インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う 作:Su-57 アクーラ機
「作戦完了――と言いたいところだが、お前達は独自行動により重大な違反を犯した。意味は分かるな?」
【
「帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
腕組みで待っていた織斑先生に言われ、勝利の感触さえおぼろ気だ。今は大広間で全員正座。この状態でもう30分は過ぎたと思う。正座が上手くできない俺の脚は、もはや痺れを通り越して感覚が無くなり始めている。
しかしまあ、この程度で済むだけまだありがたい方だ。勝手に行動した俺達には本来ならもっと重い罰則が下ってもおかしくはなかったのだから。
「まあまあ、ちーちゃん。もうその辺にしてあげなよ」
「け、怪我人もいますし、ね?」
「ふん……」
怒り心頭の織斑先生を、篠ノ之博士と山田先生が宥める。そんな2人の手には救急箱と水分補給パックが人数分用意されていた。
「じゃ、じゃあ、1度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せて下さいね。――あっ! だ、男女別ですよ! 分かってますか織斑くん、ホーキンスくん!?」
……いや、当たり前でしょう。むしろ分かってなかったら、そいつの頭の中身を覗いてみたいぐらいだ。
というか、『脱いで』の辺りで女子がそれとなく自分の体を隠したのが軽くショックだ。俺達ってそんなジロジロ見るような奴に見えるのだろうか……。
「それじゃ、皆さんまずは水分補給して下さい。夏はその辺りも意識しないと、急に気分が悪くなったりしますよ」
はーいと返事をして、俺達はそれぞれにスポーツドリンクのパックを受け取る。もちろん体への負担を考慮して温度はぬるめ。冷たい物の一気飲みは体に良くないらしいが、こういう時ぐらいは冷えたドリンクをグッと
「ってて……。うあ、口の中切れてるな」
「おい大丈夫か? ――うぇぷっ、俺もヤバいな。胃の中がシェイクされてやがる……」
恐らく激しい戦闘機動を繰り返したせいだろう。胃の中に飲み物を流し込んだ途端、何かが込み上げてくるような不快な感覚がする。……晩飯が食えなかったら泣くぞ、俺。
「……………」
「な、なんですか? 織斑先生」
「自分達に、何か……?」
ジーっとこちらを睨んでいたので、俺達は居心地悪さからつい口を開いてしまう。また今から説教が飛んでくる……ことはたぶん無いだろうが、いったいどうしたのだろうか。
「…………しかしまあ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」
「え? あ……」
「……ふふっ、そういうことですか」
照れ臭そうな顔をしている織斑先生だったが、すぐ俺達に背中を向けてその表情は見えなくなる。
なんだかんだで俺達の身を案じてくれている織斑先生に心の中で感謝を告げた。直接言うと、本人は嫌がるだろうしな。
「さぁて一夏。俺達はさっさと出て行くとしよう。いつまでも突っ立ってたら診察を始められないからな」
「そうだな」
足早に廊下へと出た俺と一夏は、ピシャリと閉じた
「「ふう……」」
ともかく、今回の戦いは終わった。
考えなければいけないこと、整理しなくてはいけないことが山ほどあったが、取り敢えず――
「お疲れさん、一夏」
「おう。ウィルこそお疲れ」
と、互いに労いの言葉を掛け合う。
「……なあ、ウィル」
「なんだ?」
「ちゃんと守れたんだよな。俺達」
「ああ。だからこそ、みんな揃ってここへ帰り着けたんだ。守れたさ」
俺とお前と――そして【バスター・イーグル】と【白式】は。
▽
「ね、ね、結局なんだったの? 教えてよ~」
「悪いがそいつには答えられんな。機密なんだ」
テーブル席に座って夕飯を食べている俺の元に1年女子が数名寄って
「え~。ホーキンスくんってばお堅いなぁ」
俺なら楽に訊けると思ったのか? というか、俺ってそんなに
「なんと言われようが、答えはノーだ。ここで機密を漏らしてみろ。最低でも2年、毎日のように政府からの監視が付いて、行動にも制限が設けられるんだぞ? いいのか?」
「いやー、それは困るかな……」
「だろ? ならこの話はこれで終わりだ。さっ、織斑先生に叱られる前に自分の席へ戻った方がいい」
「「「はーい」」」
うむ。実に良い返事だ。みんな食い下がることなく、聞き分けが良いから助かるよ。
うんうんと頷きながら、俺は鯛飯を口に運んだ。……美味すぎるッッ!!!
