インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
5月。
あれからしばらく経った今も、鈴の機嫌は直っていない。それどころか日増しに悪くなっているようですらあった。
一夏に会いに来る事はまず無いし、たまに廊下や学食で会っても露骨に顔を背ける始末である。全方位に向けて『怒ってます』オーラ全快だ。その勢いたるやまさに対空砲火という言葉が似合うほど。
「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」
「箒の言う通り、今日がISを使って特訓できる最後の日だ。と言うわけで一夏、今日は少しばかりハードに行くぞ」
「げ!? ま、マジ……?」
「イェース、
顔を引きつらせる一夏に対して、俺は右親指を立てて意地の悪い笑みを浮かべた。
「ぐぅ……。よ、よろしくお願いします……」
「ふふん、このわたくしセシリア・オルコットがいれば万事解決ですわ」
放課後、かすかに空が
メンツはいつも通り一夏、俺、箒、セシリア。クラスの女子達は少しずつテンションも落ち着いたようで、最近は質問攻撃や視線の包囲網に遭う事も少なくなってきた。
とは言え、未だに学園内では話題の対象である事には変わり無く、アリーナの客席は満員なのだろう。
余談だが、その席を『指定席』として小遣い稼ぎに
「IS操縦もようやく様になってきたようだな。今度こそ──」
「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」
「ふん。中距離射撃型の
言葉を中断されたせいか、やや棘のある言葉で箒が告げる。
そして、実際それはその通りだった。一夏のIS【白式】には射撃武器が一切搭載されていない。あるのは、『
普通、ISというのは機体ごとに専用装備を持っているものらしい。しかし、その『
そして、ISというのはこの後付装備のために『
だそうだというのは、どうも一夏のISはそうではないからだ。拡張領域ゼロ。しかも初期装備は書き換えられないので、結局近接ブレード1本というのが今のところの彼のISのスペックである。そんなもの、俺に言わせれば超
ちなみに言うと、俺のIS【バスター・イーグル】には専用装備が搭載されていない。全て既存の物を流用・改良搭載されているだけだ。
しかし設計の段階で搭載兵装数には気を使ってくれたらしく、後付装備の搭載量はそれなりで、加えて主翼下部にはハードポイントが左右合わせて6基。両エンジンユニットの下部にもそれぞれ1基ずつのハードポイントが設けられている。固定装備は右腕にマウントされた単砲身30ミリ機関砲が1門。火力は申し分無い。
「それを言うなら篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょう。ISを使用しない訓練なんて、時間の無駄ですわ」
「な、何を言うか! 剣の道はすなわち
「ん゛っん゛ん゛!」
箒とセシリアの2人がまたいつもの言い合いを始めようとしたところで、俺はわざとらしく咳払いをしてそれを中断させた。
「お2人さん、
「こ、このような争いはもうやめましょう、篠ノ之さん! おほ、おほほほほ……」
「そ、そうだなっ、ここは協力し合おうではないか! は、はははは……」
「まったく……」
やれやれとかぶりを振りながら、俺はAピットのドアセンサーに触れる。指紋・静脈認証によって開放許可が下りると、ドアはバシュッと音を立てて開いた。いつも思うが、ほんとハイテクだよな、ここの設備って。
「待ってたわよ、一夏!」
ピットにいたのは、なんと鈴だった。腕組みをして、ふふんと不敵な笑みを浮かべている。つい昨日
「貴様、どうやってここに!」
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」
敵意剥き出しの箒とセシリア。しかし鈴は「はんっ」と挑発的な笑いと共に、自信満々に言い切った。
「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題無しね」
いやまあ確かにそうだろうが、その関係者とは違う意味なんじゃないだろうか……。あと、頼むから火に油を注ぐような事をするのは止めてくれ。ついさっき鎮火させたばかりなんだよ。
「ほほう、どういう関係かじっくり聞きたいものだな……」
「
ほらー、箒どころかセシリアまでキレたじゃないか……。しかも、箒は口元をピクピクと引きつらせてるし。静かな怒りというのは、頭ごなしに怒鳴り散らされるよりも迫力があって恐ろしい。
「……おかしな事を考えているだろう、一夏」
「いえ、何も。人斬り包丁に対する警報を発令しただけです」
「お、お前という奴は……!!」
何か余計な事を考えていたらしい一夏に掴み掛かる箒。それを鈴が間に割って入って邪魔をする。
「今はあたしの出番。あたしが主役なの。脇役はすっこんでてよ」
「わ、脇やっ──!?」
「はいはい、話が進まないからあとでね」
この子、本当に我が道を行くタイプだな。
「……で、一夏。反省した?」
「へ? 何が?」
「だ・か・らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」
「いや、そう言われても……鈴が避けてたんじゃねえか」
「アンタねぇ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら、放っておくわけ!?」
「おう」
まあそりゃそうだろうな。『放っておいて』って言われたのにしつこく付きまとったら、顔面にフルスイングの右ストレートを貰いそうだ。
「なんか変か?」
「変かって……ああ、もう!」
「謝りなさいよ!」
そのあまりに一方的な要求には、一夏も素直にうんと頷く事はできなかった。正直、俺も同じ立場に立たされれば彼と同じ反応をすると思う。そもそも、一夏は何が悪かったのかが分かっていない。納得していない。そんな状態でいきなり『謝れ』と言われても、本人は謝罪できないだろう。
「だから、なんでだよ! 約束覚えてただろうが!」
「あっきれた。まだそんな寝言いってんの!? 約束の意味が違うのよ、意味が!」
やはり2人の間で内容の解釈に相違があったか。鈴が照れ隠しに遠回しな好意の伝え方をして、それを一夏が間違えて捉えてしまった……と。
「アンタ、今『意味が』と『
「!?」
うわ、ばれた。という表情をする一夏。図星かよ。と言うか、なんでこういう時の女子は総じて勘が鋭いんだ?
