インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「やっぱりハヅキ社製のが良いなぁ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインが良いの!」
「私は性能的に見てミューレイのが良いかなぁ。特にスムーズモデル」
「あー、あれねー。モノは良いけど、高いじゃん」
月曜日の朝。クラス中の女子がワイワイと賑やかに談笑をしていた。みんな手にカタログを持ち、あれやこれやと意見交換をしている。
「そう言えば織斑くんとホーキンスくんのISスーツってどこのやつなの?」
「あー。特注品だって。男物のスーツは無いから、どっかのラボが作ったらしいよ。えーと、元はイングリッド社のストレートモデルって聞いてる」
「俺のも特注品なんだが、純粋なISスーツってわけじゃないんだよ」
「どういう事?」
俺の言葉を聞いて、頭上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げるクラスメイト達。そりゃまあ当然の反応だな。
「俺のスーツは軍用航空機のパイロットが着用してる耐Gスーツを改造したやつでな。だがこれのおかげで無茶な機動を連発しても空の上で気絶する事はないってわけさ。元はクルーガー・エンジニアリング社って言うところのやつなんだが、君達は聞いたこと無いんじゃないかなぁ」
ここでその会社の説明を始めたらISとは明後日の方角の話になってしまうので、割愛して簡単に説明する。
ちなみにISスーツというのは文字通りIS展開時に体に着ている特殊なフィットスーツの事。このスーツが無くてもISを動かす事自体は可能だが、反応速度が鈍るらしい。
「ISスーツは操縦者の動きをダイレクトに各部位へ伝達する手助けをし、それによってISは必要な動きを行います。また、このスーツは耐久性に優れ、一般的な小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止める事ができます。あ、衝撃は消えませんのであしからず」
スラスラと説明をしながら現れたのは山田先生だった。って言うか、改めて聞くとISスーツってスゲェよな。あんな薄っぺらい生地のくせしてピストル程度なら受け止めれるとか。
「山ちゃん詳しい!」
「一応先生ですから。……って、や、山ちゃん?」
「山ぴー見直した!」
「今日が皆さんのスーツ申し込み開始日ですからね。ちゃんと予習して来てあるんです。えへん。……って、や、山ぴー?」
女子達から好き勝手な呼び名を付けられる山田先生。実は今日が初めてではなく、入学から大体2ヶ月ほどで、彼女には8つくらい愛称がついていた。きっと慕われている証拠なのだろう。
「あのー、教師をあだ名で呼ぶのはちょっと……」
「えー、良いじゃん良いじゃん」
「まーやんは真面目っ子だなぁ」
「ま、まーやんって……」
「あれ? マヤマヤの方が良かった? マヤマヤ」
「そ、それもちょっと……」
「もー、じゃあ前のヤマヤに戻す?」
俺もウィルって愛称があるけど、さすがにヤマヤは無いんじゃないか? 日本人の感性は知らんが、そいつはちとセンスが悪いと俺は思う。
「あ、あれはやめて下さい!」
珍しく語尾を強くして山田先生が拒絶の意志を示す。前に呼ばれてた時も同じ反応をしてたが、何かそのあだ名にトラウマでもあるんだろうか。
「と、とにかくですね。ちゃんと先生とつけて下さい。分かりましたか? 分かりましたね?」
はーい、とクラス中から返事が来るが、生返事なのは確かだ。今後も山田先生の愛称は続々と増えていくだろう。
「諸君、おはよう」
「「「お、おはようございます!」」」
それまでザワザワとしていた教室に一瞬でピシッと緊張が走る。見方によっては、ここだけ軍隊か? とも思えてしまう。1組担任織斑 千冬先生の登場だ。
立てば軍人、座ればサムライ、歩く姿は二足歩行戦車のよう──などと口にした瞬間に俺はこの世から消されてしまうだろう。
「(む? 服装が前と替わっているな)」
色は黒でタイトスカートと見た目は大して変化していないが、少し生地が薄くなっていて涼しそうだ。そう言えば学年別トーナメントが今月下旬で、それが終わると生徒もそこから夏服に替わるらしい。そろそろ気温も上がり始めたし、俺も早く夏服に着替えて身軽になりたいもんだ。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので
は? いやいやいやいや! それは構って下さいよ! と、俺以外にも思ったクラスメイトは絶対にいるはずだ。男の俺と一夏がいるのに下着はまずいだろう下着は。
