インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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30話 相棒

 箒と一夏の撤退を見送ったあと、俺は【銀の福音】と空戦を繰り広げていた。

 

「チッ、外れた……!」

 

 3次元に飛び回る【福音】に向けて放ったミサイルは命中することなく、白い尾を引きながら水飛沫と共に海面に突っ込む。

 

「La~……♪」

 

「!?」

 

 甲高いマシンボイスに乗せて、【福音】から猛烈な殺気が伝わる。ゾワリと悪寒がして、エンジン出力を下げつつ左に舵をきって【バスター・イーグル】を急旋回(ブレイク)させた直後、機体腹部を炸裂光弾が高速でかすめて行った。

 

「クソッ、手が届く距離だったぞ……!」

 

 だがこれで終わりではない。【福音】は180度反転して瞬時に俺の背後を取り、しつこく付いて回りながら光弾を撃ってくる。俺も負けじとエンジン出力を最大にして不規則な回避機動で【福音】の追撃をかわす。

 

「っ……!」

 

 ISや耐Gスーツが軽減してくれるとはいえ、高Gに長く晒され続けていた俺の意識は若干朦朧(もうろう)としてきていた。

 このまま逃げているだけでは、消耗している分こっちが不利になっていくだけだろう。

 

「なら!」

 

 俺は右への急旋回で光弾を回避し、そのままクルビット機動で勢い良く機体を回転させた。自身の真後ろを追っていた【福音】が今度は真正面に映る。

 そしてそれは30ミリ機関砲『ブッシュマスター』のレティクル内に一瞬だけ収まる。

 

「(――今だ!)」

 

 トリガーに掛けた人差し指に力を込めると『ブッシュマスター』の砲口から30ミリ砲弾が放たれ、それは【福音】の左脚部へ吸い込まれるようにして突き刺さった。

 脚に強烈な衝撃を受けた【福音】はバランスを崩す。

 ――が、お返しと言わんばかりに撃ち返してきた光弾の内1発が左のエアインテークに入り込み、エンジン内部で炸裂した。

 

 ボンッッ!!

 

「ぐぅっ……!?」

 

 ――左エンジンに被弾! 燃料の供給を遮断します! 自動消火装置作動!――

 

 焦燥感を煽る警告音と共に機体の自己診断装置からの情報が次々と表示される。

 そして最後に表示された警告文を見て、俺は顔を歪ませた。

 

 ――左エンジン停止――

 

 左エンジンが、死んだ。つまり今の【バスター・イーグル】は片肺状態ということだ。

 

Damn it!(畜生!)

 

 推力の大半を2基のジェットエンジンに頼っている【バスター・イーグル】が片肺となってしまえば、そこからどうなるかは言うまでもないだろう。

 戦闘機動はおろか、恐らく【福音】から逃げることも叶わないはずだ。

 もう既に【福音】は態勢を立て直し、銀色の翼――そこに開いた全36門の砲口をこちらに向けながら飛翔して来ている。この状態ではもう回避は無理だ。

 それならばと、俺も【福音】へと向き直り、『スカイバスター』をロックオンしながら残った右エンジンの出力を最大にして突っ込む。

 互いが互いに向き合った状態。ヘッドオンだ。

 

「(せめて、こいつに致命弾を……!)」

 

 スローモーションの世界で、俺は光弾が放たれるのを確実に視界で捉え、そしてミサイルの発射スイッチをカチリと押し込む。

 そして次の瞬間、俺は炸裂光弾の嵐に包まれた。

 

 ▽

 

「……………」

 

 旅館の一室。壁の時計は4時前を指している。

 ベッドで横たわる一夏は、もう3時間も目覚めないままだった。

 その傍らに控えている箒は、もうずっとこうして項垂れている。戦いの最中でリボンを失って垂れた髪が、まるで今の気持ちまでも表しているようだった。

 

「(私のせいだ……)」

 

 ISの防御機能を貫通して人体に届いた熱波に焼かれ、一夏の体の至る所に包帯が巻かれている。

 

「(あの時、私がもっとしっかりしていれば……!)」

 

 ギュウっとスカートを握り締める。その拳が白く血色を失うほどに、強く握り締めた。自らを戒めるかのように。

 

『作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば招集する。それまで各自現状待機しろ』

 

『織斑先生! ウィリアムは!? ウィリアムはどうなったのですか!?』

 

