インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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25話 晴れときどきニンジン

「海っ! 見えたあっ!」

 

 トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

 臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。心地よさそうな潮風に揺られる海面は穏やかで、陽光を美しく反射していた。

 

「おー。日本の海もきれいなもんだなぁ。パナマシティー・ビーチと良い勝負だ」

 

 地元から比較的近場にあり、毎回友人達と繰り出していたエメラルド色の海を思い出しながら、俺は独りごちる。またあいつらと一緒に泳ぎに行きたいもんだ。

 

「……………」

 

 それにしても、さっきから俺の隣で異様に静かにしているラウラが不思議でしょうがない。体調が優れないのか、一言も話さずソワソワと落ち着かなさそうにしている。

 

「大丈夫か? 昨日レゾナンスに行った時からずっとその調子じゃないか」

 

「……………」

 

「ラウラ? おい、ラウラ。本当に大丈夫か?」

 

 あまりに反応が無いので、いよいよ心配になってきた俺は彼女の顔を覗き込んだ。

 

「!? なっ、なんっ……なんだ!? ち、近い! 馬鹿者!」

 

「ふがっ!?」

 

 鼻の頭を思いきり掌で押し返されて、ついついおかしな声が漏れてしまう。

 

「ええい! もっと離れろ!」

 

「む、無茶を言うなっ。隣の席なんだからこれ以上どきようが無いだろ!」

 

「そ、それはそうだが……! うぅ~~!」

 

 バスに揺られて酔ったのか、ラウラは小さく唸る。まあ仕方がないだろう。俺とラウラの座る席は後輪の真上に位置するのだから、当然振動も直に伝わりやすいのだ。

 

「酔ってるなら遠くの景色を見るのが良いらしいぞ。向こうの水平線を眺めてろよ」

 

 そう言って、俺はすぐ右横にある窓を親指で差す。

 今、俺が座っているのは右列窓側、ラウラが通路側だ。少し見えづらいかもしれないが、俺が背もたれに体を押し付ければ解決するだろう。

 

「よ、余計に悪化する!」

 

「あっ! おい、なんで俺のこと見て言ったんだよ!」

 

 なぜか窓と俺を交互に見たあと、ボッと顔を赤くしたラウラに言われて少しショックを受けた。畜生、俺だって泣くことはあるんだぞ……。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

 織斑先生の言葉で全員がそれに従う。さすがの指導能力であった。

 言葉通り、ほどなくしてバスは目的地である旅館の駐車場に到着。4台のバスからIS学園1年生がワラワラと出て来て整列した。

 

「それでは、ここが今日から3日間お世話になる『花月(かげつ)荘』だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 織斑先生の言葉のあと、全員が挨拶をする。この旅館には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女性が丁寧にお辞儀をした。

 

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」

 

 歳は30代辺りだろうか。しっかりとした大人の雰囲気を漂わせている。仕事柄笑顔が絶えないからなのか、その容姿はとても若々しく見えた。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

 ふと、俺達の存在に気付いた女性が織斑先生にそう尋ねる。

 

「ええ、まあ。今年は2人男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、良い男の子達じゃありませんか。2人ともしっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者ども」

 

 俺と一夏は織斑先生にグイッと頭を押さえられる。今からしようとしていたんですよ、先生。

 

「お、織斑 一夏です。よろしくお願いします」

 

「ウィリアム・ホーキンスです。これから3日間、どうぞよろしくお願いします」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲 景子(きよす けいこ)です」

 

 そう言って清洲さんはまた丁寧なお辞儀をする。その動きは先ほどと同じく気品のあるものだった。こういう女性を日本じゃ『大和撫子』って言うんだったっけか? 使い方あってるか知らないが。

 

「不出来の弟と生徒でご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。織斑先生ったら、お2人には随分厳しいんですね」

 

「いつも手を焼かされていますので」

 

 いやいやいや、そこまで手を煩わせては……いや、思い返してみれば確かに事実な部分もあるので否定できんな。

 

「それじゃあ皆さん、お部屋にどうぞ。海に行かれる方は別館で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさって下さいな。場所が分からなければいつでも従業員に訊いて下さいまし」

 

 女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。取り敢えず荷物を置いて、そこから自由時間を満喫するつもりなんだろう。

 ちなみに初日は終日自由時間だ。食事は旅館の食堂にて各自取るようにと言われている。

 

「ねーねー。おりむー、ホーくん~」

 

 む? この声は。

 振り向くと、異様に遅い移動速度でこっちに向かってくる女子が1人。眠たそうにしている顔は、恐らく()だ。

 彼女は『のほほん』さんこと布仏 本音(のほとけ ほんね)さん。いつも袖が異様に長い制服を着ており、狐のチャームが付いたゴムで2つに結った薄紅色の髪が特徴のクラスメイトだ。

