インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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29話 緊急任務:銀の福音を撃墜せよ

 合宿2日目。今日は午前中から夜まで丸1日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われる。

 ちなみに専用ISは軍事機密の塊なので、専用機組は他の生徒達とは別れて作業することになる。

 

「さて、これで専用機持ちは全員集まったな」

 

 と、運動用のジャージを纏った織斑先生。彼女の言葉通りこの場には専用機持ちが全員集められている。……のだが、なぜか専用機を持っていないはずの箒の姿までもがそこにはあった。いったい、どういうことなのだろうか。

 

「織斑先生、彼女は専用機を持っていないはずでは?」

 

「ああ、それは――」

 

「ちーちゃ~~~~~~~ん!!!」

 

 ズドドドド……! と、砂煙を上げながら人影が走って来る。無茶苦茶速い。恐らくISか何かを着けているのだろうが、問題はその人影が――

 

「……束」

 

 昨日、事故とはいえ俺を(男として)殺しかけ、箒の説教を喰らっていた篠ノ之博士だということだ。

 

「やあやあ! 会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグハグしよう! 愛を確か――め゛っ」

 

 飛び掛かってきた篠ノ之博士を片手で掴む織斑先生。しかも顔面。思いっきり指が食い込んでいた。うわぁ、超痛そう。というか絶対痛い。俺も喰らったことがあるからよく分かる。

 

「相変わらずやかましい奴だな、お前は」

 

「ぐぬぬぬっ、ちーちゃんこそ相変わらず容赦のないアイアンクローだね……あっ、ちーちゃん、ちょっと待って? 束さんの脳みそ飛び出ちゃう、なんかミシミシって音してる! モザイク必須になっちゃうよ! よい子の前でスプラッタなことになっちゃうから!」

 

「お、織斑先生、もうその辺で……」

 

「ふん、妹に感謝するんだな」

 

 箒に言われて、織斑先生は鼻を鳴らしながら手の力を緩める。

 

「あ゛あ゛~、死ぬかと思った。ありがとう箒ちゃん! その大きなおっぱいには優しさが詰まっているんだね!」

 

「先生、やっぱりそのままでお願いします」

 

「おう」

 

 メキメキメキ……

 

「うびゃああああ!!!」

 

 目の前で繰り広げられている3人のやり取りについて行けず、俺達はポカンと眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「ぐすん、ちーちゃんも箒ちゃんもひどい……」

 

「自業自得だ。それより自己紹介しろ。お前を知らん奴らがさっきから放心している」

 

 顔に赤い手形をつけたまま涙目になっている篠ノ之博士。しかし次の瞬間、彼女の目がキュピーンと光った。

 

「ふっふっふっ……。さあ、耳の穴をかっぽじってよーく聞くがいい! ISの生みの親にして稀代の天才! 篠ノ之 束とはこの私のことだよ! ぶいぶい!」

 

 そう言ってクルリと回ってから両手で(ブイ)サインを作る。突然のニューカマーに呆気にとられていた鈴、セシリア、シャロット、ラウラの4人も、やっとそこでこの目の前の人物がISの開発者にして天才科学者・篠ノ之 束だと気付いたらしく、驚きの表情を浮かべていた。

 

「それで束。ここに来たということは例の件か?」

 

「当たり! ということで、大空をご覧あれ!」

 

 ビシッと直上を指さす篠ノ之博士。その言葉に従って、全員が空を見上げる。

 

 ズズーンッ!

 

「うおっ!?」

 

 いきなり、いきなりである。激しい衝撃を伴って、何やら金属の塊が砂浜に落下してきた。

 銀色をしたそれは、次の瞬間正面らしき壁がバタリと倒れてその中身を俺達に見せる。そこにあったのは――

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃんの専用機こと【紅椿(あかつばき)】! 束さんお手製の第4世代ISだよ!」

 

 真紅の装甲に身を包んだその機体は、篠ノ之博士の言葉に答えるかのようにクレーンアームによって外へ出てくる。

 新品のISだからだろうか、太陽の光を反射する赤い装甲がとても眩しい。――って、彼女さっきとんでもないこと言わなかったか? 第4世代って……世界各国はまだ第3世代の開発で頭を悩ませているんだぞ!?

