今日の夕食は鍋にしよう。
冷蔵庫の中にあったあり合わせのものを適当に刻んで土鍋に放りこむ。
味付けはシンプルに塩と胡椒のみ。
ガス台にかけていると、まもなく食材が煮えてきた。
「んんーいい匂いだね、美味しそうだねー」
「…今日は何を貸せばいいんですか?」
ノックもせずに一升瓶片手に五号室へ入ってきた環に、真九郎はそう言ってため息を一つ。
「あはは、ちょーっと分けてくれるだけでいいんだ」
環はなぜか茶碗も持参。
茶碗の上にはご飯がてんこ盛り。ただし、おそらく冷えている。
「どうせ汁は余るでしょ? ね、だからね? これを、残った鍋の汁の中にね、こう、ドバーッと…」
つまりはおじやにしたいということなのか?
しかしそれは、真九郎があらかた具財を食べ終えてから、という条件が成立した上での話だ。
そして環が真九郎が食べ終わるのを大人しく待っていてくれる可能性は限りなく低い。
「あー真九郎くんたら汁って言葉にズキューンと来た? なんなら、ねえ? おねーさんの汁も飲んでみない?」
「…どうでもいいですから、一緒に鍋を食べませんか?」
やったーらっきー! と一声上げるや否や、いそいそとテーブルの前に座りこむ環。
冷やご飯の載った茶碗を箸でチンチン叩き始める様子を微笑ましいと評するには、いささか対象の薹が立ち過ぎている。
「少年、邪魔するよ」
遅れて闇絵もやってきた。
まるで当然のように卓上につく年齢不詳の黒衣の美女に、真九郎はやれやれと天を仰ぐ。
残っていた食材も、煮え始めた鍋に全て投入。
結局いつものパターンなんだよな…。
ぼやいてはみるけれど、真九郎はこうやって環たちと一緒に食事を摂るのは嫌いではない。
これまた勝手に冷蔵庫からビールを取り出す闇絵に、自分のぶんもとってくれるよう注文する。
煮えたぎった鍋を食卓の真ん中に置いて、夕食は開始。
環は盛大に喰らいかつ呑み、闇絵はビールと煙草をちびちびと吸う。合間にダビデの子供のソロモンに、冷ました食材を食べさせている。
いつもと変わらない夕食。
ダラダラと二時間ほど呑んで環は撃沈。彼女を六号室へ放り込んでくると、闇絵も既に引き上げたあと。
鍋や食器を流しに突っ込んで、真九郎は後片付けを開始。
仕上げに食卓を台拭きで拭いて、水を入れた洗面器でハイター漬け。
食卓を端に寄せて布団を敷くと、時刻はおよそ10時をまわったあたり。
ちょっと早いけど眠ってしまおう。
電灯を消し、そのまま布団へ真九郎は潜り込んだ。
そして、夜中の12時も過ぎたころ。
真九郎はムクリと寝床から起き上がる。
寝巻き代わりのスウェットを脱ぎ、黒いジーンズとトレーナーに着替えてから、足音を忍ばせて共同玄関へと向かう。
愛用のスニーカーを履いて玄関を出て、中庭で空を見上げた。
都会特有のスモッグで星までは見えない。だけど月は出ていた。
十三夜の月の光は予想以上に眩しい。隠密行動には不適切だが、雲が多いのは幸いか。
五月雨荘の敷地を出る。
そのまま足を進めようとして、真九郎は振り向いた。
雲の隙間から差し込む月光に照らし出され、五月雨荘は静かに佇んでいた。
不意に真九郎の胸にこみ上げてくるものがある。
思えば、全てがここから始まった。
幾つもの出会いと―――そして別れ。
全てがかけがえのない宝物。
それを与えてくれた場所に向かって、ごく自然に真九郎の頭は下がっていた。
こんな自分に感謝されて、五月雨荘が喜んでいるかどうかは分からない。
でも、必ずここに戻ってこよう。
決意を固めて真九郎は踵を返す。
これから向かうところ。
そして目的。
我ながら大それた行動だと思う。
それでも、決めた。
―――九鳳院の本家に乗り込んで、紫を連れ戻す。
紫と別れてから、既に一ヶ月が過ぎていた。
だからといって真九郎の暮らしに特別の変化があったわけではない。
斡旋された仕事をこなし、報酬を得て、生活を営む。
