インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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19話 鮫野郎(さめやろう)

「そ、それは本当ですの!?」

 

「う、ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜の朝、教室に向かっていた俺は廊下にまで響く声に目をパチクリさせた。この声はセシリアと鈴のもので間違いないだろう。

 

「いったいなんの話題で騒いでるんだ?」

 

「さあ?」

 

「俺もさっぱりだ」

 

 小首を傾げるシャルル(男装バージョン)と、肩を竦める一夏。

 

「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら織斑くんと交際でき――」

 

「俺がどうしたって?」

 

「「「きゃあああっ!?」」」

 

 自分の名前が出た事で一夏が問い掛けるが、返って来たのは取り乱した悲鳴だった。気のせいか? 今『交際』って聞こえた気がするんだが……。

 

「で、何の話だったんだ? 俺の名前が出てたみたいだけど」

 

「う、うん? そうだっけ?」

 

「さ、さあ、どうだったかしら?」

 

 鈴とセシリアは、あははうふふと言いながら、あからさまに話を逸らそうとする。なんだ、一夏が聞いちゃまずい話題なのか?

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

 

「そ、そうですわね! わたくしも自分の席に着きませんと」

 

 何か隠しているのが見え見えな様子で2人はその場を離れていく。その流れに乗ってなのか、何人か集まっていた他の女子達も同じように自分のクラス・席へと戻っていった。

 

「……あいつら、どうしたんだ……?」

 

「……さあ?」

 

「トーナメント戦がどうとか聞こえたから、それに関係するんじゃないのか?」

 

 3人揃って頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、もう間も無く始まる朝のSHRに備えるのであった。

 

 ▽

 

「「あ」」

 

 2人同時に間の抜けた声が出てしまう。時刻は放課後。場所は第3アリーナ。声の主は鈴とセシリアだった。

 

「奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

 

 2人の間に見えない火花が散る。どうやらどちらも狙っているのは優勝らしい。

 

「ちょうど良い機会だし、この前の実習の事も含めてどっちが上かはっきりさせておくのも悪くないわね」

 

「あら、珍しく意見が一致しましたわね。どちらの方がより強くより優雅であるか、この場ではっきりさせましょうか」

 

 2人ともメインウェポンを呼び出すと、それを構えて対峙した。

 

「では――」

 

 ――と、いきなり声を遮って超音速の実砲弾が飛来する。

 

「「ッ!?」」

 

 緊急回避のあと、鈴とセシリアは揃って砲弾が飛んで来た方向を見る。そこにはあの漆黒の機体がたたずんでいた。

 機体名称【シュヴァルツェア・レーゲン】、登録操縦者――

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」

 

 セシリアは表情を苦く強張(こわば)らせ、鈴は連結した『双天牙月(そうてんがげつ)』を肩に預けながら、衝撃砲を戦闘状態へとシフトさせる。

 

「中国の【甲龍(シェンロン)】にイギリスの【ブルー・ティアーズ】か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうだったな」

 

 いきなりの挑発的な物言いに、鈴とセシリアの両方が口元を引きつらせる。

 

「何? やるの? わざわざドイツくんだりからやって来てボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」

 

「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのは可哀想ですわよ? 犬だってまだワンと言いますのに」

 

 ラウラの全てを見下すかのような目つきに並々ならぬ不快感を抱いた2人は、それぞれもどうにか怒りを言葉に変換して吐き出す。

 が、それはおおよそ無駄な労力であった。

 

「はっ……。2人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ者が専用機持ちとはな。余程人材不足と見える。数くらいしか能の無い国と、古いだけが取り柄の国はな」

 

 ブチッ――!

 

 何かが切れる音がして、鈴とセシリアは装備の最終安全装置を外す。

 

「どうやらスクラップがお望みみたいね。――セシリア、どっちが先にやるかジャンケンしよ」

 

「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでも良いのですが――」

 

「はっ! 2人がかりで来たらどうだ? 1に1を足そうが所詮答えは2にしかならん。下らん種馬を取り合うようなメスに、この私が負けるものか」

 

 それは明らかな挑発であったが、堪忍袋の()が切れた2人にはもはやどうだって良い。

 

「――今なんて言った? あたしには『どうぞ好きなだけ殴って下さい』って聞こえたけど?」

 

「場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合として恥ずかしい限りですわ。その軽口、2度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」

 