▽
ザア……。ザァン……。
「……………」
手すりにもたれ掛かりながら、どこまでも続く水平線を静かに眺める。
食事のあと、俺は軽い休憩を取ってから部屋を抜け出し、旅館から少し離れた別館へと
満月の今日は真夜中であっても明るく、穏やかな
「ウィル」
突然自分の名前を呼ばれて振り向くと、月明かりに照らされながら、浴衣姿のラウラが立っていた。
「ラウラ? こんな所まで来てどうしたんだ?」
「それはこちらの台詞だ。こんな時間に何をしている。今は外出禁止時刻のはずだぞ?」
「なに、ちょっと夜風に当たりたくてな。先生達にはくれぐれも内密にしておいてくれよ?」
ニヤリと笑いながら冗談めかして言うと、ラウラは「ふん……」と呆れたように鼻を鳴らしてから組んでいた腕を解き、俺の隣で同じように手すりにもたれ掛かった。
「まあいい。私も少し夜風に当たらせてもらうとしよう」
「おっ、真面目なラウラが不良への1歩を踏み出したか」
「なるほど、どうやら今から浜辺を10キロほど走りたいようだな。よし、教官には私から伝えてやろう」
「スマンスマン。冗談だから許してくれ」
ジト目で睨んでくるラウラに苦笑を浮かべながら謝罪する。
「そういえばラウラ。お前、怪我とかは大丈夫だったのか?」
「ああ、問題ない。私生活にも何ら支障をきたさない程度の軽いものだそうだ。そういうお前こそ大丈夫だったのか?」
「軽い打ち身が数ヵ所だけだ。機体が
俺が【福音】に頭上を取られた時、もしラウラからの砲撃がなかったら、あるいは……。だから、彼女には本当に感謝している。
「お前がいなかったら、俺は今度こそ【福音】にやられていた。本当にありがとう、ラウラ」
「それは私もだ。お前と一夏が来てくれなければ私達は全滅していた。だから、こちらからも礼を言わせてくれ。来てくれて本当にありがとう、ウィル」
「っ……」
あー、なんというか、面と向かってそう言われると結構照れ臭くなるもんだな。でもここで黙っているのも悪いし何か答えないと……。
「じゃあ、お互い様ってことで」
「ふっ、それがいいな」
と、ここで話のネタが尽きて、俺とラウラの間に沈黙が走る。辺りを支配するのは満ち引きを繰り返す波の音だけ。しかし、俺の胸の内には得も言われぬ心地よさが広がっていた。
「……………」
なんだろうな、この感覚。ただ2人でボーっと水平線を眺めているだけなのに。と、1人そんなことを考えていると、不意にラウラが口を開いた。
「……ウィル、お前にとっての強さとはなんだ?」
「なんだ、
突然のラウラの質問に俺は眉をひそめるが、彼女の目は確かに答えを求めていた。強さ。強さ、か……。
「そうだな……。ハッキリ言って明確な答えというのは無いと思う。ただ、自論を言わせてもらうとすれば、力の使い方だな」
「力の、使い方……?」
「そう、使い方だ。『どんなに力を持っていても、その使い方を誤り、ただ振り回すだけではチンピラやテロリストどもと何ら変わりはしない』。これは俺の師匠とも言える人の言葉だ」
前世で俺に対して掛けられたその言葉は、今なお心に深く刻み込まれている。
俺は、極々普通の少年期を過ごす――はずだった。テロリストによる無差別攻撃で両親を奪われるまでは。
家族で出掛けている時に運悪く巻き込まれ、俺は奇跡的に助かったが両親は即死だった。家族を奪われた俺は心底テロリストを憎み、そして自分の手で皆殺しにしてやろうと考えるまでになった。
効率よく敵を燃やせるから、なんて理由で空軍に志望して勉学に
意外にも願書はすんなり通って、願い通りの勤務地に着いた俺は来る日も来る日も爆弾を落とし、敵機を墜とし続けた。復讐心を胸に、機械のように。