職種の違いはあれど、世間一般の人間と同様に、労働をして対価を得ることに違いはない。
そして労働に対し求められるのは結果だけだ。労働をする人間の心情が斟酌されることはない。
失恋したばかりだろうが、好きだった著名人の死を悼もうが、きちんと労働を果たし、成果を上げれば報酬を支払われる。
胡乱な心を抱えながらも、真九郎もそれなりに仕事をこなしていた。
そんな精神状態でも仕事をこなせてしまうことに自己嫌悪すら抱いたが、しばらくして解消。
結局のところ、自分は食っていくのがやっとの小市民。単に身の丈にあった生活に戻っただけと考えよう。
かといって、紫のことを脳裏から全て消し去れているわけではない。割り切れているわけでもないのだ。
むしろ男子中学生みたいに未練タラタラなのかもしれないな…。
そう自嘲的に笑ったところで、何もアクションを起こさない真九郎に同情の余地はないだろう。
紫に電話するわけでもなく、他の手段で連絡を取ろうとすらしない。
出来ることはないとひたすらグジグジ、有り体にいえばイジケているように過ごす。
このまま惰性で続く人生でいいのか?
そう自問自答しないわけでもないが、相変わらず答えは見つからない。
生きる為に仕事をしているのか。仕事をするために生きているのか。
それすら判然としなくなりつつあった日々。
しかし、つい先日一通のメールが真九郎の元に届く。
すわ紫からかと展開したが、差出人の名前は村上銀子。内容は簡潔明瞭。
明後日、九鳳院竜士が帰国するとの情報だった。
大抵口頭か書面で伝えてくる銀子が、どうしてメールでそのような情報を送ってくれたのか。
その真意はわからない。
敢えて真九郎も問い質そうとはしなかった。
でも、このメールが真九郎の中のくすぶっていたものに火をつけたのは確か。
九年前と同様に。いや、それ以上の強さで。
日付が変わって、つまり今日。
この時期に、竜士が帰国する理由は明白すぎる。
紫だ。
子供を産む器として整った紫を身籠らせるために、竜士は呼び戻されたに違いない。
分かっていたことだ。知っていたことだ。
仕方のないことと理解していたつもりだった。
だけど、それを認めるかどうかは全くの別問題。
―――あの下衆野郎が、紫を抱く?
許せるかそんなの。
紫が竜士に抱かれるのを、真九郎は『嫌だ』と思う。
これは何も竜士に限った話ではない。
紫に誰かが触れるのが嫌だ。
紫の声が、瞳が、見知らぬ誰かに注がれるのだって嫌だ。
結局のところ、それは剥き出しの独占欲。
自分の中に思いもがけず稚気な部分があることを知った真九郎は苦笑い。
だけど、想いはこの上なく真剣。
自分は幼いころからの紫を知っている。
そんな紫を、ずっと大切に思っていた気持ちに嘘偽りがないことは、誓って間違いないものだ。
ただしそれは、あくまで保護の対象としてのこと。
いくら銀子に揶揄されようとも、真九郎に幼女趣味はない。
事実、幼い紫に性的な衝動を催したことは一度もなかった。
だが、紫も成長していく。
当たり前だが、愛や恋を語り合える年頃になる。
そのことを承知して理解していたはずの真九郎。
でも、それは偽りだった。真九郎自身が理解したふりをして、無意識では恐れていた。
紫を情欲の対象と見てしまうことを。
紅真九郎は九鳳院紫の味方。
どんな脅威からも彼女を護る。
古い誓い。
それは形を変えて、真九郎の中で機能し続けていた。
紫を傷つけるものは誰であろうと許さない。
それは真九郎自身だって例外としない。
だからこそ、最近になって紫を避けた。
正面から向き合おうとしなかった。
紫が九鳳院の女として生きると定めたときから、避けることの出来ない別れ。
一方で、紫が自分に向ける好意に、いくら真九郎といえど鈍感なままではいられない。
そんな期限の切られた二人が一緒にいたらどうなる?