 ちなみに『おりむー』、『ホーくん』とはそれぞれのほほんさんが一夏と俺につけたあだ名である。

 

「2人の部屋ってどこ~? 一覧に書いてなかったから教えて~」

 

 その言葉で周りにいた女子が一斉に聞き耳を立てるのが分かった。聞いたところで特に面白いことも無いだろうに。

 

「実は部屋については俺も一夏もまだ聞かされてないんだよ」

 

「だよな。ひょっとして廊下にでも寝るんじゃねえの?」

 

「いやぁ、さすがに廊下はないだろ。『お前達には特別にテントを用意してやったぞ。ありがたく思え』とかじゃないか?」

 

「ウィル、それ千冬姉の物真似か? あんま似てねえぞ?」

 

 でもお前、テントで寝る可能性は否定しないんだな。

 ちなみに女子と寝泊まりさせるわけにもいかないということで、俺と一夏の部屋はどこか別の場所が用意されるらしい。らしいというのも、山田先生がそう言っていただけで明確には聞いていないからだ。

 

「織斑、ホーキンス。お前達はこっちだ。ついてこい」

 

 おっと織斑先生がお呼びだ。待たせるわけにはいかないので、俺と一夏はのほほんさんに「またあとで」と言って別れた。

 

「えーっと、織斑先生。俺達の部屋ってどこになるんでしょうか?」

 

「そう()くな。もうすぐ着く」

 

 一夏の問いに短く答える織斑先生。

 それにしても広い旅館だ。1学年丸々収容できる規模の旅館というだけでも驚きだが、内装も歴史のある装飾と最新設備が見事に融合しているものになっている。エアコンも適度に効いていて実に快適だ。

 

「着いたぞ。では、お前達2人の部屋割りを伝える。織斑は私と同室だ。そしてホーキンス、お前にはその隣の部屋を使ってもらう」

 

「え? ちふ――織斑先生と?」

 

「は、はあ。隣の部屋、ですか」

 

「そうだ。元々お前達の部屋はここではなかったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押し掛けるだろうということになってだな」

 

 はぁ、と溜め息をついて織斑先生が続ける。

 

「結果、織斑は私と同室になったというわけだ」

 

 ああ~成程。確かに十二分にありえそうな話だ。だが一夏はそうだとして、俺の部屋はどうなってるのだろうか。

 

「ホーキンスは1人部屋になる。本当は山田先生を同室にしようと思ったんだが、いかんせんあの性格だからな。代わりに私の部屋の隣で寝てもらうことになった。これなら、女子もおいそれとは近付かないだろう」

 

 まあ確かに、俺達のためにわざわざ地雷源に飛び込む強者はいないだろう。

 

「そういうことでしたか。分かりました」

 

「よし。それともう1つ伝えておく。個室には浴槽が付いている。一応、大浴場も使えるが男のお前達は時間交代だ。本来ならば男女別になっているが、何せ1学年全員だからな。お前達2人のために残り全員が窮屈な思いをするのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

 まあ早朝や深夜に風呂に入る習慣はないし、個室に風呂が付いているとの話だからその辺りは特に心配しなくても大丈夫だろう。

 

「さて、今日は1日自由時間だ。荷物を置いたら、好きにしろ」

 

「えっと、織斑先生は?」

 

「私は他の先生と連絡なり確認なり色々とある。しかしまあ――」

 

 一夏から視線を外し、ゴホンと咳払いする織斑先生。

 

「軽く泳ぐくらいはするとしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれた水着もあるしな」

 

「そうですか」

 

 と短く答える一夏だが、やはり自分が選んだものを使ってくれるのが素直に嬉しいのか、口元が少し(ほころ)んでいた。

 

「さあ、お前達。いつまでもこんな所に突っ立ってないで、さっさと荷物を置いて遊びに行ってこい」

 

「はい。それじゃあ早速海にでも。行こうぜ、ウィル」

 

「おう。では失礼します、織斑先生」

 

「ああ。あまり羽目を外すなよ?」

 

 織斑先生の注意に「分かりました」と返事をして、俺と一夏は各々宛がわれた部屋に入る。

 

「ワオ……こいつは驚いた……」

 

 部屋に入った瞬間、俺の口を衝いて出たのは感嘆の言葉だった。

 中は広々とした間取りになっていて、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える景色がこれまた素晴らしくて、海がバッチリ見渡せる。

 高級ホテルにも引けを取らないどころか、それ以上のレベルだ。

 それ以外にもトイレ、バスはセパレート。しかも洗面所まで専用の個室になっている。ゆったりとした浴槽は、男の俺でも十分に脚が伸ばせるほどデカかった。

 

「さぁて、早く着替えて自由時間を満喫させてもらうとするか!」

 

 俺は生活用品や寝巻きなどが入ったボストンバッグを畳に降ろし、リュックサックを肩に掛ける。この中には水着とタオル、替えの下着を入れてある。

 じゃっ、行くとするか!