『……つい先ほどのことだ。――ホーキンスと【福音】両方の反応が消失した。現在、教員が捜索を行っている』

 

 残り少ないエネルギーを使ってなんとか旅館に帰り着いた箒を待っていたのは、さらなる追い討ちであった。千冬は一夏の手当てを指示して、すぐさま作戦室へと向かう。箒は、誰にも責められなかったことがまた一層辛かった。

 

「(私は……無力だ……)」

 

 無人機が襲撃して来た時も、自分の行動が裏目に出て却って一夏達を危険に晒した。

 ラウラのISが暴走した時も、自分はただ見ていることしかできなかった。

 そして今回も、自分のミスによって一夏は大怪我を負い、ウィリアムは行方不明となってしまった。

 

「(私がISを持ったところで……それならばいっそ……)」

 

 1つの決心をつけようとした時に、突然(ふすま)が乱暴に開け放たれる。

 バンッ! という音に一瞬驚いた箒だったが、その方向に視線を向ける気力はない。

 

「あーあー、分かりやすいわねぇ」

 

 遠慮なく入って来た女子は、項垂れたままの箒の隣までやってくる。

 その声は――鈴だった。

 

「……………」

 

「あのさあ」

 

 話し掛けてくる鈴に、しかし箒は答えない。答え、られない。

 

「一夏がこうなったのも、ウィルが行方不明になったのも、アンタのせいなんでしょ?」

 

「っ……!」

 

 ビクリ。顔を俯かせている箒の肩が小さく跳ねる。

 

「一夏はアンタのことを庇って。ウィルはアンタと一夏を逃がすために1人残ったきり帰って来ない」

 

「……………」

 

「で、落ち込んでますってポーズ? ――っざけんじゃないわよ!」

 

 突然烈火の如く怒りをあらわにした鈴は、項垂れたままだった箒の胸倉を掴んで無理矢理に立たせた。

 

「やるべきことがあるでしょうが! 今! 戦わなくて、どうすんのよ!」

 

「わ、私……は、もうISは……使わない……」

 

「ッ――!!」

 

 バシンッ!

 

 頬を打たれ、支えを失った箒は床に倒れる。

 そんな箒を再度鈴は締め上げるように振り向かせた。

 

「甘ったれてんじゃないわよ……! 専用機持ちっつーのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ! 例えそれが望んでなろうが、望まずしてなろうがね! 一夏もウィルも! それを分かった上で戦ったんでしょうが!! それともアンタは――」

 

 鈴の瞳が、箒の瞳を直視する。

 そこにあるのは真っ直ぐな闘志。怒りにも似た、赤い感情。

 

「戦うべきに戦えない、臆病者なの!?」

 

 その言葉で箒の瞳、その奥底の闘志に火がついた。

 

「――ど……」

 

 口から漏れたか細い言葉は、すぐさま怒りを纏って強く大きなものへと変わる。

 

「どうしろと言うんだ! もう敵の居所も分からない! 戦えるなら、私だって……私だって戦う!!」

 

 やっと自分の意志で立ち上がった箒を見て、鈴はふぅっと溜め息をついた。

 

「やっとやる気になったわね。……あーあ、めんどくさかった」

 

「な、なに?」

 

「場所なら分かるわ。今ラウラが――」

 

 言葉の途中でちょうど襖が開く。そこに立っていたのは、真っ黒な軍服に身を包んだラウラだった。

 

「出たぞ。ここから30キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星による目視で発見した」

 

 ブック端末を片手に部屋に入ってくるラウラを、鈴はニヤリとした顔で迎える。

 

「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

 

「ふん……。お前の方はどうなんだ。準備はできているのか」

 

「当然。【甲龍】の攻撃特化パッケージはインストール済みよ。シャルロットとセシリアの方こそどうなのよ」

 

「ああ、それなら――」

 

 ラウラが襖の方へと視線をやる。そして、それはすぐに開かれた。

 

「完了済みですわ」

 

「準備オッケーだよ。いつでも行ける」

 

 専用機持ちが全員揃うと、それぞれが箒へと視線を向けた。

 

「で、アンタはどうするの?」

 

「私……私は――」

 

 ギュウッと拳を握り締める箒。それはさっきまでの後悔とは違う、決意の表れだった。

 

「戦う……戦って、勝つ! 今度こそ、負けはしない!」

 

「決まりね」

 

 ふふんと腕を組み、鈴は不敵に笑う。

 