 そう思ったのは恐らく俺だけじゃないはずだ。現に各国専用機持ちの面々はまるで葬式のようにシーンと静まり返っていた。

 この世代というものだが、まず第1世代が『ISの完成』を目標とした機体。次が『後付(あとづけ)武装による多様化』――これが第2世代。そして第3世代が『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAICなど色々だ。……そして第4世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』である。しかし、現在各国では第3世代の開発が主流であり、それもまだ完成には至っていないのが現状だ。ましてや第4世代など机上の空論もいいところなのだ。

 

「なっ……!? せ、専用機!? それに第4世代だなんて、そんないきなり……!」

 

「うん、まあサプライズのつもりだったからね。でもね箒ちゃん。束さんが専用機を作って持ってきたのには理由があるんだ」

 

「理由……?」

 

「うん。箒ちゃんはね、自分が思っている以上にいろんな組織から狙われているんだ。いつどこで襲われても不思議じゃない。相手は容赦してこない。だから、自分の身を守ってもらうためにも、この機体を受け取って欲しいんだ」

 

 諭すように告げる。つい先ほどまでのものとは正反対の真面目な声音だった。

 

「だとしても、これはやりすぎだバカ」

 

「にゃはは~、可愛い妹を思ってアレコレ付け足してたらつい……。でも反省も後悔もしてないっ!」

 

 キリッとした決め顔でそんなことを言う篠ノ之博士に頭が痛くなってきたのか、織斑先生はこめかみを押さえて溜め息をつく。

 アレコレ付け足してたら第4世代機が出来ちゃうのか……。うーん、なんだか俺まで頭が痛くなってきた。

 

「さっ、お話はここまでにして早速フィッティングとパーソナライズを始めよっか!」

 

 言うが早いか、篠ノ之博士はコンソールをいじって【紅椿】の装甲を開放し、装着するよう箒を促す。

 

「ということで、篠ノ之はこれからフィッティングとパーソナライズの作業に入る。お前達はそれぞれ送られてきた専用パーツのテストだ。解散!」

 

 パンパンッ! と織斑先生が手を叩き、俺達は解散して各々自分の作業を始める。えーっと、確か俺には新しい兵装が届いているんだったよな。

 目の前に鎮座しているコンテナの扉を開き、中身を確認する。

 

「これか」

 

 コンテナの中には件の新型兵装とその説明書が厳重に保管されていた。

 【バスター・イーグル】が持つミサイルよりも一回り大きいそれは、計4枚の制御翼と推力偏向ノズルを持っている。

  AIM-35『スカイバスター』レーダー誘導式空対空ミサイル。それが今日届いた装備の正式名称だ。

 説明を見るに、このミサイルは高い誘導性能と高威力の弾頭を持つ反面、1発あたりのコストが高価なため携行弾数が少数に限られており、やたら撃ちまくれないらしい。ここぞという時に使う必殺兵装といったところだろうか。

 専用パッケージともなればそれなりの時間を食うが、今回はミサイル数発だけなので十数分ほどあれば量子変換(インストール)は終了だ。

 

「よし、作業終了っと。あとはミサイルの運用テストだな」

 

 今日は何事もなく、1日を試験運用とデータ集めに費やして終わるかに思えた。――山田先生が血相を変えて走って来るまでは。

 

「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生!」

 

 いきなりの山田先生の声に、織斑先生は訝しげな表情を浮かべて向き直る。

 いつも慌てている山田先生だが、それにしても今回はその様子が尋常ではない。

 

「どうした?」

 

「こ、こっ、これをっ!」

 

 渡された小型端末の、その画面を見て織斑先生の表情が一気に曇る。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

 

「? ちーちゃん、どうかした?」

 

「これを見てみろ」

 

「っ、これって……」

 

 織斑先生から小型端末を手渡された篠ノ之博士までもが、あからさまに険しい表情へと変わる。

 

「山田先生、他の先生達にも連絡をお願いします」

 

「わ、分かりましたっ」

 