余談だが専用機持ちの特権である『パーソナライズ』を行うと、IS展開時にスーツも同時に展開される。着替える手間が省けて非常に楽だ。ちなみにその時着ていた衣服は1度素粒子レベルにまで分解されてISのデータ領域に格納されるらしい。ただし、このISスーツを含むダイレクトなフォームチェンジはエネルギーを消耗するため、緊急時以外は普通に着替えてISを展開するのがベターなのだ。
「では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ」
連絡事項を言い終えた織斑先生が山田先生にバトンタッチする。その時ちょうど眼鏡を拭いていたらしく、慌てて掛け直す姿がワタワタとしている仔犬のようであった。
「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも2名です!」
む? また転校生だと……? 鈴も含めてやけに転校生が多いな。
国からの推薦が無いと転入はできないはずのIS学園。つまり、その2人の転校生は代表候補生クラスの人間なのだろう。
「「「えええええっ!?」」」
いきなりの転校生紹介にクラス中が一気にザワつく。そりゃそうだ。この三度の
「(て言うか、なぜこのクラスに集中させる……? 2人いるのなら、普通は分散させるもんじゃないか?)」
そんな事を考えていたら、教室のドアが開いた。
「失礼します」
「…………」
クラスに入って来た2人の転校生を見て、ざわめきがピタリと止まる。
この反応も頷けよう。俺だって、それまでの思考を全て放棄して目を丸くしている。
なぜなら、その内の1人が──男子だったのだから。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
転校生の1人、デュノアくんはにこやかな顔でそう告げて一礼する。
呆気にとられたのは俺や一夏を含めてクラス全員がそうだった。
「お、男……?」
誰かがそう呟いた。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が2人いると聞いて本国より転入を──」
人なつっこそうな顔。礼儀正しい立ち振舞いと中性的な顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。華奢な体格は簡単に折れてしまいそうなほどスマートで、『あれは女子だ』と言われれば納得できてしまうほどだ。
印象としては、誇張ではなく『貴公子』といった感じで、特に嫌味の無い笑顔が眩しい。
「きゃ……」
「はい?」
「「「きゃああああああーーーっ!!!」」」
「(!?!?!?)」
騒音問題に発展するほどの大音量を発するジェットエンジンすら凌駕する黄色い叫び声が俺の耳を襲い、脳を震わせる。ぐ、ぐぉぉ……耳がぁぁ……!?
「男子! 3人目の男子!」
「しかもウチのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
「地球に生まれて良かった~~~!」
うん、みんな元気だね。元気過ぎて俺の耳が大破寸前だよ……。
「あー、騒ぐな。静かにしろ」
面倒くさそうに織斑先生がボヤく。仕事がというより、こういう10代乙女の反応が鬱陶しいのだろう。
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」
輝くような銀髪。ともすれば白に近いそれを、腰近くまで長くおろしている。きれいではあるが整えている風はなく、ただ伸ばしっぱなしという印象のそれ。しかし何より目を引いたのが、左目の眼帯だった。医療用の物ではない、本物の黒眼帯だ。そして開いた方の右目は瞳に赤い色を宿しているが、その温度は限り無くゼロに近い。
身長はデュノアくんと比べて明らかに小さく、俺の胸ぐらいの高さしか無い。小柄な体格をしてはいるが、その身に纏う雰囲気は、まさに『軍人』だった。
「………………」
当の本人は未だに口を開かず、腕組みした状態で教室の女子達を下らなそうに見ている。しかしそれもわずかな事で、今はもう視点をある一点……織斑先生にだけを向けていた。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
いきなり佇まいを直して素直に返事をする彼女に、クラス一同がポカンとする。対して、異国の敬礼を向けられた織斑先生はさっきとはまた違った面倒くさそうな表情を浮かべた。
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」
「了解しました」
そう答えてピッと伸ばした手を体の真横につけ、足を
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「「「………………」」」
クラスメイト達の沈黙。続く言葉を待っているのだが、名前を口にしたあと、彼女──ボーデヴィッヒさんは一言も話さない。……入学初日の一夏と同じく緊張で次の言葉が出ないのだろうか?