だが、俺の心は一向に晴れることはなかった。
何機撃墜しても、いくつ吹き飛ばしても、何かが根本的に違っているように感じていた。
そして、それを疑問に思いながらいつものように出撃して、また基地に帰還したある時、自分が所属している隊の隊長に、たった今ラウラに述べた言葉を告げられたのだ。
当時の俺にとっては、
恐らく心のどこかでは薄々思っていたのだろう。こんなことをしても死んだ両親は喜ばないと。だがそれとは反対に『ふざけるな』と異議を唱える自分もいた。ならば俺は今まで何のために力を身に付けて来たんだと、そう言わんばかりに。
しかし、隊長は――あの人は俺の心の中を見透かしたかのように、こう言い放ったのだ。
お前のその力は復讐のためじゃなく、守るために使え。これ以上、理不尽な暴力で誰かが巻き添えを喰らわないように、と。
「力も技術も所詮は道具。果物ナイフだってリンゴの皮剥きじゃなく、人を殺す凶器にもなり得る。だからこそ、その使い方が大切なんだと俺はそう思う」
「それがお前の思う強さか……」
「ああ。ラウラの求めている答えとは、また違ったものかもしれんがな」
「いや、十分だ。それもまた1つの答えなのだろう。今はまだあやふやだが、これから私の思う強さというものを少しずつ見つけて行こうと思う」
俺の話を聞いて何か思うことがあったのか、満足気に微笑むラウラ。その横顔は空から降り注ぐ月明かりに照らされていて、俺の目にはとても美しく映った。
「……? どうした、私の顔に何か付いているのか?」
「え? あー、いや、何でもない。それより、そろそろ旅館に戻らないか? 抜け出しているのがバレたら大目玉だ」
「……怪しいな。何を隠している?」
うっ!? す、鋭い。さすがは特殊部隊の隊長。だが生憎、俺自身にも上手く説明できないんだ。何なんだろうな、本当に。
「何も隠してないって」
「ふむ、これはどうやら吐かせる必要があるようだ。言っておくが私は
「勘弁してくれ……」
そんなやり取りを交わしながら、俺とラウラは旅館への道をゆっくり踏み出すのであった。
▽
翌朝。朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。
そうこうして10時を過ぎたところで作業は終了し、全員がクラス別のバスに乗り込む。昼食は、帰り道のサービスエリアで取るとのことだ。
「あ~……」
座席にかけた一夏がゾンビのような呻き声を上げる。しかも、その様相は明らかにゲッソリしていた。
実はこいつ、昨晩に旅館を抜け出して海で泳いでいたのが織斑先生にバレたらしく、一緒にいた箒も揃って大目玉を喰らったそうだ。実睡眠時間も3時間ほどしか取れず、それでいて今朝の重労働。そりゃ死にそうにもなるわな。
俺とラウラ? もちろんバレずに部屋に戻れたぞ。
「スマン……誰か、飲み物持ってないか……?」
しんどそうに一夏が声を掛けるが、「知りませんわ」とセシリア。「あるけどあげない」とシャルロット。鈴は2組のバスなのでいないが、窓からめちゃくちゃ一夏のことを睨んでいる。
どうやら、昨晩は彼女らとも一悶着があったらしい。
「ほ、箒……」
「なっ……何を見ているか!」
一夏は救いの手を望んで箒へと視線を向けるが、ボッと赤くなった箒にチョップされていた。地味に痛そうだな。
「ウィル、お茶でも水でもいいから頼む。恵んでくれ……」
「ああ、ちょっと待ってろ。確か……」
とバッグに手を入れて中を探っていると、ふと視界の端に何やらモジモジしている一夏ラヴァーズが入り込んだ。……待てよ? これってある意味、こいつらにとってチャンスなのでは?
