インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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24話 副隊長の秘策

「日本の夏は湿気が多いなぁ……」

 

 週末の日曜日。天気は快晴なのだが、この国特有の蒸し暑さはどうにかならないものか。本当。マジで。

 来週から始まる臨海学校の準備もあって、俺はある女子と2人で街に繰り出していた。その女子というのが――

 

「ふむ、ここか」

 

 興味深そうに目の前の巨大な建物を見上げているラウラである。

 ちなみにラウラの服装はIS学園の制服だ。彼女曰く『制服と軍服以外持っていない』らしい。

 

「ああ。ここが『レゾナンス』だ」

 

 大型ショッピングモール『レゾナンス』。ここは食べ物は欧・中・和を問わずに完備、衣服も量販店から世界中のブランドまで網羅(もうら)している。その他にも各種レジャーは抜かりなく、子供から大人まで年齢・性別を問わずに幅広く対応可能。『ここで無ければ市内のどこにも無い』と言われるほどらしい。

 

「ここには必要な物がだいたい揃ってる。お前もこれからは色々とここの世話になるだろうからな。そこで……」

 

「早めにこの辺りの地理を把握しておけということか」

 

「そういうことだ。なんせバカ広い施設だからな」

 

 俺も初めてここを訪れた時は大変だった。広い故に歩くだけで大変だわ、おまけに途中で道に迷うわ、もう散々な目に遭った。

 

「えー、水着売り場はーっと……」

 

 近くの展示案内板で、現在地と水着売り場までのルートを確認。よしよし、ここから東へ向かって2階か。

 

「ところでラウラも水着を買うのか?」

 

「私か? 私は学園指定の水着があるからな。あれはなかなか機能美に優れているものだ。わざわざ新しい物を購入する必要も無いだろう」

 

 学園指定の水着ってあれか? あの藍色のやつ。本人がそれで良いって言うなら構わんが……まあ、自分の目で見て気に入ったのがあれば買えば良いし、そこはラウラの判断に任せよう。

 

「そうか。じゃあそろそろ動くとしよう」

 

 そう言って2階の水着売り場へ向けて歩を進めようとしたその時だった。

 

「? あれは……」

 

 不意に視界に入り込んだのはどこにでも置いてあるような普通の自動販売機。しかし、それの陰に隠れるようにして3つの人影があった。

 1人はリボンで結ったポニーテール、1人は躍動的なツインテール、そして最後の1人は優雅なブロンドヘアー。つまり、箒、鈴、セシリアであった。

 

「(あいつら何してるんだ?)」

 

 いかにも不審な3人組に目を凝らす。

 

…………斬るか

 

よし、殺そう

 

ふ、ふふ……うふふふふ………

 

 3人とも目からハイライトが消えており、その虚ろな瞳はエスカレーターに乗っている2人組――一夏とシャルロットへ向けられていた。どうやらあの2人も偶然ここに来ていたようだ。仲良さそうに手まで繋いでいる。――そう、手を繋いで。

 

「……ああ、そういうことか。あいつらも大変だなぁ」

 

 (はた)から見ればデートしているようにしか見えない一夏とシャロット、そしてそれを追うハイライトが無い箒、鈴、セシリア。そんな光景を前に俺は苦笑いを浮かべた。

 

「嫁よ、どうかしたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 怪訝そうに顔を覗き込んできたラウラにそう短く返して、そういえば、と前々から思っていたことを思い切って言ってみることにした。

 

「なあラウラ。その、俺を『嫁』って呼ぶのはやめないか?」

 

「なぜだ? お前が私の嫁であることは事実だろう」

 

「いやな、そう何度も嫁、嫁、と呼ばれるとどうもむず痒いんだ」

 

 そもそも俺、結婚してないし。男だし。

 

「せっかく仲良くなれたんだからさ、ウィルって呼んでくれよ」

 

「そうか。分かった。お前がそう言うのならそうしよう」

 

「おう。ありがとな」

 

「う、うむ……」

 

 ニッと笑いかけると途端にラウラは耳まで赤くなってうつむいてしまった。……いったいどうしたんだ?

