誤字脱字、文章表現の誤りなどが有りましたらご報告くださればと思います。
死んだはずなのに目が覚めて。体は縮みさらには女になっていたなんて事、誰が信じてくれるだろうか。
私は沢田
年を感じさせない若々しい母の腕の中にはこの前生まれたばかりの弟である沢田綱吉が心地よさそうに眠っている。平凡で一般的な家庭に生まれた私は平和な未来に思いを馳せ…ることが出来たならどれほど良かっただろうか。普通ならこの状況で可愛い母と弟を愛でていても何の問題もなかったのに残念ながら現実というものは常に厳しいモノらしい。私に現実逃避の隙すらも与えてくれないなんて。
そうこの家は紛れもなく普通ではない、一般家庭などと呼んでいいはずがない。この家が一般家庭なら極道一家だって一般家庭だ、とは言い過ぎかもしれないけれど。
なかなか帰ってこない父は裏社会に属しているし、そもそも沢田家のご先祖様は自警団を起源とするマフィアのボスだったのだから普通なんて言いようがない。
見た目的には、というか父とご先祖様以外は一般家庭なこの家で裏社会のことなど何も知らされずに育った私が何故こんなことを知っているのか。それは私に前世の記憶なるものがあるからに他ならない。
正確に言えば沢田綱吉として生きた記憶を持ち合わせている。
5歳の誕生日、ちょうど半年ほど前。
庭で母と草むしりをしている最中に酷い頭痛に襲われ、沢田綱吉としての記憶が流れ込んできた。膨大な記憶は5歳の脳には負担でしかなく、そこでぶっ倒れた私は二日の間うなされながら高熱とともに寝込んでいたらしい。
記憶の最後はボンゴレ内部に潜りこんだ鼠が手引きした仲間の反逆により死んだという光景。胸を貫いた銃弾、噴き出る血飛沫、元仲間の黒く濁った瞳に歪んだ笑い顔、そして大切な仲間の焦った表情。全てありありと思いだせるほどに鮮明な記憶。裏社会に片足突っ込んだ時点で碌な死に方をしないことは分かっていたし、九代目のように長生きできるとも思っていなかった。正直に言ってしまえばあそこで終われてよかったのかもしれない。13歳まで裏社会なんて知ることもなく、ダメツナと呼ばれながらも平和に生きていた俺にとって裏社会の最高峰、ボンゴレのボスは重荷でしかなかった。守りたい人を守るために戦って、守りたかった人に裏切られて死んだ。最後に浮かんだ感情はたった一つ。疲れた。ただそれだけだった。
だから再び沢田家に生を受けたことに絶望した。またあの過酷な世界に生きなくてはならないのかと。けれど今こうして目の前にボンゴレのボスたる沢田綱吉がいる以上、裏に関わることにはなるかもしれないけれどあの時のように潰れてしまうことは無いんじゃなかろうか。ボスには綱吉がなる。私はリボーンに巻き込まれないようになるべく敬遠しながら傍観していればいい。なんなら日本から離れてしまうのも手かもしれない。綱吉が中学生に上がるころには私は高校生、留学と称してイギリスやアメリカにでも飛んでしまおう。
そう思っていた時期が私にもありました。ええ、そのために勉強もしていたし、苦手な運動にも取り組んでいた。だがまさかその努力が裏目に出るなんて誰が思った。目の前の状況は流石に予測していなかったぞ。
「おい、父よ。説明してもらうぞ、ちゃきちゃき口を割れ」
「えぇ!燈華ぁ、いつからそんなに口が悪くなったんだ…って怖い怖い怖い!!お父さん泣いちゃうぞ!」
「勝手に泣け、娘を誘拐して国境越えさせたお前に慈悲などない」
私は現在、イタリアのボンゴレ本部にいる。
本当にどうしてこうなってしまったんだ。
時は数時間前に遡る。ほのぼのとした昼食を家族三人で摂っていた沢田家に突如父親が帰還。父が母との再会を喜んでいるのを横目に白米を口に運んでいた私は、次の瞬間には父の小脇に抱えられ何の説明もないままに自家用ジェットに乗せられイタリアにフライアウェイしたという次第である。
訳が分からない。
ジェット機の中で父が呟いた「最近いろいろ頑張ってるみたいだな」という言葉で何となくは察してしまったけれど、物事をすべて把握したわけではない。それだけで判断するのは早計というものだ。せめて家を出る前に何か一言でも言って欲しかった。一言あればイタリアに同行したかと言われればそれは否になるけれども。だれが好き好んでマフィアの巣窟に赴こうというのか。
しばらくの間、通されたボンゴレ本部の客間で父を睨みつけていれば優しそうなおじいさん、つまりは九代目が部屋に入ってきた。私が最後に見た九代目とほとんど変わらないのだけどこの人見た目変わらなすぎでは?
