インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
体育館でISを起動してしまったあと、俺は速やかに応接室へ連れて行かれ、その後、仕事に出ていた父さんと母さんも大至急で学校に呼び出された。
やはりISを動かる男性は貴重などと言う言葉では収まり切らないほどの存在らしく、俺は『誰かが起動に成功した際』の手順通り、保護目的も含めてIS学園にぶち込まれるらしい。
確かに、貴重なサンプルと称して研究所でモルモット人生を歩むよりかは何百倍とマシだが……。
「失礼します」
ここの学校長と検査官、両親らと共に机を挟んで今後の学園への入学手続きなどについて話をしている最中、部屋のドアが4回ノックされたあと、軍服を着た屈強な男達と一緒に見覚えのある顔が入室してきた。
「兄さん?」
父さんがドアの方に首を巡らし、そして目を丸くする。今、彼が『兄さん』と発言したように、入室して来たのは父さんの実兄であり、俺の伯父にあたる人物──トーマス・ホーキンスだった。
トーマスは合衆国空軍に勤務しており、階級は大佐。所属基地は、ここパナマシティから東へ約19キロ先に行った半島に建設されている『ティンダル空軍基地』である。
「ああ、お待ちしておりました」
椅子から立ち上がった校長が、トーマスと軽く握手を交わす。
「……2人目の男性適性者が現れたと聞いた時は驚いたが、お前の名前が出た瞬間、耳を疑ったぞウィリアム」
「俺なんて自分の目と性別を疑ったよ、伯父さん」
やや疲れが見える顔を苦笑の色に染めるトーマス。そんな彼に釣られて苦笑いを浮かべながら冗談っぽく答えた俺は、最後に「どっちも
「まあ、それが普通の反応だろうな。ウィリアム、私は今からお前の父さんと少し話をしてくる。……ジェームス」
「分かった」
応接室の更に奥の部屋へ入って行く伯父と父さんの2人。
「さて、では2人が話をしている間に学園の入学手続きを済ませましょう」
そう言って検査官は数枚の書類とペンを取り出し、机の上に並べる。
「分かりました」
「ではまず、ここの記入欄に……──」
「できました」
「はい、確認しました。記入漏れも……ありませんね」
手続き書の全ての必須記入欄を埋め終えて検査官に提出していると、ちょうど父さん達も奥の部屋から出てきた。
「父さん、話はもう終わったのかい?」
「今さっきな。それと、その件で兄さんからお前に話があるそうだ」
俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、父さんの隣に立っている伯父に視線を移す。
「IS学園に入学すると言うのは知っての通りだ。だがこれに加え、特例としてお前を空軍に所属させる事になった」
「……空軍に?」
眉をひそめておうむ返しする俺に、伯父は「そうだ」と言って頷いた。
「いくら男性のIS適性者とは言え、今のお前はまともな後ろ
「(俺の存在……国内……成程、話が見えてきたぞ)」
彼の言わんとしている事がある程度予測できた俺は、無言で次の言葉を待つ。
「察しがついたような顔ぶりだな」
「ああ。たぶんだけど、女性権利団体による干渉だろ?」
「その通りだ。連中は間違い無くお前と言う存在を認めたがらない。権力に物を言わせてお前を研究所に閉じ込めろと騒ぎ立てるだろうな」
【女性権利団体】ISが女性にしか反応しないと言う事を良い事に急速に力を増した集団だ。この団体は世界のあちこちに存在しており、その思想はまさに女尊男卑。しかも、この団体のせいで近年では【男性至上主義団体】と言う過激派組織まで現れてしまったのだ。
この男性至上主義団体、元は【男性権利団体】と呼ばれる『男性にも平等な権利を』をスローガンにした組織だったのだが、最近になって血の気の多いリーダーに代替わりしたらしい。
「だがお前がISを使える一般市民ではなく、政府の軍に所属する軍人ならば話は別だ。連中とて、おいそれとは手を出せまい。……もちろん、その家族であるジェームスとバージニアさんにも手は出させん」
つまり、アメリカ合衆国空軍兵の肩書きを得る事で、対女権団用の後ろ楯が付くと言う事になるのだ。
将来はもう1度空軍を目指そうと考えていた俺だったが、まさかまだ成人すらしていない状態で軍人になるとは思いもしなかった。
「それとISに関してだが、お前には専用機が渡される事になっている。空軍とウォルターズ・エアクラフト社の合作機だ」
聞き覚えのある社名。父さんが勤めている会社の名だ。
「(そう言えば前に父さんが、『最近会社が空軍と一緒にISの製作に取り組み始めた』とか言ってたが……)」
そう思いながら父さんの方に首を動かすと、ちょうど彼と目が合った。
「ああ、なかなかの力作だぞ」
……どうやら父さんもその製作に携わっていたようだ。
「……まったく、今日1日だけでいったい何回驚けば良いんだよ……」
「基礎知識の習得や操縦訓練はティンダルで行う。開始は明後日からだ。IS学園の入学式が4月だから、あまり時間が無い。ミッチリ叩き込まれると思えよ、
ミッチリの所だけを妙に強調してニヤリと笑うトーマス。
「ははは……。イエッサー、大佐殿……」
これから始まるスパルタな毎日を想像してしまった俺は、思わず乾いた笑い声を上げた。
▽
2日後
ティンダル空軍基地へ行くための準備を済ませ、迎えの車が来る時間になるのを待っていると、誰かが家のインターホンを鳴らした。
「あら、誰かしら」
