インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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9話 約束と酢豚

「お前のせいだ!」

「あなたのせいですわ!」

 

「なんでだよ……」

 

 昼休み、教科書を片付けて席を立ち上がった一夏は開口一番に箒とセシリアに文句を言われていた。

 なぜこの2人が一夏に対して文句を言っているのか、それは(ファン)さんが1組に宣戦布告(?)をしに来た直後にまで遡る。

 午前のSHRを終えて早速1時限目に入ったのだが、箒とセシリアはまったく授業に集中できておらず、午前中だけでも山田先生に注意5回、織斑先生に3回叩かれている。大方、突然現れて一夏と妙に親しげに話していた凰さんが気になって集中できなかったと言ったところだろう。

 しかし織斑先生の前でボーっとするなんて、腹を空かせたホオジロザメの前に躍り出るようなものだ。体に霜降り肉を括り付けて『ヘイ、カモーン!』と煽ってるのと同じだ。

 

「まあ、話ならメシ食いながら聞くから。取り敢えず学食行こうぜ」

 

「む……。ま、まあお前がそう言うなら、良いだろう」

 

「そ、そうですわね。行って差し上げない事もなくってよ」

 

 まったく……恥ずかしいのは分かるが、君達はもう少し素直になれんのかね? (はた)から見たら口元が緩んでいるのがまる分かりだぞ。

 

「ウィルも一緒にメシ食いに行こうぜ」

 

 やれやれと肩を(すく)めて首を振っていると、一夏がこちらに声を掛けてきた。

 

「そうだな。じゃあ俺もご一緒させてもらうとしよう」

 

 言って、一夏、箒、セシリアと共に学食へと向かう。その他クラスメイトが数名付いてきて、俺達はぞろぞろと学食に到着した。

 俺は券売機でサバの塩焼き定食。一夏は日替わり定食、箒はきつねうどん、セシリアは洋食ランチと、各々好きなものを買っていた。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ドーン、と俺達の前に立ち塞がったのは噂の転入生、凰 鈴音(ファン・リンイン)さんだった。ちなみに彼女が手に持つトレーの上では熱々のラーメンが湯気を放ちながら鎮座している。スープの色からして醤油味だろうか?

 

「まあ、取り敢えずそこをどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」

 

「う、うるさいわね。分かってるわよ」

 

「麺、のびるぞ」

 

「わ、分かってるわよ! だいたい、アンタを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

 

 一夏はエスパーじゃないんだから、そんな事まで予測はできんだろうに。

 

「それにしても久しぶりだな。ちょうど丸1年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「げ、元気にしてたわよ。アンタこそ、たまには怪我病気しなさいよ」

 

「どういう希望だよ、そりゃ……」

 

 なんじゃそりゃ。『アンタこそ元気にしてたの?』じゃなくて『怪我病気しなさいよ』だなんて言う奴を俺は見た事が無いぞ。これはあれか、新手の照れ隠しか。

 

「あー、ゴホンゴホン!」

 

「ンンンッ! 一夏さん? 注文の品、できてましてよ?」

 

 先ほどから一夏と凰さんを穴が開くほど見つめていた箒とセシリアが大袈裟に咳き込み、会話を中断させる。

 ……な、なあ2人とも? 位置関係的に仕方ないのは分かるんだが、頼むから俺の背後からあいつらを睨み付けるのは止めてくれ。正直滅茶苦茶(めちゃくちゃ)怖いんだが。

 

「おっ、向こうの席が空いてるな。行こうぜ」

 

 日替わり定食を受け取った一夏に促され、俺達はテーブル席へ向かう。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見た時びっくりしたじゃない」

 

 先ほど一夏が言ったように丸1年ぶりの再開だからか、彼は凰さんに幾つも質問を投げ掛けていた。やはり親しい知り合いの空白期間は気になるものなのだろう。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明しろ!」

 

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と、つ、つつつっ、付き合ってらっしゃるの!?」

 