「家光、そろそろきちんと説明してあげなくてはお嬢さんに怒られてしまうよ」
九代目はドアを開けるなり父にそう言い放った。それまで若干ふざけていた父も顔を引き締めて私の目の前のソファに座る。九代目が父の横に座り、その後ろに九代目の守護者が二人。5歳の子どもに対してその絵面はどうかと思う。厳ついおじさん達が揃いも揃って目の前に立つな、誰か一人くらい私の横に座れ。バランスが悪い。などと心の中で文句を垂れているが表面上の私に動きは皆無だ。リボーンに躾けられたポーカーフェイスがこんなところで役立つとは、人生何があるか分からないものだな。
「さて、家光のお嬢さん。急に呼び立ててしまってすまないね。私はティモッテオという、気軽におじいちゃんと呼んでくれて構わないよ」
「分かりました、ティモッテオさん。ご存じかもしれませんけど私は沢田家光の長女、燈華と言います」
「…うん。改めて燈華ちゃん、君には二年間このイタリアで過ごして欲しいんだ」
「は?」
嫌味を込めて、ティモッテオさんと呼んだのに華麗なる笑顔でスルーされ胸の内だけで舌打ちをしたら特大の爆弾を投下された気がするのだが、気のせいだっただろうか。思わず、は?などと九代目に対して軽口をたたいてしまったが、気のせいだったか?
「燈華ちゃん、二年間イタリアで勉強する気はないかい?」
聞き間違いでも空耳でもなかったようだ、至極残念。
何故私がイタリアで勉強しなければならないのか。日本でも、並盛の我が家でも勉強なら十分に可能ではないか?純粋な疑問を九代目にぶつけるとさわやかな笑顔でこう返ってきた。
「その方が、面白いだろう?」
何だこいつ、愉快犯か。面白いという理由だけで何も知らない5歳児をマフィアの本拠地に連れてくるなんて頭おかしいだろう。
正直、此処で勉強できること自体はうれしい。私が俺だったころ。何をしてもダメダメで諦めることしか知らなかった、努力することもせずダメダメな自分が嫌いだった。だから人生をやり直せる今、勉強も運動もできることはやりたい。やらずに諦めていた前の自分が嫌いだから、しょうがないで済ませたく無いから。ここはトップクラスのマフィアがいる場所。格式高いボンゴレではそれなりの知識や審美眼などが求められる。そのため書庫などが充実しているこの場所は学習環境にはもってこいと言っても過言ではない。
さて、それほどまでにこの状況を褒めておいて私が否を示す理由は先にも述べたとおりだ。
私は裏社会に関わりたくない。
勿論“なるべく”にはなってしまうだろう。しかし自分から進んで裏社会に片足突っ込むような状況を作り出したくはない。この場で二年間も過ごせば、裏のことが耳に入ってこないわけがないのだ。そのままずるずると流されて裏社会入りなどとんでもない。関わるとしても綱吉が中学一年生、つまり私が高校二年生からにしたい。
目の前に座る九代目は腹の底を見せない笑顔のまま、父は若干眉根を寄せているが九代目に反論しないということは案自体には賛成なようだ。逃げ道など最初からないようなもの。どのような条件を出そうと、言い訳をしようとこの人たちはきっと私をここに留めたがる。けれどその理由が分からない。そうまでして私をここに連れてきたい理由はなんだ。
「ティモッテオさん、一つ質問をしていいですか」
「あぁ、勿論いいとも」
「私が日本に居ては何か不都合なことがお在りですか」
九代目の瞼がピクリと揺れる。何かに動揺したか、図星をつかれたか。
「日本から私を隔離するために、このような誘拐なんて計画を立てられたのでしょうか」
瞳が一瞬ぶれる。ボンゴレのボスともあろう人がそんなに感情を表に出してしまって良いのか。それとも私が五歳児だからと油断していた?それならば好都合、もうちょっと油断しておいてくれた方が良かったから喋る言葉はもう少し幼くするべきだったな。
