パルエ暦628年3月29日
フォウ王国は遂に開戦する。
第6号作戦計画『
初めはオリエント海上空を舞台とした一方的な空戦だった。
ラヴィン工廠製
油断、もしくはこの雪降る寒空の中での哨戒任務に飽き飽きとしていたのか、その反応は遅れ、イスカの連発銃の射撃で片翼を引き裂かれる。
それを見た2機のレプンカムイは回避行動に移るが、1機は正確な射撃でコクピットを貫かれて即座にコントロールを失い、もう1機は信号弾を放った直後に全身を機銃弾で叩かれ、機体はバラバラとなって墜ちていく。
『ようスヴァシューナ、初実戦はどうだ?』
コクピットを貫いたイスカに僚機が近づき、無線で声をかける。
その彼は実際王国軍のエースパイロットであった。
『別になんとも思わないが?』
『はぁ?本当になんとも思わないのか?初実戦だぞ?』
『そうだな。俺はただ任務に従うだけだ』
初実戦に心を躍らせることもなく淡々と答える彼に、僚機のパイロットは興味を失う。
その直後、別の僚機が近づく。
『先行隊及び偵察隊からの報告だ。エトーピリカが接近中、まもなく来るぞ』
その言葉に、僚機のパイロットは気を引き締める。
だが、当のエースはいつもの表情を崩さない。
『エトーピリカは俺にお任せください。1機のみですか?』
『あぁ、1機だ。分かった、任せた』
その会話を終えた直後、付近を弾幕の火線が走る。
それを見た3機は一斉に散開。
その内、2機が高空へと昇り、周辺の監視を行う中、スヴァシューナの乗る機体はラムピリカ重工製重迎撃機『Ramp.I-2 エトーピリカ』と対峙する。
エトーピリカからの雨のような機関銃弾が殺到するが、スヴァシューナは一切焦りの表情を見せることもなく、急旋回をもって余裕で回避する。
エトーピリカのパイロットが機関銃の照準を修正するわずか数秒、その射線から逃れていたその数秒だけあればスヴァシューナにとっては十分である。
スヴァシューナは翼下に懸架されている噴進弾を発射させ、時速200㎞の速度差があるにも関わらずそれを正確に命中させる。
被弾したエトーピリカは暴発機を吹き飛ばされて浮遊機関が爆発を起こし、真っ二つに機体が割かれ、その破片はきりもみしながら落ちていく。
場面はフォウ王国本土とマルダル島の間の海域に移る。
"海域"とあるように、普段は一面が青い海のオリエント海であるが、この場所は白い氷に覆われていた。
622年以降、惑星パルエに南北戦争が一時中断するほどの大きな影響をもたらした寒冷化現象は大陸パンゲアの北東にある広大な海の大半を凍結させるという事態を及ぼしていた。
その氷の上を内燃機関及びガスタービン機関で駆動する車両の大群が疾走し、螺旋状のドリルで氷を軽く削りつつ踏みしめていきながら走行する。
先鋒を円柱状の砲塔を搭載したクスク軽戦車が進み、その後続本隊の先頭には平たいお椀型の砲塔を搭載するおそらくフォウ最大の車両である戦略戦車マルダルが進み、その他四角形の砲塔をもつヴァスチ中戦車、楕円柱の砲塔形状であるグリディア中戦車が続く。
アーキル連邦やメルパゼル共和国等に国力も生産能力も及びはしないが、この凍った氷上を進む車両の大群はワリウネクルを確実に倒せるという絶対的な自信をフォウ将兵に植えつけるものだった。
フォウ王国軍の作戦計画は、電撃的にマルダル島、そして諸島連合首都スラーグを占領することは周知の通りであるが、その細部では多くのことが決められていた。
右翼マルダル島方面には第620独立戦車大隊を中核とする主要陸軍戦力が投入されている他、空中艦戦力を集中的に配備している。
中央方面はほとんどが海でそれ以外には小島しか確認されていないため拠点というものは無いだろうという憶測から主力足り得ないクスク軽戦車で構成される偵察部隊や、ガシリア機動戦馬の高速部隊が投入されている。逆に空軍戦力は中央に位置しているということから全体の戦況を見渡せて、且つ左翼・右翼空域の戦況に対応しやすいという理由で、要撃航空戦力を集中配備している。