「頼んだ。――今日のテスト稼働は中止だ! 専用機持ちは全員集合しろ! それと束。お前の力も貸してくれ」

 

「分かった」

 

 先生達の様子からして事態がタダ事でないのは明白だ。

 

「(どうにも嫌な予感がする。何事も無ければ良いが……)」

 

「ウィル、何をしている。早く行くぞ」

 

「ああ、今行く」

 

 ラウラに呼ばれてそう短く返した俺は、得も言われぬ不安に駆られながらあとに続くのだった。

 

 ▽

 

「では、現状を説明する」

 

 旅館の最奥に設けられた宴会用の大座敷・風花(かざばな)の間では、俺達専用機持ち全員と教師陣、そして篠ノ之博士が集められていた。

 照明を落とした薄暗い室内には大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 いきなりの説明に、一夏は面食らってポカンとしている。しかしまあ、この反応も頷けよう。軍用ISが暴走したという連絡をなぜ自分達にするのか。混乱するのも仕方ない。

 だが他のメンバー達は事態を理解しているようで、全員が全員、厳しい顔つきになっていた。

 俺や一夏、箒とは違う、正式な国家代表候補生なのだから、こういった有事に対する訓練も受けているのだろう。特に、ラウラの眼差しは真剣そのものだった。

 

「これをさらに束が調べた結果、このISは現在何者かのハッキングを受けているそうだ。それも、操縦者を乗せたままでな」

 

 俺達にそれを説明して、それでどうしろというのか。なんとなく予測できてしまうが、正直に言うと外れて欲しいのが本音だ。

 

「衛星による追跡で【福音】はここから10キロ先の空域を通過することが分かっている。時間にしてあと50分。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 淡々と続ける織斑先生。その次の言葉は、やはりと言うべきものだった。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の(かなめ)は専用機持ちに担当してもらう」

 

 つまりは、俺達専用機持ちに暴走した軍用ISを止めろという命令が下ったのだ。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

 

「はい」

 

 早速、手を挙げたのはセシリアだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「分かった。ただし、これらは2ヵ国の最重要軍事機密だ。けして口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

 未だ状況が飲み込めずにいる一夏をおいて、俺達は開示されたデータを元に相談を始める。

 

広域殲滅(こういきせんめつ)を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃が行えるようですわね」

 

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。しかも、スペックではあたしの【甲龍】を上回ってる……」

 

「この特殊装備が曲者って感じはするね。ちょうど本国から【リヴァイヴ】用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」

 

「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも分からん」

 

「それに、データと実物とでは大きく変わってくる可能性もある。先生、偵察は可能ですか?」

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは1回が限界だろう」

 

「音速を出せるのか……」

 

「1回きりのチャンス……ということはやはり、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 山田先生の言葉に、その場の全員の視線が一夏へと向けられる。

 

「え……?」

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「それしかありませんわね。ただ、問題は――」

 

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

 

「しかも、目標に追いつける速度を出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

「そうなると機体は――」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」

 

「「「「「当然」」」」」

 

 全員の声が重なる。この中で一撃必殺を狙えるのは一夏の【白式】が持つ零落白夜以外には無いのだ。

 

「織斑、これは訓練やルールに護られた試合ではない。軍用機を相手にする実戦だ。もし覚悟が無いなら、無理強いはしない」

 

 織斑先生にそう言われて、わずかに及び腰になっていた一夏は意を決した表情で口を開いた。

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せるのはどれだ?」

 

「それなら、ウィリアムくんの【バスター・イーグル】じゃないかな。最高速度なら断トツのはずだよ」

 

 と、織斑先生の言葉に篠ノ之博士が答える。

 

「ホーキンス、どうなんだ?」

 

「はい。専用のパッケージなどはありませんが、標準装備のままでも最高時速2,450キロまで出せます。博士の言う通り、この中では最速かと」

 

 パッケージとは単純な武器だけでなく、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式を指し、その種類は実に豊富だ。中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』というのが存在するらしい。見たことは1度もないが。