「ステルスモードで静止しているということは、恐らく【福音】は自己修復を行っているのだろう」

 

 端末の画像をズームさせながらラウラは告げる。

 

「ウィルがあいつにダメージを負わせたってことね……」

 

「……………」

 

 鈴の言葉に、ラウラはわずかに視線を落とした。

 

「大丈夫よ。あいつのことだから、きっと無事でいるわ。アンタが認めた『嫁』なんでしょ? だったらアンタが信じてあげなさいよ」

 

「ああ。私の嫁がそう簡単にやられるはずはない。ウィルが作ってくれたチャンスを無駄にしないためにも、必ず成功させるぞ」

 

「じゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に墜とすわ」

 

 ▽

 

「(ここはいったい……?)」

 

 ふと目を覚ますと、俺はだだっ広い滑走路の真ん中に立っていた。アスファルトで埋め尽くされた路面はどこまでも続き、ずっと奥の方は陽炎(かげろう)でぼやけている。

 何気なく見上げた空は透き通るような青色をしていた。

 

「(俺はあの時、【福音】に『スカイバスター』を発射して……)」

 

 発射したミサイルは2発。それらは確実に命中したはずだ。それと引き換えに俺も光弾の直撃を浴びたが。

 そのあとのことは覚えていない。気が付けば、なぜかIS学園の制服を着てここに立っていたのだ。真下には大海が広がっていたはずなのに、俺はいつの間に……。

 

 ――ギュンッ!! ゴオォォォォ…………!

 

「!?」

 

 いきなりだった。

 いきなり陽炎の中から『何か』が現れ、俺の頭上を高速で通過して行く。遅れて、俺はその『何か』を追って後ろを振り返る。

 

「やっと気付いたか」

 

 男が、そこにいた。

 陽光に照らされるアスファルト、両手を腰に当てて、ニヤリとした表情で立ちながら俺を見据えている。

 上下を深緑のフライトスーツで包み、両足には光を鈍く反射している黒いフライトブーツ。

 

「よう相棒。まだ生きてるか?」

 

 男の口が開き、俺の耳はその言葉を確かに捉えた。

 

 ▽

 

「……………」

 

 海上400メートル。そこで静止していた【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】は、まるで胎児のような格好でうずくまっている。

 膝を抱くように丸めた体を、守るように頭部から伸びた翼が包む。

 

 ――?

 

 不意に、【福音】が顔を上げる。

 次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。

 

「初弾命中。続けて砲撃を行う!」

 

 5キロ離れた場所に浮かんでいるIS【シュヴァルツェア・レーゲン】とラウラは、【福音】が反撃に移るよりも早く次弾を発射した。

 その姿は通常装備と大きく異なり、80口径レールカノン『ブリッツ』を2門、左右それぞれの肩に装着している。

 さらに遠距離からの砲撃・狙撃に対する備えとして、4枚の物理シールドが左右と正面を守っていた。

 これが、砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した【シュヴァルツェア・レーゲン】であった。

 

「(敵機接近まで……4000……3000――くっ! 予想よりも速い!)」

 

 あっという間に距離が1000メートルを切り、福音がラウラへと迫る。

 その間もずっと砲撃を行っているものの、福音はヒラリヒラリとかわしながらラウラへ接近していた。

 

「チィッ!」

 

 砲戦仕様はその反動相殺のために機動との両立が難しい。

 対して、機動力に特化している【福音】は300メートル地点からさらに急加速を行い、ラウラへと右手を伸ばす。

 ――避けられない!

 しかし、ラウラはニヤリと口元を歪めた。

 

「――セシリア!!」

 

 伸ばした腕が突然上空から垂直に降りてきた機体によって弾かれる。

 青一色の機体――【ブルー・ティアーズ】によるステルスモードからの強襲だった。

 6機のビットは通常と異なり、その全てがスカート状の腰部に接続されている。しかも、砲口は塞がれており、スラスターとして用いられている。

 さらに手にしている大型BTレーザーライフル『スターダスト・シューター』はその全長が2メートル以上まあり、ビットを機動力に回している分の火力を補っていた。

 強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているセシリアは、時速500キロを超える速度下での反応を補うため、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』を頭部に装着している。そこから送られてくる情報を元に最高速からいきなり反転、【福音】を捉えて撃った。

 

『敵機Bを認識。排除行動へ移る』

 

「遅いよ」

 