 疎外感を感じてか、箒とセシリアがテーブルをバンッと叩いて立ち上がる。他のクラスメイト達も興味津々とばかりに頷いていた。

 

「べ、べべ、別にあたしは付き合ってるわけじゃ……」

 

「そうだぞ。なんでそんな話になるんだよ」

 

 凰さんは顔を真っ赤にしながら、一夏は何言ってるんだよ、といった感じの表情でセシリアの言葉を否定する。

 それを聞いて安心したのか、箒とセシリアは幾分落ち着いたように席に座り直した。

 

「まあ、付き合ってる付き合ってないの話は今は置いておくとして──」

 

「最優先事項だ!」

「最優先事項ですわ!」

 

「お、おう、スマン。……ま、まあ、2人がどういった関係なのかは俺も気になるところではあるな。昔からの知り合いのようだが?」

 

 箒とセシリアの凄まじい剣幕に気圧されて椅子ごと後退りした俺は、空気を改めるように一夏に訊ねる。

 

「さっきも言ったけど、別に付き合ってなんかないって。ただの幼馴染みだよ」

 

「…………」

 

「? 鈴、何睨んでるんだ?」

 

「なんでも無いわよっ!」

 

 プイッと頬を膨らませてそっぽを向く凰さん。

 ああ、これはあれだな。この子も一夏に片思いしてるクチだ。さっきの付き合ってる云々の時の反応と一夏に『ただの幼馴染みだよ』と言われて拗ねたのを見て確信したぞ。……つうか一夏の奴、どんだけモテるんだ!? 畜生っ、サバの塩焼きがいつもより塩辛く感じる……!!

 

「幼馴染み……?」

 

 怪訝そうな声を上げたのは箒だった。

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越して行ったのが小4の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小5の頭なんだよ。で、中2の終わりに国に帰ったから、会うのは1年ちょっとぶりってわけだな」

 

 そうか。確かにそれなら箒と凰さんは面識が無い事になる。なら箒のあの反応も当然か。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼馴染みで、俺の通ってた剣術道場の娘」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

 凰さんはまるで箒を品定めでもするかのようにジロジロと見る。そんな視線に負けじと、箒も凰さんを見返していた。

 

「初めまして。これからよろしくね」

 

「ああ。こちらこそ」

 

 そう言って挨拶を交わす2人の間に盛大に火花が散ったように見えた。……ああ、またか。この前の箒とセシリアの睨み合いの時もそうだったが……今度、医務室に行って目を調べてもらおう。パイロットは目が命だからな。うん。──っと、それはさておき、俺も自己紹介しておかないとな。

 

「初めまして、凰さん。もう既に知ってるかもしれんが、ウィリアム・ホーキンスだ」

 

「アンタがもう1人の男性操縦者ね、よろしく。それとあたしのことは(リン)で良いわ。凰さんなんてむず痒いったらありゃしない」

 

「そうか? それなら俺もウィリアムかウィル、好きに呼んでくれて良い。よろしく」

 

 テーブルを挟んでの自己紹介を終えたところで、さっきから置いてきぼりを喰らっていたセシリアがわざとらしく咳き込んだ。

 

「ンンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰 鈴音(ファン・リンイン)さん?」

 

「……誰?」

 

「なっ!? わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存知ないの!?」

 

「うん。あたし他の国とか興味無いし」

 

「」

 

 ワオ、バッサリと言ったなぁ。

 

「な、な、なっ……!?」

 

 言葉に詰まりながらも怒りで顔を赤くしていくセシリア。今の彼女は、以前クラス代表を決めている際に一夏と言い合いになった時の表情に負けず劣らずだった。

 

「い、い、言っておきますけど、わたくしはあなたのような方には負けませんわ!」

 

「そっ。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」

 

 ふふん、と自信満々な調子の鈴。恐らくだが、彼女は嫌味で言っているわけではない。素だ。素で、そう思っている。

 しかしまあ、鈴は嫌味で言ったつもりが無くても、それでも頭にクる者は必ずしもいるものだ。

 