 これを装備することで機体の性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦が遂行可能になるというものだ。ちなみに、俺も含めて1年の専用機持ちは今のところ全員がセミカスタムの標準装備(デフォルト)である。

 

「ちなみに、織斑を現場まで運んで、かつ戦闘を行うとしたらどうだ?」

 

「彼を運ぶことは可能ですが、正直2人というのが心もとないですね。考えたくはありませんが、作戦が失敗した際のケースも考慮してあと1人は欲しい」

 

 そんな俺の言葉を聞いた織斑先生は、ふむ……と腕を組んで一考し、次にセシリアに視線を移した。

 

「オルコット、確かお前にはイギリスから強襲用高機動パッケージが届いていたな。どうだ?」

 

「現在量子変換(インストール)中ですが、まだ完了していません。少なくとも作戦の開始までには間に合わないかと……」

 

「そうか……」

 

「じゃあ箒ちゃんの【紅椿】を加えたらどうかな? 展開装甲を調整すれば速度はバッチリだよ」

 

「束、その調整に掛かる時間はどれくらいだ?」

 

「7分あれば余裕だね」

 

「よし。では本作戦では織斑・ホーキンス・篠ノ之の3名による追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は30分後。各員、直ちに準備にかかれ」

 

 パンッ、と織斑先生が手を叩く。それを皮切りに俺達は作戦の準備に取りかかるのであった。

 

 ▽

 

 時刻は午前11時30分。

 7月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。

 砂浜には俺、一夏、箒が並び立ち、1度目を合わせて頷いた。

 

「来い、【白式】」

 

「行くぞ、【紅椿】」

 

「やってやろうぜ、【バスター・イーグル】」

 

 全身が光の粒子に包まれ、ISアーマーが構成される。それと同時にパワーアシストによる力の充満を感じた。

 

「じゃあ、ウィル。よろしく頼む」

 

「あいよ。――ああ待て。背中側じゃなくて前に来てくれ。背負い式だとエアブレーキが展開できなくなる」

 

 作戦の性質上、エネルギー節約のため一夏の移動は全て俺が担うので、つまりは一夏を俺が抱きかかえる形になるのだ。

 

「……なんか変な感じだな」

 

「そいつはこっちの台詞だぜ。何が嬉しくて野郎を抱きかかえないといけないんだ?」

 

「おまっ……! そんなの俺だって同じだよ!」

 

「ほう、それを聞いてひと安心だ。いやー、良かった良かった」

 

「ウィル! お前、俺のことからかってるだろ!?」

 

 そんな一夏に「当たりだ。あとでコーラを奢ってやる」と言って笑いながら、俺はジェットエンジンを始動させた。

 

「(さて……)」

 

 チラリと、俺は先ほどから妙に落ち着きのない箒へと視線をやる。

 箒の専用機は、使い始めてからまだ半日も経っていない。いくら篠ノ之博士がフィッティングとパーソナライズをしたといっても、それはISの話であって操縦者の方はそうもいかない。それに、これが実戦だということもさらに拍車をかけている要因だろう。

 

《ウィル、箒のやつ……》

 

 一夏も箒の様子に気が付いたのか、プライベート・チャネルで声を掛けてくる。

 

《ああ、分かってる》

 

 そう短く返した俺は、続いて箒に話し掛けた。

 

「今日の晩メシには鯛飯ってのが出るらしいな」

 

「は? た、鯛飯……?」

 

 突拍子もない俺の発言に、当然ながら箒は困惑した表情を浮かべる。

 

「俺は鯛を食うこと自体初めてなんだが、今から楽しみでしょうがない。――だから、必ず勝って帰るぞ。それで夜には鯛飯パーティーだ!」

 

「お前、ほんと食い意地張ってるな」

 

「仕方ないだろ一夏。そもそも俺をこんな奴にしたのは日本料理だ。俺は悪くねえ」

 

「どんな理屈だよそりゃ……」

 

 言って、呆れたように溜め息を漏らす一夏。だが箒には効果があったようで、肩の力が抜けたのかさっきより幾分マシな顔つきになっていた。

 

「ふふっ、そうだな。私も楽しみになってきた」

 