 獲物を握り締める手にきつく力を込める2人。それを冷ややかな視線で流すと、ラウラはわずかに両手を広げて自分側に向けて振る。

 

「とっとと来い」

 

「「上等!!」」

 

 ▽

 

「一夏、ウィル、今日も放課後特訓するよね?」

 

「おう。トーナメントまであまり時間無いしな」

 

「限りある時間は有効活用だ。確か今日は――」

 

 第3アリーナが開いてるはずだ、と言おうとしてところで、俺はそのアリーナの方角がえらく騒がしい事に気付いた。

 

「なんだ? もうアリーナが使用者で溢れてるのか?」

 

 アリーナに近づくにつれて何やら慌ただしい様子が伝わってくる。さっきから廊下を走っている生徒も多い。

 

「何かあったのかな? こっちで先に様子を見て行く?」

 

 そう言ってシャルルは観客席へのゲートを指す。確かにピットに入るよりも早く様子を見る事ができそうだ。

 

「だな。ウィル、先に中の状況を確認しようぜ?」

 

「ああ。満員だったら別の訓練方法を考えんといかんしな」

 

 そう言って頷いた俺は、一夏、シャルルと共に観客席のゲートをくぐり抜ける。

 

「ん? 箒――」

 

 一夏が、既にアリーナに来ていた箒に気付いて声を掛けた刹那の出来事だった。

 

 ドゴォンッ!!

 

「「「!?」」」

 

 突然の爆発に驚いて視線を向ける俺達。そして、その煙が立ち込めていた場所を見て絶句した。

 どうやら模擬戦を行っていたらしく形式はセシリア&鈴 対 ボーデヴィッヒのようだが、戦略的に有利なはずの2人のISは装甲が一部失われてボロボロ。対するボーデヴィッヒも無傷とはいかないが、それでも明らかに損傷は軽微だったのだ。

 

「ふん、もう終わりか? ならば――私の番だ」

 

 言うと同時にボーデヴィッヒは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』で鈴に肉薄して蹴り飛ばし、セシリアには近距離からの砲撃を当てる。

 さらに展開されたワイヤーブレードが、吹き飛ばされた2人の体を捕まえてボーデヴィッヒの元へと手繰り寄せる。そこからはただの一方的な暴力が始まった。

 

「あああっ!」

 

 その腕に、脚に、体に、ボーデヴィッヒの拳が叩き込まれる。シールドエネルギーはあっという間に減って機体維持警告域(レッドゾーン)を超え、操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと到達する。これ以上ダメージが増加しISが強制解除される事があれば、その時は冗談ではなく生命に関わる。

 

「おいおい、あれはやり過ぎだぞ……!!」

 

 ボーデヴィッヒの攻撃は止まらない。ただ淡々と鈴とセシリアを殴り、蹴り、ISアーマーを破壊していく。

 普段と変わらないボーデヴィッヒの無表情が確かな愉悦(ゆえつ)に口元を歪めた瞬間。

 

 ――ブ ツ リ

 

 何かが盛大に切れた音が、俺の頭の中から聞こえた。

 

「あのやろう……!!」

 

「あいつ……!!」

 

 俺は【バスター・イーグル】を展開。同じく【白式】を展開した一夏は『雪片弐型』を構築、全エネルギーを集約させ零落白夜を発動させる。

 

「一夏! アリーナのバリアーを破壊する気か!?」

 

「ああ! 今ピット・ゲートから行くんじゃ間に合わない!」

 

「確かにその通りだ。――全員下がってろ!!」

 

 大声で周りにいた女子達に離れるよう注意喚起し、全員が距離を取ったことを確認してから一夏に「よし、やれ!」と言って合図を送る。

 

「おおおおおっ!」

 

 本体の倍以上になった実体剣から放出するエネルギーの刃を、一夏は観客席を取り囲むバリアーへと叩きつけた。

 ありとあらゆるエネルギーを消滅させる零落白夜によって切り裂かれたバリアーの、その間を突破した一夏はボーデヴィッヒを眼中に捉えて猛スピードで突っ込む。

 

「その手を離せえぇぇぇぇ!!!」

 

 鈴とセシリアを掴んでいるボーデヴィッヒへと、一夏は刀を振り下ろす。

 ――が、しかし……。

 

「ふん……。感情的で直線的、絵に描いたような愚図(ぐず)だな」

 

「な、なんだ!? クソッ、動けねぇっ……!」

 