 

 ▽

 

「「「……………」」」

 

 俺と一夏は同時に部屋を出て、更衣室のある別館へ向かう途中で箒とバッタリ出くわした。それはまあ良いんだが、問題は目の前の珍奇(ちんき)な光景である。

 道端に、ウサギの耳が生えているのだ。ちなみにウサギの耳といっても本物のウサギではなく、バニーガールがしてるような所謂(いわゆる)『ウサミミ』というやつだ。ただし、目の前のウサミミは黒ではなく白色をしているが。

 しかも、ご丁寧に『引っ張って下さい』という張り紙までしてある。

 

「なあ箒。これって……『アレ』だよな」

 

「ああ。間違いなく『アレ』だな」

 

「なんだ? 一夏と箒はこれが何なのか知ってるのか?」

 

 一夏と箒は互いに顔を見合わせて頷き合ったあと困ったような表情を俺に向け、同時に口を開いた。

 

「ウィル、それは引っ張るな――」

「ウィリアム、それは引っ張るな――」

 

 が、時すでに遅し。

 

 スポッ

 

「うおっ!? ……なんだ、何も無いじゃないか」

 

 てっきり地中に何か埋まってるのかと思って勢い良く引っ張ってみたのだが、そんなことはなかった。力の余った俺は思わず尻餅をついてしまう。

 

「「あ……」」

 

「どうした? お前らなんで『ああ、やっちまった……』って顔してるんだよ」

 

 地中に爆発物のような危険なものが埋まっていないのはISでスキャンしてあるから問題は無い。それどころか本当に何も無かったのだ。にも拘わらず、この2人の顔である。

 

 キィィィィン……

 

 うん? なんだ、この、何かが高速で向かって来るかのような音は――いや待て! この既視感(きしかん)は……!!

 

「ッ!?」

 

 バッ! と頭上に視線をやると、陽光を反射するオレンジ色の何かが、こちらに向けて降って来ていた。って!

 

「うおぉぉぉっ!!?」

 

 ドカーーーーーンッ!!

 

 謎の飛行物体が盛大に突き刺さる。しかもその見た目は明らかにニンジンをモチーフにしているようで、イラストチックなデフォルメをしていた。

 だがしかし、俺に『なんじゃこりゃ!?』などと言う余裕は無かった。というのも――

 

「あっ、あぁ……」

 

 そのニンジンが、俺の股間の数ミリ先に、突き刺さっていたからだ。

 (がら)にも無く情けない声を上げながら震える俺だが、逆にビビらない奴がこの世界中を探して何人いるだろうか。

 このニンジンの着弾位置がほんの少しでも俺の方にズレていたら……か、考えるのも恐ろしい……!

 

「あっはっはっ! 引っ掛かったね、いっくん……あれ? いっくんじゃない」

 

 バカッと真っ二つに割れたニンジンの中から笑いと共に登場したのは、不思議の国のアリスでそのアリスが着ているような青と白のワンピースを着た女性だった。

 

「お、おいウィル! 大丈夫か!?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ……。大丈夫……」

 

 尻餅をついた体勢のまま放心していた俺の元に一夏が駆け寄って来る。そんな彼に手を貸してもらって、俺はなんとか立ち上がった。

 

……姉さん?

 

 箒がドス黒いオーラを放ちながら、恐ろしく低い声を放つ。

 

「ひっ!? ほ、箒ちゃん? なんでそんな怖い顔して――」

 

正座

 

「え?」

 

正座、して下さい

 

「は、はひ……!」

 

 箒の言葉と気迫に当てられ、その女性は涙を浮かべながら猛スピードで正座する。そこから、箒による説教が始まった。

 

「いったい何度言えば分かるんですか! もう少し落ち着きを持てと、お父さんにも言われたでしょう!」

 

「はい……」

 

「この前の時も……――」

 

「はい。ごめんなさい……」

 

「人様に迷惑を……――」

 

「はい。反省してます……」

 

 箒がお小言を飛ばすたびにその女性は縮こまりながら小さく答える。――って、ちょっと待てよ? 箒のやつ、この人をさっき『姉さん』って言ってなかったか?

 

なあ一夏。彼女、もしかしてなんだが……

 

ああ。篠ノ之 束(しののの たばね)さん。箒の姉さんだ

 

そうか、この人が……

 

 俺を(男として)殺しかけたこの女性こそが、ISを発明したあの篠ノ之博士なのか。現在行方不明で各国が血眼になって探し回っているという、あの……。

 視線を一夏から篠ノ之博士へと移す。その姿は世紀の天才というよりも母親にイタズラがバレて叱り飛ばされている子供のそれにしか見えず、俺はただ黙ってそれを見ていることしかできなかったのであった。

 

 

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