インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「一夏、大丈夫?」
今さっきボーデヴィッヒに『ガルム』を向けていた時の鋭い眼差しは無く、いつもの人懐っこい顔のシャルルが一夏の顔を覗き込む。
「あ、ああ。助かったよ。ウィル、お前も大丈夫か?」
「何がだ?」
一夏に何を心配されているのか分からず首を傾げる俺に、彼は言葉を続けた。
「いや、あんなにキレたウィルを初めて見たからさ」
……ああ、そういう事か。
「なーに、大丈夫だ。ちょっと頭がホットになっただけで今はもう落ち着いてる。それより今日はもうあがろう。4時を過ぎたし、そろそろアリーナの閉館時間だ」
「おう。そうだな。あ、シャルル。銃サンキュ。色々と参考になった」
「それなら良かった」
またニッコリと微笑むシャルル。その無防備さに当てられ一夏は落ち着かない様子で視線をさまよわせるのだが、問題はここからだ。
「えっと……じゃあ、僕は先に部屋に戻ってるね。あ、シャワー先に使ってても良いかな?」
そう、いつもこうなのだ。シャルルは実習後の着替えをとにかく俺達と一緒にはしたがらない――というか、実際1度もした事がない。実習前の着替えも転校初日のあれ1回きりで、以後は前もってスーツを着ていたり、俺達より早く行って先に着替え終わっていたりだ。
別に一緒に着替えたいだとかそういう意味ではないのだが、どうも避けられている気がして、俺達が何か嫌な思いでもさせてしまったのだろうか? と心配になってくる。
しかも、実習ではこうまで親しくしてくれているシャルルだが、部屋に戻ると急にぎこちない態度になるらしい。それも前に一夏から相談を受けたほどだ。
「お前いつもそうだよな。たまには一緒に着替えようぜ」
「い、イヤ……」
「そうつれない事を言うなよ」
今日の一夏はえらく食い下がるな。しかしまあ、シャルル本人にも何かしらの事情があるわけだから、これ以上はよろしくないだろう。
「まあ待てよ一夏。男同士だっていう理由で、みんながみんな一緒に着替えたいわけじゃないんだ。な? ここは引いとけ」
「ぬぅ……確かにそうだよな。分かった」
うむ。聞き分けが良くてよろしい。引き際を知らん奴は友達を失くすってのは万国共通だからな。
「こ、コホン! ……どうしても誰かと着替えたいのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方ありませんわ。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ――」
「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」
「ほ、箒さん! 首根っこを掴むのはやめて下さい!」
「セシリア……アンタって実は変態?」
「んな!? 鈴さん! それはどういう意味で――わ、わかりました! すぐ行きましょう! ええ! ちゃんと女子更衣室で着替えますから!」
反論しようとするセシリアにそれを許さずグイイッと引っ張る箒と、セシリアを変態呼ばわりする鈴。
「(それにしても、あいつらいつの間にか名前で呼び合うようになったなぁ)」
最初は一夏をめぐって騒いでいた3人だが、付き合いの長さから来るのだろうか。今は名前で呼び合うくらいには親しいらしい。
「んじゃあ俺達は更衣室で着替えてから行くから。湯冷めして風邪ひくなよー」
「お前は母親か。じゃあな、シャルル」
「あ、うん」
シャルルにそれだけ言って、俺と一夏はゲートを通って更衣室に向かった。
「しかしまあ、贅沢っちゃあ贅沢だな」
「俺はもう少し狭い方が良いな。こうも広いと逆に落ち着かん」
ガラーンとした更衣室。ロッカーの数は50ちょっとあり、当然室内もそれに見合ってかなり広い造りになっている。俺は【バスター・イーグル】を待機状態のドッグタグに変換すると、ISスーツの耐G装備を外した。
「はー、風呂に入りてえなあ……」
横でベンチに座りながらISスーツを脱ぐ一夏がそうボヤく。まあ散々動き回ったあとは心身共にさっぱりしたいのだろう。噂によると男子が3人に増えた事で山田先生が大浴場のタイムテーブルを組み直してくれているらしい。先生、毎度毎度お疲れ様です。
「俺の国では毎日湯船に浸かる習慣なんざないからなあ。基本シャワーで済ませちまう。よっし、着替え終わりっ」
「そうなのか? なら大浴場が使えるようになったら入ってみろよ。すげえ気持ち良いぞ」
同じく着替えを済ませた一夏は大浴場の解禁を待ち遠しそうな表情をしていた。そこまで言われるとこっちも楽しみになってくるな。
「そいつは楽しみだ。さて、それじゃあ寮に戻るとするか」
「おう」
▽
「なぜこんな所で教師など!」
「やれやれ……」