 零落白夜の一撃がボーデヴィッヒに届く寸前で、ビタッと一夏の体が止まった。まるで全身を見えない固定具で拘束されたかのように、一夏は身動(みじろ)ぎ1つ許されない。

 

「(なんだありゃ……。いったいどういう魔法(・・)を使ったんだ?)」

 

 あの【シュヴァルツェア・レーゲン】はドイツの第3世代型らしいが、一夏の動きを完全に止めてしまったアレが特殊装備で間違い無いだろう。

 

「やはり敵ではないな。この私と【シュヴァルツェア・レーゲン】の前では、貴様も有象無象の1つでしかない。――消えろ」

 

 肩の大型カノンが接続部から旋回し、グルンと一夏へと砲口を向ける。――あの魔法のカラクリを考察するのはあとだ!

 

《シャルル、一夏と一緒に鈴とセシリアを救出しろ! 俺はボーデヴィッヒの気を引く!》

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)でシャルルにそれだけ言って、俺は安全装置を解除。ボーデヴィッヒをロックオンする。

 

 ――TGT Locked――

 

 バイザーの照準サークルが赤く点滅し、ビーーと電子音が鳴る。

 

「ターゲットロック。フォックス2!」

 

 右主翼端から放たれたミサイルは意思を持ったようにボーデヴィッヒに狙いを定めて突撃する。

 

「チッ……。邪魔が入ったか……!」

 

 一夏の拘束を解き、ミサイルに意識を向けるボーデヴィッヒ。やはり、あのよく分からない能力によってミサイルは動きを止められるが、その隙に一夏とシャルルが鈴とセシリアを抱きかかえて離脱した。

 

「一夏、シャルル! 2人は!?」

 

「大丈夫だ。意識はある」

 

「こっちも手酷くやられてはいるけど大丈夫だよ」

 

「ならよかった」

 

 鈴とセシリアの無事が確認できた事でわずかに安堵の声で答えた俺は、次にこちらを忌々しそうに睨み付けるボーデヴィッヒに視線をやる。

 

「また貴様かっ! 1度ならず2度、3度と……!」

 

「ああ、お楽しみの邪魔をして悪かったな。詫びと言っちゃあなんだが俺が相手になってやろう。まだ殴り足りないだろ?」

 

 そんな俺の言葉を聞いたボーデヴィッヒは俺――いや、俺のISを見て嘲笑を浮かべた。

 

「はっ。まさか第2世代のキメラ(合成機)風情でこの私に挑もうとでも言うのか?」

 

 キメラか。確かに俺の相棒にはターミネーター(人型航空兵器)の技術が盛り込まれている。その姿形が似ているのが何よりの証拠だろう。

 だが、俺に言わせればそれだけのこと(・・・・・・・)だ。

 

「安心しろ。お前が思ってる以上にこいつは動ける。キメラがドイツの第3世代を倒しましたって、こいつの製造元の良い宣伝材料になるかもな」

 

「……アメリカンジョークは好かん」

 

「ジョークかどうか試してみるか?」

 

 軽口に不快感をあらわにするボーデヴィッヒを、俺はトーンを数段落とした声でさらに挑発する。

 

キィィィイイイイイイイイイン――!!

 

 睨み合っている内に温まっていたジェットエンジンが、耳をつんざく甲高い音を立てながら排気ノズル周辺に陽炎(かげろう)を作る。

 

「ほら、さっさとかかって来い。それとも……噛みつかれるのが怖いか?」

 

「っ……! いいだろう。その耳障(みみざわ)りな騒音を黙らせてやるっ……!!」

 

 両腕に薄紫色に発光する『プラズマ手刀』を展開したボーデヴィッヒと、右腕で鈍く黒光りする『ブッシュマスター』を構える俺は、同時に飛び出す。

 

 ガギンッ!!

 

「「!?」」

 

 あと数メートルで互いが互いを交戦距離に収める瞬間、金属同士が激しくぶつかり合う音が響いて、ボーデヴィッヒはその影に加速を中断させられる。一方の俺は突然の乱入者とボーデヴィッヒに衝突しないよう左に(かじ)をきってそれをかわす。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

「な!? き、教官!?」

「織斑先生!?」

 

 その影の、突然の乱入者の正体は予想外の人物だった。しかもその姿は普段と同じスーツ姿で、ISどころかISスーツさえ装着していない。しかしその手に持っているのはIS用近接ブレードであり、170センチはある長大なそれをISの補助無しで軽々と扱っている。その上で今の横やりなのだ。俺は目をパチクリさせてもう1度視線を戻すが、さっきと状況は変わらない。

