インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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1話 始まりの笛音

 突然だが俺、ウィリアム・ホーキンスは今猛烈に困惑している。

 

「ほーら、あんよは上手♪ あんよは上手♪」

 

「良いぞ~ウィル。その調子だ、頑張れ」

 

 目の前には、にこやかな表情で俺の両手を取っている女性と、ビデオカメラ片手の男性。

 

「(おかしい。俺はコックピットの中で死んだんじゃなかったのか? なのに……なのに……)」

 

「あなた、録れてる!? ウィルが立って歩いてるわ!」

 

「ああ、ちゃんと録れてるよ。ウィル、凄いじゃないか!」

 

「(……何で俺は、紙オムツを履いてヨチヨチと二足歩行の練習なんてしてるんだ……!?)」

 

 俺が、俺として目を覚ました(・・・・・・・・・・)のは、つい数分前の事である。あの日、コックピット内で息絶えたはずの俺は乳児となり、何の疑問も抱かず日常を過ごしていた。

 しかし、偶然にもつけっ放しにされていたテレビに映る、とあるシーンを何気無く見た次の瞬間、頭に猛烈な痛みが走ると同時に忘れていた全ての記憶が脳裏を駆け巡り、空軍中佐としての(ウィリアム・ホーキンス)を叩き起こしたのだ。

 

 ちなみにそのとあるシーンとは、飲んだくれの男性が「I'm back!」と叫びながら戦闘機で巨大UFOに特攻するシーンだった。

 

 ……まあ、その話はいい。

 問題なのは、ここがどこなのかと言う事、目の前の男女は誰なのか、そして、今の俺は紙オムツ一丁で「バブー」とか「アウー」しか言えない状態だという事だ。

 ああ、最悪の気分だ。俺はもう、とうの昔に成人して今じゃ空軍中佐なんだぞ!? そ、それがまた紙オムツ履いておしゃぶり咥えて歩行練習だなんて……! 

 

「(もし、部下にこんな光景を見られたら俺の心は間違い無くブレイクするだろうな。ははっ、笑えねぇ……)」

 

 大の人間がいきなり乳児に戻るなんて聞いた事も無い。これはきっと夢なんだ。そうだ、そうに決まっている。きっと現実の俺はまだ生きていて、ヒョッコリ目を覚ますかも知れない。

 今の俺にはどうすれば良いのかなんて検討もつかないが、自分がまだ生きている事を信じて、ひとまずこの状況に身を(ゆだ)ねることにした。

 

 ▽

 

 あれから歳月は経ち、俺も今では15歳の中学生だ。夢ならいつかは覚めるだろうと思いながら日常を送る俺だったが、ここで過ごしている内にこれは紛れも無い現実であると言う事に嫌でも気付いてしまった。

 当初、自分は本当に死んでしまったと言う事実を受け止めるのは容易ではなかったが、今はもう慣れた。目が覚めてから約15年弱。この世界が夢では無いと言う事を自覚し、己を落ち着かせるには十分な時間だろう。

 

 改めて自分の状況を確認しよう。まず、俺はアメリカ合衆国なる国家の南東に位置するフロリダ州パナマシティに在住しており、姓はホーキンス、名前はウィリアム。つまり、前世と同じく俺の本名はウィリアム・ホーキンスである。

 俺は、大手航空機メーカー『ウォルターズ・エアクラフト社』の開発部に所属している父──ジェームス・ホーキンスと、その妻である母──バージニア・ホーキンスの2人によって拾われた所謂(いわゆる)捨て子で、ある日自宅の玄関先に放置されていたのを見つけたらしい。

 それでも実の息子のように扱ってくれる2人には本当に感謝の念が絶えないし、そんな2人の元で俺は毎日を謳歌していた。

 ……3歳を迎えるまでの間に受け続けた悪夢の日々だけは、例外として永遠の汚点であるが……。

 

 

 

『(クソッ! 離せ! 離してくれぇぇぇ!)』

 

『こら、ウィル。そんなに暴れたらオムツ交換できないでしょ』

 

『(自分でやる! 自分でやるから!)』

 

『ほら、大人しくなさい』

 

『(くっ、殺せ!!)』

 

 

 

 う゛っ!? こ、心の奥底に封印していた出来事まで思い出しちまった……。

 

「おいウィル、大丈夫か? 顔色わりぃぞ?」

 

 顔をしかめながら通学路を歩いていると、不意に肩に手が置かれ、誰かが顔を覗き込んできた。

 

「あ、ああ、大丈夫だ。ちょっとな……。それよりマイク、確か今日だったよな?」

 

 顔色を悪くしていた理由がオムツ交換の悪夢を思い出してた、だなんて友人に言えるわけも無く、俺は話を適当に濁して速やかに話題を切り換える。

 