 

「どうした? 大丈夫か?」

 

「な、なんでもない。それより水着売り場に行くのだろう? 早く行くぞ」

 

 言うが早いか、ラウラは顔を赤くしたまま早足で2階行きのエスカレーターへ向かって行く。俺も置いて行かれまいとラウラのあとを追ってエスカレーターに乗った。

 

「(しかし海か……。そういえば小学生の頃、マイク達と悪ふざけしたよなぁ)」

 

 その悪ふざけの内容とは、度胸試しと言う名目で海洋スリラー系の映画を見たあと海に飛び込む、というものだ。

 その時は4人で遊んでいたのだが、内1人が映画の影響で完全にビビってしまい、波打ち際でガチ泣きするという事件が発生したのも懐かしい話だ。

 と、1人で思い出に浸っている内に水着売り場に到着した。

 

「じゃあ、男物の水着はあっちだから、いったんここで別れるか」

 

「分かった。ではまた、のちほどここで落ち合おう。私は暇潰しにこの辺りを散策してくる」

 

 そう言って、ラウラは女性用水着売り場に向かう。色とりどりの水着がディスプレイされているそこは、なんだか見ているだけでも南国のビーチにいるような気分になりそうだった。

 

「おっと、いかんいかん。俺もちゃっちゃと水着を選ぶかな」

 

 幸い、学生の身でありながら空軍に所属している俺は給料も貰っているので金銭の問題は無い。

 それにしても、水着なんてこうして選ぶこと自体久しぶりだ。心なしか奇抜な色が妙に多い気がするが、俺はシンプルなベージュ色をしたショートパンツタイプの水着を手に取る。

 

「(まあ、これで構わんだろう。まだ5分も経ってないが、先に買って待ってるか)」

 

 そう思ってレジカウンターに向かう。

 

「そこのあなた」

 

「ん?」

 

 キョロキョロと周りを見るが、ここには俺しかいない。

 

「男のあなたに言ってるのよ。そこの水着、片付けておいて」

 

 と、名前も知らない女性からいきなり言われる。ISが普及した10年で女尊男卑(じょそんだんひ)の風潮は瞬く間に浸透した。

 それはISに対抗して作られたターミネーター(人型航空兵器)が飛ぶようになった今でも変わらない。もちろん全ての女性がこのような思想を持つわけではないが、それでも男はこうして街を歩いているだけで見ず知らずの相手から命令される始末である。だが――

 

「(こういうのはシカトだシカト)」

 

 俺はそういうのが大嫌いだ。関係性のある仲ならともかく、見ず知らずの相手にそんなことを言われる覚えはない。従う気もない。まったくバカバカしい。

 

「ちょっと! あなたに言ってるのよ!」

 

 無視されたのが気に食わなかったのか、女性客は俺のあとをズカズカと追い掛けて肩を掴んでくる。どうやら見逃してくれる気は無いらしい。

 

「…………はぁ……」

 

 俺は溜め息を1つ溢してからその手を払い退け、そして女性客の方へと向き直った。

 

「な、何よ……」

 

「自分で出した物くらい自分で片付けろ。その程度、幼稚園児だって当たり前のようにできるぞ。それすらもできないというのなら、幼児教育からやり直して来るんだな」

 

 そう言い残して(きびす)を返した俺は、その場をあとにする。対する女性客は男にここまで言い返されたのが予想外だったのか、ポカンと口を開けて呆けていた。

 ったく。あの客のせいでせっかく忘れていたアマンダ・メイソンの顔が脳裏をチラつきやがった。気分下がるぜ……。

 

「ん? お前も来ていたのかホーキンス」

 

 水着を持ってレジカウンターを目指していると、不意に声を掛けられた。さっきの女性客のものより低く、そして常日頃から耳にする声だ。

 

「……織斑先生?」

 

 振り返った先に立っていたのは、ややカジュアルめのサマースーツを着た1組担任・織斑先生だった。

 

「先生も水着を買いにここへ?」

 

「ああ、まあそんなところだ」

 

 そう言って織斑先生が見せてきたのは、専用のハンガーに掛けられた黒水着。スポーティーでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している。

 大変失礼ながら、そういったことにはあまり興味がなさそうなイメージがあっただけに俺は少し驚いてしまった。

 

「さっき一夏に選んでもらってな。私も気に入ったからレジに持って行く途中だったんだ」

 