「はっはっはっ、自信満々に言うじゃないか」

 

「…………」

 

「い、言ってくれますわね……」

 

 俺は笑いながらサバの塩焼きを(ほぐ)して口に運ぶが、箒は無言で(はし)を止め、セシリアはワナワナと震えながら拳を握り締めていた。

 それに対して、鈴は何食わぬ顔でラーメンを啜る。肝据わってんなぁ。

 

「そう言えば、一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」

 

「おう。成り行きでな」

 

「ふーん……」

 

 鈴はどんぶりを持って、ゴクゴクと直接スープを飲む。

 

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげても良いけど?」

 

 顔は一夏から逸らして、視線だけを向ける鈴。その言葉はついさっきまでのものと一転して歯切れの悪いものだった。

 

「一夏に教える者は3人で十分だ。これ以上は、必要、無い」

 

「あなたは2組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ!」

 

 おーう……2人ともちょっと鏡を見てこい。ジャパニーズ般若(はんにゃ)も裸足で逃げ出すレベルの顔になってるぞ。

 

「あたしは一夏に言ってんの。関係無い人達は引っ込んでてよ」

 

「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」

 

『どうしても』を強調して言う箒。はて、一夏はそんなに懇願してただろうか? 少なくとも俺の頭のストレージ内にそんな場面は無かった気がするんだが。

 

「1組の代表ですから、1組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、あとから出て来て何を図々(ずうずう)しい事を──」

 

「あとからじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 

 こらこら、相手を挑発するような事を言うのは止めなさい。燃え盛る炎にガソリンぶち込むのと同じだぞ。

 

「そ、それを言うなら私の方が早いぞ! それに、一夏は何度もウチで食事をしている間柄だ。付き合いはそれなりに長い」

 

 言い切ってやったぜといった感じの箒は腕を組んでムフーッとドヤ顔を決める。

 しかし、そんな箒に対して鈴はガソリンを注ぐどころかJDAM(ジェイダム)爆弾をさらっと投下しやがった。

 

「ウチで食事? それならあたしもそうだけど? 一夏はしょっちゅうウチに来て食事してたのよ。小学校の頃からね」

 

 自慢気に語る鈴と、プルプルと震え出す箒、セシリアの2人。さて、爆発する前にちゃっちゃとメシを平らげてここを去るとしよう。

 ……いつの間にか話は脱線してるし、俺は完全に蚊帳(かや)の外みたいだしな。まったく見せ付けてくれるじゃないか、ええ? 

 

「いっ、一夏っ! どういう事だ!? 聞いてないぞ私は!」

 

「わたくしもですわ! 一夏さん、納得のいく説明を要求します!」

 

「ふぅ、ごちそうさん」

 

 ヒートアップし始める友人達を横目に俺は空になった皿をトレーに並べて静かに立ち上がる。

 

「一夏!」

「一夏さん!」

 

「うぃ、ウィル……助け……」

 

 一夏から必死に助けを求めるような視線を向けられた。

 おっと、友人の危機だ。どうするかって? それはもちろん……

 

 

 

 

 

 

「グッドラック♪」

 

 最っっ高に良いエガオを浮かべながら親指で首を()き切る仕草をして、俺はその場をあとにする。あとは俺抜きでトークを楽しんでくれたまえ。…………ケッ、ケッ、もう1つおまけに、ケッ。

 

「言葉と仕草が正反対ぃぃぃぃッ!!」

 

 背後で一夏の悲鳴が轟いた。

 

 ▽

 

「え?」

 

「どうした、一夏……おぉ」

 

「!?」

 

 放課後。今日も一夏にIS操縦を教える為、第3アリーナに集合していた俺とセシリア、そしてその当人である一夏は、予想外の人物に少し驚いていた。……セシリアだけは『少し』程度ではないようだが。

 

「な、なんだその顔は……おかしいか?」

 