行き着くところまで行くのは目に見えている。そうなれば、別れがより切ないものとなることも。
それにしても、いつからだろう?
紫が、結婚といった単語を口にしなくなったのは。
真九郎はわたしの恋人だ!
真九郎はわたしの婚約者だ!
真九郎とわたしは将来を誓い合った仲だ!
当時小学校も低学年だった紫は、学校の父兄参加の行事のたびに公言して真九郎を閉口させた。
しかし、中学年になれば明らかに口から出る頻度は減ったような気がする。
中学生になってからは、ほとんど記憶にない。
きっと紫も薄々感じていたに違いない。
決して二人が結ばれることはないということを。
無慈悲な現実の前では、なまじの期待や希望的観測はお互いを傷つけるだけ。いつまでも痛む傷を残すだけ。
これが紫を避けた理由。真九郎の言い分。
もっとも当の紫に、真九郎自身が傷つきたくなかっただけ、と喝破された。
それは著しく正答に近かったけど、完璧な答えではない。欠けているところがある。
真九郎の秘めた情動は、結局のところ紫を遠ざけておけばそれでどうにかなる問題。
でも、紫が迫ってきたら? 紫の方が求めてきたら―――?
真九郎に、抗う自信は全くなかった。
そんなの自惚れだと笑い飛ばしてもよかったが、実際に紫は求めてきた。
そして真九郎は、その求めを受け入れてしまった。紫を抱いてしまった。
互いに好意を寄せ合った上の結果のはずなのに、真九郎は罪悪感を催す。
保護者としての自分の範囲を逸脱したから?
紫と決して結ばれることはない無責任な立場なのに、その純潔を捧げられたから?
どちらも違う。
端的に言ってしまえば、真九郎は変化を望んでいない。
現在の紫との関係。周囲の環境。最高だ。これ以上のものなどない。
こんな状態がいつまでも続いて欲しい…。
なんのことはない。
真九郎は単に物語の結末を見ることを拒んでいただけ。
エンディングが悲劇だと分かっているからなおのこと。
全ては現実との折り合いを付けたくないための、情けない抵抗ともいえるだろう。
…まったく馬鹿げたことをしたもんだ。
ピーターパンだってもう少し利口に振舞うだろうに。
いい加減、大人になろうぜ、紅真九郎。
そう嘯いたところで、今からやろうとしていることを考えれば、真九郎の苦笑は止まらない。
いっそ大声で笑い出したいくらいだ。
なのに、気分はこの上なく晴れやか。
全身に静かに力がみなぎっているのを感じる。
「真九郎さん」
「!?」
通りに出たとたん、全く不意にかけられた声。
正直気配も感じなかった。
しかし、声だけで誰なのか分かる。
本来この時間、この場所にいるには不自然な人物。
「―――夕乃さん」
「こんばんは。どうしたんですか、こんなに遅く?」
白いブラウスにロングスカート。
崩月夕乃が笑みを浮かべて立っている。
「ちょっと寝付けなくて…。散歩です」
自分でも驚くほどあっさりと嘘が口をついて出た。
「そうですか。ご一緒させてもらって構いませんか?」
「別にいいですよ」
良かったと微笑む夕乃だったが、真九郎の疑問を察してくれたらしい。
先回りで答えてくれる。
「私も最近夜の散歩がマイブームなんです。知りませんでした?」
…マイブームね。
それにしたって、夜の散歩同士でかち合うというのは、偶然にしてどれほどの確率になるのだろう?
