インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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21話 救出

「ああああああああっ!!!」

 

 突然、ボーデヴィッヒが身を裂かんばかりの絶叫を発する。と同時に【シュヴァルツェア・レーゲン】から激しい電撃が放たれ、それから(のが)れるように俺はボーデヴィッヒから大きく距離を取る。

 

「なんだ……!?」

 

「ウィル、大丈夫か!?」

 

「……? その声は一夏か。お前、まだ動けたのか?」

 

 確かあの時、ボーデヴィッヒからの一撃を諸に受けていたはずだが……。

 

「ああ。【白式】がギリギリ耐えてくれたみたいなんだ。それより、いったい何が起こってるんだ!?」

 

「俺に訊かれても分かるわけ――ッ!?」

 

 言葉は最後まで続けられなかった。俺も一夏も目の前の状況に目を奪われ、話す事さえ忘れてしまったのだ。

 その視線の先では、ボーデヴィッヒが……そのISが変形していた。いや、変形などと生易しい表現ではない。装甲を型どっていた線は全てグニャリと溶け、ドロドロのスライム状になって、ボーデヴィッヒを包み込んでいく。

 

「おいおいおい……! ありゃあいったい何なんだ……!?」

 

 俺は無意識にそう呟いていた。恐らく、それを見ていたであろう全ての人間がそう思ったに違いない。

 ISは原則として、大規模な変形はしない。ISがその姿を変えるのは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォームシフト)』の2つだけだ。パッケージ交換による多少の部分的変化はあれど、基礎の形状が変化する事はまずあり得ない。

 だが――目の前で、そのあり得ない事が起きていた。

【シュヴァルツェア・レーゲン】だったものはボーデヴィッヒの全身を飲み込むと、表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返す。

 どこまでも黒く濁った色のそれは倍速再生でも見ているかのようにいきなり高速で全身を変化、成形させていく。

 そしてそこに立っていたのは、黒い全身装甲(フルスキン)のISに似た『何か』だった。

 ボディラインはボーデヴィッヒのそれをそのまま表面化した少女の姿であり、最小限のアーマーが腕と脚につけられている。そして頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 

「『雪片』……千冬姉と同じじゃないか……!」

 

 一夏が目の前の黒いISの手に握られたブレードを見てそう呟き、『雪片弐型』を中段に構えた。

 

「――!」

 

 刹那、黒いISが一夏の懐に飛び込み、必殺の一閃が彼を襲う。何だよ、今のは。速すぎて見えなかったぞ……!

 

「ぐうっ!」

 

 一夏の構えた『雪片弐型』が弾かれる。そしてそのまま上段の構えへと移る。剣術はよく分からないが、この状況が限り無くまずいというのは俺にでも理解できた。

 

「一夏、スマンが少し強引に行くぞ!」

 

 俺は一夏を(さら)うように引っ張り、黒いISの斬撃から逃れる。――が、既にシールドエネルギーが底をついていた【白式】に一夏を守りきる術はなく、軽く刃が触れた左腕からはジワリと血が滲んでいた。

 今のが最後だったのだろう。【白式】は光と共に一夏の全身から消えた。

 

「クソッ、間一髪だったな!」

 

 あれは誰がどう見ても異常事態だ。とにかくフィールド内に取り残されている箒も回収してピット・ゲートへ退避させるのが先か。

 

「……………がどうした……」

 

 そのあとは、有効な対抗策もしくは鎮圧部隊が来るまで時間稼ぎを――

 

「それがどうしたああっ!!」

 

「うわっ!? おい一夏、暴れるな! 排気熱で腕を焼かれるぞ!」

 

 激しい怒りに任せて暴れる一夏を押さえつけながら、【打鉄】装備の箒を回収した俺はピット・ゲートへ向けて飛行する。

 黒いISは先ほどから微動だにしない。恐らく、武器か攻撃に反応して行動する自動プログラムが組まれているのだろう。

 

「クソッ! あいつ、絶対に許さねえ!」

 

「あっ! おい!」

 

「待て一夏!」

 

 ピット・ゲートに辿り着き、一夏と箒を床に降ろした瞬間、一夏が拳を握り締めて黒いISの元へ戻ろうと駆け出した。

 

「馬鹿者! 何をしている! 死ぬ気か!?」

 

「離せ! あいつ、ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」

 