 

「模擬戦をやるのは構わん。――が、このような事態にまで発展されては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「……教官がそう仰るのなら」

 

「……イエス・ミス。ご迷惑をお掛けしました」

 

 素直に頷いて、俺とボーデヴィッヒはISの装着状態を解除する。アーマーが光の粒子へと変換され、弾けて消えた。

 

「織斑もそれで良いな?」

 

「あ、ああ……」

 

 一夏もあまりの事に()けていたのか、彼はついつい素で答えてしまう。

 

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」

 

「は、はい!」

 

 一夏の返事を聞いて、織斑先生は改めてアリーナ内の全ての生徒に向けて言った。

 

「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 パンッ! と織斑先生は強く手を叩いてから去って行く。

 

「……ふん。命拾いしたな、鮫野郎(さめやろう)

 

 俺のISのシャークマウスを見てボーデヴィッヒはそう言ったのだろう。……鮫野郎、か。その名前で呼ばれたのは久しぶりだな。

 侮蔑の意味で言われたその言葉を懐かしく感じると同時に、かつて『鮫』と呼ばれていた自分が目を覚まし、牙を剥き出すのを感じ取る。

 

「その言葉をそっくりそのまま返してやろう。今度のトーナメントでは、――せいぜいその鮫に食い殺され(・・・・・・・・・)んように気を付けるんだな」

 

 そう言い残して俺は一夏達の元へ。ボーデヴィッヒは俺とは反対方向のゲートへ歩いて行く。

 こうして、第3アリーナでの事件は終息したのだった。

 

 ▽

 

「……………」

「……………」

 

 場所は保健室。時間はアリーナの一件から1時間ほど経過していた。ベッドの上では打撲の治療を受けて包帯の巻かれた鈴とセシリアがムッスーとした顔で視線をあらぬ方向へと向けていた。……いったい君らは何が不服なんだね?

 

「別に助けてくれなくてもよかったのに」

 

「あのまま続けていれば勝っていましたわ」

 

 感謝するかと思えばこれだ。まあ、別に感謝されたくて助けたわけでもないから、いいのだが。どちらかと言えば俺も一夏も頭に血が昇って乱入したわけだしな。

 

「はぁ、お前らなあ……」

 

「よく言うぜ。ありゃあ誰がどう見ても負けると確信するほど酷い状態だったぞ。それこそ、ミラクルでも起きない限りな」

 

「でもまあ、怪我が大した事なくて安心したぜ」

 

「こんなの怪我の内に入らな――いたたたっ!」

 

「そもそもこうやって横になっていること自体無意味――つううっ!」

 

 ……これだけ包帯に巻かれた状態でまだ言うか。て言うかこいつらはアホなのか? 無理に体を起こしたら痛いに決まってるだろうに。

 

「ちょっと一夏! バカって何よバカって! ウィルも! アンタ今アホなのかって思ったでしょ!」

 

「お2人こそバカでアホですわ!」

 

 とんでもない反撃を喰らった。しかし俺はもちろん、一夏も口を開いた覚えはないんだが……。織斑先生もだが、女性には何か超常的な力でも備わっているのだろうか。まあそれはともかく、怒り心頭の怪我人が2名、どうしたもんかねぇ。

 

「好きな人に格好悪いところを見られたから、恥ずかしいんだよ」

 

「ん?」

 

まっ、多分そうなんだろうな

 

 シャルルが飲み物を買って戻ってきた。部屋に入る時に小声で言った言葉を一夏はよく聞き取れなかったのか小首を傾げ、俺はふっと笑いながら鈴とセシリアにチラリと視線をやる。

 どうやら一夏以外は俺を含めて全員しっかり聞き取れたらしく、怪我人2人組は顔をカァァっと真っ赤にし始めた。

 

「なななな何を言っているのか、全っ然っ分かんないわね! こここここれだから欧州(ヨーロッパ)人って困るのよねえっ!」

 

「べべっ、別にわたくしはっ! そ、そういう邪推をされるといささか気分を害しますわねっ!」

 

 2人ともまくし立てながらさらに顔が赤くなっていく。まったく……素直じゃないねえ。

 

「はい、ウーロン茶と紅茶。取り敢えず飲んで落ち着いて」

 

「ふ、ふんっ!」

 