「ほう、一夏が。あいつ良いセンスしてるじゃないか。ですが、その一夏はいったいどこに……?」

 

「あいつなら篠ノ之(しののの)達に引きずって行かれたぞ」

 

 ああ、やっぱり最後は捕獲&強制連行されたのか。斬られたり潰されたり蜂の巣にされたりしていないことを祈るとしよう。

 

「はははっ。まったくモテモテだなぁ、あいつは」

 

「そう言うお前もラウラとはどうなんだ?」

 

「……へ?」

 

 突拍子も無い質問を振られた俺は、思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

「あいつは色々と問題はあるだろうが、あれで一途(いちず)な奴だぞ」

 

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる織斑先生は、さらに言葉を続ける。

 

「容姿だって悪くない」

 

「い、いや、あの……」

 

「それに、キスした仲だろう?」

 

 ぐあっ。そ、それを言いますか先生。畜生、これは何を言っても自爆してしまいそうだ。

 狼狽する俺がそんなに面白かったのだろうか、さっきまで意地の悪い笑みを浮かべていた織斑先生はいつの間にか微笑みを湛えていた。

 

「まんざらでもないか?」

 

「いえ、そういうのはなんというか、自分にもよく分かりません……」

 

「ふむ、そうか。容姿は好きな方か? 嫌いな方か?」

 

「それは……まあ、確かに可愛いと思います」

 

「ほう」

 

「ええ、確かにラウラは可愛いです。それに、その可愛さの中に凛々しさもあって――って、こんな場所でなんてことを言わせるんですかっ……!」

 

「勝手に言ったのはお前だろう」

 

 ぬぅ。確かにそれもそうだ。どうやら俺はまんまと誘導尋問に引っ掛かってしまったらしい。

 やはりこの人には敵う気がしないと改めて実感した俺だった。

 

 ▽

 

 時刻は少しさかのぼり、女性用水着売り場。

 ウィリアムを待つ間の暇潰しとして辺りを散策していたラウラは、壁のようにズラリと並ぶ色とりどりの水着を眺めていた。

 

「(これら全てが水着か……。この世にはこれほどの種類の水着があったのだな)」

 

 しかし、特に興味があるわけでもないラウラは冷めた瞳でそれらをザッと見渡したあと、店内の壁に掛けられた時計に視線をやる。

 

「(ふむ、そろそろ頃合いか。集合地点へ向かうとしよう)」

 

 そう思い、店内入口へと歩を進める彼女だったが、次の瞬間その白い肌がボッと赤く染まった。

 

「ええ、確かにラウラは可愛いです」

 

「ッ!?」

 

 いきなり、ウィリアムの声が――その言葉が聞こえたのだ。

 

「……………」

 

 どうも誰かと2人で会話しているというところまでは把握できたのだが、まさかの不意打ちにラウラの顔は熱を放って紅潮し、心臓の動悸(どうき)は一気に4速ギアを入れたかのように早くなっている。ドキドキ、バクバクと、胸が高鳴って止まらない。

 褒めるが良い――と何度もウィリアムに言っていたラウラであったが、実際に褒めてもらったことはなく、もちろん『可愛い』と言われたこともない。

 そこへ来て、突然のこの言葉なのだから、冷静沈着・ドイツの冷氷と呼ばれたラウラが取り乱すのは仕方がないことだった。

 

「(か、か、可愛い……? 私が、可愛い……可愛い……)」

 

 意味もなくキョロキョロと周囲を見やってから、ラウラは胸に手を当てて目蓋を閉じる。それは普段なら必要としない意識の集中法で、コールする番号を何度も間違えながらラウラはISのプライベート・チャネルを開いた。

 

 ▽

 

 同時刻、ドイツ国内軍施設。そこでは現在、IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』――通称『黒ウサギ隊』が訓練を行っていた。

 眼帯をした黒ウサギが部隊章であるこの隊は隊長のラウラを始め全員が肉眼へのIS用補佐ナノマシン移植者である。元々、ラウラの眼帯は機能抑制装置(リミッター)であったのだが、現在では全員が肉眼の保護と部隊の誇りとして眼帯を装着していた。

 

「何をしている! 現時点で37秒の遅れだ! 急げ!」

 