左翼方面は諸島最北部のフニマルぺ島を占領及びその維持を目標としており、その理由はマルダル島以外の空軍補給拠点の確保及び、諸島連合イムリシタ中央本島の南部への航空戦力の投入を考えていたからである。その為、工兵部隊を中心に編成されている他、ヴァスチ中戦車やクスク軽戦車を多く組み込まれており、一両だけであるがマルダル戦略戦車も編成されている。
右翼方面の先頭を進む第620独立戦車大隊は何もない氷の大地を進んでいた。
無論、何の目印も無しに進んでいるわけではなく、イスカや強行偵察型の『Ni Fa-1 ファリマ』重戦闘機が大出力で噴進機関を吹かして加速していた。
さらに当初の計画案にはなかったが、SW-11ホワックマナウ型空中駆逐艦が各方面の航空戦力を束ねる旗艦として前進しており、第620独立戦車大隊の上空にいる流線形の船体は、第9戦隊第23艦艇分隊の1隻として地上支援も兼ねて追随していた。
「話すことが何もないな」
「でしたら、私と話しますか?」
「ふん、いらん。事務的会話以外じゃ女性と話すのはあまり好きではないんだな」
そんな光景を眺めつつ、大隊長のカレヴァ・ペリ・デンクラン中佐と女性の副官が言葉を交わす。
戦場でなくとも交わしそうな会話であったが、すでに戦争は始まっていた。
ここは戦場なのだ。
マルダル島から北北東の
そこには1隻の駆逐艦が鎮座していた。
カンナカムイ級駆逐艦"タッコナイ"船内
運悪く座礁したこの艦の暖房は停止し、機関を動かす燃料さえも凍結していた。
食糧は?と聞くものもいるだろうが、そんな物は暖房よりも先に底を尽いている。
残っているのは、動かすことの出来ない機関、凍結した連装砲や対艦重砲とそれから放たれるはずだった余りある弾薬だけだった。
だが、これらが乗員の生存に寄与する事は一切無い。
乗員が自分達の命を優先して仲間と殺し合う事が無かったのは幸いであった。
「幾日経ったか?」
「既に1週間は経っています」
「そうか…やはり水も飲めんと、頭がおかしくなるな…はは」
50代である艦長は若いと言える年齢ではなく、だからこそ勇ましかった姿は今や弱々しくなってるように見えた。
そのように艦長を見ている乗員らも体調は芳しくなく、傾向が悪いと軽い栄養失調や飢餓状態に陥っていた。
彼らは自分たちが持っている衣服を限界まで重ね着し、他の乗員と共に包まる事でなんとか寒さを凌いでいた。
無論、それがその場凌ぎである事は全員がわかっていた。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい…大丈夫…です」
この艦には女性も乗っており*1、たった今意識が朦朧としていた所を起こされたのも女性であり、優秀な観測手として艦長が信頼しているクルーの1人である。
だが、幾ら優秀であっても、彼女が体力的に男性乗員に劣る事は事実であり、過酷であった。
そんな乗員が生きるのにも必死である中で、船外からけたたましい轟音が響き渡り、その途中からは装甲を鋭く突くような音が鳴り響く。
「これ、奴らです…!フォウです!」
「何!?我々が知らない間に戦争が始まっていたのか!?」
女性観測手は今までの経験からその轟音の正体を突き止める。
そして、その正体に艦長ばかりかその声を聞いた乗員のほとんどが唖然とする。
「くっそヤツらか!このままじゃ気がすまねぇ!!」
「おい、何をする気だ!」
「何って、対空砲で落とすんだよ!」
「馬鹿野郎!そんな事をしたら、我々はどうなるんだ!」
「うるせぇ!俺は撃ち落としたいんだ!!」
栄養失調や飢餓等によって正常な思考が出来なくなっていた事に加え、機関砲で好き放題に撃たれた事に気が立った1人の乗員は艦長の制止虚しく、機銃座席に走る。