「そうだね、君の安全のためと言っておこう。これ以上は深く追求しない方が身のためであることも伝えておこうかな」
自分から関りに行かなくとも裏社会の方から私に近づいてきていた場合の対処法は何だ。これは完全に私狙いの何者かが行動を起こしている可能性が高い。日本で裏社会に迫られるよりもイタリアでのほうが安全なのは確かだ。はぁ、本当に最初から私に拒否するという選択肢は無かったらしい。
一つ盛大に、大げさに、あからさまにため息をついてみせる。何もできない私のちょっとした抵抗だ、大目に見て欲しい。
「分かりました。二年間こっちで過せばいいんですね、それ以上はありません。二年経ったら私は日本に帰ります」
「うん、ありがとう。イタリアにいる間はこの屋敷を自分の家だと思って過ごしてくれればいいからね。先に部屋を案内させよう、これからの話は今日の夜にでもしようか」
掌でコロコロされた気しかしない、気に食わないなぁ。さすが穏健派と言ってもマフィアの穏健派。ザンザスやスクアーロたちが狸と呼んでいるだけのことはある。
妙なことに感心しながら私は与えられた個室のベッドにダイブした。沢田家の自分の部屋など比べ物にならないくらい広いボンゴレの屋敷の部屋。客室であるのでボス部屋よりも小さいが、庶民的な空間になれていた私としてはこの部屋で体が休まる気がしない。畳が欲しいものだ。
持ってきた荷物など皆無だし、何もすることがない。掃除などあらかじめしてあるため散らかっている訳もない。閉ざされていたカーテンを開けると、窓の外がバルコニーになっていることが分かった。外の空気を吸うには丁度いい。私は窓を開けて外に出た。
空は赤と紫が交じり合い夜の気配を告げている。冬にしては日本よりも少しだけ暖かい空気だが夜が近いため上着がないと肌寒く感じる。冷静になる分には快適な気候だ、とでも言っておこうか。
あまり体を冷やすのもよくないと思い、室内に入ろうとしたとき部屋の扉が開いたのが分かった。九代目が夜にこれからの話をすると言っていたし呼び出しかもしれない。
ん?しかしノックもなしに客人の部屋に入るか普通。
少しだけ警戒心を持ちつつ何時でも行動に移せるようにしてから扉から誰が入ってくるのかを見やる。足音を立てることなく入ってきたその人物に私は驚愕した。
顔に凍傷の傷もないし、知っている顔より全然若いけれどそれは紛れもなくザンザスだった。
何でここにザンザスがいるんだよ!九代目に頼まれて私を迎えに来るような奴ではないだろうし、いつもと違う気配がするとかそういうので警戒してここに来たのか⁉私が混乱したまま立ち尽くしていると、こちらに気が付いたザンザスも少しだけ目を見開いていた。
「誰だテメェ」
「名前を聞くならまず自分から名乗れと教わらなかったのか」
いや、私がここにいること知らなかったのかよ。報連相は社会人のマナーだぞ九代目。
睨まれながらザンザスに言われたことに半眼になりつつ答えてやると更に人相が悪くなった。生憎とザンザスとは長い付き合いになるんだ。しかも俺が知っているザンザスは威厳があって強面さも目の前のザンザスよりも一層増した大人ザンザスだ。15歳そこらのザンザスなんぞ怖くも何ともない。15歳にしては大人びている感はあるけれど、それはそれだ。
「この屋敷でオレのこと知らねぇ奴がいる訳ねぇだろ、テメェどこから入り込んできた」
おぉ、中々に頭の回転が速い。ボンゴレ本部に九代目の息子であるザンザスのことを知らない人物がいたならそれは完全なる部外者ということだ。ここで私の言葉に怒って突っかかってくるかとも思ったけれど案外冷静なんだな。
「残念だけど、私は誘拐された身なんでね。どこから入ってきたとかは知らないよ、まぁ正門とかだとは思うけど」
「誘拐されてきただと?…何したんだオマエ」
あれ?何か引かれてる?