 そう怒号を飛ばしているのは副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフであった。年齢は22。部隊の中では最高齢であり、10代が多い隊員達を厳しくも面倒見よく牽引する『頼れるお姉様』。

 その専用機【シュヴァルツェア・ツヴァイク(黒い枝)】に緊急暗号通信と同義のプライベート・チャネルが届いた。

 

「――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」

 

《わ、私だ……》

 

 本来ならば名前と階級を言わなければいけないのだが、向こうの声が妙に落ち着き無く揺れているためクラリッサは怪訝そうな顔をする。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、何か問題が起きたのですか?」

 

《あ、ああ……。とても、重大な問題が発生している……》

 

 その様子からただごとではないと思ったクラリッサは、訓練中の隊員へとハンドサインで『訓練中止・緊急招集』を伝える。

 

「――部隊を向かわせますか?」

 

《い、いや、部隊は必要ない。軍事的な問題では、ない……》

 

「では?」

 

《クラリッサ。その、だな。わ、わ、私は、可愛い……らしい、ぞ》

 

「……………はい?」

 

 それまで規律整然としたクラリッサの声が、半オクターブほど高くなる。ついでに、キリリッとした口調は突然の意味不明な事態に対して若干間の抜けたものへと変わっていた。

 

《う、うぃ、ウィルが、そう、言っていて、だな……》

 

 と、そこまで聞いてクラリッサはピンと来た。

 

「ああ、アメリカ空軍に所属していて、隊長が好意を寄せているという彼ですか」

 

《う、うむ……。お前が教えてくれたところの、所謂(いわゆる)『私の嫁』だ》

 

 そう、彼女クラリッサこそがラウラに間違った知識を植え込んだ張本人なのだ。もしこのことをウィリアムが知ろうものなら、彼はニッコリ笑顔で【バスター・イーグル】にできる最大限の爆装(ばくそう)(ほどこ)し、直ちにドイツへ向けて飛び立つだろう。

 なお、クラリッサの名誉のために言っておくが、彼女に悪気があったわけではなく、本人が愛読する日本の少女マンガに書かれていたことをそのまま伝えただけである。

 

《く、クラリッサ。こういう場合、私はどうすべきなのだ?》

 

「そうですね……。まずは状況把握を。直接言われたのですか?」

 

《い、いや、向こうは近くに私がいるとは思っていないだろう》

 

「――最高ですね」

 

《そ、そうなのか?》

 

「はい。本人がその場にいない時にされる褒め言葉にウソはありません」

 

《そ、そうか……!》

 

 さっきまで動揺10割だったラウラの声が、クラリッサの言葉でパァッと花開くように明るいものへと変わる。

 ちなみに、現在集めた隊員達には、クラリッサがプライベート・チャネルをしながら筆談で状況を伝えている。

 

【隊長の片想いの相手に脈アリ】

 

「おおおお~!」と十数名の乙女が盛り上がった声を漏らす。

 ――ちなみに、この部隊でラウラは人間関係に多大な問題を抱えていたのだが、先月トーナメントで起きた事件の直後に『好きな男ができた』という相談をクラリッサに持ち掛けた時から全てのわだかまりが解けて消えた。

 その時の様子はまさに色恋沙汰に反応する10代女子(一部20代女子)だったと追記しておこう。

 

《そ、それで、だな。今、その、水着売り場なのだが……》

 

「ほう、水着! そう言えば来週は臨海学校でしたね。隊長はどのような水着を?」

 

《う、うん? 学園指定の水着だが――》

 

「何をバカなことを!」

 

《!?》

 

「確か、IS学園は旧型スクール水着でしたね。それも悪くはない。悪くはないでしょう。男子が少なからず持つというマニア心をくすぐるでしょう。だがしかし、それでは――」

 

《そ、それでは……?》

 

 ゴクリ、ラウラが唾を飲み込む。

 

色物の域を出ない!

 

《なっ……!?》

 

「隊長は確かに豊満なボディで相手を籠絡(ろうらく)というタイプではありません。ですが、そこで際物(きわもの)に逃げるようでは『気になるアイツ』から前には進まないのです!」

 

《な、ならば……どうする?》

 

「フッ。私に秘策があります」

 

 言葉に熱が入り出すクラリッサ。そして、その目がキュピーンと光った。

 

 

 

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