 セシリアの射撃を避ける【福音】を、真後ろから別の機体が襲う。

 それは先刻の突撃時にセシリアの背中に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった。

 ショットガン2丁による近接射撃を諸に浴び、【福音】は姿勢を崩す。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐさま3機目の敵機に対して『銀の鐘(シルバー・ベル)』による反撃を開始した。

 

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』はそのくらいじゃ落ちないよ」

 

【リヴァイヴ】専用防御パッケージは、実体シールドとエネルギーシールドの両方によって【福音】の弾雨を防ぐ。そのシルエットはノーマルの【リヴァイヴ】に近く、2枚の実体シールドと同じく2枚のエネルギーシールドがまるでカーテンのように全面を遮っていた。

 防御の間もシャルロットは得意の『高速切替(ラピッド・スイッチ)』によって瞬時にアサルトカノンを呼び出し、タイミングを計って反撃を開始する。

 加えて、高速機動射撃を行うセシリアと、距離を置いての砲撃を再開するラウラ。3方向からの激しい攻撃に、【福音】は徐々に消耗を始める。

 

『……優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』

 

 全方向にエネルギー弾を放った【福音】は、次の瞬間に全スラスターを開いて強行突破を計る。

 

「させるかぁっ!!」

 

 海面が膨れ上がり、爆ぜる。

 飛び出してきたのは真紅のIS【紅椿】と、その背中に乗った【甲龍】であった。

 

「離脱する前に叩き落とす!」

 

【福音】へと突撃する【紅椿】。その背中から飛び降りた鈴は、機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態に移行させる。

 両肩の衝撃砲が開くのに合わせて、増設された2つの砲口がその姿を現す。計4門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

 

『!!』

 

 肉薄していた【紅椿】が瞬時に離脱し、その後ろから衝撃砲による弾丸が一斉に降り注ぐ。しかしそれはいつもの不可視の弾丸ではなく、赤い炎を纏っている。しかも、【福音】に勝るとも劣らない弾雨。増設された衝撃砲――言わば、『熱殻(ねつかく)拡散衝撃砲』と呼ぶべきものだった。

 

「やりましたの!?」

 

「――まだよ!」

 

『拡散衝撃砲』の直撃を受けてなお、福音はその機能を停止させてはいなかった。

 

『『銀の鐘(シルバー・ベル)』最大稼働――開始』

 

 両腕を左右いっぱいに広げ、さらに翼も自身から見て外側へと向ける。――刹那、眩いほどの光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉射撃が始まった。

 

「くっ!!」

 

「箒! 僕の後ろに!」

 

 前回の失敗を踏まえて、箒の『紅椿』は機能限定状態にある。展開装甲を多用したことから起きたエネルギー切れを防ぐため、現在は防御時にも自発作動しないように設定し直したのだ。

 もちろん、そう設定し直したのは、防御をシャルロットに任せられるからこそである。集団戦闘の利点を最大限に生かした役割分担であった。

 

「それにしても……これはちょっと、キツいね」

 

 防御専用パッケージであっても、【福音】の異常な連射を立て続けに受けることはやはり危うかった。

 そうこうしている間にも物理シールドが1枚、完全に破壊される。

 

「ラウラ! セシリア! お願い!」

 

「言われずとも!」

 

「お任せになって!」

 

 後退するシャルロットと入れ替わりにラウラとセシリアがそれぞれ左右から射撃を始める。セシリアは高機動性を生かした移動射撃を、ラウラは砲戦仕様による交互連射を行う。

 

「足が止まればこっちのもんよ!」

 

 そして直下からの鈴の突撃。『双天牙月(そうてんがげつ)』による斬撃のあと、至近距離からの『拡散衝撃砲』を浴びせる。――狙いは、頭部に接続されたマルチスラスター『銀の鐘(シルバー・ベル)』だ。

 

「もらったあああっ!!」

 

 エネルギー弾を全身に浴びてもなお、鈴の斬撃が止まることはない。

 同じく『拡散衝撃砲』の弾雨を降らせ、互いにダメージを受けながら、ついにその斬撃が【福音】の片翼を奪った。

 

「はっ、はっ……! どうよ――ぐっ!?」

 

 片翼だけになりながら、それでも【福音】は1度崩した姿勢をすぐに立て直し、鈴の左腕へと回し蹴りを叩き込む。脚部スラスターで加速されたそれは、一撃で鈴のアーマーを破壊し、海へと墜とした。