「いや、その、おかしいって言うか……」

 

「よく借りる事ができたな。もう借用許可が出ているのか?」

 

「篠ノ之さん!? ど、どうしてここにいますの!?」

 

 そう、俺達の前にいるのは箒だった。しかも、IS【打鉄(うちがね)】を展開・装着している。

【打鉄】は純日本国産のISとして定評のある第2世代の量産型。安定した性能と堅実な作りを持つガード型で初心者にも扱いやすく、その事から多くの企業並びに国家、ここIS学園においても訓練機として一般的に使われている機体だ。

 

「どうしてもなにも、一夏に頼まれたからだ。それに、近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。私の出番だな」

 

 その言葉通り【打鉄】の機体デザインは日本で言う鎧武者といった感じで、実際に基本武装も刀型の近接ブレードを装備している。

 いや、感じと言うより、これは鎧武者をイメージして設計しているのだろう。ティンダル基地に武者とかサムライとかが好きな人もいたから、そういう層からは人気がありそうだ。

 

「くっ……。まさかこんなにあっさりと訓練機の使用許可が下りるだなんて……」

 

 ものすごく悔しそうな顔をするセシリア。一夏との『ドキッ! 一夏とのIS操縦訓練(俺命名)』を邪魔されたからだろう。けど、俺もいる事は忘れないでくれよ?

 

「では一夏、始めるとしよう。刀を抜け」

 

「お、おうっ」

 

 箒の奴、やる気満々だな。スラリと抜かれた刀の、鈍い光沢が実体剣特有の鋭利さを感じさせる。箒の表情と抜かれたブレードを見て、一夏の顔に緊張が走った。

 

「では──参るっ!」

 

 ──と、そこにつんざく声。

 

「お待ちなさい! 一夏さんのお相手をするのはこのわたくし、セシリア・オルコットでしてよ!?」

 

 言うが早いか一夏の前に割って入ったセシリアは、箒と真っ向から対峙する。

 

「はぁ……まーた始まったぜ……」

 

 セシリア、お前さんは射撃特化だろう。俺だって格闘は格闘でもケツの取り合い(ドッグファイト)をするぐらいで、ISが相手の近接戦は得意じゃない。むしろ時間があれば俺も箒に習いたいぐらいだ。

 

「ええい、邪魔な! ならば斬る!」

 

「訓練機ごときに(おく)れを取るほど、優しくはなくってよ!」

 

 箒の袈裟斬り。それをあらかじめ展開しておいたショートブレードの『インターセプター』で受け流すセシリア。剣撃の勢いを利用して間合いを取り、素早く片手でトリガーを引くと、『スターライトmkⅢ』が超高速のレーザーを射出する。

 ──あーあー……とうとうIS戦にまで発展してるじゃないか。って言うか、一夏の訓練はどうするんだよ。そろそろ止めた方が──

 

「はあああああっ!!」

 

「甘いですわ!!」

 

 ……よし、下手に首を突っ込むのは止そう。矛先が向いたらシャレにならん。取り敢えずそこで放心状態の一夏は俺が教えるとしようか。

 

「一夏、あっちはしばらく終わりそうにないから先に訓練を始めよう」

 

「いや、でも放っておいて大丈夫なのかよ、あれ」

 

「なら『やめて! 俺のために争わないで!』って言いに行くか? あの戦闘の真っただ中に。ミンチか細切れ、どっちにされるかねえ……」

 

 今まさに激戦を繰り広げている箒とセシリアを左手の親指で指す俺は、はぁ……と大きな溜め息を溢す。

 

「た、確かに。変に横槍を入れたら酷い目に遭いそう──」

 

「一夏!」

 

「何を黙って見てますの!?」

 

 青い顔をしながら身震いしていた一夏だったが、なんの前触れも無く矛先を向けられて「うぇい!?」と変な声を上げた。

 

「何を黙ってって……どっちかに味方したらお前ら怒るだろ?」

 