 箒が一夏を羽交い締めにして黒いISへの特攻を防ぐが、一夏はそれでもなおグイグイと歩を進めていく。

 俺は【バスター・イーグル】のジェットエンジンを停止させたあと、右腕の『ブッシュマスター』から砲身冷却用の水タンクを外しながら、未だ引っ張り合いを続ける2人の元へ歩いて行った。

 

「どけよ、箒! 邪魔するならお前も――うわっぷ!?」

 

 バシャァッと頭上から降り注いだ大量の水を浴びて、一夏は頭から足の爪先まで全身水浸しになる。

 

「これで少しは頭が冷えたか、アホめ」

 

「な、何すんだよウィル!」

 

「何をだと? そりゃこっちの台詞だ!」

 

 そう言って、俺は一夏の胸倉を掴んで強引に引き寄せる。

 

「何がお前をそこまで怒らせたのかは知らんがな、怒りに任せて突っ込んで、それでお前が死んだらどうする気だ? それとも確実な勝算があるのか!? ええ!!?」

 

 俺の怒鳴り声がピットに反響する。怒りの頂点を折られた一夏は冷静さを取り戻したのか、さっきのように暴れる事はなくなった。

 

「一夏、いったいどうしたというのだ。分かるように説明してくれ」

 

「あいつ……あれは、千冬姉のデータだ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよ。それを……クソッ」

 

「お前は……いつも千冬さん千冬さんだな」

 

「それだけじゃねえよ。あんな、わけ分かんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえ。どっちも1発ぶん殴ってやらねえと気が済まねえ。そのためにはまず正気に戻してからだ」

 

 成程、それがこいつが怒った理由か。

 

「理由は分かったが、今のお前に何ができる。【白式】のエネルギーも残ってない状況で、どう戦う気だ」

 

「箒の言う通りだ。生身で向かっても切り刻まれるだけだぞ」

 

「ぐっ……」

 

 俺と箒に指摘され、一夏が苦い顔をする。あの黒いISも恐らくエネルギー切れ手前だろうが、それでも一撃を入れる必要がある。対する一夏のISには一撃はおろか、装甲を展開するエネルギーも残っていないだろう。

 

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は直ちに避難すること! 繰り返す――』

 

「聞いての通り、お前がやらなくても状況は収集されるだろう。だから――」

 

「だから、無理に危ない場所へ飛び込む必要はない、か?」

 

「そうだ」

 

 確かに箒は正しい。理路整然としている。だが――一夏のことだ。どうせ拒否するんだろうな。

 

「違うぜ箒。全然違う。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうだとか、知るか。だいたい、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑 一夏じゃない」

 

「……一夏、本気で言ってるのか? 相手は暴走ISだ。手加減なんかしてくれないし、下手すれば命に関わる。それでも行く気なのか?」

 

「ああ。俺は行くぞ。だから2人はここで待って――」

 

「おい、何か勘違いしていないか? 誰が行って良いなんて言った?」

 

「っ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――行くなら、俺も連れて行けよ。友人1人送り出して見物なんざ(そら)の男が(すた)るぜ」

 

 ニヤリと笑って、俺は早速エンジンの始動準備に取り掛かる。

 

「それに、さっさとボーデヴィッヒをあの中から出してやらんとな」

 

 ボーデヴィッヒが飲み込まれた時、ほんの一瞬だったが確かに俺と目が合った。その目は捨てられた仔犬のような眼差しに見えて、助けて欲しいと、そう言っているように見えたのだ。

 お前はバカだと言われるかもしれないが、あんな目を向けられて――助けを求められて、見て見ぬふりをする事など俺にはできなかった。

 

「ウィル……」

 

「お前達っ……ええい! ならばどうするというのだ! ウィリアムはともかく一夏、お前はエネルギーが――」

 

「無いなら他から持ってくれば良いんだよ。でしょ? 一夏」

 

「シャルル……?」

 

 横合いから声を掛けられて一夏がキョトンとした表情を浮かべる。

 なんでシャルルがここに……いや待て。そう言えばシャルルは俺達の次の試合に出るんだったな。だからこのピットで待機していたのか。

 

「普通のISなら無理だけど、僕のリヴァイブならコア・バイパスでエネルギーを移せると思う」

 

「成程。それなら【白式】のエネルギーを回復させられるな」

 