「その調子だ。なんでも楽観的に行けとは言わんが、マイナス思考には陥るな。何かあっても一夏と俺がついているさ」

 

「ああ。少し気が楽になったよ、ありがとう」

 

「ユアウェルカムだ。さて、エンジンも温まってきた。一夏、しっかり掴まってろよ」

 

「おう。頼んだ」

 

 目の前の一夏に腕を回し、抱きかかえる形で固定する。

 

《織斑、ホーキンス、篠ノ之、聞こえるか?》

 

 ISのオープン・チャネルから織斑先生の声が聞こえる。

 

「こちらホーキンス、通信感度良好」

 

《よし。今回の作戦の(かなめ)一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心掛けろ》

 

「イエス・ミス」

「了解」

「分かりました」

 

《では、始め!》

 

 ――作戦、開始。

 エンジン出力を引き上げた俺は、一夏を抱きかかえたまま上昇を開始した。

 やはり最高速度では優るものの加速力では他のISに劣るようで、箒がこちらの速度に合わせてくれている。

 さらに上昇を続ける俺は、一夏、箒とともに高度500メートルへと到達した。

 

「……レーダーコンタクト。反応は1機。間違いない、【銀の福音】だ」

 

 ヘッドギアの文字通り鼻先に搭載されたレーダーが目標ISの影を捉える。

 

「一夏、箒、攻撃アプローチに入るぞ」

 

 俺はそう言うなり【バスター・イーグル】をさらに加速させる。エンジンノズルがわずかに拡がり、そこから青白い炎を吐き出す。

 並進していた箒も【紅椿】の脚部及び背部の展開装甲をバカリと開け、そこから強力なエネルギーを噴出させた。

 

「(これが展開装甲……第4世代か……)」

 

 第4世代の展開装甲は攻撃・防御・機動の全てに対応できるらしい。まるで制空戦闘と対地攻撃の両方をこなす戦闘攻撃機(マルチロール機)みたいだな。

 

「見えたぞ、一夏、ウィリアム!」

 

「「!!」」

 

 ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】という名前だけあって全身が銀色をしている。

 そして何より異質なのが、頭部から生えた一対の巨大な翼だ。本体同様銀色に輝くそれは、資料によると大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システムだそうだ。

 

「(資料にあった多方向同時射撃というのが引っ掛かるな。大型軍艦が放つ弾幕のようなものか?)」

 

 ――ともあれ、今は考えている暇はない。高速で飛行するそれを追いながら、俺は一夏を抱える腕を下に伸ばした。

 

「目標との接触まであと10秒。一夏、カウント3で離すぞ! 箒、援護を頼む!」

 

「「了解!」」

 

 エンジン出力をさらに増大させる。機体コンセプトに恥じぬ速度で【バスター・イーグル】は【銀の福音】との距離をグングン縮めて行く。

 

「行くぞ一夏! 3! 2! 1!」

 

「うおおおおっ!!」

 

 零落白夜が発動。それと同時に一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行って【銀の福音】との間合いを一気に詰める。

 

「(いけるか……!?)」

 

 光の刃が【銀の福音】に触れる、その瞬間。

 

「なんだとっ!?」

 

 福音は、なんと最高速度のまま反転、後退の姿となって身構えた。

 一夏と【福音】は互いに手が届くほどの距離だ。体勢を立て直すのは却って不利と悟ったのか、一夏はこのまま押し切ろうとする。

 しかし――

 

「敵機確認。迎撃モードへ移行。『銀の鐘(シルバー・ベル)』、稼働開始」

 

 オープン・チャネルから聞こえたのは抑揚のない機械音声。しかし、その声には明らかな『敵意』が籠められていた。

 

「ッ! 気を付けろ! 何か仕掛けて来るぞ!」

 

 猛烈に嫌な予感がして、俺は一夏に警告を発する。

 そして、その嫌な予感は数秒と経たず現実になった。

 グリンッと、いきなり【福音】が体を1回転させ、零落白夜の刃をわずか数ミリ単位で避ける。それは慣性制御機能(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)を標準搭載しているISであっても、かなり難度の高い操縦だ。