「当然だ!」

「当然ですわ!」

 

 一夏の至極真っ当な正論。しかしそれは、息ぴったりの2人に真正面からへし折られた。じゃあどうしろって言うんだよ。どっちを選んでも一夏がバッドエンドまっしぐらじゃねえか。

 ちなみにこの時の沈黙がまずかったらしい。数分後、一夏は箒とセシリアを相手にIS戦をさせられる事になり、そんな彼からの援護要請を受けて俺も参戦。日が暮れるまで第3アリーナでドンパチし合ったのだった。

 

 ▽

 

「では、今日はこの辺りで終わる事にしましょう」

 

「お、おう……」

 

 ゼーハーと息切れを起こし、地面に大の字で転がっている一夏に対して、セシリアはけろりとしている。さすがは代表候補生。正直に言うと、体力・筋力はそこそこ鍛えている俺でも少し疲れが生じていた。

 

「ふん。鍛えていないからそうなるのだ」

 

 箒も多少は疲れているようだが、一夏のように疲労困憊(ひろうこんぱい)というほどではない。……俺ももう少し体力錬成するかぁ。

 

「んな事言われたって、国家代表候補生と剣道大会優勝者が相手じゃこうもなるって」

 

「だからウィリアムが加勢してくれていただろう」

 

 いやいや、何をおっしゃいますか箒殿。君、俺にはほとんど目もくれずに悲鳴を上げながら逃げ回る一夏をセシリアと一緒に追い回してたよな?

 

「俺はほとんど手を出してないぞ。強いて言うなら、少し一夏のサポートをしただけだ。だがまあ、箒の言う通り少しばかり体力面が心許(こころもと)ないな、一夏」

 

「ああ。それは今日の訓練で思い知ったぜ。俺ももっと鍛えなきゃなぁ」

 

 少し息が落ち着いてきた一夏はそう言って、地面に転がったままダークブルーに染まりつつある空を見上げる。

 

「では、わたくしはこれで失礼致します」

 

 小さく会釈をしてから去って行くセシリア。

 

「何をしている、我々も早く戻るぞ」

 

「あぁ……悪い、箒。俺、もう少しだけ動けそうにないから先に戻っててくれ」

 

「仕方のない奴だな。部屋のシャワーは先に使わせてもらうぞ。ではな、一夏、ウィリアム」

 

 少しだけ目を笑みに細めた箒も踵を返し、ピットへと戻って行った。

 

「……さて。一夏、そろそろ動けるか? あまり長居してると汗が冷えて風邪ひくぞ」

 

 箒とセシリアが去ってから約3~4分ほど。未だ大の字で寝そべっている一夏に声を掛ける。

 

「……おう。よっこら……しょっと」

 

 フラフラとしながら立ち上がった一夏と共に俺もピットに戻った。

 

「ふぅ……」

 

 展開を解除。と同時にISの補助が無くなるので、疲れが一気に体にのしかかってくる。

 同じくISを解除した一夏が、汗を拭いながらベンチに座り込んだ。

 

「これがクラス対抗戦まで続くのか……」

 

「今日のは運が悪かっただけだろ。ほれ」

 

 近くに畳んで置いてあったタオルを手に取り、一夏に投げ渡す。

 

「おう、サンキュ」

 

「ユアウェルカムだ。──一夏、もう少し無駄な動きを省いてみろ。そうすれば1つ1つの行動に要する時間も短くなるし、余計な体力も使わずにすむ。変に堅くなり過ぎず、自然体でいるんだ」

 

「つまり、今の俺は変に(りき)み過ぎって事か?」

 

「そうだ。確かに多少の緊張感を持つってのは大事な事だが、それも過ぎると却って毒になる」

 

「成程……」

 

「一夏っ!」

 

 バシュッと音を立ててスライドドアが開き、鈴が現れた。

 

「訓練お疲れ。はい、スポーツドリンク。こっちはウィルの分よ」

 

 え? 何この子。わざわざ俺の分まで用意してくれたのか? ……めちゃくちゃ良い子じゃないか……!