夕暮れ時のオレンジ色に照らされた帰り道。少し先を行った所で声が聞こえて、俺と一夏は注意を向ける。なにせ、両方とも聞き覚えのあるものだったからだ。1人はボーデヴィッヒ、もう1人は織斑先生で間違いないだろう。
「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」
「このような極東の地で何の役目があると言うのですか!」
滅多に口を開かず、誰とも関わろうとしない氷の転校生ことラウラ・ボーデヴィッヒがここまで声を荒げるところを見るのは初めてだ。話の内容はどうやら織斑先生の現在の仕事についての不満をボーデヴィッヒがぶつけているようだった。
「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も生かされません」
「ほう」
「だいたい、この学園の生徒など教官が教えるに値いする人間ではありません」
「なぜだ?」
「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている。そのような程度の低い者達のために教官が時間を割かれるなど――」
「――そこまでにしておけよ、小娘」
「っ!」
凄味のある織斑先生の声。さすがのボーデヴィッヒも、その声に含まれる覇気にすくんでしまったらしい。言葉は途切れたまま、続きが出てこない。
「少し見ない間に随分と偉くなったな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」
「わ、私は……」
その声が震えているのがここからでも分かる。今の彼女の心中にある感情は恐怖、なのだろう。圧倒的な力の前に感じる恐怖と、かけがえの無い存在に嫌われるという恐怖。
「そもそも、ここはIS
「……………」
「寮に戻って1度頭を冷やせ」
「っ……!」
声色を数段柔らかくした織斑先生に言われて、ボーデヴィッヒは黙したまま早足で去って行った。……あ、しまった。つい聞き入って――
「そこの男子2人。盗み聞きか? 異常性癖は感心しないぞ」
「し、失礼な! 自分にそんな性癖は存在しませんよ!」
「そうだよ! なんでそうなるんだよ! 千冬ね――」
スパァンッ!
「学校では織斑先生と呼べ」
「は、はい……」
今日も元気良く出席簿で頭をはたかれる一夏。これってもう毎日デフォルトと化してないか?
「盗み聞きなんて下らん事をしている暇があったらIS基礎の座学でもしていろ。このままでは月末のトーナメントで初戦敗退だぞ。勤勉さを忘れるな」
「分かってるって……」
「はい、問題ありません」
「そうか。なら良い」
ニヤリと笑って立ち去ろうとする織斑先生を一夏の声が制止した。
「ま、待ってくれ!」
「?」
「前にラウラが言ってた事……千冬姉の弟とは認めないって、あれってやっぱり俺のせいで千冬姉が2度目の優勝を逃した――」
「もう終わった事だ」
一夏の言葉は最後まで続かず、織斑先生の声によって遮られる。
「でも……」
「しつこく引きずるタイプの男はモテんぞ」
「……………」
「お前の存在と比べたら、優勝カップなどただの置物に過ぎん。『ブリュンヒルデ』などという称号も何の役にも立たんさ」
顔を俯かせる一夏の頭を出席簿でポンッと軽く叩いた織斑先生は優しげな表情を浮かべてそう告げる。
「千冬姉……」
「さて、私はまだ仕事が残っている。お前達も早く寮に帰れよ。ではな」
そう言って織斑先生は今度こそ去って行った。
「本当に良いお姉さんだな」
「ああ」
あとでさっきの話を一夏に詳しく聞いてみた。
織斑先生が現役の操縦者だった頃、第2回モンド・グロッソISの世界大会。その決勝戦の日に一夏は何者かの手によって誘拐・監禁されたのだそうだ。
その目的は未だ不明だが、拘束されて真っ暗の中に閉じ込められた一夏を助けたのが決勝戦を放り出して駆けつけた織斑先生らしい。
もちろん決勝戦は彼女の不戦敗。誰もが2連覇を確信してただけに決勝戦放棄は大きな騒ぎを呼び、それが巡り巡って俺の耳にも入ったってわけだな。
そして、一夏の監禁場所に関する情報を提供したドイツ軍に『借り』を返すために、約1年ほどドイツ軍IS部隊の教官を勤めた。――これが事の成り行きだそうだが、成程。これでようやくボーデヴィッヒが一夏に対してあそこまで悪感情を向ける理由が分かったぞ。
▽
コンコンコン
「ん?」
部屋に帰り着き、シャワーで汗を流し終えた俺がタオルで頭を拭いていると、小気味良い音を立ててドアがノックされた。
コンコンコンコンッ
またドアがノックされる。どうやら急ぎの用事らしい。俺はタオルを丸めてベッドの上に放り投げ、急ぎ足で玄関に向かう。
「はいはい。どちらさんで……って、一夏か。どうした、そんな神妙な顔して」
「ウィル、今ちょっと良いか? 俺の部屋まで来てほしいんだ」
時折周囲を気にするような素振りを見せる一夏を見て並々ならぬ何かを感じた俺は眉をひそめる。それにしてもシャルルの姿が見えんな。部屋で待ってるのか?