連装砲や20連対艦重砲は撃てなくなっていたが、二連・三連対空機銃は万が一の防衛用として整備され使えるようにはしており、それらに先の乗員に影響された複数の乗員が走り込み、照準をイスカ等の敵機に指向させる。
そして、幾つもの銃口から曳光弾が撃ち放たれる。
多くの銃手が撃ち落とせると確信していたが、イスカ等のパイロットは殺気等を感じ取ったのか、急旋回をして射線が逃れつつ引き返していく。
その時点でパイロット達は自分たちが撃ちまくっていた艦から撃たれた事に気がついておらず、
だが、不運なことに傾斜面によって隠れ、雪上迷彩で塗装されたクスク軽戦車に視認されていた。
「対空砲火を視認した、奴は生きてるな。砲塔が動いていないってことは凍って動かせないんだろう」
「すぐに大隊司令部に通達だ!まさか、こんな幸運に巡り会えるとは」
第620独立戦車大隊の先鋒偵察部隊として働いていた1両のクスク軽戦車によって、"タッコナイ"は通報された。
「何?生きている座礁した駆逐艦を発見しただと?」
「はい、ただし機銃のみ発砲していたため、主砲等は動かせない可能性があるとの事です」
「…鹵獲出来れば高い戦果となり得るか、戦車中隊及び歩兵大隊を派遣する。第33独立航空戦闘大隊には相手の抵抗力を削ってくれと伝達してくれ」
デンクランは通報を受け取り、即座に命令を下す。
その間に、デンクランへ直接無線が入る。
『こちら第26試験戦車小隊、我々も向かわせては貰えないでしょうか?』
「貴官らが?あまりこのような場で戦わせたくは無いのだが」
『しかし、敵駆逐艦への打撃力も計測する必要があると存じますが』
「…わかった。ただし、1両もこんな所で失うなよ」
『わかっております』
そう言い、第26試験戦車小隊長は無線を切る。
デンクランは無線機を置こうとすると、突然副官が呼びかけてくる。
「閣下」
「なんだ?」
「独立航空艦中隊にも要請してみては?」
「独立航空艦中隊だと?なんのために?」
「もちろん、実戦訓練ですよ。本土では何回も訓練を行ってきたのは耳にしていますが、今回相対したのは敵の駆逐艦です。しかも動かない的ですよ?敵の駆逐艦を標的とした訓練にふさわしい場かと」
「ふむ……わかった。伝達しよう」
理にかなっている発言ではあるが、部下である副官の口車にまんまと乗せられた彼は半ば不満そうな表情をしながら言葉を返し、独立航空艦中隊へ伝達指示を行う。
その頃、"タッコナイ"はフォウ王国軍機の襲撃にあっていた。
先程は暇つぶしも兼ねた攻撃であったが、今は本気の攻撃が行われており、大型の機体且つ野心的な設計の後退翼を有する二パース航空局製
対空機銃が幾つも打ち上がるが、タマネフタでさえ容易に撃墜できるものではなく、さらにタマネフタに集中してる隙を突きイスカやバルケッタが噴進弾や機銃等による攻撃を加え、対空機銃を剥ぎ取っていく。
右翼方面戦力から分派した戦力が到着する頃には対空火器は一つ残らず粉砕されており、戦車中隊が包囲しつつ歩兵大隊が船内への突入を開始する。
戦車中隊の支援もあり、相手は大半が銃火器を有していない海兵であり大半のフォウ兵は楽勝と思ったが、彼らは数少ない銃を柔軟に運用し、頑強に抵抗する。
唯一効果的な損害が与えられたのは、第26試験戦車小隊のKom-82/3重砲戦車"マルダル"であり、マルダル戦略戦車に120㎜砲を半ば強引に砲塔内に搭載させたことで限定旋回しか出来なくなっている反面、従来の戦車を理論上一撃で屠る事が可能となった火力を持ち合わせている。貫通力も高く、カンナカムイ級駆逐艦の側面に放たれた砲弾がその装甲すら貫徹することが可能であった。
歩兵部隊の損害が増えていくにあたり、損害の大きさを気にした歩兵大隊長は全兵員を撤収させ、デンクラン中佐へと援護を仰いだ。