 

「サンキュ。あー、生き返る~」

 

「サンキュー、鈴。ありがたく頂くよ」

 

 受け取ったスポーツドリンクのキャップを捻り、封を開ける。平時に飲むには糖分が高過ぎるこれも、スポーツのあとの体には非常に助かる。糖は体の重要エネルギー源だ。

 ちなみにキンキンに冷えていないが、これで正解らしい。運動後の熱を持った体に冷たい液体を流し込むなんて自殺行為に等しいらしく、ぬるめが最適だそうだ。以前、冷えたスポーツドリンクを一夏の目の前でガブ飲みしたら、しこたま説教を喰らった。

 

「鈴、もしかしてお前、ずっと待っててくれたのか?」

 

「ふふん。まあね」

 

 一夏の問いにニコニコとしながら答える鈴。おっと、こいつは邪魔しちゃあ悪いかな?

 なんとなくそう察した俺はタオルを回収用のカゴに入れ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「それじゃあ一夏、俺も先に上がらせてもらうぞ。鈴、スポドリありがとうな」

 

 言って、俺はピットをあとにした。

 

 ▽

 

「……いったい何事だぁ?」

 

 時刻は午後8時過ぎ。夕食も既に終わり、寮の自室にてタブレット端末で手頃な映画を観ながらくつろいでいると、一夏の部屋辺りから誰かと誰かの言い合いらしき声が聞こえてきた。

 

「騒々しい。一夏の周りはいつもこんな感じなのか?」

 

 まあ一夏は気の良い奴だし、退屈をする事も無いし、少し騒がしい事を除けばこれぐらいの方が楽しくて良いかもしれんな。

 

「よっと」

 

 端末の電源を切り、ベッドから起き上がった俺は1025室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「というわけだから、部屋代わって?」

 

「ふ、ふざけるなっ! なぜ私がそんな事をしなくてはならない!?」

 

「……What's happened(いったい何が起こってんだ?)?」

 

 1025室に着いた俺の目の前では、ちょっとした修羅場が展開されていた。騒ぎの中心となっている人物は箒と鈴だ。近くでは一夏がどうしたものかといった表情で後頭部をガシガシと掻いている。

 

「いやぁ、篠ノ之さんも男と同室なんて嫌でしょ? 気を遣うし。のんびりできないし。その辺、あたしは平気だから代わってあげようかなって思ってさ」

 

「べ、別に嫌とは言っていない……。それにだ! これは私と一夏の問題だ。部外者に首を突っ込んで欲しくはない!」

 

 俺は途中から騒ぎを聞きつけてやって来たのだが、言い合いの内容からして一夏との同室をめぐって争っているようだ。

 

「大丈夫。あたしも幼馴染みだから」

 

「だから、それが何の理由になると言うのだ!」

 

 ダメだな、会話がまったく噛み合っていない。食堂での一件からして鈴は我が道を行くタイプだろうし、箒も箒で頑固な性格だ。お互いが自分の主張をぶつけるだけで、話し合いによる解決は恐らく無理だ。

 と言うか、鈴は既に自分の持ち物が詰まっているであろうボストンバッグを持って来ている。部屋を代わってもらう以外の選択肢は用意していないのだろう。

 

おい、一夏。なんでこんな事になってるんだ?

 

俺にもよく分からないんだ。突然、鈴が部屋に押し掛けて来てさ

 

 ふむ。こいつ自身も理由が分かってないときたか。何の前触れも無く、こんな話になるとは思えんしなぁ。……とすると、俺がピットから出て行った直ぐあとが怪しいな。

 

何か心当たりはないか? 例えば訓練のあと、俺がピットから出て直ぐの辺りとか

 

うーん……お前が出て行ったあとか……。確か、偶然何かの話から俺と箒が同室だって話になって………

 

「」

 

 お前、それが1番の元凶じゃねえかぁぁぁ!! えっ? そんな事ポロッと言っちゃったの!? そりゃあ『私も一夏と同室が良い!』ってなるだろうよ!! 