「あ、あの、以上……ですか?」
「以上だ」
空気にいたたまれなくなった山田先生ができる限りの笑顔でボーデヴィッヒさんに訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答だけ。そんな彼女の冷たい反応に山田先生は今にも泣きそうな表情を浮かべた。
「──っ! 貴様が……!」
ふと、一夏と目が合ったボーデヴィッヒさんは目尻を吊り上げてツカツカと彼の元へと歩いて行き、右手を振り上げた。握手が目的なんかじゃない。あれは……一夏の頬に平手打ちしようとしているのだ。
「っ!?」
遅れて気付いた一夏が慌てて身を引こうとしているが間に合わない。
「──馬鹿な真似はやめておけ」
そんな言葉が俺の口を
「……ウィル?」
「……なんだ貴様は」
一夏は半ば体を仰け反らせた姿勢で目を丸くし、ボーデヴィッヒさんからは絶対零度にも近い視線を向けられ、クラスメイトからの視線も続々と俺に向いていく。
「その手をどうするつもりだった? 一夏の頬を張るつもりだったんだろう? だからやめろと言ったんだ」
ボーデヴィッヒさんの右眉が、わずかだがピクリと持ち上がった。……図星か。
「貴様には関係の無い事だ。部外者は引っ込んでいろ」
小柄な体格には似合わないほど低く、どこまでも冷たい声音。
「悪いが、友人が目の前で盛大に頬を張られようとしているのに黙って見過ごす気にはなれんな。それともなにか? 君の国では初対面の人間を殴る風習があるのか? それなら素直に謝ろう。他国の知識には
こちらを鋭く睨み付けてくるボーデヴィッヒさんを睨み返しながら、皮肉も混ぜて言い返す。
「……ボーデヴィッヒ、転入初日から騒ぎを起こすな。分かったな?」
「申し訳ありません。……織斑 一夏、貴様にこれだけは言っておく。貴様があの人の弟であるなど、私は断じて認めない。よく覚えておけ」
そう吐き捨てるように言い残し、スタスタと一夏の前から離れたボーデヴィッヒさんは俺の列の後ろにある空席へと向かう。
真横を通過する際に一睨みしてきた彼女は席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなった。
「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第2グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」
パンパンと手を叩いて織斑先生が行動を促し、今のボーデヴィッヒさんとのやり取りについて行けず呆気にとられていたクラスメイト達が慌ただしく動き始める。
これが、俺と彼女の
しかしまさか、のちにあのようなことになるとは……。今の俺には到底想像もつかなかった。
「(ラウラ・ボーデヴィッヒ……名前からしてドイツかそこいらの人間だとは思うが、一夏とどういう関係なんだ? 彼女の言葉から察するに初対面のはずだが……)」
「織斑、ホーキンス。デュノアの面倒を見てやれ。同じく男子だろう」
先程の事件を振り返って物思いに耽りながら席を立ったところで織斑先生に呼び止められた。おっとそうだった。デュノアくんはここに来たばかりだったな。
「君達が織斑くんとホーキンスくん? 初めまして。僕は──」
「ああ、待った。今は移動が先だ。女子が着替え始めるから」
「一夏の言う通り自己紹介は後回しにしよう。それに、そろそろ来るはずだ。捕まる前に急ごう」
一夏がデュノアくんの手を取る。それを確認した俺は「行くぞ」と言って足早に教室を出た。
「取り敢えず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」
「そもそも男がこの学園で生活する事を視野に入れていなかったからな。まあなに、すぐ慣れるさ。俺と一夏がそうだったからな」
「う、うん……」
ん? どうも教室を出た辺りからそわそわして落ち着きが無いな。
「トイレか? それなら確か近くにあったはずだけど」