デンクラン中佐を経由して独立航空艦中隊から達せられた命令は、「包囲状態を維持つつ、後退せよ」という内容であり、その命令に忠実に従い歩兵大隊長と戦車中隊長は部隊をゆっくりと下がらせる。
やがて上空に現れたのは独立航空艦中隊第3艦艇分隊の3隻であり、その内2隻はSA-12ア式コンスタンティン型空中駆逐艦。
もう1隻はホワックマナウ型の改造タイプであるSW-13セルマバリナ型空中爆撃艦"エメン・ロー"であった。
流線形の船体を持つなど共通した特徴を持つが、唯一異なる点として爆撃艦の名の通り、船体下部に80cm榴弾砲を抱えていることであった。
"タッコナイ"の状態は空中艦にとっては動かない的そのものであり、"エメン・ロー"の80cm榴弾砲にとっても絶好の標的であった。
当然、"タッコナイ"の乗員にとっては絶望しかないだろう。
「艦長、発射準備完了致しました」
「わかった。駆逐艦がどれだけ耐えてるか知らないが、敵艦の前部、中央、後部にそれぞれ一発ずつ、装填完了次第順次発射せよ。私の命令は3発撃ち終わるまではいらん」
「はっ」
命令を受諾した1分後、初弾が激しい轟音とともに発射され、座礁した前部に激しい破壊をもたらし、2発目、3発目ともに同様の結果をもたらした。
だが、その駆逐艦は
「沈まないか、まあそれは予想していたのだが」
「結果は得られましたし、撤収するべきでは」
「いや……せめてさらに華々しい結果が欲しいものだな、次弾装填」
艦長は下士官にすら隠さず、悪辣な笑みを浮かべていた。
その艦内は悲惨そのものだった。火災をもたらすのは弾薬以外なかったはずだが、80cm榴弾の燃焼反応に残っていた衣服が燃え移ってそれが火災の原因となっていた。だが、それを消そうと動こうとするものは一人もいなかった。いや、一人だけいた。
「うぅ……ん……え」
艦長から信頼されていた女性観測手は奇跡的に生きていた。だが、五体満足とはいかなった。
彼女が起き上がろうとするときに右腕に喪失感を覚え、喪失感のあった部位を見るとその右腕は弾け飛んでいた。
さらに立ち上がろうとするも、左足はボロボロであり、右足は膝下から吹き飛んでいた。
そんなほぼ満身創痍の状態で彼女は周りを見渡す、見慣れた船内はがれき類で既に無く、だが埋もれた死体の中に見知った顔を見た。
普通なら涙を流したりするものだったが、彼女の瞳からは涙は一切出なかった。
そしてふとここが空の下であることに気づく、だが自然と寒さは感じなかった。
上空を見ると、この悲劇をもたらした元凶が浮いていることに気づく。
それを見ても、恨みを感じなくなっており、彼女は自然と左手で祈る姿勢を作る。
「
それは勝利を願った言葉でもなく、ただ仲間の死を悼む意味が込められていた。
「敵艦中央部、放て」
同時に80cm榴弾砲が放たれ、爆発の閃光とともに彼女の意識は消滅する。
そして、空気を激しく震わす轟音が起き、"タッコナイ"を爆炎で包み込む。
「何が起きた?」
「おそらく、弾薬の誘爆かと」
「そうか……」
事実その通りであった。既に3発の着弾で撃沈判定ギリギリまでの損害を被っていたが、最後の榴弾で弾薬搭載区画まで貫いて誘爆し、船底部の氷でさえ爆発の衝撃で砕いていた。
包囲していた陸軍戦力についてだが、第3艦艇分隊の到着と同時に本隊へと戻っているため、特に被害は無かった。
ガルゼラルを進発して1週間も経たない内に、第620独立戦車大隊はマルダル島沿岸部に到達。
フォウ王国軍が有力な戦車戦力に加え、空中艦部隊や航空戦力を有している一方で、マルダル島防衛部隊は島周辺の海が凍結していたために水上戦力の援護は受けられず、航空戦力もその海が凍結していることにより、燃料輸送船での輸送が途絶えているために燃料事情は全力戦闘を行えない程度に悪化しており、陸上戦力は言わずもがな不利であることは明白であった。
そんな事情が絡んでる中で、マルダル島攻防戦は始まった。
次回はマルダル島攻防戦となります。