「本当か!? だったら頼む! 早速やってくれ!」

 

「けど!」

 

 ビシッとシャルルが俺と一夏に指を指して言う。彼女にしては珍しく、その言葉には有無を言わせぬ強さがあった。

 

「けど、約束して。絶対に負けないって」

 

「もちろんだ。ここまで啖呵を切って飛び出すんだ。負けたら男じゃねえよ」

 

「だな。日本には『男に二言はない』という言葉があるらしいじゃないか」

 

「じゃあ負けたら2人は女子の制服で通ってね」

 

「うっ……! い、いいぜ? 何せ負けないからな!」

 

「はっはっはっ! 言うなぁ。ああ、負けたら女子の制服を着てやろうじゃないか! 負けたらの話だけどな!」

 

 軽いジョークを交えた会話に緊張が良い意味で解れる。

 

「じゃあ、始めるよ。……リヴァイブのコア・バイパスを開放。エネルギー流出を許可」

 

 リヴァイブから伸びたケーブルは一夏のガントレット状態の【白式】に繋がれ、そこからエネルギーを流し込み始める。

 

「……完了。リヴァイブのエネルギーは全部渡したよ」

 

 その言葉通り、シャルルの体からリヴァイブが光の粒子となって消える。

 それに合わせて、一夏はシールドエネルギーが満タンに回復した【白式】を展開した。

 

「さぁて、行くか。目標はあのISの撃破及びボーデヴィッヒの救出だ」

 

「やっぱり零落白夜で攻撃か?」

 

「ああ。だがあれは燃費が悪いし隙も大きい。相手が織斑先生のコピーだとしたら、その隙は致命的だ」

 

 当たったとしてもボーデヴィッヒを引っ張り出してる間に反撃されるだろう。

 

「速さが重要だ。だから、お前が零落白夜で奴の腹をかっ捌いたら、間髪入れずに俺が突撃する」

 

「よし、分かった。それで行こう」

 

 奴の攻撃を諸に喰らえば防御なんてあって無いに等しい。当たれば一撃。けれど、逆にこっちが一撃を与えられるお膳立ては完璧だ。あとは――俺達次第。

 

「い、一夏っ! ウィリアムっ!」

 

 それまで傍観していた箒が、弾かれたように口を開いた。その目はまっすぐ俺達を見つめていて、真剣そのものである。

 

「死ぬな……。絶対に死ぬな!」

 

「何を心配してるんだよ、バカ」

 

「ば、バカとはなんだ! 私は――」

 

「信じろ」

 

「え?」

 

「俺を、俺達を信じろよ、箒。心配も祈りも不必要だ。ただ、信じて待っていてくれ。必ず勝って帰ってくるから」

 

「安心しろ、箒。こいつは死なせん。それに、俺だってこんな所でくたばる気は無いさ」

 

「あ、ああ! 勝ってこい!」

 

 箒に勝利の約束をして、ピットから出た俺と一夏は目の前の相手へと向かう。

 

Alright, let's do it(よし、やってやろうぜ!)!」

 

「行くぜ偽者野郎」

 

 俺は主翼ハードポイントにつけていた兵装を全て拡張領域(バススロット)へ戻して身軽になり、一夏は自身の持つ唯一の武器『雪片弐型』を強く握り締める。

 

「――――」

 

「こっち見やがれ、デカブツ!」

 

『雪片』を構えた一夏に反応してブレードを構える黒いIS。俺は一夏の邪魔をさせないように機銃を撃ち放ちながら相手の目の前を横切る。

 武器や攻撃に反応するのなら、いっそそのプログラムを逆手に取って目立てば良い。俺が目立てば、その分だけ一夏への攻撃頻度も減るだろう。

 

「おっとっ!」

 

 相手の袈裟斬りが翼に当たる寸前で機体を90度右に傾けると、一撃必殺の一閃が凄まじい早さで通り抜けた。

 

「ハズレだ下手くそめ!」

 

 言語理解能力でもあるのか、怒ったようにラインアイ・センサーを光らせる黒いISはブレードの刃を裏返し、今度は逆袈裟斬りの態勢を取る。

 

「またまたハズレだ、クソッタレのコピー野郎」

 

 その凶刃が直撃する寸前で俺は急上昇からのループで相手の頭上を取り、すかさず30ミリの雨を大量に降らせる。

 