「あったまきた! どうあっても謝らないっていうわけね!?」
「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」
「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょ!」
そりゃまあ恥ずかしくて言えないから遠回しに伝えたのに、それを包み隠さず言ったら本末転倒だよな。しかし、それでは一夏の方も納得して引き下がれないわけで。
「じゃあこうしましょう! 来週のクラス
「おう、良いぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」
売り言葉に買い言葉。1度受けたからには覆す事のできない制約を一夏は迷い無く受けた。
「せ、説明は、その……」
一夏に指を指したままのポーズでボッと鈴が赤くなる。鈴が負けたら一夏に約束の真意を言わなければならないのだから、赤くなるのも仕方ないだろう。これは双方にとって負けられない戦いだな。
「なんだ? やめるならやめても良いぞ?」
一応親切心からなのだろうが、一夏の言葉は鈴には逆効果だった。
「誰がやめるのよ! アンタこそ、あたしに謝る練習でもしておきなさいよ!」
「なんでだよ、馬鹿」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは! この
「──うるさい、
ドガァァンッ!!
いきなりの爆発音、そして衝撃で部屋が
思いっきり壁を殴ったような──けれど、拳は壁にはまったく届いていない──そんな衝撃だった。
「い、言ったわね……。言ってはならない事を、言ったわね!」
ビシシッとISの装甲に紫電が走る。どうやら、一夏の一言は鈴にとって禁句だったようだ。
しかし、ヒンニューってのはどういう意味なんだろうか。少なくとも相手に対する侮辱発言であるのは確かなんだが……。
「……箒、スマンがヒンニューってどういう意味の言葉なんだ?」
「そ、そのような事を女子に質問するなっ。下手をすればセクハラで訴えられるぞっ」
「えっ、えぇ……?」
意味は分からなかったが、そんな恐ろしい事を言ったのか一夏の奴は……!?
「い、いや、悪い。今のは俺が悪かった。スマン」
「今の『は』!? 今の『も』よ! いつだってアンタが悪いのよ!」
無茶苦茶の理屈だが、残念ながら一夏は反論の余地を持たない。
「ちょっと手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね。……いいわよ、希望通りにしてあげる。──全力で叩きのめしてあげる」
最後に、現役軍人も後退りするほど恐ろしく鋭い視線を一夏に送ってから、鈴はピットを出て行った。
パシュン……と閉まったスライドドアの音まで、なんだが怯えているように聞こえる。それぐらい、今の鈴の気配は鋭かった。それこそ、触れれば切れそうなほどまでに。
チラリと壁を見ると、直径30センチほどのクレーターができていた。特殊合金製の壁をへこますぐらいの威力は、どう考えてもあるのだろう。
「パワータイプですわね。それも一夏さんと同じ、近接格闘型……」
真剣な眼差しで壁の破壊痕を見つめるセシリア。
「一夏」
「おう。なんだ、ウィル?」
「勝敗はどうであれ、鈴に謝らないとな?」
「……ああ。試合が終わったら、ちゃんと謝るつもりだ」
そう言って小さく溜め息をつく一夏の目には、やっちまった……という後悔の念が見てとれた。
「なあ、ウィル」
今度は一夏の方から声を掛けて来た。
「これ、どうする?」
言って、視線を動かした先にあったのは鈴が怒りに任せて作ったクレーター。見事な円形にできあがっており、修理するには壁のパーツごと交換が必要だろう。内部に機器が詰まっていた場合はそれも……想像するだけでも恐ろしい。
「先生に報告するのが当然だろう。俺達でどうこうできるもんじゃない」
「……誰に報告する?」
「織斑先生しかいないだろうな。さぁて、どうやって報告するか……」
「だよな~……ははっ。俺、生きて明日の陽の目を拝めるかな……」
遠い目をして、ピット・ゲートから見える黄昏色の空を見つめる一夏の口から乾いた笑い声が漏れる。
「んな顔をするな。俺も職員室までついて行ってやるから」
「ウィル……! 俺達、ズッ友だぜ!」
「ズットモがどういう意味かは知らんが、取り敢えず気分を入れ換えて訓練を始めるぞ」
訓練後、職員室を訪ねた俺達は織斑先生に事情を事細かに説明。その結果、一夏は先生から手痛い拳骨をプレゼントされた。
そしてその翌日、クレーターを作った張本人である鈴には一夏と同じく拳骨と、加えて反省文の提出が課せられたのだった。