 

「くっ……! あの翼が急加速をしているのか!?」

 

「どうやらそのようだ。さすがは軍用といったところだなクソッタレめ……!」

 

 高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)というのは他にも多く存在する。だがここまで精密な加速というのは見たことがない。そりゃ『重要軍事機密』なんていって隠したがるわけだ。

 

「一夏、もう1度攻撃を仕掛ける。箒は俺と一緒に一夏の援護だ!」

 

「おう!」

「任せろ!」

 

 とにかく時間を掛ければそれだけ状況はこちらの不利になる。一夏は再度【福音】へと斬り掛かり、俺と箒は【福音】の動作を妨げるように攻撃を仕掛ける――のだが……。

 

「こいつ……! ダメだ、ミサイルのロックどころか機銃の照準も合わせられん……!」

 

 俺も一夏も箒の攻撃さえも、ヒラリヒラリとまるで踊っているかのように紙一重の回避をされてしまう。

 

「くっ! このっ……!」

 

「一夏! よせ!」

 

 見事なまでに翻弄された一夏は、零落白夜の残り時間が迫っていることもあって、つい大振りの一太刀を浴びせようとしてしまう。

 そして、その大きな隙を見逃す【福音】ではなかった。

 

「!!」

 

 銀色の翼。スラスターでもあるそれの、装甲の一部がまるで翼を広げるかのように開く。

 

「(まずい! あれは――)」

 

 砲口だ。

 一斉に開いた砲口を一夏に向けるため、翼を()り出す【福音】。

 

「一夏――」

 

 回避しろ。その言葉を放つ前に無数の光の弾丸が一夏に対して撃ち出された。

 

「ぐぅっ!?」

 

 その弾丸は高密度に圧縮されたエネルギーで、羽のような形をしている。それが一夏のISアーマーに突き刺さった瞬間、一斉に爆ぜた。

 爆発するエネルギー弾。それが(【福音】)の主兵装らしい。そして問題は――

 

「(なんて発射レートだ……!)」

 

 その数と速度――すなわち連射力が無茶苦茶に速い。

 1発の狙いはそこまで高精度ではないが、何せあの炸裂弾だ。触れた瞬間、爆発で抉られる。それを無数に、それも高レートで放ってくるのだ。

 

「ここは同時攻撃を仕掛けよう。一夏、右へ。箒は左を頼む。俺は奴の上方から攻める」

 

「分かった!」

「了解した!」

 

 俺達は複雑な回避運動を行いながらも攻撃の手を休めない【福音】へと、3面攻撃を仕掛ける。

 ――だがしかし、俺と一夏と箒の攻撃は掠りもしない。福音はとにかく回避に特化した3次元的な動きで、その上で同時に反撃までしてくる。この特殊型のウイングスラスターは、その奇抜な見た目とは裏腹に相当高い実用性能を持つ代物だった。

 

「逃がさねえ!!」

 

 一夏からの横一閃。やはり【福音】は軽々とそれを回避するが、そこへ箒が二刀流で突撃と斬撃を交互に繰り返しながら追撃を加える。しかも、腕部展開装甲が開き、そこから発生したエネルギー刃が攻撃に合わせて自動で射出、【福音】を狙う。

 

「はああああっ!」

 

「(こっちの機体も十分化け物クラスだな……!)」

 

 箒の攻撃に押されて防御を使い始める【福音】に対して、俺は空対空ミサイル『スカイバスター』をロックオンする。

 

「フォックス3――」

 

 ミサイルの発射ボタンに置いた指に力を込める俺だったが、それよりも先に【福音】の全面反撃が待っていた。

 

「La……♪」

 

 甲高いマシンボイス。その刹那、ウイングスラスターはその全砲門を開いた。その数、36門。しかも全方位に向けての一斉射撃。

 

「やるなっ……! だが、押し切る!!」

 

「ミサイルがダメなら機銃だ!」

 

 箒が光弾の雨を紙一重でかわして迫撃(はくげき)し、俺はミサイルの発射を大人しく諦めて【福音】から距離を取りながら30ミリ機関砲の掃射を浴びせる。――ようやく隙が、できた。