 

「鈴! おのれっ――!!」

 

 箒は両手に刀を持ち、【福音】へ斬りかかる。

 その急加速に一瞬反応が鈍った【福音】の、その右肩へと刃が食い込んだ。

 

「(獲った――!!)」

 

 そう思った刹那、【福音】は信じられないことに左右両方の刃を掌で握り締める。

 

「なっ!?」

 

 刀身から放出されるエネルギーに装甲が焼き切れるが、お構い無しに【福音】は両腕を最大にまで広げる。

 刀に引っ張られ、箒が両手を広げた無防備な状態を晒す。そして、そこに残ったもう片方の翼が砲口を開放して待っていた。

 

「箒! 武器を捨てて緊急回避しろ!」

 

 しかし、箒は武器を手放さない。

 エネルギー弾がチャージされ、そしてそれが箒に向けて放たれる寸前に、グルンッと【紅椿】は1回転をする。その瞬間、爪先の展開装甲が開き、エネルギー刃を形成する。

 

「たああああああっ!!」

 

 かかと落としのような格好で、エネルギー刃の斬撃が決まる。

 ついに両方の翼を失った【福音】は、崩れるように海面へと墜落して行った。

 

「はっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

「無事か!?」

 

 珍しくラウラの慌てた声を聞きながら、箒は乱れた呼吸をゆっくりと落ち着けていく。

 

「私は……大丈夫だ。それより【福音】は――」

 

「私達の勝利だ」と誰かが言おうとしたその瞬間、海面が強烈な光の(たま)によって吹き飛んだ。

 

「「「「「!?」」」」」

 

 球状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が止まっているかのように陥没したままだった。その中心、青い雷を纏った【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が自らを抱くかのようにうずくまっている。

 

「これは……!? いったい何が起きているんだ……!?」

 

「ッ!? まずい! これは――『第2形態移行(セカンド・シフト)』だ!」

 

 ラウラがそう叫んだ瞬間、まるでその声に反応したかのように【福音】が顔を向ける。

 無機質なバイザーに覆われた顔からは何の表情も読み取れない。しかし、そこに確かな『敵意』を感じて、各ISは操縦者へと警告を飛ばす。

 だが――その時には遅かった

 

『キアアアアアアア……!!』

 

 まるで獣の咆哮のような声を発し、【福音】はラウラへと飛びかかる。

 

「なにっ!?」

 

 あまりに速いその動きに反応できず、ラウラは足を掴まれる。

 そして、頭部から、ゆっくり、ゆっくりと、まるで蝶がサナギから(かえ)るかの如くエネルギーの翼が生えた。

 

「ラウラを離せぇっ!」

 

 シャルロットはすぐさま武装を切り替えて近接ブレードによる突撃を行う。

 しかし、その刃は空いた方の手で易々と受け止められてしまった。

 

「よせ! 逃げろ! こいつは――」

 

 その言葉は最後まで続かず、ラウラはその眩いほどの輝きを放つエネルギーの翼に包まれる。

 刹那、あのエネルギー弾雨をゼロ距離で喰らい、全身をズタズタにされたラウラは、そのまま放り投げられた。

 

「ラウラ! よくもっ……!」

 

 ブレードを捨て、シャルロットはショットガンを呼び出す。【福音】の顔面へと銃口を当て、引き金を引いた。

 

 ドンッ!!

 

 しかし、その爆音はショットガンのものではなかった。

 胸部から、腹部から、背部から、装甲がまるで卵の殻のようにひび割れ、小型のエネルギー翼が生えてくる。それによるエネルギー弾の迎撃がショットガンを吹き飛ばし、シャルロットの体をも吹き飛ばした。

 

「な、何ですの!? この性能……軍用とはいえ、あまりに異常な――」

 

 再び高機動による射撃を行おうとしていたセシリアの、その眼前に【福音】が迫る。『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』――それも、両手両足の計4ヵ所同時着火による爆発的加速だった。

 

「くっ!?」

 

 長大な銃は取り回しが悪く、接近戦に持ち込まれると弱い。距離を置いて銃口を上げようとするが、その砲身を真横に蹴られてしまう。

 そして、次の瞬間には両翼からの一斉射撃。反撃を一切許されず、セシリアは蒼海へと沈められた。

 

「私の仲間を――よくも!」

 