「ウィル、もう良いぞ! こっちはいつでもいける!」

 

 時間を稼いでいる内に一夏の方の準備が整ったようだ。彼の握る『雪片弐型』からは全てのエネルギーを消し去る絶対無効の刃が現れていた。

 

「了解だ! ぶちかませっ!!」

 

「おう!」

 

 頭上に構えた『雪片弐型』は鋭く縦に振り下ろされる。その正確無比な一撃は相手の胴体に大きな切れ込みを作った。

 ――が、黒いISもやられているばかりではない。手に持つブレードで払うように一夏へ反撃を行う。

 

「ぐっ……!」

 

 ガギンッ! と、『雪片弐型』で巨大なブレードの一撃を受け止める一夏。

 

「ウィル、今だ!」

 

「サンクス、一夏!」

 

 一夏が斬撃を受け止めている隙を突いて、黒いISの懐に潜り込んだ俺は切れ込み目掛けて部分解除した右腕を突っ込む。

 

「よし、掴ん――」

 

 右手に確かな人肌の感触がして、それを掴んだ瞬間、俺の視界は暗転した。

 

 ▽

 

「っ……。ここは……?」

 

 気が付くと、俺は真っ暗闇の中に倒れていた。

 

「さっきまでフィールドにいたはずなんだが、そもそもここはどこだ?」

 

 ISはいつ解除されたのか分からないが、今の俺は生身の状態。一応身体に外傷は無いようだが、いきなり見知らぬ場所で目覚めた俺は少し困惑していた。

 

「妙に肌寒い場所だな。おまけに……」

 

 俺は首を上下左右に巡らせ、それから顔をしかめる。どんよりと濁った黒色が、辺り一面どこまでも続いていた。

 

「はぁ、参ったぞ。何がどうなったのかさっぱりだ」

 

 まあ、ここで突っ立ってるわけにもいかないかと、そこまで思考して足を踏み出したその時、いきなり頭の中をいくつもの光景や単語が駆け巡った。

 

「ッ……!? なんだ、これ……遺伝子強化? 試験管ベビー?」

 

 脳裏に映るのは、培養液に満たされたカプセルの中で眠る少女。次に映ったのは近接格闘術を習う少女、さらに次はライフルの射撃訓練を受ける少女。

 

「っ――」

 

 絶句した。その少女があまりにボーデヴィッヒに似ていたのだ。

 

「なんなんだ、いったい」

 

 俺は暗い闇の中を宛もなく歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 歩き始めてからどれぐらい経っただろうか。俺は広場とおぼしき空間に辿り着いた。

 その空間の中心で独り、両膝を抱えてポツンと座り込む人影を見つけた。……ボーデヴィッヒだ。

 

「そこで何してるんだ?」

 

 俺が声をかけるとボーデヴィッヒはうつむかせていた顔を驚いたようにガバッと上げ、そして慌てて立ち上がった。

 

「っ! 貴様、なぜここにいる! いや、どうやって入った!」

 

「生憎だが俺も分からん。気が付いたらここにいたんでな」

 

 ボーデヴィッヒの問いに肩を小さく竦めながら答えると、彼女はスッと目を細めて俺を睨み付けてきた。

 

「……何をしに来た」

 

「そんな睨むなよ……。俺はお前を助け出しに来たんだ。あんな体の負荷を無視したような動きを続けてみろ、下手をすれば命に関わるぞ」

 

「助けるだと? 誰がそんな事を頼んだっ……!」

 

「他の誰でもない。お前自身に」

 

「そんなことは一言も――」

 

「そうか? 確かに口では言ってなくても、俺には『助けて』と目で訴えられたように思うんだが」

 

 そう答えた瞬間、ボーデヴィッヒの眼光が鋭さを増す。

 そして、拳を握り締めながら声を荒げた。

 

「ッ~~~! 知った風な口をきくな! 貴様に私の何が分かる!? 私はただ殺しのために作られ、鍛えられた! それがISができたらどうだ!?」 

 

 ボーデヴィッヒは「これを見ろ!」と言って左目の眼帯をむしり取る。その眼帯の下にあったのは、金色に輝く瞳だった。

 

「IS適応性向上が目的の手術に失敗した私は、ISどころかそれ以外の分野でも後れを取るようになった! そんな私を待っていたのは、出来損ないと後ろ指を指されて生きる毎日だった!」