頭の中で計算しかけて、どうでもいいかと真九郎はすぐに捨てた。
夕乃と肩を並べて土手まで歩く。
土手の上に人影はなかった。
「絶好のお散歩日和ですね」
夜空を見上げながら夕乃。
そういうものなのかな、と真九郎は思ったけれど、口には出さない。
「こういう風に、夜遅く一人で歩いていると、世界には自分しかいないんだーみたいな気分になりません?」
「ええ…」
「そうそう、来年、ちーちゃんが星領を受けるんですよ。そうなれば私たちの後輩ですね、うふふ…」
「へえ、ちーちゃんももうそんな歳になったんだ」
いつになく饒舌な夕乃に、真九郎は不自然ではない程度に相槌を打つ。
しかし、そろそろ駅前に着く。
そこからタクシーでも捕まえて九鳳院の屋敷の近くまで乗りつけるのが真九郎の算段。
さすがに夕乃と別れなければ…。
月が厚い雲に隠された。
辺りの闇が濃くなる。
とん、と背中に軽い衝撃。
「…夕乃さん?」
背中に覆いかぶさってくる柔らかな温もり。
腰に回される腕の感触。
真九郎は、突然の夕乃の行動に戸惑うばかり。
立ち尽くす真九郎の耳に届く声は、かすかに震えていた。
「私では駄目なんですか…?」
「―――!」
腰に回された腕に力が籠もる。
「私では、真九郎さんと一緒に歩けないのですか………?」
真九郎は動けない。
身体は石像のように硬直していた。
これを不測の事態といっては語弊があるだろう。
夕乃が自分に向ける眼差し。言葉。態度。
その全てが好意に溢れていた。
そんな彼女と接してもう十年以上。
いかに真九郎といえど気づかないわけがない。
紫と同様に、気づけないわけがないのだ。
未だ独り身の彼女が、もし自分を、紅真九郎という男だけを待ち続けているのならば―――。
「…………」
無言ですがりついて来る夕乃。
彼女の体温を通じて、想いがひしひしと伝わってくる。
だけど、その気持ちに応えるわけにはいかない。
なぜなら、いまだかつてないほど真九郎は自分の気持ちの向いている方角をはっきりと認識できたことはないから。
その先に居るのは、申し訳ないけれど崩月夕乃ではなかった。
五月雨荘で出会い、心と身体を通い合わせた少女が一人だけ。
だから真九郎は言うしかなかった。
「…ありがとうございました」
詫びたい言葉は幾千も。
いくら詫びても詫び切れない。
それ以上に、真九郎は夕乃に対して感謝していた。
家族を失って空っぽだった自分を叩きなおしてくれた。
折に触れ励まし、叱りつけ、時には寄り添い、慰めてくれた。
夕乃の気持ちと献身は決して一生忘れない。
仮に一言うんと頷けば、きっと彼女は一も二もなく応じてくれるはず。
夕乃は素晴らしい女性であることは、いまさら真九郎が評価するまでもない。
彼女を妻にしただけで、男の人生の大半は報われるだろう。
世の中には、ごく稀にそういう属性を持つ女性がいる。
夕乃は間違いなくそのうちの一人だった。
一瞬だけ真九郎は夢想した。
夕乃とともに歩む未来。
それはおそろしく魅力的だったけれど。
…俺が本当に望む人は違う。夕乃さんじゃない。
紫だ。
紫が、欲しい。
あるべきものを切り捨てて生きてきた自分にとって、ここまで心の底から欲しいと願ったのは、きっと生まれて初めてのこと。
といったところで九鳳院家は簡単に応じてくれるわけがない。
だからこちらから出向く。
何も難しい話じゃない。至ってシンプルな真九郎の行動原理。
九年前は、紫を助けに行くという名分があった。
大局的な見解はともかく、少なくとも真九郎の中では自分の行動の正しさを肯定していた。
しかし、今は?