「何か宅配でも頼んでたかな?」
「俺が出るよ」
そう言いながら玄関のドアを開けると、そこには見た目40代で厚化粧をした女性が立っていた。
「あなたがウィリアム・ホーキンスくんかしら?」
「ええ、そうですが。あなたは?」
「私は女性権利団体のアマンダ・メイソンよ。以後よろしく」
来たか。わざわざご苦労なこった。
「ええ、こちらこそ。どうぞ中へ──」
「いえ、結構よ。ゆっくりしている暇なんて無いし、だいいち話はすぐ終わるもの」
「(やっぱりな。そら、来るぞ……)」
彼女から次に放たれるであろう言葉をうんざりしながら待つ。
「単刀直入に言うわ。あなたはIS学園に入学し、所属は空軍になると言われたと思うのだけど、あそこにはあなたのような男は釣り合わないと思うの。だから、大人しく研究所に行ってくれないかしら?」
ストレートに言うねぇ。確かに単刀直入だな。
「……なんですって?」
「あなた、いきなり失礼じゃありませんかね?」
俺の帰りが遅い事を疑問に思って玄関を見に来た母さんと父さんが偶然にも今の言葉を耳にしてしまい、明確な怒りの籠った声を上げた。
「事実を言ったまでですよ。だってそうでしょう? 織斑 一夏くんは
俺を見て嘲笑うアマンダ・メイソン。
「ッ!! 言わせておけば……!!」
「もう良い。それ以上言うなら、あんたを力ずくでも追い返すぞ!」
我慢の限界を迎えた2人がズンズンと彼女に迫ろうとしたところで、俺が前に出てそれを阻止した。
「ウィル……!?」
「何で止めるの……!?」
「2人とも、俺のために怒ってくれてありがとう。ただ、暴力を働くのはダメだ」
俺は、ゆっくりと首を横に振りながら父さん達を宥める。
「あら、分かってるじゃない。そうよ、私に手を出せば──」
「こんな奴に手を出してしまったばかりに父さん達の立場が危うくなるなんて、そっちの方が我慢できない」
「!?」
先程の得意気な表情から一転、両目を一杯に見開けて驚愕するアマンダ・メイソンを俺はギロリと睨み付けながら再度口を開いた。
「先程のお話ですが、丁重にお断り致します。自分はIS学園に行かせて頂きますので。お国のため? はっ、自分達のためでしょう。そんなにお国のため、お国のためと言い張るのでしたら、まずはその下らない女尊男卑の思考をなんとかしたらどうですか?
口をパクパクとさせて固まっている彼女に、鼻で嗤いながら盛大な皮肉と共に一気に畳み掛けてやった。
「あ、あなた、自分がどう言う立場にいるのか理解できていないようね……! あなたに拒否権なんてものは無いのよ!」
ようやく我に返ったアマンダ・メイソンが厚化粧の掛かった顔を怒りで歪めながら俺の腕を掴もうと右手を延ばしたその時。
「──どこかにお出掛けのご予定ですかな? しかし、手荒なお誘いというのはいけませんな」
いつの間に来ていたのか、数人の部下を引き連れた男性、トーマス・ホーキンス大佐がその右手首を掴んで制止した。
「な、何なのよあなたは!!」
「失礼。わたくし、合衆国空軍ティンダル基地所属のトーマス・ホーキンスと申します。大佐の階級を拝命させて頂いております」
口角から泡を飛ばしながら吠える彼女に全く臆する事も無く自己紹介をする伯父。
「誠に申し訳ありませんが、彼、ウィリアム・ホーキンスとその家族は政府の命令によって我々合衆国空軍の監視下にあります。それに、ウィリアム君には色々とやらなければならない事もありましてね。もし何かご用がございましたら、規定に
「こ、これは
「例 え
しつこく食い下がるアマンダ・メイソンに語気を強めるトーマス。顔は柔和な笑みを作ってはいたが、わざとらしく軍服の
その視線の先には黒光りするハンドガンがホルスターに納まっており、必要次第でいつでも抜けるんだぞと全身で物語っている。
「あまり無茶な事をされますと、こちらも相応の対応をしなくてはなりません。どうかご理解のほどをよろしくお願いします」
先程までのトーマスの言葉はオブラートに包まれていたが、彼の心情も含めて訳すとこうだ。
──家族に少しでもふざけた真似をしてみろ。その時は女権団だろうが何だろうが関係無く、有事の際という事でそのツラに大孔を開けてやる。分かったな?──
「ひっ!? し、失礼するわっ」
見事に言い返された挙げ句、脅迫まで受けた彼女は顔を赤くしたり青くしたりしながら大急ぎでその場をあとにしようとする。
「お帰りですか? お見送り致しましょう」
「け、結構よ!」
逃げるようにして自身が乗って来た黒いセダン車に乗り込んだアマンダ・メイソンはエンジンをかけ、アクセルを目一杯に踏み込む。
キキーッと音を立てながら急発進した車は何度か他の車とぶつかりそうになりながら、猛スピードで交差点を右折して行った。
「あいつめ、赤信号を無視して行ったな」
やれやれとかぶりを振るトーマス。
「(いや、たぶんそれはあなたの脅しが効き過ぎた結果だと思うんですが……)」
伯父の恐ろしい一面を見てしまった俺は、ブルリと震え上がりながら内心でそうツッコんだ。
「まあ良い。ウィリアム、待たせたな。ティンダルへ向かうとしようか」
道路に駐車されている軍用車に乗るように促してくる伯父に「少しだけ待ってくれ」と頼み、父さんと母さんの元に向かう。
「……ちょっと行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
「気を付けてな」
微笑みながら見送りの言葉を掛けてくる2人に「それじゃあ」と告げて