「不本意ですが頂きましょうっ!」

 

 鈴とセシリアは渡された飲み物を引ったくるように受け取って、ペットボトルの口を開けるなりゴクゴクと飲み干す。

 

「しかし、何だってラウラとバトルする事になったんだ?」

 

「それもそうだな。なぜそうなったのか経緯を教えてくれるか? 例えばボーデヴィッヒに挑発された、とか」

 

「え、いや、それは……」

 

「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」

 

 ふむ、どうやらボーデヴィッヒからの挑発があったのは間違いないらしい。それに加えて、2人がどうにも言いにくそうにしている。……多分だが、一夏がらみでも何か言われたな。

 

「ああ。もしかして一夏の事を――」

 

「あああっ! アンタは一言多いわねえ!」

 

「そ、そうですわ! まったくです! おほほほほ!」

 

 何かピンと閃いたらしいシャルルを、2人は凄まじい早さで取り押さえた。2人から口を覆われて、シャルルが苦しそうにもがく。

 

「こらこら、やめろって。シャルルが困ってるだろうが。それにさっきから怪我人のくせに体を動かしすぎだぞ」

 

 ちょっと1回冷静になれよとばかりに一夏は鈴とセシリアの肩に手を置く。

 

「「ぴぐっ! ~~~~~!?」」

 

 うわぁ、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)痛そうだな。2人の悶絶具合を見れば、それがどれほど痛かったのかは容易に想像がつく。

 

「あ……スマン。そんなに痛いと思わなかった。悪い」

 

「い、い、いちかぁ……アンタねぇ……!」

 

「あ、あと、で……覚えてらっしゃい……!」

 

 もしも2人が元気だったら、今頃一夏にはガトリング砲のごとき勢いで鉄拳が炸裂していたことだろう。加えて空対地ミサイルもおまけでついてくるに違いない。弾切れ? そんなもんトリガーから指を離すまで延々と続くに決まってる。

 

ドドドドドドドッ……!!

 

「……ワッツ……?」

 

 地鳴りに聞こえるそれは、どうやら廊下から響いてきている。しかもだんだんと近付いて来ているように思うのだが、多分気のせいじゃないだろ――うぅぅぅ!!?

 ドカーンッ!! と保健室のドアが吹き飛ぶ。比喩(ひゆ)でも誇張でもなく、本当に吹き飛んだ。映画とかで主人公がドアを蹴り開けて突入するシーンは見た事あるが、その倍以上の威力だ。

 

「織斑くん!」

「ホーキンスくん!」

「デュノアくん!」

 

 入って来たなんて生易しいものではない。文字通り雪崩(なだ)れ込んで来たのは数十名の女子生徒だった。ベッドが5つもある広い保健室なのに、室内はあっという間に人で埋め尽くされ、しかも俺達を見つけるなり一斉に取り囲み、まるでバーゲンセールかチケットの取り合いがごとく手を伸ばしてきたのである。……おぉう、軽くホラーだぞ、こりゃあ。人垣から伸びてくる無数の手、手、手。普通に怖いんだけど。

 

「お、おいおい、どうしたんだ!? 誰か説明してくれ!」

 

「な、な、なんだなんだ!?」

 

「ど、どうしたの、みんな……ちょ、ちょっと落ち着いて」

 

「「「これ!」」」

 

 状況が飲み込めない俺達に、バン! と女子生徒一同が出してきたのは学内の緊急告知文が書かれた申込書だった。

 

「ここ読んで、ここ!」

 

「えーと、なになに? 『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、2人組での参加を必須とする』? ほう、いつの間に変更したんだ? ……『なお、ペアが決まらなかった者は当日抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」

 

「ああ、そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 そしてまた一斉に伸びてくる無数の手。ひぃっ。や、やめろ! 俺はホラー系が苦手なんだっ!

 

「2人で勝利を掴み取ろう、ホーキンスくん!」

 

「私と組もう、織斑くん!」

 

「私と組んで、デュノアくん!」

 

 いきなりトーナメントの仕様変更があった理由は分からないが、学園側に何か考えがあるのだろう。ともかく今こうしてやって来ているのは全員1年生の女子だ(リボンの色で識別できる)。学園内で3人しかいない男子ととにかく組もうと、先手必勝とばかりに迫って来ていた。

 

一夏、ウィル

 

「「?」」

 

 シャルルが小声で話し掛けてきて、俺と一夏は彼女の方に耳を少し寄せる。

 

今回のトーナメント、2人でペア組みなよ。ボーデヴィッヒさんと決着をつけないといけないでしょ?