「ああ、業者用のやつが1ヶ所だけな。そこを右に曲がって突き当たりだがどうする?」
一夏の言葉に対する補足として、指を動かしてトイレまでの道のりを説明する。普段からお世話になってるからな。ここからなら目を瞑ってでも行ける。
「トイ……っ違うよ!」
「そうか。それは何より」
「一夏、この階段を下って1階だ。速度を落とすとまずいぞ」
そう、俺達はここで速度を落とすわけにはいかないのだ。なぜなら──
「ああっ! 噂の転校生発見!」
「しかも織斑くんとホーキンスくんも一緒!」
シット! もう見つかっちまったか……! 早速各学年各クラスから情報先取のための
「いたっ! こっちよ!」
「者ども出会え出会えい!」
「ジェントルマンがこんなに集まるとは、壮観ね」
おい、今の『者共出会え』って確か日本の時代劇とかいうやつに出てくる台詞じゃなかったか? それと最後の女子、君はいったいどこのパステルナーク少佐だ。
「織斑くんの黒髪やホーキンスくんの焦げ茶色の髪も良いけど、金髪っていうのもアリね!」
「しかも瞳はアメジスト!」
「きゃああっ! 見て見て! あの2人! 手! 手繋いでる!」
「日本に生まれて良かった! ありがとうお母さん! 今年の母の日は河原の花以外のをあげるね!」
えぇ……今年以外もちゃんとしたプレゼントあげろよ。
「な、なに? 何でみんな騒いでるの?」
状況が飲み込めないのか、デュノアくんは困惑顔で一夏に訊ねる。
「そりゃあ男子が俺達3人だけだからだろ」
「……?」
一夏の言葉に「意味が分からない」といった表情を浮かべるデュノアくん。 なんでそんな顔をするんだ? 自分もその男子の内の1人だろうに。
「デュノアくん、俺達は世にも珍しいISを操縦できる男なんだ。そして、それは今のところ君を含めて俺と一夏の3人しかいない。解るか?」
「あっ! ──ああ、うん。そうだね」
「それとアレだ。この学園の女子って男子と極端に接触が少ないから、ウーパールーパー状態なんだよ」
ウーパー……ルーパー……?
「一夏、ウーパールーパーってなんだ?」
「20世紀の珍獣。昔日本で流行ったらしいぜ」
「へぇ」
「ふぅん」
そんな生き物がいたのかと、俺とデュノアくんは揃って声をあげる。っとまあ、その話は置いといて、今はこの包囲網を突破する方が先だ。上空の支援機! 今すぐ
「しかしまあ、助かったよ」
「何が?」
「いや、やっぱ学園に男2人はつらいからな。何かと気を遣うし。3人ってのは心強いもんだ。なあウィル?」
「だな。このままだと、いずれは胃薬の世話にでもなるんじゃないかと思ったぐらいだ」
「そうなの?」
そうなのって……まあ、そんな経験をした事が無いからこその言葉だろうが……安心しろ、君もその内すぐに分かるさ。
「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑 一夏。一夏って呼んでくれ」
「俺はウィリアム・ホーキンスだ。気軽にウィルと呼んでくれ」
「うん。よろしく一夏、ウィル。僕の事もシャルルで良いよ」
「分かった、シャルル」
「これからよろしくな、シャルル」
さて、どうにか群衆に捕縛される前に校舎から出る事ができたな。あとは足を止める事なく更衣室へ──
「見つけたわ!」
げっ!? こんな所まで追ってきた!
「捕まえて質問攻めの刑よ!」
「縄持って来たよ、縄!」
「ふひひっ、3人まとめてお持ち帰りよ……」
「「「 」」」
おいおい、なんか目が異常なほどギラついてるぞ、本当に質問だけなのか? なんで縄まで持ち出してる!!?
「クソッ! 更衣室まであと少しだってのに……!」
「ど、どうするの!?」
悔しそうに歯噛みする一夏と、ワタワタと慌てるシャルル。やむを得ん、一か八かやってみるか。
「一夏、シャルル、少し待っててくれ」
そう言って、俺は迫り来る女子達の前に踏み出す。
「ふふふ、ようやく諦めたわね。さあ、神妙にお縄につきなさい!」
「まあ、少し落ち着いてくれ。俺はどこにも逃げたりは……」
喰らえ! 必殺!