 

「はぁ~~~」

 

 ベチンッと右手を額に当てて天井を仰ぎ見る俺の口からは、盛大な溜め息が漏れた。

 

「とにかく、今日からあたしもここで暮らすから」

 

「ふ、ふざけるなっ! 出て行け! ここは私の部屋だ!」

 

「『一夏の部屋』でもあるでしょ? じゃあ問題無いじゃん」

 

 そう言って同意を求めるように一夏に顔を向ける鈴。箒も、同じく賛同(鈴に出て行けという意見)を求めるように彼を見る。て言うか、睨む。

 

「お、俺に話を振るなよ……」

 

 2人から同時に同意を求められた一夏はたじろぎながら俺に視線を向けてきた。俺にも話を振らないでくれ。はぁ、頭の頭痛が痛い(・・・・・・・)。誰か、俺に頭痛薬をケースごとくれ。

 

「とにかく! 部屋は変わらない! 出て行くのはそちらだ! 自分の部屋に戻れ!」

 

「ところでさ、一夏。約束覚えてる?」

 

 話を無理やり捻曲げやがったよ、この子!?

 

「む、無視するな! ええい、こうなったら力ずくで……!」

 

 激昂(げっこう)した箒はいつでも取れるようにベッドの横に立て掛けてあった竹刀(しない)を握る。って、おいまさか……!

 

「あ、馬鹿! 待て、箒!」

 

「ストップだ! それはシャレにならん!」

 

 止める隙も無い。箒は完全に冷静さを失っていて、防具も何も身に付けていない鈴にその切っ先を振り下ろす。まずい、間に合わん……!!

 

 バシィィンッ!

 

 ものすごい音が響いた。鈴の奴は大丈夫なのか!?

 

「鈴、大丈夫か!?」

 

「大丈夫に決まってるじゃん」

 

 慌てて駆け寄る一夏に対して何事も無さそうに答える鈴。

 

「だって今のあたしは──代表候補生なんだから」

 

 見ると、確実に頭にヒットしたと思われた打撃は、ISが部分展開した右腕によってしっかりと受け止められていた。

 

「…………!」

 

 驚いていたのは、誰よりも箒だった。いくらISの展開が速かろうと、その判断を下すのは結局のところ操縦者──生身の人間だ。つまり、ISの展開速度が人間の反射限界を超える事は無い。ありえない。

 そしてさっきの打撃は、およそ素人が土壇場(どたんば)で対処できるようなレベルのものではない。これはつまり、鈴自身がかなり強いという単純かつ明白な答えであった。

 

「て言うか、今の生身の人間なら本気で危ないよ」

 

「う……」

 

 怒りに任せて自制心を失い、あまつさえ人に怪我をさせかけたという指摘が何より効いたのか、箒はバツが悪そうに顔を逸らす。

 

「まっ、良いけどね」

 

 細かい事は気にしないとはがりにカラッとした態度で、鈴はISの部分展開を解く。スマートな装甲を纏った右腕がパァッと光り、光の粒子となって元の状態に戻った。

 

「え、えーと……。そうだ。鈴、約束って言うのは」

 

 室内に漂う気まずい空気を改めるように、一夏はついさっき鈴が言いかけていた話題を持ち出す。

 

「う、うん。覚えてる……よね……?」

 

 鈴は恥ずかしそうに顔を伏せて、チラチラと上目遣いで一夏を見る。

 

「えーと、あれか? 鈴の料理の腕が上がったら毎日酢豚を──」

 

「そ、そうっ。それ!」

 

「──奢ってくれるってやつか?」

 

 ? 一夏と鈴は数年前にそんな約束を交わしてたのか? て言うか、酢豚ってのはいったいどんな食い物なんだろうか。……気になってきたな。

 

「………はい?」

 

 ん? 鈴が呆けた表情で一夏を見上げているが……これは約束を覚えてくれてた事に驚いているって感じじゃない気がする。

 

「だから、鈴が料理できるようになったら、俺にメシをご馳走してくれるって約束──」

 

 パァンッ!