 

「!」

 

 しかし、一夏は【福音】とは真逆の、直下の海面へと向かった。

 

「一夏!?」

 

「お前、何を……!?」

 

「うおおおおっ!!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)と零落白夜。その両方を最大出力で行い、1発の光弾に追い付いた一夏はそれを斬り飛ばす。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスに――」

 

「船がいるんだ! 海上は先生達が封鎖したはずなのに!」

 

「何!?」

「船だと……?」

 

 俺は不審に思って一夏の先に視線をやる。そこには1隻のトロール漁船が航行していた。

 

「シット! 密漁船か!」

 

 犯罪者とはいえ一夏は見殺しにできなかったのだろう。

 だがしかし……。

 

 キュゥゥゥン……

 

 一夏の手の中で『雪片弐型』の光の刃が消える。……エネルギー切れだ。最大にして唯一のチャンスを失い、そして作戦の(かなめ)もたった今無くした。

 

「LaLa……♪」

 

「くっ……!」

 

 【福音】は今の状況を好機と捉えて再び攻撃を再開する。零落白夜が使えなくなり脅威度の低下した一夏はあと回しということなのだろう。攻撃は箒に集中していた。

 

「しまった……!?」

 

 福音から放たれる光弾が箒の腕に触れ、爆発する。その爆風で取り落としてしまった刀が空中で光の粒子となって消えたのを見て、俺はギクリとした。

 

「(まずい。今のは、具現化維持限界(リミット・ダウン)だ……!)」

 

 具現化維持限界――つまりそれは、エネルギー切れということだ。そして今ここは、IS学園のアリーナではない。実戦だ。

 

「箒ぃぃぃっ!!」

 

 一夏が刀を捨てて一直線に箒の元へと向かう。最後のエネルギー全てを使っての瞬時加速。

 

「クソッ!!」

 

 俺も最大推力であとを追うが、ダメだ。最高速度では優っていても、加速力がどうしても足りないっ……!!

 その間にも【福音】は一斉射撃モードへの移行を完了させ、その照準を全て箒に絞る。

 エネルギー切れのISアーマーは恐ろしく(もろ)い。それはISの世代に関係はないだろう。絶対防御分のエネルギーは確保していたとしても、あの連射攻撃をまともに喰らったらひとたまりもない。

 そして……………。

 

「ぐあああああっ!!」

 

 一夏が箒を庇うように抱きしめた瞬間、あの爆発光弾が一斉に彼の背中を焼いた。

 堪らず悲鳴を上げる一夏。エネルギーシールドで相殺し切れないほどの衝撃によって身体中に凄まじい痛みが走っているのは明白だった。

 

「一夏っ、一夏っ! 一夏ぁっ!!」

 

「ぅ……ぁ……」

 

 ズルリと海へ向けて力無く落ちて行く一夏。そんな彼を抱き留める箒の悲痛な叫びが響く。最悪だ……。

 

「……箒」

 

「ウィリアム! 一夏が! 一夏がぁ……!」

 

「箒」

 

「私のせいで、ああああっ……!」

 

「箒っ!!」

 

「……!?」

 

「……いいか、よく聞くんだ。お前は一夏を連れて旅館へ戻れ」

 

「お、お前はどうする気だ? まさか……!」

 

「構うな、早く行け! ――手遅れになる前に!」

 

「――! 分かった……!」

 

 気を失った一夏を抱えながら旅館に向かって遠ざかって行く箒。俺は一瞬だけその後ろ姿を見やったあと、【福音】に視線を戻した。

 

「まったく。ウチの国(アメリカ)もイスラエルも、とんでもない不祥事かましてくれたもんだ」

 

 こいつはあとで請求書を送らないとな。などと冗談を口にするが、内心では業火の如く怒りの感情が燃え上がっていた。

 

「とにもかくにも……」

 

 言いながらミサイルのシーカーで【福音】を捉える俺は、ギロリとそれを睨みつける。

 

「――まずはお前を叩き落としてからだ」

 

 俺と【福音】は、同時に飛び出した。

 

 

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