「何かトラブルか。分かった、取り敢えず部屋に行こう」
急いで靴を履き直した俺は一夏と共に1025室へと向かった。
「邪魔するぞ」
部屋に入るや否や2つ並んだベッドが俺の目に入る。そしてその内の1つ、手前側のベッドに腰掛けるジャージ姿のシャルル。ここだけ見れば普通の光景なのだが、1つだけ違和感を見つけた。なんとも失礼な話だが、シャルルの胸がいつもより膨らんでいるように見えるのだ。
「…………シャルルと瓜二つの姉か妹……といった話じゃあなさそうだな」
自分自身頭の整理が追い付かないが、目の前で暗い表情を浮かべている女子がシャルル本人で間違いないだろう。俺はふぅ、と息を吐いて手近な椅子に座る。
「それで? いったい何が起こった?」
「そうだな。まずはウィルにも説明しないと。シャルル、話しても良いか?」
「……うん」
シャルルが頷いたのを確認して、一夏がゆっくりと俺がこの部屋に来る前の出来事を説明し始める。なんでも、シャワー中のシャルルにシャンプーの替えを渡そうとしたところ偶然にもシャワー室のドアが開き、しかもなんと出て来たのが全裸の女子でした、という事らしい。……いや、タイミングが悪かったとは言え何してんだよ一夏。
「成程。事の発端は分かった。じゃあ本題に入るとするか」
俺は一夏と顔を見合せ、互いに頷く。
「じゃあ改めて、なんで男のフリなんかしていたんだ?」
「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」
一夏の問いに答えるシャルルは俯いたまま、居心地が悪そうに小さくなる。
「うん? 実家? お前の実家って確か……」
「フランスのIS企業、デュノア社だったな?」
「そう。僕の父がそこの社長。その人からの直接な命令なんだよ」
……どうも妙な違和感がある。特に実家の話をし始めてから、シャルルの顔が暗くなっていく一方だ。
「命令って……親だろう? なんでそんな――」
「僕はね、一夏、ウィル。愛人の子なんだよ」
それを聞いて俺と一夏は絶句してしまった。俺はともかく、一夏だって世間を知る15歳だ。『愛人の子』という単語を聞いて小首を傾げるほど世間に疎くもなければ純情でもない。
「引き取られたのが2年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやって来たの。それで色々検査する過程でIS適応が高い事が分かって、非公式ではあったけどデュノア社のテストパイロットをやる事になってね」
シャルルは、恐らく言いたくはないであろう話をそれでも健気に話してくれた。だから俺も一夏も、口を挟まず黙ってしっかり話に耳を傾ける事に専念した。
「父にあったのは2回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で暮らしているんだけど、1度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね、参っちゃうよ。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
あはは、と愛想笑いを繋げるシャルルだったが、その声は乾いていてとても笑っているようには見えない。俺も一夏も、さすがに愛想笑いは返せない。そしてシャルルも望んでいないだろう。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「え? だってデュノア社って量産型ISのシェアが世界第3位だろ?」
「そうだけど、結局【リヴァイヴ】は第2世代型なんだよ。現在ISの開発は第3世代型が主流になってるんだ。オルコットさんや凰さん、ボーデヴィッヒさんがこの学園に入学したのも、そのデータを取るためだと思う。一応デュノア社も第3世代型の開発に着手しているんだけど、なかなか形にならなくて……。このままだと開発許可が剥奪されてしまうんだ」
「なんとなく話は分かったが、それがどうして男装に繋がるんだ?」
「ああ。そんな事をしていったいどんな利益が生まれ……っ! おい、まさか……」
「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに――」
シャルルは俺達から視線を外し、どこか苛立ちを含んだ声で続けた。
「同じ男子なら日本とアメリカで登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人のデータも取れるだろう……ってね」
「それは、つまり――」