あ、一般人に手を出さないボンゴレが人を誘拐してきたとなればその人物は明らかにヤバい奴認定されてもおかしくない訳で…あらぬ誤解を受けている気がするぞ。私がヤバい奴認定される前に誤解を解かねば。そのためには、まぁ自己紹介が無難か。
「失礼な、何もしてないよ。私は沢田燈華、沢田家光の娘って言って通じるのか?」
「家光の?そうか…で、その娘がここに何で誘拐されたんだ」
「さあな、事情は教えてくれなかった。何かあることは確かだけど進んで知りたいとは思えない事柄だろうから、わざわざ聞こうとも思わない」
私の回答に釈然としないのか、眉間のしわが三割増しで深くなっている。
「で?結局アンタは誰なんだよ。私だけ教えてアンタは教えないなんてフェアじゃない」
教えられてもいないのにザンザスと呼ぶなんてベタなぼろを出す前に先手を打っておく。私が名乗ったのだからザンザスが名乗らないなんてことは無いと思うけれど、正直この頃のザンザスの性格なんて欠片も知らないから沢田綱吉の知識なんて本当に知識でしかない。
「ザンザスだ」
「ザンザス、ね。よろしく」
よろしくと言った私にザンザスは鼻を鳴らして答えた。よろしくする気はないとでも言いたげな態度だ。ザンザスの十何年も共にいればそんな態度もいい加減慣れてしまったのでその程度の事でいちいち目くじらを立てたりはしない。そこからザンザス相手に話が弾む筈もなく、妙な沈黙が部屋に落ちた。
「そういえばザンザスはなんでここに来たんだ?」
今更ながらにザンザスの状況を聞いてみる。用もなく客間に出入りするとは思えない。かといって私に何か用があったわけでもないみたいだし。本当にどうしてここに来たんだ?
「ジジイに呼び出されたからサボりだ」
「呼び出されたのなら行けよ」
まさかサボりに来ていたとは。どおりで私がいるにもかかわらず出ていこうとしないはずだ。
追い出されていないということは居てもいいということに外ならないと解釈したのか。本部の誰もがまさかザンザスが客人の部屋でサボっているとは思わないだろう。まさに絶好のサボり場というわけだ。
まぁザンザスが呼び出されたのは十中八九私のことが原因だと思うので私が呼び出されるまでは一緒に部屋で過すことにしよう。
しかしこんなに早くザンザスとエンカウントすることになるとは思わなかったな。ボンゴレ本部にいる以上出会うことは避けられないとは分かっていたが、まさか向こうからやってくるなんて。私、高校二年生になるまで裏社会に足突っ込まず生きていくことなんて出来るんだろうか。
超直感が無理だと思うなどとすでに諦めに入っていることを無視して私はザンザスと大して弾まない会話を続けた。