 

 戦いのためだけに作り出され、体をいじくり回された挙げ句、失敗すれば出来損ない、か……。

 

「……私は必要な装置と薬剤さえあればまた作れる。敵に負け、あまつさえ暴走まで引き起こすような失敗作が消えたところで、誰も……」

 

「惜しんだりはしない。自分もそれで納得している、か?」

 

「……役に立たない兵器は廃棄される。それだけだ」

 

「そうか。……なら、なんで」

 

 ――そんな悲しそうな表情(かお)をして。

 

「泣いているんだ?」

 

「っ! こ、れは……」

 

 俺に言われてようやく自分の頬を伝う涙に気付いたのか、ボーデヴィッヒは慌ててそれを拭った。

 

「確かに、俺にお前の事は分からない。お前の境遇がどれほどのものだったかも。だが、そんな俺にでもお前がここから出たいと、死にたくないと思っていることだけは分かる」

 

「何を根拠にっ……!」

 

「その涙だ。道具が揃えば替えが利く? それで生まれるのは『お前に似ただけの他人』だろうが。出来損ないだと後ろ指を指される? じゃあ、そいつらにはクソ喰らえと中指でも立ててやれ」

 

 自分でも気づかないうちに、俺の声は声量を増していく。

 

「生まれがどうとか育ちかどうとか、そんなもの知ったことか。お前は女の子であって兵器じゃない。誰も言わないなら俺が言う。――お前は! 世界に1人だけの(2度と替えの利かない)、ラウラ・ボーデヴィッヒという名の女の子だ!」

 

 涙を湛えたボーデヴィッヒの、その深紅と黄金の両目が見開かれる。

 

「俺に他人の人生をとやかく言う権利なんて無い。だがな、お前のそれは他人が引いたレールの上をただ走らされているだけだ。他人が引いたレールを走り、他人が決めた終着駅で終わる。それで満足か? 本当に?」

 

 少なくとも俺はそうは思わない。思えない。自分の人生は、自分だけのものだ。何をしたいか、どこへ向かいたいか、それを決めるのは自分だけの権利だ。

 

「失敗作がどうとか、負けたから捨てられるとか、そんなくだらない考えは今ここで捨てろ。お前自身はどうしたい(・・・・・・・・・・)んだ?」

 

「私……。私、は……」

 

「もう1度言うぞ。俺はお前を助け出しに来た。……あとはお前次第だがどうする? こんな所に閉じ籠って終わるのがお望みか?」

 

 まっ、嫌だなんて言おうものなら引きずってでも連れて帰るがな。と冗談めかして付け加えるが、ボーデヴィッヒはうつむいたまま肩を震わせていて、俺の言葉は聞こえていないらしい。

 

…………けて

 

「?」

 

 ボーデヴィッヒのか細い声を聞き取れず、俺はわずかに首をかしげる。

 

「助けて……!」

 

 今度はしっかりと聞こえた。涙や何やらで顔をクシャクシャにしたボーデヴィッヒの口から、確かに。

 

「もちろん。その言葉が聞きたかった」

 

 俺はニコリと微笑みながら、ボーデヴィッヒに右手を差し出す。その手を彼女が掴んだ途端、辺りが白く温かい光に包まれて――

 

 ▽

 

「――ッ! ここは……!?」

 

 周りにはバリアーに隔たれた観戦席。正面にはあの黒いISの胴体が視界一杯に広がり、そして背後にはソイツとつばぜり合う一夏がいた。

 どうやら戻って来れたようだ。

 

「いくぞ……!」

 

 右腕に力を込めて引っ張る。そして見えたのはボーデヴィッヒの左手。さらに力を込めると二の腕、上腕、肩、と続いていき、とうとうボーデヴィッヒの全身を黒いISから引っ張り出す事に成功した。

 

「(よし、あとはこいつから距離さえ取れば――)」

 

 ISは強制解除されるはずだと考えてボーデヴィッヒを抱きかかえながら飛び立とうとした刹那、俺の体はガクンッと動きを止められる。

 脚に衝撃を感じて気が付くと、まるで逃がすかと言わんばかりに黒いISから伸びた触手のようなものが絡まっていた。

 

「しつこい野郎だな!」

 