「そう、【白式】もしくは【バスター・イーグル】のデータを盗んで来いって言われているんだよ。僕は、あの人にね」
話を聞く限り、その父親はただ一方的にシャルルを利用しているだけのように感じた。自分の緩い下半身を制御できず生まれた愛人の娘が偶然IS適応を持っていた、なら使おうと、そういう風に。
「とまあ、そんなところかな。でも一夏とウィルにバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業に吸収されるか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでも良い事かな」
「「……………」」
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメン」
……こんなえげつない話が現実に存在するとはな。
「……良いのか、それで」
不意に一夏が口を開き、深々と頭を下げるシャルルの肩を掴んで顔を上げさせた。
「え……?」
「それで良いのか? いいはずがないだろ。親が何だ。親だからって子の自由を奪える権利がどこにある! おかしいだろう、そんなものは!」
「い、一夏……?」
シャルルが戸惑いと怯えの表情を浮かべる。けれど、一夏の言葉は止まらなかった。
「親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって、親が子供に何しても良いなんて、そんな馬鹿げた話があってたまるか!」
「ど、どうしたの? 一夏、変だよ?」
「一夏、一旦冷静になれ。シャルルが怯えてるぞ」
一夏の肩に手を置いて、冷静さを取り戻すように促す。言われて気付いたのか、我に返った一夏はパッとシャルルの肩から手を離した。
「あ、ああ……悪い。つい熱くなってしまって」
「いいけど……本当にどうしたの?」
「俺は――俺と千冬姉は両親に捨てられたから」
「……俺も、俺の両親とは血縁関係が無い。捨てられたところを拾われたんだ」
まともな記憶は拾われたあとだが、俺だって生身の人間だ。木の股から産まれたわけでも、SFみたく光の粒子が集まって出て来たわけでもないだろう。
「あ……」
恐らくは資料で知っているであろう、一夏の『両親不在』と俺の『血縁関係なし』の部分を思い出したらしく、シャルルは申し訳なさそうに顔を伏せる。
「その……ゴメン」
「気にしなくて良い。今さら会いたいとも思わない」
「俺も同じ気持ちだ。育ててくれた人達こそが俺の家族だ。……それで、シャルルはこれからどうするんだ?」
「どうって……女だって事がバレたから、きっと本国に呼び戻されるだろうね。あとの事は分からない。代表候補生を降ろされて、良くて牢屋行きとかじゃないかな」
「……シャルルはそれで良いのかよ」
「良いも悪いも無いよ。僕には選ぶ権利がないから、仕方がないよ」
一夏の問いに答えて見せたシャルルの微笑みは、痛々しいものだった。もう絶望すら通り越して、早速諦めている。
「……だったら、ここにいろ」
「え?」
「俺達が黙っていればそれで済む」
「でも、そんな事をしてもいずれは……」
「っ……」
シャルルだけでなく、今度は一夏まで一緒に俯いて沈黙してしまう。なんでもかんでも楽観的に考えろとは言わんが、少しばかりネガティブな思考になり過ぎだ。しかし、実際問題どうしたものか。こういう話には政治も絡んでくるし……待てよ? 政治……政治、国家……ハッ!?
「そうだ!」
ガタンッ! と椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がった俺に驚いたのか、一夏とシャルルは揃ってビクッと肩を跳ねさせた。
「うぃ、ウィル、いったいどうしたんだ?」
「一夏、突然だがホーキンス先生の英会話授業だ。Look at the third drawer the desk. この英文を訳してみろ!」
「な、なんだよいきなり……。えーっと、机の3番目の……引き出し……? を見て下さい――あっ! ああっ!」
「パーフェクトだ一夏! 今度お前には昼飯とコーラを奢ってやる!」
「ふ、2人ともどうしちゃったの!?」
俺と一夏の謎のテンションについて行けずシャルルはワタワタと慌てている様子だが、一夏は自身の机の3番目の引き出しから1冊の本を取り出した。
「特記事項第22:本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。これか!」
スラスラと特記事項を読み上げて行く一夏。そう、この特記事項こそがシャルルがIS学園に残る事ができる方法だ。
「――つまり、この学園にいれば、少なくとも3年間は大丈夫ってわけだ。な? ウィル」