紫は望んでいない。
真九郎が助けに来ることなど、つゆほども想像していないはず。
ゆえに彼女は真九郎に抱かれたのだ。自らの恋にけじめをつけるために。
…だいたい、助けに行くという表現からしておかしいよな。
真九郎は三度苦笑。
強奪だ。
あるべきところに望んで収まった紫。それを真九郎が力ずくで奪いに行く。
そこに一切の正当性は存在しない。
もう紫のために出来ることは何もない。そんなのとっくに分かっている。
だからこれは、真九郎が自分のためだけに起こす行動。
つまり―――わがままだ。
紅真九郎、一世一代のわがまま。
貫き通す覚悟は既に出来ている。
真九郎の覚悟が伝播したのだろうか。
背中で夕乃が身じろぎする。
「…死にますよ? 殺されちゃいますよ!?」
「大丈夫です。俺は死にませんから」
極めて軽い口調で真九郎は言った。
何も秘策があるわけじゃない。
正々堂々屋敷の正面から殴りこみをかける真っ向勝負。
九鳳院の本家の警戒は厳重を極めているだろう。
待機している近衛隊を相手にして、紫を連れ出せる可能性は限りなくゼロに近い。
まともに考えれば、紫の前にたどり着けるかすら疑問だ。
そして夕乃の言うとおり、生きて戻れる可能性もまたゼロに等しいことだって承知している。
紫がらみといえど、蓮丈が容赦をしてくれるなんて毛ほども考えてはいなかった。
でも。
―――そんなの、知ったことか。
紫を連れ出す。
そして一緒に五月雨荘に帰る。
なんだ、簡単なことじゃないか。
それに、誓ったから。
誰に誓った?
自分に誓った。
それだけの力が自分にはある。
信じろ。
九鳳院紫がいるならば、紅真九郎は幾らでも強くなれるだろう?
逆に紫がいなければ、俺は―――。
夕乃が腰に回してきた腕に手をかける。
力を込めて、解き放つ。
背後で、夕乃が泣き崩れた気配。
だけど真九郎は振り向かない。
今は前に進むだけ。
「――――!」
夕乃が進行方向に立ち塞がっていた。
後ろで泣き伏しているばかりと思ったのに、あまりにも突然の移動。
「…行かせません」
頬を流れる涙を拭おうともせずに夕乃。
「あなたを死なせるわけにはいきません」
「夕乃さん…」
どいてくれ、と彼女の肩に手をかけようとした刹那、真九郎は数メートルも後方に飛び退っていた。
身体を動かしたのは自分の意思ではなく本能。
幾つもの修羅場を潜り抜けてきた末に獲得した、最も原初的な反射反応。
「止めます。たとえ力ずくでも」
…夕乃さんは本気だ。
本気で俺を止めるつもりだ。
真九郎の背中を滝のように冷たい汗がつたう。全身の毛穴が開いていた。
夕乃の発する気配だけで、彼女の力のおおよそが推し量れる。
柔沢紅香や崩月法泉とは格が違いすぎて本気で仕合いをしたことすらないので除外。
その二人を除くにしても、真九郎が今までの人生で対峙してきた相手として、おそらく夕乃は最強―――!
動揺を押し殺し、呼吸を整える。
それから真九郎は意識を右肘に集中。
皮膚を突き破り飛び出す水晶色の角。
「崩月流甲一種第二級戦鬼、紅真九郎」
真九郎は名乗りを上げた。
もちろん不退転の意思表示であるが、それ以上に本能が警鐘を鳴らしていた。
夕乃は最初から全力で挑まなければならない相手であることを。
しかし、膝は震えていない。
むしろ不敵な笑みが真九郎の片頬に浮かぶ。
…夕乃さんが強いなんて、そんなのとっくに分かりきっていることじゃないか。
だからといって、ここで引き下がるつもりは毛頭ない!
闇を揺らす細く鋭い気合。
月を背にした夕乃の発したものであり、彼女の影が真九郎に覆いかぶさるように伸びてくる。
そこに歪なシルエットが加わった。
ブラウスを突き破り、夕乃の両肩から伸び出る大小二つの輝く角。
「崩月流甲一種第一級戦鬼、崩月夕乃。参ります―――」
崩月の戦鬼。
その力、鬼神の如く。
その業、修羅の如く。
威名は裏世界に冠絶するも、戦鬼同士の対決は史上例を見ない。
そして今。
月下の舞台で戦鬼対戦鬼の闘いの幕が開く―――。