 急加速によって接近した箒は、続けざまに斬撃を放ち続ける。

 展開装甲を局所的に用いたアクロバットで敵機の攻撃を回避、それと同時に不安定な格好からの斬撃をブーストによって加速させる。

 互いに回避と攻撃を繰り返しながらの格闘戦。徐々に出力を上げていく【紅椿】に、わずかに【福音】が押され始める。

 

「(これなら、いけるっ――!)」

 

 必殺の確信を持って、2刀の片割れ『雨月(あまづき)』の打突を放つ。しかし――

 

 キュゥゥゥン……。

 

「なっ! また、エネルギー切れだと!? ――ぐあっ!」

 

 その隙を見逃さず、【福音】の右腕が箒の首を捕まえる。

 そして、ゆっくりとその翼が箒を包み込んでいくのであった。

 

 ▽

 

「……相棒だと? いったいなんのことだ?」

 

 眉を寄せて男に聞き返す。

 俺に目の前の人物のような知り合いはいない。だが確かにこいつは俺を『相棒』と呼んだ。それに何より――初対面であるはずなのに、どこか懐かしい感覚がする。

 

「あー……まあしゃあねえか」

 

 男は一瞬キョトンとしたあと、苦笑いを浮かべながら言って、今度はポケットから1つのワッペンを取り出した。

 

「こいつに見覚えがあるはずだぜ?」

 

「なっ……!?」

 

 俺はそのワッペンを見て、言葉を失った。

 その分厚い生地に刺繍(ししゅう)されていたのは、翼を大きく広げた猛禽(もうきん)が右足で機銃を、左足でミサイルを掴んでいるシルエット。間違えるはずがない。これは――

 

「ウォーバード隊の部隊章……!!?」

 

 開けっ放しの口を閉じるのも忘れてワッペンを凝視する俺に、男はさらに言葉を続けた。

 

「機体製造番号489番」

 

 この一言によって俺の頭の中が一気にクリアになった。

 

「お前、まさか……!?」

 

「おうとも! 俺が、【バスター・イーグル】だ。初めましてと言うべきか? ウィリアム・ホーキンス。いや――『アクーラ』」

 

 まさか……。いや、そんなっ……!

 

「あん時はツイてなかったなあ。まさか流れミサイル()が俺の鼻先でドカンッ! とは……」

 

 それは俺しか知らないはずの出来事だ。ということは、つまりこいつは……。

 

あの(・・)【バスター・イーグル】なのか?」

 

「ああ。その(・・)【バスター・イーグル】で間違いないぜ。にしても驚いた。あん時は墜落しちまったと思ったのに、気が付きゃ『インフィニット・ストラトス』とかいうのになってるんだからよ」

 

 そりゃあ驚きもするだろうな。俺だって死んだはずが乳幼児になって目覚めたんだから。

 

「さて……」

 

 男――改め【バスター・イーグル】はしばらくカラカラと笑ったあと、表情を引き締めて再度口を開いた。

 

「相棒、お前をここに呼んだのには理由がある。聞きたいことがあってな」

 

「聞きたいこと?」

 

「そうだ。で、その内容なんだが……、もしここに『力』があるとしてだ。――欲しいか?」

 

「随分といきなりだな……。しかしまあ、あるのなら欲しいな」

 

「ほう。そりゃなんでだ?」

 

 その質問に俺は少しの間「んー」と唸る。

 

「守るため……だな」

 

「守るため?」

 

「ああ。どこの国でも、どこの世界でも道理のない暴力は必ずある。その暴力で関係のない人が巻き添えを喰らう。これほどふざけた話はないだろう。俺はそういうものから、1人でも多くを守りたいと思う」

 

「それはあの人(・・・)の影響か?」

 

「……だろうな。だが俺はあの人のおかげで変われた。その時に言われた言葉は一生忘れん」

 

「そうか……」

 

【バスター・イーグル】は、満足したような表情で静かに頷いた。

 

「だったら、さっさと行かねえとな」

 

 彼がそう言ってまた不敵な笑みを浮かべると同時に、辺りに変化が訪れた。

 

「な、なんだ?」

 

 ――空が、世界が、眩いほどに輝きを放ち始める。真っ白な光が辺りを包んでいき、目の前の光景が徐々にぼやけていくのを感じる。

 

 

 

「また一緒に飛べて嬉しいぜ、相棒」

 

 視界が完全に白へと染まり切る刹那、【バスター・イーグル】のそんな言葉が響いたのだった。

 

 

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