「──ああっ!! あれはなんだあ!?」
「「「?」」」
ズビシッ! と俺が指差す先には何も無い真っ青な空。しかし女子達は俺の演技に引っ掛かったのか、反射的にその指先へと振り向いた。
「……オーケー、今の内に行くぞ」
背後で唖然としている一夏とシャルルの肩に手を置いて移動を促す。俺達はコソコソと隠れるようにその場をあとにした。
……もっと凄いのが出ると思ったやつには悪かったな。
「よぅし、到着だ!」
いつも通り圧縮空気が抜ける音を響かせ、ドアが斜めにスライドして開く。第2アリーナ更衣室、無事到着というところだ。
「うわ! 時間ヤバイな! すぐに着替えちまおうぜ!」
「おっと、確かにギリギリだな。急いだ方が良さそうだ」
時計を見ると授業開始ギリギリ前だった。と言うか俺のISスーツって着るのに少し時間が掛かるから、なおのこと急がないとな。
とにかく俺達は急いでいたので、言いながら制服のボタンを一気に外す。それをベンチに放り投げて一呼吸でシャツも脱ぎ捨てた。
「わ、わあっ!?」
「「?」」
いったいどうした?
「荷物でも忘れたのか? って、なんで着替えないんだ? 早く着替えないと遅れるぞ。シャルルは知らないかもしれないが、ウチの担任はそりゃあもう時間にうるさい人でなあ」
神妙な顔をする一夏の横でISスーツを取り出しながら、俺もうんうんと頷く。
「う、うんっ? き、着替えるよ? でも、その、あっち向いてて……ね?」
「??? いやまあ、別に着替えをジロジロ見る気は無いけど……」
「俺達に野郎の着替えを見て喜ぶような趣味は無いさ」
と軽口を叩きながらシャルルから視線を外した俺は、ISスーツに足を通して腰まで上げる。
「まあ、何でも良いけど本当に急げよ。初日から遅刻とかシャレにならない──というか、千冬姉はシャレにしてくれないぞ」
「ああ、まったくだ。マジで急がないと転入初日から地獄を見る事になるぞ」
2人揃って身震いしたところで、背中に視線を感じた俺達は同時にシャルルに視線を向けた。
「シャルル……」
「シャルル、お前……」
「な、何かな!?」
シャルルはこっちにちょっと向けていた顔を慌てて壁の方にやって、ISスーツのジッパーを上げた。
「着替えるの超早いな。なんかコツでもあんのか?」
そう、シャルルは今のジッパーを上げる作業をもって完全に着替えが完了していたのだ。なんというワザマエ! 俺も教えてもらいたいが、そもそもスーツの作りが違うためどうしようも無い。訓練の日は制服の下に着込むという手段も考えたが、ゴツいが故にその方法も取れない。大人しく更衣室で着替えるしかないのだ。
「い、いや、別に……って一夏はまだ着てないの?」
俺はスーツのジッパーは上げ終え、あとは耐Gズボンと耐Gベストの固定具合を確認するだけなのだが、一夏はといえばズボンと下着を脱いでISスーツを腰まで通したところで止まっていた。
「これ、着る時に裸っていうのがなんか着づらいんだよなぁ。引っ掛かって」
「ひ、引っ掛かって?」
「おう」
「……………」
一夏の言う事は分かるが、それは男である以上仕方ない事だ。しかし気のせいだろうか、シャルルがカーッと顔を赤くしている。そんなに恥ずかしがる事か?
「よっ、と。──わりぃ、待たせた」
「よし、さっさと行くぞ。遅刻したら大目玉だ」
「う、うん」
着替えを終えて更衣室を出る。グラウンドに向かう途中、不意に一夏が俺を見て口を開いた。
「毎回思うけど、ウィルのISスーツってほんと変わってるよな。どっちかって言うと作業用のツナギみたいだ」
「こいつか? まあそうだな。今朝も説明したが、こいつの原型は耐Gスーツだからな」
俺が着用しているこのスーツは一夏が言うように上下が繋がったツナギのような見た目をしている。色は深めのオリーブドラブで普通のISスーツのようにピッチリと体のラインが浮き出るようなタイプではなく、体の各所のみを意図的に締め付けるような構造になっているのだ。
「耐Gスーツって戦闘機のパイロットが着ているようなやつだよね?」
同じく俺のスーツを珍しそうに眺めていたシャルルがそう訊ねてくる。
「ああ。このスーツの方が俺のISと相性が良いんだよ。これはISが打ち消せなかった分のGを軽減するためだ。水を入れたバケツをブンブン振り回しても中身が零れたりはしないだろう? あれは遠心力が作用しているからなんだが、それが戦闘機動中の人間にも同じように起こる。脳にまで血が行き届かなくなって、たちまち気絶しちまうんだ。そこで、こいつを使って血管をわざと圧迫して脳の虚血状態を防ぐってわけだな。着けるのが少しばかり面倒なのがネックだが……」
だが俺にはこのスーツの方が良い。着ているとなんと無く落ち着くし、なによりあんなスパッツみたいなピチピチの服なんざ恥ずかしくて着られるかっ!