そう思った俺はバッグから手を引き抜く。
「あー、悪いな一夏。実はもう飲み切ったあとだった」
「そっかぁ……」
仕方ない、と諦める一夏。俺はそんな彼から一夏ラヴァーズへと視線を移した。
「(ほらお前ら。今が絶好のチャンスじゃないのか?)」
「「「!!」」」
視線だけでそう告げると、3人同時にピクッと反応する。よっしゃ、そのまま行け! 一夏の好感度アップ間違いなしだ!
「うー……しんど……」
「「「い、一夏っ」」」
「はい?」
3人同時に立ち上がり、声に呼ばれた一夏が振り向く。それと同じタイミングで、車内に1人の女性が入ってきた。
「ねえ、織斑 一夏くんとウィリアム・ホーキンスくんはいるかしら?」
「あ、はい。俺ですけど」
「自分がホーキンスです」
俺と一夏は名前を呼ばれて、素直に返事をする。
その女性は、恐らく20代前半。少なくとも俺達よりは確実に年上で、鮮やかな金髪が夏の日差しを浴びて眩しく輝いている。
格好はというとブルーのサマースーツを着ている。スーツといっても織斑先生のようなビジネススーツではなく、おしゃれなカジュアルスーツだ。開いた胸元からは色気を放つ整った膨らみがわずかに覗いている。
「君達がそうなんだ。へぇ」
女性はそう言うと、持っていたサングラスを胸に預けて、俺達を興味深そうに眺める。品定めというよりも純粋に好奇心で観察しているようだ。
わずかに香る
「あ、あの、あなたは……?」
「私はナターシャ・ファイルス。【
「え――」
予想外の言葉に困惑している一夏の頬に、いきなりファイルスさんの唇が触れた。
「チュッ……。これはお礼。『あの子』を止めてくれてありがとう、白いナイトさん」
「え、あ、う……?」
目を白黒させている一夏から顔を離したファイルスさんは、次に俺へと視線を向けてくる。対する俺は、彼女の突然の行動に唖然としていた。
「あなたのことは前々からオータムに聞かされていたわ。『なかなかガッツのある奴だ』って楽しそうに言っていたわよ」
「それは、どうも……」
ベイリー中尉と面識があったことも驚きだが、次の瞬間――。
「チュッ……。あなたもありがとう。空飛ぶサメさん」
「あ、とっ、その……?」
「じゃあ、またね。バーイ」
「「は、はぁ……」」
ヒラヒラと手を振ってバスから降りるファイルスさんを、俺はまったく形のなっていない敬礼で、一夏はボーっとしたまま手を振り返して見送る。
ゾワリ……
「「!?」」
非常に、ひっじょーーに嫌な予感がして、俺と一夏はギギギッとぎこちなく振り向いた。
「浮気者め」
「一夏ってモテるねえ」
「本当に、行く先々で幸せいっぱいのようですわね」
ペットボトルを握り締めて一夏の元へ歩み寄る3人。だがしかし、俺の悪寒の原因はこの3人ではない。
では、いったい何が理由なのか。それはドス黒いオーラを纏いながら歩いて来る1人の女子から放たれる殺気だった。
「ら、ラウラ……?」
「はっはっはっ。夫の目の前で堂々と浮気か……ウィル?」
顔は笑ってるのに、目がまったく笑っていない。
あぁ……まるで首筋にナイフを突き付けられているような感覚だ。そもそも交際すらしていないので浮気もクソも無いのだが、俺の頭の中では猛烈に警鐘が鳴り響いていた。
「「「はい、どうぞ!」」」
「ぶへぁっ!?」
投げつけられた500ミリリットルのペットボトル×3本が直撃し、一夏が俺の足元に倒れる。
きっと俺はこいつよりも酷い目に遭うのだろうが、そんなのお断りだ。
「お、お、俺、ちょっと飲み物買いに行ってくるっ!」
俺はすぐさま回れ右をして脱兎の如くバスを降り、ラウラからの逃走を図る。
「……逃がさん」
「ちょっ、おまっ、速すぎだろ!?」
正直、足の速さには自信があったのだが、追いかけてくるラウラとの距離はあっという間に縮まっていく。
そして――
「ひぃ!? タンマタンマ! タンマだって! タン――アーーーーーッッ!!?」
逃走開始からわずか6秒。