を使って逃げられるのだ。
ならば一番か弱い日和が──。
「お断りします」
「へぇ、どうしてだ?」
日和は焔丸の提案を突っぱねる。
その提案は乗るべきだ、しかしそれをしない。そこにはどんな意味があるのだろう。
「私は一人だけ守られる訳にはいきません。私も来るべき日までにワノ国で成すべき事を成します!」
「ったく、どいつもこいつも風変わりしやがって。それもこれもおでんのせいかねェ。最後の最後でとんでもねェ男じゃねェか」
守られるだけの子供ではない。
その眼からは強い意志が感じられ、決意は固いように見える。
「ババアは……聞くまでもねェな」
「ええ、私の死に場所はおでんさんと同じです」
「はは! とんでもねェババアだこりゃ」
焔丸は珍しく大笑いしながらそういう。
見渡してまずはノスケと拳を合わせる。
「じゃあまたなノスケ、手前ェは一瞬だろうが俺はその間も先に行くぜ」
「うむ! 楽しみにしてるでござる!」
拳を合わせたと思うと、ノスケとその家臣達は姿を消した。
これがトキの能力であるトキトキの力。
「んじゃあな日和、二十年後だババアに似て美人になれよ」
「はい! もっと美人になってます! 三味線も練習します!」
頭を撫でて日和と別れる。
最後に飛び蹴りされると思ったが、なくて少し安堵する。
「焔!」
「あ?」
「お元気で!」
「……おう」
後に、ワノ国随一の花魁として小紫という女が国中を魅了する。
そしてそれは、また別の話…………。
河童が日和を連れていき、城内にはトキと焔丸だけとなる。
念の為にと、もう一度だけトキを連れて逃がそうと思ったが、どうやら意志は固いようだ。
(こいつァ、テコでも動かねェな)
はぁ、と一呼吸置いて纏に座る。
長旅になりそうなので立たずに……。
纏に跨るのはずいぶんと不格好故にしたくはなかったが、これも致し方なし。
「じゃあなババア、会えてよかった」
「…………ええ、さよなら」
ーーーーー
燃ゆる城内を抜け、海へと飛び立つ。
カイドウの力はどれだけ強大なのか焔丸は理解している。
やつ本体も勿論のこと、部下も超一流。
順調にいけば世代を代表する大海賊に名を連ねるだろう。
ならばそこが狙い目だ。
強者には比例して敵が増える。
その意志を束ね、上手く誘導し力を使う。
その目星をつけること、更には自身の力をつけることも並行して行わなければならない。
「……チッ、20年で足りんのかよ」
やることが多すぎる。
カイドウを討ちたいと思うワノ国の侍と忍び、やつを邪魔に思う海賊。
恨みを持つものに復讐したいもの……。
だが何より……。
「まずは手前ェが強くならなきゃいけねェな」
目指す島などありはしない。
ただやることのみがそこにある。
流浪の旅が始まる。
日和連れてくか悩んだけど、色々と狂いそうだから辞めた。