「確かに。お前ってスゲェ変な飛び方とかするもんな」
腕を組んで納得したように頷く一夏。ってちょっと待て。『変な』は余計だ『変な』は。まったく失礼な奴め。
「シャルルのスーツは見た事ないやつだな。随分と着やすそうだけど、どこのやつ?」
次にシャルルに視線を移した一夏は、彼のスーツを見て質問を投げ掛けた。
「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、ほとんどフルオーダー品」
「デュノア? デュノアってどこかで聞いたような……」
「確かシャルルの苗字もデュノアだったよな?」
「うん。僕の家だよ。父がね、社長をしているんだ。一応フランスで1番大きいIS関係の企業だと思う」
「へえ! じゃあシャルルって社長の息子なのか。道理でなあ」
「うん? 道理でって?」
「いや、なんつうか気品って言うか、良いところの育ち! って感じがするじゃん。納得したわ」
「確かにな。自己紹介も丁寧だったし、物腰も穏やかだし、さすがはといった感じだな」
「そう……かな……」
ふと、シャルルが視線を逸らす。何か触れられたくないところに触れてしまったのだろうか、彼は複雑な表情を浮かべていた。
キーンコーンカーンコーン
「っ! ヤベェ、授業開始のチャイムだ! モタモタし過ぎた!」
「ち、千冬姉に殺される! 走れシャルル!」
「う、うん!」
第2グラウンドまであと少し。俺達は全力でダッシュする。
「っし、着いたぁ!」
「ふう、なんとかチャイムが鳴り終わる前に間に合ったなぁ!」
汗を拭い、肩で息をしながら無事の到着を喜ぶ俺と一夏。しかしシャルルだけは俺達の方を向いたまま青い顔をして固まっていた。いや、正確に言うと俺達より──
「残念ながら……」
やや後方。その辺りから低いトーンの声が響いた。ほとんど毎日のように耳にする1組担任の声だ。
スパァンッ! スパァァンッ!
「ヴェッ!?」
「ヴァッ!?」
「チャイムが鳴ったと同時に授業開始だ。馬鹿者ども」
頭頂部で炸裂する出席簿アタック。遅刻してすみませんでした。
俺と一夏、シャルルの3人は1組整列の一番端に加わる。
「随分ゆっくりでしたわね」
偶然にも俺達の隣にいたのはセシリアだった。
「スーツを着るだけで、どうしてこんなに時間が掛かるのかしら?」
「道が混んでたんだよ」
「ウソおっしゃい。いつもは間に合うくせに」
今日のセシリアは一夏に対する言葉の端々に棘があるな。
「ええ、ええ。一夏さんはさぞかし女性の方との縁が多いようですから? でないと今日のHRであのような事は起きませんものねえ」
うわぉ、きっつい嫌味だなぁ。改めて今朝の事件を思い出すと、俺ってかなり喧嘩腰な態度を取っていたなぁと今さらながらに思う。
「なに? アンタまたなんかやったの?」
ん? この声は鈴か。そう言えばすぐ後ろは2組の列だもんな。
「……一夏、後ろだ後ろ」
キョロキョロと辺りに視線を巡らす一夏に後ろを振り向くように促す。
「あ。ほんとだ、ここにいた」
「ねえアンタ蹴られたいの? お望みなら幾らでもやってあげるわよ?」
今にも渾身のキックを一夏の
「で? アンタ本当に何をしでかしたのよ」
「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれそうになりまして、それをウィリアムさんがギリギリで止めましたの」
「はあ!? 一夏、アンタなんでそうバカなの!?」
「──安心しろ。バカは私の目の前にも2名いる」
ギギギギッ……と軋むブリキの音でセシリアと鈴は首を動かす。
視線の先ではもちろん鬼将軍こと織斑先生が待ち構えていた。
スパパァァンッ!
青く晴れ渡る空の下。出席簿アタックの音が響くのだった。