「ああ! 今日だぜ、男子IS適性検査は!」

 

 そう言ってガッツポーズを決めるマイク。彼の言う男子IS適性検査とは読んで字の如く、【インフィニット・ストラトス】通称ISと呼ばれる機械を扱える適性があるかどうかの検査である。

 

 時をさかのぼる事、約10年前。日本人である篠ノ之 束(しののの たばね)博士によって発明されたこのISは既存の兵器の戦闘力を凌駕する能力を有していたが、これには重大な欠点が存在した。

 その欠点とはISは女性にしか反応しないというものであり、それに便乗するようにして女性が男性を下に見る女尊男卑の風潮が世界に広まってしまったのだが、そんな中、男性でありながらISを起動させた人物──織斑 一夏(おりむら いちか)というイレギュラーが現れ、世界は騒然となった。それも本当につい最近の話だ。

 そして、ここからが本題である。『織斑 一夏と言うイレギュラーが現れたのだから、世界中を探せば男性のIS適性者がまだ見つかるかも知れない』と言う考えの下、急遽実施されたのが男子IS適性検査であり、俺の通う学校でも今日それが行われるのだ。

 

「まったく、今から待ち遠しいぜ。これで俺がISを動かせたら……デュフフヘヘ……。楽園への特急チケットゲットで夢のハーレムへ直行だぜ! いやぁ、モテまくったらどうしようかな~」

 

 検査で不合格が出れば何事も無く普段の日常へ、合格すればIS学園へ行く事になる。

 IS学園とはIS操縦者を育成する教育機関であり、当然そこに集まる生徒は織斑 一夏を除いて全員が女子だ。

 

「気色わりぃ笑い方をするなマイク。それとな、そう言うのを日本じゃ『捕らぬ狸の皮算用』って言うらしいぜ?」

 

「んだよ、ちったぁ応援してくれても良いだろー?」

 

「あーはいはい。幸運を祈ってるぞー」

 

 そんな会話をしながら校門をくぐった俺達は検査が実施されている体育館へと向かう。

 

 

 

 

 

 

シーーーットッ!!

 

ファック!!

 

ガッッッデム!!

 

やかましい! 静かにせんか!

 

 体育館に入ると、そこには適性検査で不合格となった男子生徒達が口々に悲痛な叫び声を上げ、それを教員が一喝して黙らせる、という光景が広がっていた。

 

「俺達が並ぶのはB列だから……」

 

「ウィル、B列はこっちだぜ」

 

 事前に渡された用紙を確認しながら割り当てられた列に並び、順番を待つ俺とマイク。

 長蛇の列ではあったが、そもそも確率が恐ろしく低い(と言うより、いるかどうかすら怪しい)検査のため、ISに触れては次の人、次の人、と言う風にトントン拍子に進んで行った。

 

「次の人、前へ」

 

「じゃあなウィル。俺は約束された地への招待状を掴み取って来るぜ!」

 

 検査官に呼ばれたマイクが、サムズアップしながら奥歯を見せて笑う。

 こいつは良い奴だし、容姿だって悪くない。勉強もスポーツもできる。なのに、それを上回るほどの邪念が全てを台無しにしているようで、今は残念な奴にしか見えなかった。

 マイクの手がISの装甲に触れる。――が、ISが起動することは無く、膝から崩れ落ちる。

 そして、絶望に染まった表情で天井を見上げて渾身の叫びを放った。

 

ジーザスクライストッ!!

 

「静かにしろと言っただろうが!!」

 

 マイクの頭上に振り下ろされる拳骨。うわぁ、痛そう。

 

「次の人、前に出てISに触れて下さい」

 

「分かりました」

 

 検査官に言われた通り、静かにISの元へ歩み寄った俺は、無機質な光沢を放つ装甲に触れる。

 

「(まあ、十中八九ISが起動する事は無いだろう。そんな確率で当たるなら、ベガスに行けば大儲けできるかもなぁ。ははは)」

 

 と、心の中で冗談を言って笑ったその時だった。

 

「ッ!?」

 

 キンッと金属質の音が頭に響く。

 そしてすぐ、意識に直接流れて来る凄まじい量の情報の数々。操縦方法、性能、搭載兵装、出力等々……。

 

 カランッ

 

 目の前で、机に座って結果をとっていた検査官の手からペンが転げ落ちる。

 

「 」

 

 ……起動してしまった。

 ……何が? 女にしか動かせないはずのISが。

 ……誰が起動させた? 男であるはずの俺が。

 

「……seriously(マジかよ……)……?」

 

 ISの装甲に触れたまま、俺の口からは情けない声が漏れ出る。

 

 

 

 この日、この瞬間、ウィリアム・ホーキンスの運命の歯車が動き始めた。

 

 

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