 俺も負けじとエンジン出力を最大にまで引き上げると、【バスター・イーグル】はエンジンノズルから轟音と青白い炎を吐き出す。

 やがてイーグルの最大推力に耐えきれなくなった黒い触手はブツンッと短い音を立て、とうとう引き千切られた。

 

「ぐうぅっ!」

 

 最大推力の状態でいきなり拘束が解けた事によって、俺はパチンコ弾の如く吹っ飛ばされる。姿勢制御も間に合わず、地表を抉りながらアリーナ・フィールドへと叩きつけられた。

 ギャリギャリギャリッ!! と不快な音を立てながら向かう先にはアリーナの分厚い防護壁が待ち構えており、このまま行けば間違いなく衝突だ。

 

 ――警告! 正面障害物!――

 

 ハイパーセンサーが発する警告文を見た俺は、大急ぎでドラッグシュートを展開する。

 

「頼む。止まってくれ……!」

 

 衝突時に少しでも衝撃が緩和されるようにと、俺はボーデヴィッヒを抱いたまま体を丸めてギュッと目を閉じた。

 

 ギャギギギギ……ギギ………ガ、グンッ

 

 機体と地表が擦れる音は次第に弱くなっていく。

 そして、最後に小さな衝撃が【バスター・イーグル】を揺らしたあと、機体はようやく完全に停止した。

 

「ぎ、ぎ……ガ……」

 

 キュゥゥゥゥゥヴゥゥゥゥン…………

 

 ジェットタービンの回転数が低下していく音と重なるように、黒いISは力が抜けたように崩れ落ちていき、待機状態のレッグバンドとなってボーデヴィッヒの元へと戻っていく。

 

「やった……!」

 

 一夏の声を皮切りに、割れんばかりの歓声と拍手がアリーナに響き渡った。

 

「まったく、気持ち良さそうに眠りやがって」

 

 腕の中で静かな寝息を立てるボーデヴィッヒを見下ろしながら、俺はフッと笑ってそう呟く。

 

「なあ、一夏。ぶっ飛ばすのは勘弁してやろうぜ?」

 

「ははっ、そうだな。勘弁してやるか~」

 

 そう言葉を交わして俺と一夏は互いの拳を軽く当てたあと、それを高く掲げる。

 

「「よっしゃあ!」」

 

 アリーナを支配していた歓声が、拍手が、さらに沸き上がった。

 




 ーおまけー

 ティンダル空軍基地にて。

 ウィリアムがラウラを救助したその瞬間をテレビ中継で見ていた基地内の一室は大盛り上がりであった。

「Foooooo!」

「あの坊主やるじゃねえか!」

「超かっこいいッス!」

「おい、オータム! 確かあいつってお前が面倒見てやってたんだろ!?」

「おう! あいつはこのオータム様とスコールが直々(じきじき)にしごいてやったんだぜ!」

「「「ジョーズ! ジョーズ! ジョーズ!」」」

 仕事も忘れてテレビの前で歓声を上げるアメリカ軍人達。そんな彼ら彼女らの後ろではウィリアムの伯父、トーマス・ホーキンス大佐がやれやれと溜め息をついていた。

「お前達、仕事はどうした。今は勤務時間中のはずだが?」

「まあまあ、大佐。今日は大目に見てあげて下さい。ホーキンスくん、基地内ではかなり可愛がられていましたし、ね?」

 腕組みして「まったくっ」と呟くトーマスを、スコールが苦笑いを浮かべながら宥める。

「それに、大佐もこっそり録画していましたよね?」

「…………。はぁ……。分かったよ大尉。まったく君には敵わんな。今日だけは大目に――」

「しぃんあいなる『重装巨砲主義』の同志諸君!! 我らが同志ホーキンスくぅんの活躍を祝して祝砲の準備だぁ! アヴェンジャーを用意せよ!」

「はっ! してガトリング中将! 空砲は何発用意いたしましょう!」

「景気よく1万発ぅ!!!」

「「「イエッサー!!」」」

 喜色満面のデイゼルの言葉に、配下の兵士達はバタバタと忙しなく走って行った。

「……前言撤回だ!! 今すぐあのバカどもを取り押さえろおぉぉぉっ!!!」

 今日も今日とてティンダル基地にトーマスの怒号が響き渡る。
 ……これで良いのか、アメリカ空軍。



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