 

「……へ?」

 

 いきなり頬をひっぱたかれ、目をパチクリと瞬きさせる一夏。

 

「……は?」

 

 俺も状況について行けず、口を半開きにしたまま固まり、近くに立つ箒も状況が把握できないといった顔をしていた。

 

「え、えーと……」

 

 一夏がゆっくり、ゆっくりと顔の向きを戻し、釣られて俺も視線を鈴の元に戻す。

 

「…………」

 

 肩を小刻みに震わせ、怒りに()ち満ちた眼差しで一夏を睨んでいる鈴の姿があった。しかも、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、唇はそれが零れ落ちないようにキュッと結ばれている。

 

「あ、あの、だな……鈴……」

 

「最っっ低! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けない奴! 犬に噛まれて死ね!」

 

 そこからの鈴の行動は素早かった。床に置いてあったバッグを引ったくるように持って、ドアを蹴破らんばかりの勢いで出て行く。

 バタンッ! という大きな音が響いて、室内には一気に静寂が訪れた。

 ありゃあ完全に怒らせちまったな。

 

「一夏。お前さん、いったいどういう約束をしたんだ?」

 

「……小学生の時の話だよ。『料理が上手くなったら、私の酢豚を毎日食べてくれる?』って言われてさ。俺はてっきり、メシを奢ってくれるのかと思ったんだが……」

 

 ふむ。言われた内容についてはしっかりと覚えているようだ。なら、約束の解釈に相違があったという事になるな。

 一夏と鈴の約束の真意は分からない。だが少なくとも、それが恋愛絡みの話であるという事は俺にでも理解できた。

 

「一夏」

 

「お、おう、なんだ箒」

 

「馬に蹴られて死ねっ」

 

「え、ええ!?」

 

 一夏と鈴の約束の真意が分かったのか、お怒りモードの箒が彼に辛辣な言葉を浴びせる。

 

「一夏」

 

「うぃ、ウィル? まさかお前も……」

 

「んなわけあるか。お前さんに死ねと言うわけじゃない。そもそも俺は日本語はある程度できても、知り尽くしているわけじゃあない。まだまだ(うと)いところは山ほどある。ただ、1つ聞きたい事があるだけだ」

 

 さっき言ったように、この唐変木の色男である友人に死ねと言うつもりなど毛頭無い。

 

意識が完全に飛ぶまで9G旋回を繰り返すのと、高度10,000を生身で飛ぶの、どっちが良い?

 

 ニコォっと笑みを浮かべながら、俺はちょっとした冗談(3割ほど本気)を口にした。

 

「ひ、ひぇっ……」

 

「っ………」

 

 俺のジョークに一夏は顔を青くして震え、なぜか箒まで若干後退りをする。

 

「はっはっはっ。冗談だ、冗談。()じゃれたアメリカンジョークだ。本気にするな」

 

 手をヒラヒラさせながら笑うと、2人はほぅ……と深く安堵の息を漏らした。冗談のつもりだったんだが、そんなに怖かったか? だがまあ、女の子を泣かせたんだ。これぐらいの事はしてもバチは当たらんだろう。

 

「さてと、そろそろ9時前か。俺も失礼するぞ。それじゃあな」

 

 言って俺は1025室をあとにし、自室への道を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、生徒玄関廊下に大きく張り出された紙があった。

 表題は『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。

 1回戦目は一夏 対 鈴だった。

 

 




 ━おまけ━

 ウィリアムが帰ったあとの1025室。

「なあ、箒」

「……なんだ?」

「ウィリアムのあの笑顔……」

「…………ああ。上手く言葉で表現できないが……」

「「怖かった……」」

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