 

 彼女の言う通り、確かに俺と一夏はボーデヴィッヒと因縁がある。しかしだ。

 

でも、お前さんは女子だろう。今後はペアで特訓も行うはずだ

 

ああ。さすがにバレるんじゃないか?

 

僕は抽選で出る事にするよ。それならトーナメント当日まで相方は分からないから、ペア同士での特訓もないしね

 

 成程。それならば俺と一夏で組んでも問題は無いか。そうと決まれば、俺は目の前で騒ぐ女子全員に聞こえるようにキッパリと大きな声で宣言した。

 

「スマンな、みんな。実を言うと俺は一夏と組む予定なんだ! シャルルは誰と組んでも即座に実力を発揮できるよう抽選で選びたいらしい。だから今回は諦めてくれ!」

 

 シーン……。いきなりの沈黙に俺は気持ちが少し後退る。やっぱりまずかったか? 頼むから暴動なんて起こさんでくれよ?

 

「まあ、そういう事なら……」

 

「仕方ないよね。うん」

 

「やっぱり『おり×ホキ』は正義だったのね!」

 

「個人的には『おり×デュノ』が見たかったけど……ゴホンゴホン」

 

 なんか1つだけ聞き捨てならないものもあったが、取り敢えず納得はしてくれたようだ。女子達は各々が仕方ないかと口にしながら、1人また1人と保健室を去って行った。

 

「ふぅ……」

 

「一夏っ!」

「一夏さんっ!」

 

 安堵の溜め息をついていると、鈴とセシリアがベッドから飛び出した。

 

「あ、あたしと組みなさいよ! 幼馴染みでしょうが!」

 

「いえ、クラスメイトとしてここはわたくしと!」

 

 一夏を締め上げかねない勢いで迫る2人。お、おいおい、怪我人が暴れるんじゃない。体に響くぞ。

 しかし、どうしたものか。さっきの女子達と違ってこいつらは説得が難しそうだ。どう納得してもらうか……。

 

「ダメですよ」

 

 うおっ!? 背後からいきなり声が聞こえて俺は肩を跳ねさせるが、驚いたのは俺だけじゃないらしい。一夏やシャルル、そして鈴とセシリアもいきなり現れた人物、山田先生の登場に目を(しばたた)かせていた。

 

「お2人のISを調べた結果、ダメージレベルがCを超えていました。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥を生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

「うっ、ぐっ……! わ、分かりました……」

 

「不本意ですが……非常に、非常にっ! 不本意ですが! トーナメント参加は辞退します……」

 

「分かってくれて先生嬉しいです。ISに無理をさせるとそのツケはいつか自分が払う事になりますからね。肝心なところでチャンスを失うのは、とても残念なことです。あなた達にはそうなってほしくありません」

 

「はい……」

 

「分かっていますわ……」

 

 山田先生の真面目な口調に諭されてか、鈴とセシリアは納得こそしていないようだったが、これ以上食い下がる事なく大人しく引く。続いて互いに顔を見合わせた2人はコクリと頷き合った。

 

「いい? アンタ達、絶対に優勝しなさいよ!」

 

「わたくし達の分も頑張って下さいな! 心より応援していますわ!」

 

「お、おう。分かった」

 

「ま、任せとけ」

 

 鬼気迫る表情の鈴とセシリアに気圧されて、俺と一夏は若干顔を引きつらせながらそれに答える。

 

「ふふっ。美しい友情ですね」

 

 そう言って微笑む山田先生。

 だがしかし、鈴とセシリアから送られた激励には何か他にも重大な意味が込められている気がするのは、俺だけなのだろうか?

 

 ▽

 

 夕食後、自室に戻った俺は寝巻きに着替えて歯を磨き、そしてベッドに寝転がって天井の照明を見つめながら物思いに(ふけ)っていた。

 

「……………」

 

 今俺の頭の中にあるのは、今日の第3アリーナでボーデヴィッヒが浮かべていた愉悦の表情。ただ殴って楽しいだとかそういった話ではなく、『自分はこうあるべきなのだ』と確信したかのようにも見えた。

 

「(もし俺の思った通りだったとしたら、いったい何があいつをあそこまで駆り立てるんだ……?)」

 

 そんな事を考えながら、俺の意識は徐々に微睡んでいくのだった。

 

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