「
「2人ともよく覚えてられたね。特記事項って55個もあるのに」
「……こう見えて勤勉なんだよ、俺は」
「なーに言ってんだ。俺が言わなきゃ頭の片隅にも浮かばなかっただろうに」
ちなみにさっき少しだけ出てきた英会話授業だが、織斑先生直々にお願いされて週2回のペースで実際にやっていたりする。こうして成果も出ているわけだし、やっぱり給料貰って来ても良いだろうか? さらに言うと、これに便乗してセシリアが乱入し、さらにさらに箒が日本語、鈴が中国語を教えようと乱入してきている。あいつらは一夏を外交官にでもする気か? しかも箒に至っては一夏と同じ日本人だろうに……。
「ふふっ、あははっ」
やっとシャルルが笑った。その表情には屈託が無くて、15歳の少女そのものだった。
「まあ、とにかく決めるのはシャルルなんだから、考えてみてくれ」
「うん。そうするよ。2人とも本当にありがとう――」
コンコン
「「「!?」」」
「一夏さん、いらっしゃいます? 夕食をまだ取られていないようですけど、お体の具合でも悪いのですか?」
問題にひとまず解決の兆しが見えて気が少し緩んでいたところでの突然のノックと呼び声に俺達3人は身をすくませる。
「一夏さん? 入りますわよ?」
まずい。非常にまずい。今のシャルルを見られたら100%女だとバレてしまうだろう。
「ひ、ひとまずは俺が対応する。一夏はシャルルを隠せ! マッハだ!」
そう言い残して俺は駆け足で玄関に向かい、ドアを開ける。
「よ、ようセシリア。どうしたんだ?」
「あら、ウィリアムさん。実は一夏さんがまだ夕食を取っていないと聞きまして、お誘いに来ましたの。ウィリアムさんこそ、どうして一夏さんのお部屋に?」
「あ、ああ。今日の特訓で見つかった課題点を話し合っていたんだが、どうもシャルルが疲れたらしくてなー」
「まあ、そうでしたの――」
「だあっ! 待て待て、なんでクローゼットなんだよっ。ベッドだベッド! 布団に隠れろ!」
「あ、ああっ、そっか!」
「……? 何やら中が騒がしい様子ですが……」
ドタドタ。バタンバタン。室内からする慌ただしい物音にセシリアは眉をひそめる。あいつら何してんだ! さっさと隠れろ!
「あー、ああ! たぶん一夏が机の角に小指でもぶつけたんだろう。一夏ぁ、セシリアが夕食一緒にどうだって来てるぞー!」
クソッ、我ながら下手くそな演技に涙が出てくるぜ……!
「お、おーう! わりぃなウィル。代わりに出てもらってー」
なんとかシャルルを隠し終えたのか、一夏が大急ぎで部屋から出て来た。
「あ、あら一夏さん。実はわたくし、偶然にも夕食がまだでして、ご一緒しませんこと?」
「お、おう。そうだな。俺もそろそろ食べに行こうと思ってたところだ」
「でしたらぜひ! ええ、ええ。珍しい偶然もあったものです」
「わ、分かった。分かったから引っ張るな!」
どうやら上手く騙せたのか、セシリアはスルリと一夏の手を取り、強引に引っ張って行った。
「やれやれ、肝が冷えたぜ……」
学食に連れて行かれる一夏の背中を少しの間見送ってから、俺は一夏の部屋に入る。
「一夏達はもう行ったから、ベッドから出ても問題ないぞ」
「う、うん」
布団がモゾモゾっと動き、シャルルが出てくる。
「……ねえ、ウィル」
「うん?」
「さっきのオルコットさんもだけど、一夏ってさ、その……女の子に、人気があるの?」
やけに歯切れが悪いから何か言いにくい事でもあるのかと思ったが、シャルルの口から出て来たのはそんな質問だった。
「あー、そうだな。俺の知る限りだと、少なくとも現時点では3人の女子から好意を寄せられているな。本人は自覚なしのようだが……なんだ? もしかしてお前もあいつに惚れたのか?」
「……………」
ニヤッと笑って冗談めかしながらそう言うと、シャルルは顔を赤くして俯いてしまった。……えっ? もしかして大当たり?
「……オーケーオーケー。別に答える必要なんてないさ。もういっそのこと全員と幸せになりゃあ良いんだっ」
「? 何か言った?」
「いんや、なんにも。それじゃあ俺もそろそろ失礼するかな」
「ウィルも夕食に行くの?」
「ああ。俺もまだ食ってないからな。シャルルの分は一夏が取って来てくれるだろうから、まあもう少し待っとけ。それじゃあな」
「うん。ウィルも、今日はありがとう」
「ユアウェルカムだ」
その一言を言い残し、俺は1025室をあとにする。今日は塩辛い物を食おうと思っていたがやめておくとしよう。もう既に涙で塩辛い。
……畜生、ファッキン色男の一夏め。ほんとあいつはどれだけモテるんだ!? しかも良い奴だからなんも言えん……!!